8 シュトラウスの事情
Fo109は優秀な戦闘機であるが、残念ながら航続距離が短いという欠点がある。そのため戦線の移動に伴ってこまめに飛行場を前進させなければならなかった。そして飛行場に適した場所はそう多くはないとなると、自然と場所の取り合いとなってしまう。
このヴァネスの郊外にある飛行場も、最も戦線に近いがためにブランドル空軍がひしめき合う。その中に黒い尾翼に銀の兜が描かれたFo109が混ざっていた。
ウェルター・フォン・シュトラウス大尉は機体を整備員たちに預けると、部下を一人伴って指揮所へと向かっていた。
「やはりどうにも手狭だな。急降下爆撃隊に先を越されたおかげで我々戦闘機隊の居場所が無い」
前線基地として使えるかと思って先行して見に来たが、第27戦闘航空団全体が展開するのはむずかしそうだった。
「当面はレネスから通うことになりますかね。ちょっと遠いんだよなぁ」
部下のフランツ少尉が話しかける。
「近くに新しい飛行場を作っているそうだから、それができたら上がってすぐに狩りができる」
もっともその頃には戦争が終わってそうだが。期待に満ちた若者には黙っておくことにした。
指揮所に着いてみると何やら騒がしかった。無線室の周りに何やら人だかりができている。
「何かあったのかな」
よその部隊であるのにかまわずにシュトラウスは割って入る。食ってかかろうとしたものも居たが、騎士鉄十字章を見て引き下がってしまう。
「これは、フォン・シュトラウス大尉殿」
無線手が立ち上がって敬礼するのをシュトラウスは手で制する。
「何事かね」
「は、警戒機より奇妙な報告がありまして」
無線手は電文を書き起こした紙に視線を向ける。
「敵の編隊が前線上を飛行しているようなのですが、何やら煙のようなものをまいていると」
「毒ガスかとも思いましたが地上からの被害報告は無く、意図を図りかねているところでして」
たしかに合理性の感じられない行動ではあった。聞いていたシュトラウスも首をかしげる。
「ただの目立ちたがり屋かもしれません」
ヤケのような推察を無線手は口にする。しかしそれを聞いてシュトラウスの眉が少しだけ動く。
「目立っているのかね」
「はい、地上でも空でも目撃報告が飛び交っています。何しろ戦線に大きく線を引いているようなものですから。どこからでも見えます」
「そうか、ご苦労」
シュトラウスは踵を返すとそのまま外に出た。向かう先は当然自分の機体であった。
「どうするんですか、もしかして」
些かの期待を込めて部下が尋ねた。
「ああ、見に行く。奇妙な行動をする目立ちたがり屋に、心当たりがあるものでね」
ここから前線までは40㎞ほど、十分とかからない距離に今自分は居る。これもまた運命なのかもしれない。
「次期皇帝陛下のご要望には、騎士として応えねばなるまい」
胸の騎士鉄十字章が重く感じられる。
「何だか嬉しそうですね」
なのに彼の部下は奇妙な事を云った。
「そうかね?」
自分では責任の重さに直面しているつもりだったのだが。
「はい、何だか面白いことが起こりそうだ」
それではまるで誰かみたいではないか。そんなはずはない。首を大きく振ってから、シュトラウスは自分の愛機に向かった。