第10話 あと2年と3か月。
春から始めた作業所は、従業員7名。それぞれ、都合のついた時間で、都合のつく時間だけ働ける方式にした。夕方は5時まで。
小さい子がいる子は、連れてきてもいい。
家に年寄りのいる人は、朝ごはんの後からお昼ご飯まで、の人もいる。
日曜だけ、平日2時間だけ、、、いろいろ。
こうすることで、手に自信はあるけど、家の都合で長い時間は働けない、という潜在的な労働力を確保できた。取りまとめは、朝から夕方まで居られる、ご近所の老婦人に頼んだ。この方も、若い頃は王城でお針子さんをしていたらしい。頼りにしています。
私が行くのは、ほぼ、日曜日のみ。デザイン画を出すと、皆さん試行錯誤してサンプルを作って下さるまでになった。
今はワルス領から少し貰ってきた羊毛で、フェルト人形が作れないか、試行錯誤中。
平日の夕方は、家の事務仕事がある。手は抜きたくない。
アカデミアの講義も楽しい。お父様が推してくださった、産業開発講座も、もちろん受講している。毎日、お洋服を替えるのはもったいないので、学院の制服をそのまま着ていく。ブラウスのリボンだけ変えた。
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産業開発講座で、成功事例を学んだ。
「大雪崩で、壊滅的な被害を受けた大規模肉牛農家が、スポンサーを見つけて、養豚に転化し、加工所も始めて、6年で完全返済。」
ふむふむ。
「取り立てて産業のなかった地区で、温泉の再開発と観光化。グリーンツーリズムと温泉宿泊施設。」
なるほど。
「大規模土砂崩れ現場から、石炭層を発見。採掘と、輸出。」
地下資源ねえ、、、、
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「師匠、、、実はお願いがございます。」
夕方の事務仕事の時に切り出す。今日は師匠が来ていた。
「今日、アカデミアでフィールドワークの大事さを学びました。」
「ほう、、現地調査、だな。」
「そうです。実家の領に地下資源があるとも思えませんが、、、足と目で、何か見つけて来いと、、、そんな授業でした。」
「ざっくりだな。」
「ええ、、、まあ、、、そこで、、、夏休みなんですけど、、」
「ああ、いいぞ。実家に帰るのだろう?」
「いいですか!!!では、師匠とできればお母様もご一緒に!!!」
「あ?、、、、、、、ああ、いいぞ。」
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急な申出でしたが、ノリノリでお母様は付いてきてくださった。
馬車は3台。実家に行ったら、何事かと驚かれるような馬車だ。大きいし、豪華だし、、、
王都から南へ向かう。まる2日間かけて、ようやく到着。相変わらず遠いです。
手紙は出していましたが、、、心配です。
我が家は、領地の牧場の管理小屋ほどの大きさですし、、、両親は緊張しておりました。久し振りに会った弟は、背が高くなっていました。12歳。伸び盛りですね。
お父様、お母様を紹介し、夕食、、、質素ですみません、、、それでも文句ひとつ言わないお二人に感謝です。
次の日から早速、フィールドワーク開始です。
お弁当をもって、ぶらぶらと歩き回ります。
伯爵家から、農業技師も出して頂いておりましたので、今年の小麦はまずますの出来の様です。刈り入れが始まっておりました。高台に貯水池の予定地も決まったようです。
「本当に、、、、何にもないわね。」
お母様、、、正直なご意見ありがとうございます。
「・・・観光、、、も、無理か、、、」
そうですね、お父様、、、特に何もありません。
「あ、、でも、素焼きの壺なら作っております。」
植木鉢、、、くらいにしかならないくらいの強度、と、言うべきかな、、、
取り合えず案内する。
「・・・・・」
ですよね、、、
3日間かけて歩き回ったが、まあ、、、、これと言って何もなかった。
例えば、、歴史的な建造物、とか?変わった風景とか?今はやりの霊験あらたかなパワースポット、とか、、、、ないですね。
とぼとぼと野道を歩いていると、お母様が、、
「このオレンジの花って、キンセンカよね?」
「そうですね、、、どこにでもある花ですねえ、、、一年中咲いてますし、、、」
「・・・・少し大きいわよね?花。昨日歩いてたとこには黄色の花もあったわねえ、、、」
「え?そうですか?」
キンセンカなんか、このあたりでは雑草みたいな花だ。やたら咲いてるし。気に留めたこともない。
地元で手荒れとかに使う、薬草の役割もあるにはあるが、、、
「持って帰りたいわ。」
「ええ?でも切り花にしちゃうと、家に着く前にしおれてしまいますよ?」
「そうよねえ、、、ねえ、鉢植えにしておいてくれないかしら?植木鉢はあるみたいだし。」
「はあ、、、、」
なんちゃない素焼きの植木鉢に、お母様の希望通り、キンセンカを何種類か移して、養生する。一重の物、八重の物、オレンジの濃い物、黄色の物、、、、植え替えても、、、まあ、、、、雑草?
