そのさん 『まほう』と『まほうつかい』
「ちゃららららーん」
シルクハットにマント。
付け髭に片眼鏡のアルルム人形がハンカチをばっと広げるとそこから鳩が飛び出します。
いや、それ手品ですから。
「実は召喚魔法~」
紛らわしいことこの上ないです。
では、今回のお芝居に参りましょう。
「しょー」
ぼむんとあるるむ人形の周りが爆発して、花吹雪が舞いました。
「おとーさんおとーさん」
子供っぽいあるるむ人形が、お父さんっぽいあるるむ人形に言います。
「何だね?
まいどーたー」
「まほー使いになりたい!」
「無理」
ずぎゃんと派手な効果音をバックにお父さんは情け容赦ない否定の一撃をくれてやります。
子供の情操教育待ったなしです。
「なんでにゃっ!?」
「はっはっは。
まずお前字が読めないだろ?」
農民の子供という設定では数字と簡単な単語を読むのがやっとで、計算も簡単な足し算引き算ができるくらいと説明書にあります。
「が、がんばるYO!」
「で、お前魔法の才能無いだろ?」
魔法の才能は千人に一人の才能と言われています。
統計学のない世界での言葉なので、『ほんの僅か』と訳すのが正しいでしょう。
「そ、それもがんばるYO!!」
確かにがんばって魔術の才能に目覚める事は可能です。
ルール的に言うと一定の経験値を蓄積し、魔法が使えるクラスにクラスチェンジした人とかです。
英雄一歩手前まで頑張れる人は魔法使いの才能よりレアと言えますが。
メタな話はさておいて。
「だがなぁ」
「まだ何かあるのかにゃー!?」
子供涙目です。
そんな子供にお父さんは静かに、遠くを見つめながらクールにつぶやきます。
「うち、金ねーしなぁ」
「お金っ!?」
あまりにも世知辛い言葉に子供どん引きです。
「いや、普通に暮らすなら問題ないぞ?」
一家の主としての面目を保つべくお父さんは堂々と言います。
「だがな、魔法を習うには専門的な知識を得る土台作りとして家庭教師なんかを付けて勉強せねばならん」
家庭教師。
もうそれだけでひじょーにお金が掛かる事が想像できます。
「その後で魔術師ギルドに入らなければならない。
ギルドと言っても先天的魔術師はほぼ皆無なため、魔術師の学校も兼ねています。
ここで学び、仕える師を見つけて初めて魔術師としての活動が始まります。
「聞いた話によると魔術師になるまでの学費でざっと金2000枚。
家庭教師の費用や、町で暮らす費用を足すとざっと4000枚近く必要らしいな」
「……」
子供はぽかーんとして聞きます。
「銀貨?」
「もち金貨」
一般家庭の年収は都市部で金100枚程度とされています。
農村では自給分もあるためその1/3程度で十分だったりします。
想像が追いつかない子供のように、どうやったらそんな大金集められるのかまったく以って想像が付かない世界です。
「お父さん」
「何だ?
マイドーター」
「あちしが悪かった」
「わかればよろしい。
んじゃお父さんの破れた上着を縫ってくれ」
「はーい」
「じゃあその間に補足な」
お父さんの言う通り、魔法使いになるためには大きな三つの壁があります。
まず、識字率の低いこの世界では学問を学ぶ素養を得る事がまず一苦労です。
最近では都市部を中心に安価で教育を施すべきだという思想が生まれてきており、自主的に安い私塾を開いている者も見受けられます。
しかしお日様が昇って動き、沈んで寝る生活の農民では自由にできる時間はあまりにも限られています。
子供なら比較的余裕があると言っても、洗濯機も掃除機もないこの世界では、家事もお母さん一人の手に余ります。
健康な男の子なら12歳程度で成人と見做され、畑に出るのは当たり前。
勉強をする気になっても先生が居なければ、教材となる本もない有様です。
続いては才能の問題。
魔術師ギルドに所属する全員が魔術師ではなく、実はその大半は魔術を一切使えない学者です。
エオスにおいて魔術素養がどうやって備わるかは大きな謎です。
父親がウィザードであっても子供が魔法を扱える保証はありません。
どんなに勉強しても『第三の手を扱う技術』とも言われる魔術感覚を理解しえる人間はごく僅かなのです。
そして最後にして最大の難問がお金の問題です。
ギルドに入ってはお金を取られ、教材を買ってはお金を取られを繰り返せば隼のようにお金は飛んで行きます。
従って魔術の素養が千人に一人としても、それだけの金を用意できるのは万人に一人も居ないのが現実なのです。
これらの理由から、魔法使いの数は絶滅危惧種並みに少ないのがエオスの現実です。
余談ですが、彼らが在野に流れる事は皆無です。
魔術師ギルドは後継者を育て、研究を進める導師を欲してますし、国は優秀な兵士を求めています。
それ以外の分野でも魔法は強く求められる魅力的な力です。
初級魔術の《フライト》ですら、距離をわきまえれば優秀な情報伝達手段となります。
まさに引く手数多。
加えて大金を必要とする教育を受けるだけの背景がある彼らの大半は売約済みでしょう。
従って『魔法使いの冒険者』はオリハルコン並みに希少な存在なのです。
だからこそ、暁の女神亭は『特異点』やら『混沌の渦』やら言われるんですよ?
