第11話 あと2年。
春から始めた私の作業所は、軌道に乗った。
注文は色々来るようになった。
庶民用に、木綿の製品に木綿糸の刺繍。
お金に余裕のある方向けに、絹製品に絹糸での刺繍。
シリーズも、こりすちゃんの森のお友達シリーズと、仲良しわんこちゃんシリーズが仲間入り。そうそう、羊の仲良し家族シリーズも出た。
ハンカチから始まり、巾着袋、お財布、お買い物バック、子供用のポシェット、子供用のつけ襟、ブラウス、、、最近は冬用に、マフラーにアップリケをつけよう、という話も出ている。
マフラーの止めに、フェルトのお人形を付けるのはどうかしら??
スタッフは相変わらず、自分の都合で来てくれる。無理なく続けたいから。口コミで紹介してくれる人がいたり、自己推薦の人がいたり、、、12人になった。みんな揃うことはないけど。
納品の段取りとかで、お昼に行くときもあるけど、お隣のウィリーさんはいたり、いなかったり。不思議だわ、、、、
時々、差し入れを入れたりする。お菓子とか、サンドイッチとか、、、みんな用に作ってきた物ね。ぼおっと部屋から出て来て、不思議そうに私の顔を見る。
「なにか?」
「・・・あ、、、いえ、、、ありがとう。」
今日はこげ茶の髪だった。そうそう、、、忘れるところだった、、、
「これを、ウィリーさんに。」
「猫?、、、、」
三毛猫のハンカチ。この人はいつも髪色が違うから。おもしろいわねえ、、、髪色を替えなくちゃいけないお仕事なのかしら?
「あ、、、、ありがとう。」
*****
春の舞踏会に、僕の両親がクリスティーナを連れて、お披露目に出掛けたらしい。
ドレスの請求は上がってこなかったから、離れで手配したんだろう。
12月の大舞踏会に一緒に行くように、両親にしつこく言われたのを、、、無視したからか。
そのあたりから、、、両親も使用人も、クリスティーナのことを何も言ってこなくなった。
それまでは、夕食位一緒に取ったらどうか、だの、ドレスぐらい作って贈るべきだ、だの、領地に行くとき一緒に行って、もう少し話し合ったらどうか、だの、、、かなりうるさかったんだが、、、、
「アヒム、、、、あれは、、、どこにいる?」
「はい?あれ、、、、とは、、、ベルノでございますか?若の執務室にいませんでしたか?」
「いや、、、違う、、、、あれだ、あれ、、、、僕の、、、嫁だ。」
あーーーあ、と、呆れたような声を上げて、アヒムは、
「クリスティーナ様でしたら、離れに居ります。この時間は大旦那様の事務仕事を手伝っていらっしゃいますから。そのまま、3人で夕食を《《離れで》》取られます。食後のお茶も3人で。仲のいい親子ですよねえ、、、私も、給仕してみたいですなあ、、、、」
そう言って、深々とため息、、、、
さりげない、、、嫌み??
「若の夕食はいつも通り、お部屋に運んでございます。ごゆっくり。」
なんか、、、、冷たくない?主人に、、、
人使いの荒い王太子のおかげで、あちこち飛び回っている。屋敷にいる時には、確かに自分の部屋で食事をとる。いろいろ、面倒だから。
・・・・クリスティーナが、どこでどうやって食事をとっているかなんて、考えたこともなかったなあ、、、、僕の両親と一緒じゃなければ、、、、この広いダイニングで一人で食べていたのか、、、、
だだっ広いダイニングに長いテーブル。椅子は二つ。
ああ、、、、、
母も、こんなふうに一人だったのかな、、、
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なんだかんだと、もうすぐ夏休みか、、、、
今日は少し早く帰ってきたので、書類を見ながらさりげなくベルノに聞いてみた。
「あ、あれは?いるのか?」
「あれ?とは?執事長ですか?玄関でお出迎えされませんでしたか?」
「いや、、、あ、、、クリスティーナだ。」
「ああ、、、、、若奥様でしたら、大旦那様と大奥様と、奥様の実家の領に出掛けられておりますよ。奥様からの言伝、お伝えしましたよね?」
「・・・・・」
なんか、、、、言い方、冷たくね?