実家の父母も、嬉しそうに雑草の鉢植えを眺めるお母様を不思議そうに眺める。
私も、、、不思議です。
また二日掛けて、王都の屋敷まで戻ってきました。
「大収穫でしたわね?」
「????」
庭師のファルおじいちゃんを呼び寄せて、鉢植えを自慢げに見せるお母様。
ファルじいちゃんは、ふさふさして毛で目が見えない犬、っぽい。うふ。
「おやおや、、、珍しいものを手に入れてこられましたね。」
「うふふっ、、でしょ?どう?ファルから見て、この花、商売になるかしら?」
「そうですね。流通している物は小ぶりのものが多いですから、この大きさ、、もう少し大きくできたら楽しそうですね。色も良い。」
「でしょ?白っぽいのとかもあったらいいわよね?」
「そうですねえ、、、まんま白は難しいでしょうけど、黄色の色の薄いものを掛け合わせていったら、随分白に近づくかもですね。しかも、キンセンカは暖かい地区なら年中栽培できるので、、、冬場にこの明るい花なら喜ばれますでしょうね。」
「・・・・・え???」
「そういう事よ。実家にお手紙を出しなさい。うちで取り合えず、毎月100鉢買うわ。値段は、、、そうねえ、、、」
「ある程度の値段を付けないと、逆に売れませんよ。大奥様。」
「そうね、さすが、ファルだわ。」
「しかも、、、この素朴すぎる植木鉢、いいですね。」
「え?????」
「最近流行の、こてこてとした植木鉢は、逆に花の魅力をダメにしてしまうんです。温故知新?このなんてことない素焼き、、かえって新鮮です。」
「そうよね。贈り物にするときには、鉢にリボンを結べば映えるわね。」
いや、、、お母様?リボンのほうが高価です。
「あはは。やられたなあ。
クリスティー、ポイントは分ったかい?」
「はい、師匠。大き目のキンセンカの栽培、色味の研究、年中通して提供できるように。素焼きの植木鉢は、飾らずそのまま、、、、ですね?じゃあ、私も早速、、、、」
「いいかい?クリスティー、一番大事なことは、ゲルト領のみんなで考えて、行動すること。
君はヒントをあげるだけ。なぜなら、君はもうワルス家の人間だからね?」
「あ、、、、はい。」
「フィールドワークに、現地の人間以外を連れて行こうと思いいたった、お前の考えは大成功だったな。当たり前のことは、見逃してしまいがちだからな。」
「はい。本当に、ありがとうございます。」
「いやいや、軌道に乗るかどうかは、ゲルト領のみんなの努力次第だぞ?」
「はい。」
王都は、ゲルト領より少し涼しい。
夕方の風の中で、この二人にはまだまだ当分かなわないなあ、、、と、思う。