13 ブレスト防空戦 vsシュトラウス
「エチゴ一番、こちらクレナイ一番。麻倉、そっちの様子はどうだい」
周波数を切り替えて綺羅は第二中隊を呼び出した。数秒の雑音のあと、返事が返ってきた。
「クレナイ一番、姫、そっちにフォッカーの中隊が向かった! 片方は抑えたんだがもう一つが、このぉ、どけぃ!」
第二中隊長、麻倉大尉が奮闘しているのが無線から伝わってきた。
「クレナイ一番了解、対処する。麻倉も無理するなよ」
クレナイ中隊に再び緊張感がみなぎる。この出撃で三度目の戦闘。疲労も被弾もあるが、まだやれる。ここが正念場だ。洋一は大きく息を吸い込んだ。
綺羅以下第一中隊は集合して再び隊形を整え、高度を取り直す。大きく旋回して敵が来るとおぼしき方に向かうと、果たして針路上に敵影が見えた。規模は中隊規模。
向こうもこちらに針路を向けた。おそらくはこちらに気づいている。お互い奇襲はできない。
「ん、シュトラウスかな? あれは」
不意に同意を求められたが、洋一にはただのごま粒にしか見えない。
「どうして判るんです?」
「なんというか、飛び方とか」
洋一には普通に飛んでるようにしか見えない。
「今度は宙返りに付き合ってくれる雰囲気ではないかなぁ」
戦う気に満ちていることは洋一にも判った。中隊を広めに展開して逃がすまいという意志を感じる。
「こっちも合わせるしかないね。アカツキが左、ユウグレが右ね」
高度も同じくらい、双方発見して戦意も高い。中隊同士ががっぷり四つで勝負となる。
腕と腕のぶつかり合いだ。洋一はそっと脚に手を伸ばす。兄の作ってくれた脚絆付飛行靴。スネをしっかり締め上げているのを確認してから、操縦桿とスロットルを二度ほど強く握る。
視線を敵に向け、素早く指揮官機にも向ける。やれる。どこまでもついて行ける。洋一は自分に強く云い聞かせた。敵はもう、目前に迫っていた。空冷エンジン特有の丸い弾丸のような影が、彼らに向かって突き進む。
中隊二つが激突した。まるで花が開いたように双方がぱっと広がる。そして互いの後ろを取らんと激しく旋回した。
すれ違いざまに洋一は相手の尾翼を確認する。指揮官機は黒い尾翼に銀の兜。確かに「銀騎士」ウェルター・フォン・シュトラウスの愛機であった。
双方3個小隊12機同士の闘い。自然とそれぞれの小隊が割り当てられる。クレナイ小隊の相手は、当然ながら黒い尾翼の指揮官小隊。
向こうもこちらも逃げずに旋回、相手を頭上に見ながらの巴戦となるが、もちろんただの巻き合いにはならない。フォッカー4機のうち、後ろの2機が少し離れつつ高度を取る。1、2番機を援護する形となる。とするとこちらもそれに対応しなければならない。
「三番と四番は後ろの相手を宜しく。私と洋一君は前の2機だ」
「クレナイ三番了解、松岡、離れるなよ」
3番機の小暮二飛曹は返事と共にするすると高度を取る。互いの3、4番機が見守る中、1、2番機は更に内側へ食い込んだ。
まるで闘技場だ。紅い尾翼と黒い尾翼が互いに食らいつかんと駆け回る。編隊戦闘をしているはずなのに、これではまるで決闘だ。そして洋一は紅い騎士の従者として付き従っていた。
先に仕掛けたのはどちらか判らない。1番機が一度上昇に移り、そして頂点から降下に移る。渦巻きが小さくなりながら高度を下げる。
機首を戻したときにはお互い同じ方向に向かって並走する同行戦に変わっていた。相手に向かって急旋回すると向こうも迫ってくる。互いの軌道が交差した瞬間に切り返す。
2つのジグザグ線がハサミのように何度も交差する。ちょっとややこしい状態になった。追いかける1番機も少し遅れて同じように軌道を交差させる。
しかしこの混沌はチャンスかもしれない。気が遠くなるそうな強いGに締め付けられながらも洋一は敵の指揮官機、2番機、そして自分が護るべき綺羅機に眼を走らせた。こうなってくると2番機が援護できるかがカギになるはずだ。
シュトラウスは確かに強い。1年前に対峙したときに洋一は手もなくひねられた。だが我らが紅宮綺羅はそれに勝るとも劣らない腕を持っている。そして向こうの2番機はシュトラウスほどではない。指揮官機を追うので背一杯な、自分とさして変わらない腕だ。
なら敵2番機の隙を見てシュトラウスに一撃でも入れられれば、一気にこちらに優位になる。
一年前はフォッカー109の方が加速と横転性能に優れていた。しかし今彼らが乗っているのは同じ十式艦戦でも、翼端を切り詰め、エンジンも1130馬力までパワーアップさせた二号艦戦である。向こうの優位は大分なくなっているのが判ってきた。あとは腕と度胸だ。
仕掛けられるか。洋一は2番機の動きを読む。次に切り返したときに、そう考えたところで2番機と交差。少しばかり相手の軌道が変わったのが洋一には判った。
野郎、1番機の勝負に加勢するつもりだ。ふざけやがって。自分と同じ考えに至った敵2番機を洋一は罵った。
