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第3話 『Re:Re:Refrain』

【Take3】



「コーヘイ、今なにしたん?」


 セリフが変わっていることに、お気づきになられただろうか。


 いきなり別ルートに入ったわけじゃない。描写してないだけで、過去2回の冒頭のセリフには前段階があったのだ。今周はそこから始める。


「遥名の記憶を消したんだ」


 本来は、俺がこう答えることで冒頭のセリフに繋がった。

 がしかし、今回はその流れを無視しようと思う。


「……別に、なにも」


 アドリブは、思った以上に誤魔化すような言い方になってしまった。

 幼馴染だけに秒で違和感を見抜き、正座の姿勢から遥名が睨んでくる。


「なわけないやろ。頭ボーっとするし、眼はなんだか腫れぼったいし」

「気のせいだろ。この暑さで体調がおかしくなってるんじゃないのか」

「そんなん、炎天下のグラウンドでジャーマネやっててとっくに慣れとるわ」


 ムスっとして反論する遥名が、ここで重大な事実に気づいた。


「てかなんでウチがコーヘイんちおるんよ?」


 じーっと訝しげな視線で見てくるが、さてどう誤魔化したものか……。


「さあな。やっぱ暑さに参って自分の家と間違えたんだろ」

「なるほど。たしかに家隣やし間違うかもしれへんな……ってんなわけあるかいっ! ウチどう見ても超私服やろ! いっぺん家に帰っとるやろ!!」


 ノリツッコミのあとで、ガルルと睨んでくる遥名。

 記憶消去の確認が取れたので、俺は話を進めにかかる。


「それより遥名の方こそ、俺に用事があったんじゃないのか」

「え? ……あ、そーやな。ウチがここにおるってことは、なんか用事があったってことやもんな」


 腕を組んでうーんと呻るも、答えは出なかったらしい。


「アカン。なあコーヘイ、心当たりとかない?」

「なんで遥名が知らないことを俺が知ってんだよ」


 ……まあ、本当は知ってるんだけど。


 今回の俺の計画を教える。過去2度の失敗により、自分が記憶消去されたと知った遥名は、失われた記憶に興味を持つとわかった。放っておくと、せっかく寝た子を起こすような真似をするわけだ。


 だから今回、俺は遥名に記憶消去の事実を伝えていない。

 問題はもう一点。こっちの方が解決が難しい。


「なんやねん。さっきからウチのことじーっと見て。顔になんか付いとるん?」

「いや、そういうんじゃないけど……」

「ノドにものが詰まったような言い方すなや! 直球でこんかーい!」


 ドン、と拳で胸をノックする男らしい言い分に甘えさせてもらう。

 俺は開いた右手を、対面に座る遥名に向けて差し出した。


「……なんよこの手?」

「遥名の持ってるスマホを貸してくれ」

「はあ?」


 器用にも、片眉だけへの字に曲げて不快感を示す遥名。


「なんでウチがコーヘイにスマホ貸さなアカンねん。電話やったら自分の持っとるやろ」

「誰かに連絡を取りたいわけじゃない。いいから貸してくれ」

「いーやーやー!!」


 べーっと赤い舌を覗かせて全力拒否してくる。


 前々から思ってたけどコイツ……小学生かよ!!


 だが待て。頭を冷やせ椎野浩平。感情に感情でぶつかれば、巻き起こるのは喧嘩だ。遥名は根明で遺恨を残さないタイプだけど、今ここで俺が折れなかった場合、そのまま家に直帰してしまう可能性がある。


 俺は深呼吸し、いったん気持ちにリセットをかけた。


「悪い。急に変なこと言った」

「お、おう……わかればえーねん」


 根は素直なので謝ればちゃんと矛を収めてくれる娘なのだ。

 脳内でプランを組み直し、搦手から攻めることにした。


「俺がスマホを貸してほしいって頼んだのは、おそらくそれが遥名の言ってた用事と関係しているからだ。その確認を取るために、少しでいいからスマホを預けてくれないか」


 真剣な表情は作れていたと思う。

 遥名も今度は一蹴にはしない。怪訝な表情も収めないが。


「下手に出られたら遥名さん弱いし、コーヘイがそういうんなら少しくらい貸したげてもええけど……もちろんウチも見とってええんやんな?」


 譲歩の妥協案だが、譲れない一線に触れてしまっている。

 俺は首を左右に振って、否定した。


「必要ないよ。俺だけ見ればわかるやつだから」


 幼馴染の眉根が真ん中に寄っていく。

 明らかにバッドコミュニケーションだった。


「なんやのんそれ。ウチの私物やのにウチが見られへんてどーゆーこと?」

「いやそれは……本当にすぐ済むようなことだから……」


 ピキピキッ、と幼馴染の額に青筋が浮かぶ気配がある。

 いやまあ、実際にはそんなマンガみたいなことにはなってないのだが。


 遥名の口調が、イラついたときのものに変わる。


「コーヘイも知っとるやろ。ウチとこの部活はバイト禁止。せやからコレ、中学時代から必死こいて貯めた小遣いで買ったもんなんやで。言わば遥名さんの宝物や。それをコーヘイの手に委ねるんやから、最後までウチが見守るのが筋やんけ」