さて、舞台は変わって魔術師ギルド内です。
ローブ着た魔術師っぽい格好の生徒アルルムがてりゃーと魔法を撃ってます。
打ち出された火球がセットに当たって小火騒ぎです。
一時中断。
というわけで生徒は廊下で正座しています。
「このおばかさんっ!」
導師役のアルルムが叱ります。
演技のつもりでしたが、結構洒落にならない燃え方してたので本気入ってます。
「喧嘩で魔法使うなんて何事デスカ!」
「魔法使いの拳は魔法だって昔の偉い人が言ったにゃ」
悪びれず生徒が言い返します。
「君ねー。
魔術師ギルドの発足理由わかってる?」
「赤信号皆で渡れば」
スコーンとハリセンがいい音を立てます。
「エオスに信号はありませんっ!」
「そっち!?」
突っ込みに思わずマジ返しします。
「ともかく。
むやみやたらに魔法使っちゃだめって言ったでしょ」
「えー?
使える物は使わないと~」
「あのねー?
市外での魔術行使は罪にゃのよ?」
「……え?」
生徒、ぽかーんとします。
「特に王都アイリンでは騒乱罪に悪ければ国家反逆罪又は反逆準備罪がついてくるにゃ」
「それってテロリストとかに付く罪状じゃんっ」
やれやれと導師は肩を竦めます。
「ボクサーの手は武器扱いって知らないの?」
「いや、ボクサー居ないし!?」
拳闘士はいますが。
「それと一緒で魔法使いは常に帯剣してるようなもので。
ほら、街中で抜剣したらどーなる?」
「赤に捕まるー」
「そういうこと。
そして魔法は剣よりも被害が大きいから蜂起と同等の被害を予想し、アイリンでの魔法行使は王家に対して刃を向ける行為とみなすにゃ」
「あちしそんなに強くないよ?」
「力量がなければ武器握って街中走っていいの?」
「にゃはは。
そんなわけないじゃん。
ばっかでー」
拳骨が降り注ぎます。
拳闘士真っ青のクリティカルヒットです。
「(_。。)_~@」
「君が言う通り余りにも罪が大げさってのは事実にゃよ。
でもね。
これは魔術師ギルドがあえて国に求めているにゃ」
というわけで解説です。
魔術師とは先ほどの説明にもある通り、常に抜き身の剣……というよりプラスチック爆弾を携えた存在です。
同時に優秀な盗賊でもあります。
《フライト》を使えば足跡を残さず、どんな鍵も《アンロック》で開いてしまう。
罠が仕掛けられた遺跡や警備の厳重なお城であればいざ知らず、一般家庭に強盗に入るのはとても簡単です。
基本的に市街地での魔術の行使は非殺傷魔術であっても禁止されています。
よっぽど大騒ぎでない限り厳密に取り締まりはしませんが、暗いからちょっと《ライト》をというのも本当は駄目です。
さて、導師の言葉にあった通り、この法律を積極的に推し進めているのは魔術師ギルドです。
これについてはお芝居で続きをどうぞ。
「なんで魔法使いが魔法つかっちゃだめなんだYO!」
「魔女狩りって聞いたことないにゃ?」
「あるある。
魔女は火あぶりだべー」
「……」
「……」
目と目が、視線と視線が絡みつくように交わります。
「That’s me?σ(=ω=)」
「YES ( =ω)σ)=△=)」
「でも大昔の話でしょーー?」
「そうにゃよ。
だからこそ、魔術師ギルドはそれを繰り返さないことを第一の目的にしているにゃ」
導師は遠い目をします。
「口からいきなり火を吐いたり、目から光線出したり、腕がめきょめきょ大きくなったりするとなんて言うと思う?」
「みゅーたんとー!
The もんすたー!」
「魔法使いってそれやねん」
「えー!?