「若奥様は、きちんと若との約束を守って、邪魔にならないよう、気を使っておいでです。ご満足でしょう?」
なんか、、、、棘がない?
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後期の授業が始まったんだろう。今朝も早くからクリスティーナは出掛けて行った。
部屋のカーテン越しに見る。
僕は、朝方ちらりと学院の制服を着たクリスティーナを見かけることがあったので、かなりの間、クリスティーナがアカデミアに進んだことに気が付かなかった。聞いた気はするけど。なんで学院の制服?
「制服を一年しか着なかったから、もったいないと申されまして、、、、タイだけ変えて制服で通われております。今、、、、ですか?その質問?」
ヒルデに聞いたら、そう答えが返ってきた。
洋服など、作ればいいだろう?と、言うと、、、
「期限付きの嫁なので、無駄遣いは出来ません、と、申されましてね。お立場をきちんとご理解されていらっしゃるのでしょう。ちなみに、タイはご自分で働かれたお金でお買い求めでした。もう、失礼してよろしいですか?」
はあ、、、、使用人が、、、、最近、冷たい、、、、
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その日、屋敷に帰ると、やけに人が少なかった。
侍女も、女中もいないようだ。
「今日は、、、何かあった?」
忙しそうなアヒムに声を掛ける。来客の予定もなかったが?
馬車寄せに、何台か馬車が停まっている。母のお客か?
「ええ、若奥様のお誕生日のお祝いに、王太子殿下の婚約者でいらっしゃる、公爵家のイルデ様がおいでになっておりまして、、、、本宅から何人かお手伝いに出しております。ホームパーティーにする予定でしたが、にぎやかになってようございました。
経費は、大奥様持ちで開催しております。私もこの後、お手伝いに伺いますので、失礼します。若の食事は運んでございます。では。」
アヒムは嬉しそうに出かけて行った。足取りが軽いね、、、
誕生日だったのか、、、、
じゃあ、婚姻の書類を書かせたのは、昨年の今日か、、、、
あの子は、17になったんだな、、、、
そう、いつも、誰とも深く付き合わず、自分の時間を大事にして生きてきた。
過干渉する母にもうんざりだったし、守銭奴、と呼ばれ、家にも、息子にも興味がない父にも反発していた。
王太子殿下の秘書の仕事も、忙しくて好きだ。家にいなくてもいいから。
王太子殿下と一つしか年が違わない第二王子は、彼が立太子してもなお、王位に就くのを諦めなかった。と、いうか、、、彼の実母やその実家の侯爵家が諦め悪いんだろうな。
勢力の囲い込みはもちろん、こちら側の人間を嵌めることなど日常茶飯事。金にものを言わせて、いろんなことをやってくれた。
僕は、、、王太子秘書の名目だが、かなり危ない橋も渡る。
貴族間の繋がりや、裏取引を暴いて、、、、だいたいは話したくないほどドロドロしている。金の匂いがしたり、平気で自分の娘を取引材料にしたり、、、場合によっては、自分の妻に売春まがいのことをさせる奴までいる。領民から搾れるだけ税を取り立てて、餓死者を出したところにも出向いた。
世の中は、、、、金次第なのかな、、、
そんな中、、、
家の存続のために、嫁を取れとうるさい父に、田舎の貧乏子爵の娘を押し付けられた。本当に何ともならない経済状況だったらしく、かなりの金が動いていた。
金で、、、、買った嫁?
嫌悪し、、、関わらず、、、3年待って離縁する。
父への反発でもあった。
クリスティーナは僕の意図するところをきちんと理解し、関わらずに過ごしているんだろう、、、、多分、そうすることが、資金援助してもらった条件だとでも思っているんだろうな。
ほんの少し、、、歩み寄ろうかと、、、
あと、、2年かあ、、、、
手袋をはめた、自分のむくむくの手を眺める。