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9 楽しき乱痴気騒ぎ

 ロリアン上空はおもちゃ箱をひっくり返したようになっていた。

 敵味方合わせて40機以上の飛行機が入り乱れて空戦を繰り広げている。ブランドル側の方が数は多いはずなのだが、無秩序な乱戦となってしまい数の優位を生かせないでいた。

 ホーカー・ハイランダーが動きの鈍いフォッカー110双発戦闘機を翻弄し、ソッピース・シルバーフォックスが高速で周囲をかき回す。一一式戦闘機隼がフォッカー109より小さい旋回で後ろを取り、逃げようとするところを十式艦戦で待ち構えて仕留める。

 とはいえいつまでも続けるわけにも行かない。弾も燃料も限りがあり、操る人間の体力気力にも限界はある。

「こちらセイラー1、そろそろ引き上げたいのだが」

「コブラ1、こちらもそろそろ燃料がやばい」

 欧州の飛行機は航続距離が足りない機体ばかりだった。

「ここらでお開きにしたいところですが、帰してくれるかなぁ」

 周囲にはまだブランドルの戦闘機が飛び交っていた。ここまで好き勝手やって見逃してくれそうにはなかった。

「向こうもそろそろ疲れて根を上げて欲しいんだが、おっとまた元気そうな奴が来やがった」

 東の空に新手がやってくるのが見えた。墜としたり離脱させたりしても、次から次へと現れて切りが無い。

「困ったものだ、おや」

 しかし綺羅は何かに気づいたようだった。

「こちらクレナイ一番。我々がちょっと目立つことをするので、皆さんそのうちに離脱を。クレナイ小隊集合」

 翼を振って彼女は列機を集める。

「左梯形(エシュロン)組んで、もっと詰めて」

 綺羅機を先頭にして列機が斜めに連なる編隊になると、彼女は機体の腹から紅い煙をたなびかせた。

 自らの居場所を派手に示しながら、彼女は大きく旋回して新手に近づいていった。戦場の常識を逸脱した突飛な行動に、周囲の敵も、新手も、味方ですら目を奪われた。

 洋一も驚いている一人だった。しかしそれでも付いていくしかない。何しろ二番機なのだ。最も近くで紅宮綺羅を見届けるしかないのだ。

 大きく回って新手のフォッカーと並ぶ位置に来る。指揮官機越しに洋一は敵機を見た。黒い尾翼に、銀色の兜。

「隊長、もしかしてあいつ」

「ああ、銀騎士様だよ」

 ウェルター・フォン・シュトラウス。綺羅といささか因縁のあるブランドル軍のエースパイロットであった。彼の紋章(エンブレム)である銀の兜が尾翼に輝いていた。

「飛び方からそうじゃないかなぁと思っていたけどやっぱりだ。ちょっと挨拶してくる」

 そう云うと敵と味方、二つの編隊は更に接近した。まず綺羅が手を上げて挨拶する。返事は返さないが、相手がこちらを向いたのは洋一にも判った。

 そして綺羅は操縦席内で手で縦に大きく円を描く。相手は相変わらず返事を返さない。というよりどうもあれは驚愕のあまりに返せないのではないだろうか。洋一はなんとなくそう思えてきた。

「ではみんな行くよ」

 そう云うと同時に綺羅は操縦桿を引いた。十式艦戦が空に大きく弧を描く。紅い煙が蒼穹にくっきりと軌跡を残していく。列機もピタリと一体のように追従する。

 外から見ると息がぴったり合っているように見える。その中で洋一は必死になってついて行っていた。何しろこれからどうするのか何も聞いていないのだ。舵や揺らぎなど僅かな兆候も見逃さずに同じ動きをするしか無い。

 空が持ち上がって、やがて大地が背中から追いかけてきて遂には上下が反対となる。ようやく洋一は気づく。これは宙返りだ。

 戦場で縦に大きく円を描く。戦術的に意味があるわけでは無く、ただ誰よりも目立つための軌跡。

 敵も味方も驚くだろう。洋一は注視している綺羅機から、少しだけ認識範囲を広げた。

 なんと彼らのすぐ隣を、フォッカーFo109が飛んでいる。まるで一つの編隊を組んでいるかのように、紅い尾翼の真横に黒い尾翼が並んでいた。

 よく見ると向こうのフォッカーの編隊も右梯形(エシュロン)をぴったりと組んでいる。シュトラウスの列機とあって良い腕をしているのがうかがえる。

 二つの編隊がまるで左右の翼を広げているかのように空に弧を描く。

「やっぱりな、付き合いが良いから乗ってくれると思ったんだ」

 付き合いが良いというより、あそこで乗らねば騎士としての名折れになるからでは。なんとなく洋一にはそう感じられた。

 様々な思惑を内包しつつも、二つの息の合った編隊は見事な宙返りを魅せた。空に描かれた大きな紅い円弧は戦場のどこからでも見えたであろう。

 そして降りて来た彼らの前に、宙返り開始時の煙の尻尾が見えてきた。あそこに入れば宙返りは完成する。

 引き起こしながら洋一は指揮官機を、そして紅宮綺羅を見た。さあどうする。

 紅い雲に飛び込む寸前、綺羅機は左に小さくロールした。迷わず洋一もそれに倣う。これは予告なのだ。

 そして視界が紅く染まる。恐らく周囲からも一瞬姿が見えなくなっただろう。

「クレナイ小隊、帰るよ」

 それを合図に編隊各機は操縦桿を引いた。左旋回で軌跡から飛び出すと、西に向かって離脱していった。

 見失ったのかあっけにとられたのか、あるいは見逃してくれたのか。ともかく敵機は追ってこなかった。

 一緒に飛んでいた味方機も、宙返りをしている間に離脱できたらしい。周囲を見回してからようやく洋一は貯めていた息を吐き出した。どうやら無事に済んだらしい。

「やあ楽しかった」

 そして元凶は実に満足していた。まあ前線に派手なノルマン旗を描き、そして戦場で編隊宙返りまでやって魅せた。まさしく空中サーカスである。痛快なことこの上ない。

「撤退続きで気の滅入る話ばっかりだったからね、少しは明るい話題を提供できたかな」

 彼らだけでは戦局を覆すことはできない。それでも紅宮綺羅の周囲には華やかな勝利がある。洋一はそう思えてきた。

 これを見上げていた前線の兵士達にもそれを伝えられたのではないだろうか。今日の行動に軍事的な意義は少ないかもしれないが、皆の心に小さくとも何かが届けば良いのだが。

 去りゆく前線を振り返って、洋一はそんなことを考えた。


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