切り返しざま、洋一も少し旋回方向を変える。狙いも何もあったものではないが殆ど勘で洋一は引き金を引いた。
機首から伸びた曳光弾は敵2番機の前にばら撒かれる。目前を光の矢が通過した相手は1番機へと向かうのを諦め、旋回を強める。
よし、牽制が効いた。安心した洋一ではあったが、すぐ後に悪寒がやってくる。やばい、次の交差で、あいつ当ててくる。頭の中で向こうが一瞬射撃できる軌道に入っているのが洋一には見えてしまった。
逃げるか。一瞬で洋一はその考えを振り払った。たとえ死んでも綺羅様の後ろから離れるものか。
そう考えたところで、洋一は腹が据わってくるのが判った。たった一瞬だ。来るなら来い。彼は敵2番機を睨みつけた。
フォッカーの機首が光るのが洋一に見えた。撃ち出された曳光弾が大きく曲がってこちらに向かってくる。互いに旋回しているので常識とかけ離れた弾道に見えるが、それでもこちらにやってきた。
洋一は一瞬だけラダーペダルを蹴っ飛ばした。機体半分は落とせたと思う。その空間を銃弾が通過した。
垂直に立っていた左の主翼に衝撃が走る。国籍マークの稲穂紋辺りに当たったらしい。
大丈夫だ、そこなら食らっても大したことない。強く信じると洋一は力を込めて操縦桿を切り返した。
急横転で相手をなんとか頭の上に出す。イメージ通りの軌道に入った。あそこで逃げなかったおかげか、次の交差では今度は自分の方が射撃できるようになるのだ。
腹をくくった甲斐があった。こちらもチャンスは一瞬、激しい旋回中なので照準もできるものではない。それでも洋一は勘を総動員した。
機体の3つは先を狙う。弾道を見て修正はできないので思い切っていちにのさんで洋一は引き金を引いた。
機首から伸びた弾道はジョウロから出た水のように曲がり、大体のところに降り注いだ。狙いは大分甘かったが、それでもフォッカーの尾翼に2つは命中したのが洋一には見えた。
さっきのお返しにはなったか。被弾に恐れをなしたか、少なくとも一番機に向かう気配は減った。牽制にはなったのは確かだった。
洋一は少し安堵する。それぞれの2番機はジグザグ飛行を止めないが、互いを警戒した軌道に、微妙に変化した。
これで指揮官機の対決に加勢はさせないという目的は果たせた。しかし洋一は別の焦燥感に襲われていた。
今ので弾を、撃ち尽くしてしまった。
考えてみれば当然である。スツーカを攻撃して、ゴータは2機も攻撃した。そして何度かの牽制射撃をすれば無くなってしまうというものだ。
気づくなよ。祈るような思いで洋一は相手の2番機を見た。こちらに弾が無いことがばれたら、大手を振って1番機の対決に加勢してしまう。
ばれる前に早く決着を。洋一は綺羅機に視線を走らせた。指揮官機同士もジグザク軌道で相手を前に出そうとしていた。こちらは左右だけでなく上下まで使った更に複雑な軌道である。流石にこれにはついていけない。
綺羅様の性格からして、そろそろ仕掛けるんじゃないかな。洋一がそう感じた瞬間に十式艦戦の軌道が変わった。
ジグザグというより宙返りのような軌道で上昇する。だが普通と違ったのはその頂点で機首を強引に振ったかと思うと、殆どその場でコマのように回ってしまった。
その信じがたい動きで遂にフォッカーの背後に付く。相手を見失ったフォッカーは機首を下に向けて逃げに移る。それを綺羅機の銃弾が追いかけた。
胴体後部に銃弾が降り注ぎ、ミシンのように穴をうがつ。そして尾翼に描かれた銀の兜を撃ち抜いた。
衝撃が来ているだろうにしゃにむに降下して逃げる。急降下時の加速はフォッカーは図抜けている。そして綺羅機は先ほどの無茶な機動で速度が落ちていた。
その後ろを護るべく洋一は2番機を牽制しながら回り込んだ。2番機のパイロットと眼が合ったような気がしたが、そのまま彼は指揮官機を追って降下していった。
「クレナイ二番よりクレナイ一番。なんですか今の機動は?」
速度を取り戻す指揮官機の背中を護りながら、洋一は尋ねた。
「ひねり込みだよ。この前成瀬に教わったんだ。なるほど面白いなこれは」
確かに一度だけ成瀬一飛曹が見せた奇妙な動きに似ていた。
「弾があれば仕留められたんだが、まあ仕方ない」
その辺りでなんとなくお互い引き始めた。洋一は空全体を見回した。
遙か下方に派手に煙を吹いた十式艦戦が降下している。プロペラが止まり、もはや飛行はできまい。そのまま海面まで降下して、機帆船のそばに着水した。
そして、もう一つ燃えながら降下する機体と、ブランドルらしき落下傘が空に漂っている。
中隊同士が激突した割りにはお互い戦果は少なかった。洋一の体感だと6対4でこちらが有利に感じられたので、弾さえ残っていればもう少し墜とせたかもしれない。逆に云えばあそこで引いてくれて助かった。
「でも、周りに他の敵が居る状態であの技は危険ですよ。速度が落ちているから逃げられなくなる」
「だから君が護ってくれるんだろ?」
まったくこの人は。
そう云われたら、命に代えても護らなければならないではないか。




