そのご おいしいご飯がたべたいな?
王様あるるむ人形が言いました。
「美味しいもの食べたいぞい。
持って来い!」
「えー?」
兵士あるるむ人形がいやそーな顔します。
てか、めんどくさいって言ってます。
顔が。
「めんどくせー」
口で言いました。
「王様命令にゃっ!
行って来いっ!」
「でもー。
何がほしーのさ?」
「美味しければ赦すー。
でも近くのは飽きたー」
「まー、とりあえず行ってくるにゃよ」
さて、人間というか動物には食事が不可欠です。
ある程度の文化が発達し、社会格差が生まれると、人は食事に喜びを見出し始めました。
また、同時に突発的に起こる飢饉や、長い旅路の飢えを凌ぐために知恵と工夫と、偶然を積み重ねてきました。
今回はそんなファンタジー世界でのご飯。
それも保存食のお話。
「にゃんにゃんにゃんにゃん~」
兵士は御者となって街道を往きます。
お目当てはとりあえず隣の国の食べ物です。
特に決めてないですが、名物の一つや二つはあるでしょう。
という腹積もりらしいのですが。
「おーい」
後ろからぱっぱかぱっぱか。
伝令あるるむ人形がやってきます。
「ぉうぃぇぃ。
なんじゃいー?」
「お前さん。
何を持ってくるつもり?」
「んー、隣の国から有名どころを?」
「隣の国だと魚とかだねぇ」
「んじゃ魚で」
伝令は(=ω=)って顔をして一言。
「無理」
「えー?」
「いや、ほら、腐るし」
「そこはKIAIで!?」
無理です。
気合。
「んじゃ腐らないものー?」
「そだねー」
と、いうところでぐーっと、おなかが鳴ります。
「よし、お昼ご飯にしやうー」
「ほいほいきたー」
とりあえず閑話休題ということで、ブルーシートを広げます。
「おひるー」
御者は鞄からお弁当を出します。
腐臭がしました。
「なんじゃこりゃぁあああああ!?」
何故か腹を押さえて、劇画調で叫びます。
「ナニソレ?」
「保存食にゃよっ?!
のっとナマモノ!」
近付くなヨゴレとばかりに距離をとる伝令に涙目で訴えます。
「……いつの?」
「一ヶ月前のー」
「(=ω=)アフォ」
「∑(○ω○)ひどっ!?」
「一ヶ月ももつわけないじゃん」
「保存食にゃよ?」
「というわけで、解説っ」
さて、食は生物にとって不可欠なものです。
その食には古来より三つの難敵があります。
季節、毒、そして腐敗です。
毒については今回はおいておくとして。
冬とは死と同意でした。
幾つもの生物が冬眠という手段を選ぶ中、人類は保存と備蓄という手段を選びます。
春から秋にかけて得られる食糧を貯め、冬の間に食いつなぐ。
しかしその行為には腐敗という難敵が常にまとわりついたのです。
現実世界、日本でも昭和の初期まで山間の村では海の魚を食べることは稀でした。
食べる風習が無いのではなく、単純に腐敗しないうちに輸送することが困難だったのです。
今では当たり前のようにある冷蔵庫、冷凍食品の始祖はなんと19世紀に入ってからの発明品です。
10世紀から13世紀前後の文化が主流のファンタジー世界では、未だ原始的な保存方法を工夫し模索している最中と考えるべきでしょう。
冒険者にとってもっとも欠かしてはならない物は水と保存食です。
ですが、真空技術どころか、細菌の存在すら知らない世界の保存食とは「腐りにくいもの、腐りにくくしたものの詰め合わせ」でしかありません。
うっかり雨に降られて湿気でも貰ってしまえば悲惨なことになるでしょう。
冷暗所である倉庫に保管しておくならともかく、旅人が持ち歩く保存食の消費期限はせいぜい一週間程度であったと思われます。
「一週間しかもたないの?」
「風通しが良くてひんやりしてるところならもっともつけどねー」
伝令に保存食を分けてもらった御者がほへーという顔をします。
ちなみに二人が食べてるのはライ麦や大麦の硬いパンと干してガチガチになった肉です。
「……畜生……俺じゃ歯が立たねぇ」
がじがじと齧り付いていた御者ががっくりと膝を突きます。
