6 派手な慰問飛行
5月14日
ブリタニー半島 サン=ブリュー上空
「というわけで、これからちょっと慰問飛行をやろうと思う」
サン=ブリューに到着したところで唐突に紅宮綺羅が云いだした。
「地上では武運拙く苦戦が続いているが、我ら航空隊は共にある。それを示すために前線に沿ってみんなを励まそうって話だ」
〈翔覽〉を出るまではなんだかんだではぐらかしてきた今日の目的を聞かされて、皆首をひねっている。
まあそうだよなぁ。作戦を思いついた場面に立ち会っていた洋一も、未だにどうしてこうなったのかよく判らない。
「あの、隊長、極秘の特殊任務ってのはそれなんですか」
今日は4番機の位置に入っている小暮二飛曹がもっともな事を尋ねてきた。
「そう、云ってみれば空中サーカスだね。そのために腕の立つメンバーでを揃えたつもりだ」
小隊長機が綺羅で2番機が洋一。普段なら小隊長を務める事の多い成瀬一飛曹が3番機に入って4番機が小暮二飛曹。確かに贅沢な小隊であった。
「はぁ、それで小隊長機の腹に変わったものが付いているわけで」
綺羅の機体、普段ならば増槽をぶら下げる機体腹部に見慣れない筒状のものがぶら下がっていた。
「うん、空中サーカスで使う発煙器だ。発煙と云ってもオイルを霧状にばら撒くんだけどね」
先の大戦が終わって、仕事のなくなった飛行士達が始めた仕事の中に「空中サーカス」があった。地方を回って飛行機が飛ぶところを見せて客を集める。最初はただ飛んで居るだけでも大喜びだったが、やがて宙返りなどの曲技飛行や、翼の上を歩くなどの軽業を見せるようになってきた。
煙を曳くようにして飛行の軌跡を判りやすくするのもその一環だった。蒼い大空に描く白い航跡は、多くの人の心を捉えた。
「ノルマンは空中サーカスが盛んだったから、ツテをたどって探したんだ。まあなんとか見つかったんだけど」
綺羅の機が大きく左右に翼を振る。すると南から別の編隊が近づいてきて彼らの横に並ぶ。
「紹介しよう。ノルマン空軍第74飛行隊のマラン少佐。発煙器を探してたら自分達もやらせろと云ってきてね」
ノルマン空軍のマークを誇らしげに掲げたソッピース・シルバーフォックスの3機編隊が翼を傾けて挨拶した。
「プリンセスキラ。ノルマンでのことにノルマンが関わらぬ訳にはいかないのですよ」
ついでその後ろから別の編隊が現れる。
「こちらは第303飛行隊のウルバノヴィチ中尉。ワルシャワ大公国出身ね」
シルバーフォックスに比べると少しずんぐりとしたホーカー・ハイランダーの編隊がそこにあった。国籍マークはノルマンであったが、機首にワルシャワ公国を示す赤白の市松模様が描かれていた。
「発煙器はわが飛行隊の持ち物だ。ならば我々が参加しなければならない」
ウルバノヴィチ中尉は少し訛りのあるノルマン語で答えた。二年前にワルシャワ大公国は国土をブランドル帝国に占領されていた。かろうじて脱出してきたワルシャワ将兵で編成されたのがこの第303飛行隊である。ノルマン語の出来が多少悪くても、実戦経験豊富な彼らの飛行隊はノルマン空軍の中でも際立っていた。あてがわれた機体が些か旧式機となったホーカー・ハイランダーにもかかわらず、多大な戦果を上げていた。
「そして最後は陸軍64戦隊の加藤さん。先日も一緒に飛んだね」
秋津陸軍の一一式戦闘機〈隼〉が反対側から現れた。
「困るんだよねぇ紅宮少佐。こういう大事なことに陸軍を呼んでくれないと、あとで何を云われるやら」
真新しい銀の翼が大きく振られる。
「なんかどっかで聞きつけてきたらしくってね。いろいろ調整の結果それぞれ一個小隊出すことになった」
ちょっとした思いつきがノルマン、秋津連合軍全体を巻き込んで大事になってしまった。そして大事になってから第一航空艦隊に話を持ち込んだために、艦隊の方でもなんだか断れなくなってしまった。
こういうところが綺羅様だよな。話がどんどん大きくなっていくのを隣で見ていた洋一は自分の指揮官機を眺めた。
「お集まりの紳士淑女の諸君。では始めようか」
マラン少佐が声を掛けると、各国の機が隊列を整える。各小隊は見栄えが良いように密集編隊を組む。そして四つの小隊が横一列に並んだ。発煙器は四つしかなかったので各小隊長に割り当てられている。針路は南。海岸線の端から戦線にそう。
「スモークナウ」
かけ声と同時に、4つの筋が薄青い空に描かれた。
中央にノルマン空軍の二小隊。彼らは白い煙をなびかせている。
それを秋津の編隊が挟む。陸軍の64戦隊が青い煙。そして紅宮綺羅がたなびかせるのは赤であった。
青白赤はノルマン共和国の国旗の色であった。清教徒革命以来、勝利も敗北も味わってきた旗色であり、劣勢な戦場で兵士を鼓舞するには最もふさわしい旗であった。
「急いで決めたから複雑なことはできないからね。ほんとはもっと空中サーカスらしく宙返りとかしたかったんだけど」
提案者としては少しばかり不満ではあるらしい。とはいえ種類も国籍もバラバラの機体で練習も無しに編隊を組んで何かしようというのがそもそも無理がある。横一列に並ぶぐらいにしてくれないとこちらも困る。
何はともあれブリタニーの空に鮮やかな帯が描かれた。片目で指揮官機を追いながら洋一はもう片方の目で編隊を眺めた。流石にいずれも音に聞こえた精鋭の航空隊である。ビシッと編隊を組んで身じろぎもしない。
そんな中に自分がいても良いのだろうか。そんな不安が洋一にはあったが、事ここに至ってはおたおたもしていられない。綺羅機との距離、動きを逃すまいと意識を集中させた。
下からちゃんと見えてるのかな。洋一は一瞬だけ地上に目を向ける。本来は麦畑であろうところに幾つもの塹壕線が見える。その密度から、あの辺りが敵味方の境界線かなと見当が付いてしまう。
塹壕から見上げるとそこに赤白青の国旗の色。見えていてくれるといいなぁ。自分が参加していると云うのもあるが、それはそれとして前線で苦労している兵士達の心の癒やしになっていて欲しい。
しかし最前線と云うことは、敵の兵士達もそこで対峙している事になる。向こうからも、この鮮やかな帯は見えているだろう。どう思っているのかな。天晴と思うだろうか。ふざけるな真面目にやれとかだろうか。
そして地上の敵兵士達からも見えているということは、そこから飛行場に連絡があって、そして迎撃機が出撃する筈である。はてさてどうなることやら。洋一は周辺索敵に労力を割き始めた。