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5 次期皇帝の閲兵

    ブランドル支配域 ル・マン 


 真っ直ぐ伸びた滑走路の両脇にずらりと航空機が並ぶ。大きな翼に二つの発動機(エンジン)を突き出したゴータGo111爆撃機。力強く脚を踏みしめて翼をくの字に曲げたユンカースJu87急降下爆撃機、そして小さく俊敏なフォッカーFo109戦闘機。ブランドル空軍第二航空艦隊の威容がそこに並んでいた。

挿絵(By みてみん)

 その中央を派手に飾り立てたオープンカーが通過する。後部座席に立つのはブランドル帝国皇太子ヴィルヘルム。第二航空艦隊の銀翼と、その前に整列した搭乗員達を閲兵していた。

 本来は自動車用であるサルト・サーキットを接収して百機以上の航空機を並べてみせる。まさしくノルマンを制したブランドルを見せつける式典であった。

 力強きブランドルの翼を眺めて、皇太子は満足げに頷いた。これこそが新しきブランドル帝国の、自分の力なのだ。

 老いた皇帝は床に伏せ、彼が皇帝と呼ばれるようになるのもそう遠くはないであろう。これからのより困難な時代を自分は切り開き、そして帝国は更に大きくなる。

 先の大戦ではなしえなかったノルマンの打倒も、自分の代で成し遂げるのだ。自然と皇太子の敬礼にも力がこもる。

 考えてみれば彼の父ヴィルヘルム二世も不思議な皇帝であった。様々なことに意欲を持って取り組むのは良いのだが、正直あまり良い結果とならずに気がついたら周辺国の多くを敵に回していた。先の大戦も皇帝が暗殺されたオーストリアの皇位継承を請求して、それがこじれにこじれて世界大戦となってしまった。

 だが最終的にブランドルはオーストリア、ハンガリーを配下に治めて三重帝国となった。泥沼となって誰も彼も疲弊しきったがゆえの終戦であり、アルザス、ロレーヌ地方を失った。ワルシャワ公国も承認する羽目になった。戦争という意味ではけして勝利ではなかったはずだ。しかしブランドルの版図は歴代最大となった。結果だけを見れば比類無き偉大な皇帝であろう。自分がその後継者たり得るためには、先代がなしえなかったことをしなければならない。そのための空の力なのだ。

 飛行機の閲兵を終えると、次の式典が始まる。五名ほど並んだ将兵の前に立つ。抜群の功績を挙げた者達へ、騎士鉄十字章を授与するのである。鈍く光る騎士鉄十字章を、居並ぶ英雄達の首に掛けていく。その中の一人の前で、皇太子は足を止めた。

「二十機撃墜、おめでとう。フォン・シュトラウス男爵」

「ありがとうございます皇太子殿下」

 慇懃な態度でウェルター・フォン・シュトラウス大尉が頷いた。くすんだ金髪の偉丈夫は、これぞブランドルの若き騎士とばかりに、居並ぶ叙勲者の中でもひときわ輝いていた。

「そういえば男爵、貴公について面白い話を聞いたのだが」

 勲章を手にして、皇太子は世間話を始めた。

「なんでもリールで素敵なダンスを披露したとか」

 ほんの僅かシュトラウスの眉が動いた。

「朕もぜひ見てみたかった。まったく残念なことだ」

 周囲の空気が少し重みを増す。皇太子が云っているのは去年のリールで、このシュトラウスと敵国の皇女である紅宮綺羅が舞踏会で出逢っていた事件のことである。

「とんだお耳汚しで」

 シュトラウスの表情は変化を見せない。

「アキツの新聞を翻訳して貰ったが、いや、中々に面白いなあれは」

 本来ならばシュトラウスが黙っていれば秘密は守られるはずだった。しかしどういうわけだかアキツの新聞で一連の事が掲載されてしまい、海を渡って遣欧秋津軍の兵士に読まれ、そしてブランドルによってそれが回収されていた。