あいあむひゅーまん!」
「でも、《ファイヤーボール》とか、《ライト》とか、あと、遺失にゃけど《イミュテーション》とかそういう魔法は山ほどあって、魔法使いじゃなきゃ見分けのつけようもないにゃよ」
導師は焼け焦げた背景パネルを見ます。
「いつでも一瞬で人を殺せる力を持つのを恐れて、恐れたあげく恐怖に負けたにゃ。
でも人殺しは罪だということは長く道徳として育まれていたから、魔法使いじゃない人たちは魔法使いを『バケモノ』と認定したにゃよ」
妙にシリアスになりました。
異能への恐怖、これは現実と変わりません。
現実世界では医術や気象知識など、常人が知りえなかった知識がまるで魔法に見えたということから畏敬され、畏れが上回って虐殺が始まりました。
気象衛星もない時代に自然の変化から嵐を予想すれば、それは『予言』であり、見方を変えれば「その人物こそが嵐を呼んだ」とみなせたのです。
重ねて魔法使いは元々真理の探求者という側面があり、道徳を軽視する傾向がありました。
これはキメラや自らをレイス化する術などから見て取れます。
このイメージはやがて世界に広まり、やがてどこかで発生した一人の魔術師の言動が『魔法使いに対する恐怖』に着火させてしまったと言われています。
エオスの歴史にそれが何時の頃の話かは記載されては居ません。
隆盛を誇った統一帝国成立前とも言われてます。
爆発的に広がった魔女狩りに、在野の魔法使いは行っていた研究を問わず引きずり出され、火刑に処される事になります。
この突然のパニックから身を護るために集まった魔法使いの集団こそが魔術師ギルドの始まりだと言われています。
彼らは集まることで身を護り、そして規律を作ることで自らを律し、魔術の有用性を権力者にアピールしました。
無論時代は彼らに安眠を与えませんでした。
しかし長い年月と実績はパニックの沈静化と共に彼らに安眠を与えるまでになったのです。
この悲惨な事実を魔術師達は語り継いだ恐怖と共に覚えています。
そしてその火種が未だに人々の中に根付いていることも知っているのです。
「今でこそ果ては騎士かウィザードかとまで言われるようになったけどね。
理解できない怖い存在であることには違いないんにゃよ」
「むうむう。
でも魔法強いなら殺っちゃえばいいじゃん」
やけに好戦的なのでゴスっと導師がやっちゃいます。
「もちろん、魔女狩りの初期、魔法使い達はやられっぱなしじゃなかったにゃよ。
でも敵は千倍。
かの絶大な力を持った魔王ザッガリアですら万軍を率いる人間には勝てなかったにゃよ?」
「(_。。)_いいパンチだゼ」
「ついでにエーテルリアクタを動力にする機械技術の発達や、魔銃の開発。
魔法使いは新たな転機を迎えようとしているのも一つの事実にゃよ」
「魔道具便利ネー。
犯罪に使いたい放題ネー」
「それも一つの社会問題なのよねー。
魔道具が高い理由、わかる?」
「儲けるため」
導師は16HITコンボを叩き込みます。
超必殺のフィニッシュブロー付きです。
「原価が高いことや研究・技術費の滅却もあるけどね。
販売数を抑制して安易に行使されないための金額にゃよ。
だから赤とかには安価で卸したりしているにゃ」
「癒着ですな」
戦闘用ゴーレムを起動して、無限コンボを叩き込みはじめます。
カウンターは9999ダメージで停止してもイケイケです。
背後の悲鳴を無視して導師は続けます。
「後は例外の話をちこっとよろしく」
今回なげーなぁ。
さて例外についてです。
魔法使いになる手段の8割りは先に紹介した手順となります。
では残り2割はと言うと多い順に
・内弟子
・在野の魔術師から
・その他
・新規枠
となります。
突っ込みどころ満載ですね。
まず内弟子と在野の~はどう違うか。
大違いです。
内弟子と称する場合、師匠は魔術師ギルドの人間です。
家庭教師の延長で魔術まで教え、魔術を扱えるようになった時点でギルドに登録をします。
この場合ギルドの登録料は必要ですが、金貨数十枚程度です。
一方の在野の魔術師からというのは魔術師ギルドに登録していない魔術師から習得するケースです。
在野の魔術師はそのほとんどが禁忌魔術の研究者や犯罪に関与する者です。
ギルドとしては抹殺対象ではあり、裏社会では大歓迎される存在となります。
その他については何事も例外があるもので、書くとキリがないので飛ばし、最後の特別枠を説明しましょう。
先に述べた通り、魔術師になる最大の障害は才能よりも金銭の面にあり、魔術師の少なさに拍車を掛けています。
また魔術師でなくとも開発の可能な魔道具の発達、魔法に寄らない機器の開発は着実に魔術師の数を減らしています。
さらに近年、『聖戦』を初めとして立て続けに起きた戦争で多くの魔術師は命を落としました。
国が有する魔術師部隊では補充もできない状況に陥ったのです。
そこで、国と魔術師ギルドは新たな政策を打ち出し始めました。
魔術の才能がある者に兵役を義務として教育費の免除を立案したのです。
特にこの制度は『世界塔動乱』で多数のウィザードをはじめとした多くの魔術師を欠いてしまったバールが積極的に導入しているようです。
新しい皇帝、開かれた開拓地と並び魔術師の新たな道を開いた場としてもバールは注目を集めていると言えるでしょう。
「でもさー」
復活した弟子が言います。
「女神亭の連中凄い魔法ばんばん使ってね?」
「あー、あそこは治外法権というか、あの周囲で起きたことは木蘭ちゃん責任で何とかしろってことになってるらしいにゃよ?」
「うわー」
めでたかろうがどうだろうが。