「いや、ちぎったり削ったりしようね?」
「ぉぅぃぇぃ。
Youは賢いネ?」
「あんたよく御者とかしてるヨネ?」
「でも硬い~」
なんとかちぎったパンもパサパサでガチガチです。
「水かワインに漬けて食べるんにゃよ」
「おー」
「こういう意味でも水がなきゃ旅なんてやってられないにゃね」
とりあえずガツガツ食べ始めたので解説に行きましょう。
保存食の製造方法は『干す』『漬ける』が基本です。
要は水分を飛ばし、菌の繁殖を防ぐ手段。
『菌』の存在を知らない彼らは偶然の積み重ねを経験則として培ってきました。
乾物や塩漬けの欠点は、ビタミンが欠損することにあります。
その問題はまず大航海時代の折に海兵を苦しめます。
大陸間航海を行う船乗りの間で酷い疲労感、貧血、やがては皮膚や粘膜、歯肉からの出血を起しやがて死に至る事がありました。
海兵がラム酒を好むのは壊血病の予防薬として推奨されたからです。
これはのちにもっと効果のあるレモンやライムジュースに切り替わっていきました。
さて海の話だけでなく、その現象は陸にも起きます。
壊血病が陸で猛威を振るったのはナポレオンの大遠征でした。
大遠征の際、ヨーロッパを駆け巡るように戦い続けた軍は保存食に頼らざるを得なくなりましたが、その結果、栄養の偏りや壊血病に悩まされる事になるのです。
保存食の代表格とも言える缶詰。
これが生まれたのはその経験からです。
つまりは19世紀を待って初めて誕生したのです。
しかしその時代でも腐敗は『空気に触れるから腐る』というのが発明者の考えでした。
微生物の存在が明らかになるのは更に五十年近くを必要とします。
さてさて。
冒険の話に戻りましょう。
先ほど御者が頑張って齧っていましたが。
冒険者が持ち歩く保存食としてはライ麦や大麦のパンや、ドライフルーツ(今みたいに味の良いものではありません)、干し肉や干し芋といったところでしょう。
そのどれも水気のない、ガチガチのものです。
いくら水やワインを飲みながらでも顎が丈夫でなければ旅人なんてやってられないでしょう。
熟練の旅人なら、食べられるキノコや木の実の知識は当然です。
さらに熟達した者の中には夕暮れ間近に兎などを捕まえてくるでしょう。
余談ですが、保存食でも一週間しか持たないということは、村から村までの距離が長くとも徒歩で4~5日程度という事を表します。
この限りから外れる村はいつしか忘れ去られる事も多かったとされます。
もしあなたが未開の地を旅するのであれば、帰り道の事を忘れないようにしましょう。
「ふぃー」
「なんだかんだ一杯食べたな」
「ごっつあんです」
御者はご満悦です。
「んで、王様の命令どうするんだにょろ?」
「……」
「……」
「……思い出したんだけどさー」
「ぉう」
「隣の国の漬物おいしいよね?」
妥協は必要だと思います。
さて、ついでなのでもう少し紹介しておきましょう。
凍らせると腐らない。
これは寒い地方では当然のこととして知られるようになりましたが、冷凍すると細胞が破壊され解凍した後になんとも言えない物になるという欠点があります。
雪国ではこれまた経験則から0度にならないように土に埋めておくということもされていました。
氷を上の箱に入れて冷やす冷蔵庫の祖先が生まれたのも19世紀に入ってから。
化学反応を用いた冷却現象を様々な人物が試行錯誤して今に至ります。
そういう意味では冷蔵庫の発明は魔術師よりも錬金術師の領分かもしれません。
日本ではこの氷で冷やすタイプの冷蔵庫は20世紀半ばに入ってから。
今の冷蔵庫に近いものはなんと1970年代を待たねばなりません。
これはレトルト食品の発明とほぼ同時期です。
「ときに」
「にゃ?」
「なんか女神亭には冷蔵庫あるらしいよ?」
「……まぁ、適当にも程があるところにゃしね」
「だねー」
御者はぱっぱかと馬を走らせ始めました。
とりあえず自分が食べる分には新鮮でもいいんだよねーとか考えつつなのは、王様には秘密ダゾ☆
おわりー。