 当初は敵方の情報を入手するために情報局が翻訳していたのだが、誰かが面白がって周囲に漏らし、どういうわけだが各所で受け、遂にはこちらの新聞でも勝手に翻訳されたのが連載されるようになっていた。皇女(プリンツェン)飛行士(フリーゲリン)キラ・アケノミヤと少年(ヤンゲ)飛行士(フリーガー)ヨイチ・タンバはブランドルでもちょっとした有名人となっていた。

 その中でもブランドル占領下のリールでの舞踏会にキラたちが潜入した話がことさら話題になっていた。大胆不敵にも敵地の舞踏会に潜り込み、誰よりも目立つ舞踏会の華となる敵国の皇女は向こうから見ても面白かったらしい。そしてその中で重要な役割を果たすのがこのウェルター・フォン・シュトラウスであった。

 キラと並び立つ貴公子として舞踏会に登場して、そして途中で正体に気づく印象的なな役回りでこれまた話題となり、そしてシュトラウスの立場を危うくしていた。

 相手がアキツの軍人と気づいたなら、なぜその場で取り押さえなかったのか。そんな声が彼の周囲で囁かれるようになっていた。

「君は彼女のことは気づいていたのかね」

 皇太子もその辺りのことが気になっていたので尋ねてきた。周囲の空気が張り詰める。返答如何ではシュトラウスの首が飛ぶのでは。

「ええ」

 しかしシュトラウスは堂々と肯定して見せた。

「騎士として、貴婦人に恥をかかせるわけにはまいりませんから」

 シュトラウスは自分に渡されるはずの騎士鉄十字章を眺めた。

「しかし騎士道などと云うものは前時代の遺物で、新しい時代には不要なものです。遠慮なく処分なさってください」

 堂々と云ってのけたので周囲の者は固唾を飲み込んだ。そんな様子を見て、皇太子は笑い始めた。

「そう云われてしまっては赦すしかないな、男爵」

 笑い終わると手を伸ばし、自ら家臣に騎士鉄十字章を授けた。

 皇太子と男爵は向かい合い、そして敬礼した。表情を変えずに、シュトラウスはほんの少しだけ息を吐き出した。

 賭に勝った。これでこの問題は沙汰止みだろう。何しろもうすぐ皇帝になる人物からの赦しを得たのだ。

 まったく、あの女のおかげでいらぬ苦労をする。シュトラウスは海の向こうの疫病神を呪った。

 それと余計なことをした向こうの新聞社にも恨みの念を送りつつも、シュトラウスは一つだけ感謝していた。あの事件の翌朝、基地に戻ったら一機のフォッカー109が行方不明になっていた。あれも彼女たちの仕業だと思っていたのだが、どういうわけだか例の記事には書かれていなかった。舞踏会を抜け出した後、奪った車でアミアンに戻ったことになっていた。

 あるいは本当に関係なかったのかもしれない。だがおかげでシュトラウスの首がつながっていた。流石に彼女たちの手でフォッカー109が敵の手に落ちていたら、それこそ首が落ちていた。

「ところで男爵」

 叙勲も終わり、皇太子は去ろうとする手前で振り返った。

「プリンツェシン キラといえば朕も会ったことがある。たしか貴公に授ける筈の勲章を授けたな」

 シュトラウスの表情が一瞬だけ揺らいだ。二年前に行われたシュナイデル・グロッセ。飛行機の速度世界記録を目指して競いあう世界大会。本来は一機のみで記録に挑戦するはずだった。それをブランドルの抜きん出た航空技術を世界に示さんと各国に参加を呼びかけて競争形式にしたのだが、世界一速い飛行機と飛行士はキラ・アケノミヤとデンコーという名の飛行機に奪われてしまった。

「実に美しい女性だった。彼女が来ればわが宮殿も華やかになるだろう。彼女を招待してくれんかね。貴公が」

 そう云い残して皇太子は車に乗込んでいった。残されたシュトラウスは今度は周囲の人間が気がつく程度に小さく息を漏らした。

 首はつながったがまたやっかい事が追いかけてきた。宮殿に招待と云うことは生け捕りにして連れてこいと云うことか。

 この世で最も気ままな鳥を、果たして籠に入れることができるのだろうか。やっかいな難題を前に、シュトラウスは澄み切った春の青空を眺めた。


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