 主張は至極ごもっともなので、俺としても反論がしづらい。


 ……ああもう、いっそのこと全部バラしてしまいたい。


 遥名がマネージャーを務めるサッカー部のキャプテンが、遥名が勇気を出して告白したにも関わらずその場での返答を拒否し、挙句帰宅してからクソみたいな断りのメッセージをラインで飛ばしてきて全部台無しにしたんだと声を大にして言ってやりたい。


 けど、ダメだ。そんなことをしたらコイツがまた傷つく。このいつも元気印で笑顔を絶やさない幼馴染の、心の底から悲しむ泣き顔を見ることになる。


 もはや強硬手段に出るしかない。

 俺は嫌われるのを覚悟で行くことにした。


「いいから貸せ。本当にすぐに済むんだ」


 右手を揺らして催促すると、挑発行為になったらしくさらに気分を害する。


「なんやその態度。いつものコーヘイらしくないやんか」

「遥名が意地張ってるからだろ。別に悪いことしようってわけじゃないのに」

「その言い方、余計にアヤシーって自分でわからんの」

「いいから信用しろよ。幼馴染だろ」

「幼馴染やったらウチがそんなことでけへんってわかれよ」


 まさに売り言葉に買い言葉。

 俺たちはガキの頃にやった口喧嘩をそのままトレースした。


 長年の経験の蓄積からわかる。いつもなら俺が折れている展開だと。けれど今回ばかりはそうも言っていられない。あのサッカークソ野郎のクソメッセージを消さない限り、こいつが泣く未来は絶対に避けられないだろう。


 言い合いは数分間に及んだ。

 先に前のめりの姿勢を戻したのは、遥名の方だ。俺が勝利したのだ。


「……コーヘイの言い分はわかった」

「そうか。なら貸せ」


 もはや遠慮など金繰り捨てて憮然と手を伸べる。

 遥名は首を振って、不気味なほど静かな声を出した。


「親しき仲にも礼儀ありって言葉、知っとるか」

「ああ? そりゃあ知ってるけど」

「コーヘイな、今それを完全にブチ抜いたんやで」


 油断したのは、遥名が静かに怒るのを見たことがなかったからだ。

 スマホを取り出して、悲しげな眼で俺を見る。


「細かいことは言ってくれへんし、正直コーヘイがどう思とるのかわからん。けど、今のコーヘイにコイツを託すことはできん。だから自分で確認するわ」


 虚を突かれて、出足が鈍った。元々スマホ中毒のきらいがある遥名は慣れた手つきでスマホを起動し、またまたしても秒速で該当部位へと到達する。


 そして――。


「……コーヘイ、ごめん」


 無表情となり、一瞬で顔色が白に近づいた遥名の、謝罪の声を聞く。

 顔を上げた遥名は俺を見て表情を歪ませ、眼からポロポロと涙をこぼした。


「う、ウチが悪かったから、お願いや……こんな記憶、全部忘れさせて……」


 忘れさせてあげました(4度目)。



 ――ここから、事態はループ展開に突入する。



【Take4】



「こ……こんなんあんまりやろ……もう全部忘れたい……」


 忘れさせてあげました(5度目)。



【Take5】



「な、なんでこんな返事が返ってきとるん? こんなんイヤぁ……」


 忘れさせてあげました(6度目)。



【Take6】



「ウソや! あり得へん! 先輩はこないなことする人やないやろ……!!」


 忘れさせてあげました(7度目)



【Take7】



「わァ……ぁ……」


 泣いちゃった!!!


 忘れさせてあげました(8度目)



◇◇◇



 同じようなやりとりを繰り返して、わかったことがある。


 遥名は、どれだけ俺が釘を刺しても絶対にスマホを見る。元々、スマホ中毒のきらいがあったヤツなのだ。まさか一日どころか部屋を出るまですら保たないとは、さすがに幼馴染みの俺も思っていなかったけれど。


 懸賞だけじゃない。友だちからのラインや、最新のトレンド、明日の天気。阪神タイガースの勝敗の行方など、遥名の興味を引くものは尽きない。それらが脳裏に思い浮かぶ度、遥名は密かにスマホの電源を入れ、またあのサッカークソ野郎からのメッセージを目撃してしまっていた。


 俺も、段々とわかってきた。『催眠アプリ』による記憶の消去は対症療法でしかない。もし今メッセージを見るのを阻止できたとして、それが永遠に続くなんてことはまずあり得ない。


 俺の家から帰れば、遥名はきっとすぐスマホを確認する。仮にそれを我慢できたとしても、交友関係が広い遥名のことだ、友だちから告白の成否を訊かれればスマホの電源を入れてしまうだろう。


 今じゃなくても、ここじゃなくても、遥名はいつか泣く。


 傷ついた心は、忘れさせてやることができる。

 『催眠アプリ』がそのためのツールになる。


 けど、いつかは痛みに向き合わなくちゃいけない。

 何故なら俺たちは、ひとりで生きているわけじゃないからだ。


 両親がいて、先生がいて、友だちがいる。人間関係が織りなす複雑な社会の中に生きている。記憶は消せても、それらは絶対に消去することができない。


 起こってしまった出来事を、完全になかったことにすることもできない。


 手に入れたときは浮かれていた。けど今はもう違う。『催眠アプリ』は万能のツールじゃない。これじゃあ、幼馴染の悲しみを忘れさせてやることなんてできない。


 ……それを思い知って、俺は腹を決めた。

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