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最終話 『きみのとなりで(中)』

 それはさながら、ドラマや映画の中のようなあからさまな告白で――。

 さすがの遥名も恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にしてへへっとはにかむ。


「だから、もう顔も忘れたような人のことで悩まんといて? 彼氏のことずっと不安にさせとって、ほんまにごめんな?」


 顔の前に手を立てて、笑顔で片眼を瞑って謝る。

 さっきのことがまるで夢みたいに、ほな帰ろか? といつものように誘ってくる。


 自分の荷物を持ち直して、踵を返して坂を上ってゆくその背を追う気にはなれなかった。


 その場に突っ立っている俺に気づいた遥名が、首だけ捻ってこっちを見てくる。


「どうしたん? 置いて帰ってまうで?」

「いや……れも……」

「うん? なんやの? 風強うなってきたし、もっと大きな声で言うて?」


 ……クソ、恥ずい。


 けど、彼女にここまで言ってもらって、想ってもらって、なにも返さずにいられるほど俺はもらいっぱなしの彼氏になりたくない。


「俺も、言う」


 羞恥心にギリギリで打ち勝った、搾り出すような声。


 決して音量が大きかったわけじゃない。けれどこのとき、俺はこっちに振り返った遥名の耳がピクピクと動いたような気がした。


 そこからの動きは速かった。遥名は坂の傾斜を利用してたったったっと駆け降りると、棒立ちになっていた俺の真正面にズザッとブレーキをかけて立ち止まった。


「なになになになにデレタイム!? コーヘイひょっとしてウチにデレてくれるのん?」


 胸の位置で両拳を握り、キラキラと期待の眼差しを飛ばしてくる。


 いつもだったら煙に巻いている場面かもしれない。でも、今日の俺は言うって決めたのだ。ああ、と頷きを返してしっかりと肯定する。


「俺がそうしたいって思ったんだ。迷惑だったか?」

「ううん全然!! ゆーてゆーてっ!!」


 ピョンピョンとその場でジャンプする遥名。

 なんというかメッチャ食いついてきたな、コイツ……。


 まさかこんなにテンション上げてくるとは思わずこの時点で若干引き気味な俺だが、ここまで言いかけて引き下がることはできない。


 どういうわけだか服装を点検したり髪に手櫛を入れたりし始めた遥名の姿を眼にしつつ、呼吸を整える。


「よっしゃ準備OK! これで遥名さんの方はいつでもええからな!」

「じゃあ、言うぞ……」


 バクバクと心臓が音を立てているのが自分ごとながら情けない。


 眼の前にいるのは長年の幼馴染で、付き合ってもう2年にもなる彼女だぞ。ちょっとやそっと告白し直すだけだってのに、なにを緊張してるんだ椎野浩平……。


 この段になっても覚悟を決めきれない自分が情けなくて、俺は思い切って両腕を上げた。相手じゃなく、自分が逃げないために遥名の肩を掴む。


「うおっ、肩ロックされてしもたな~? これでウチもう逃げられんな~?」


 頼むからはしゃいで茶化すな、実況すんな……。

 ノドの奥まで込み上げてくる文句を飲み込み、じっと遥名の顔を凝視する。


 すると上機嫌でニコニコ笑顔を浮かべていた遥名の表情がすっと真面目寄りに変わり、頬がうっすらと赤みを帯びてきたのがわかる。


 まるで観念したかのように遥名が眼を瞑る。

 その肩から力が抜けるのが伝わってくる。


「……コーヘイ、ええよ。言うて?」

「ああ」


 生唾をゴクリと嚥下し、俺は告白待ちの状態になった遥名へと――。


「俺も、お前のことが……」


 言葉が、そこで途切れた。


 数秒経っても続きがこないことを不審に思った遥名が、パチッと片眼を開ける。

 それから、唖然としている俺の顔を確認して不機嫌な声を出した。


「あんな、さっきから遥名さんずーっと待っとるんやけど?」

「いや、その……やっぱ言うのやめてもいいか?」

「はあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 案の定というべきか、遥名の口から大ブーイングが発生した。


「な、なにゆーとんのよコーヘイ! ここまできてやめるとか! いやあんたそんなん生殺しやで!! ひ、人の心とかないんかっ!?」


 とまあ、わなわなと両手をわななかせて怒りを表明する遥名であるのだが、どうか落ち着いてもらいたい。


 俺は向き合う遥名の背後を指差し、あれあれ、と注意を向けさせる。

 今にも掴みかかりそうな遥名はかろうじてそれに従い、俺と同じものを目撃した。


「え? あれって……?」


 問題の人物は、家の門の影にいた。


 青いスモックに、チューリップを模した名札。黄色の園児帽を被り、同色の鞄を肩に掛けた出で立ちなのは、帰宅して間もないということなのだろう。どうやら着替え前に俺たちのことを発見したらしく、そのままの恰好で玄関口まで出てきたようだ。


「およ? あんなところにロリ様がおる。しかもこっち見とるやん?」


 良かった。どうやら遥名も状況を理解してくれたらしい。俺は、首を巡らせて幼稚園帰りの女児を見る遥名に、先んじて謝っておくことにした。


「ごめん。住宅街だってこと忘れて熱くなってた。恥を掻く前に気づけて良かったよ。子どもに盗み見もされてるみたいだし、とりあえずここから離れよう」


 そう言って、道端に避難させていた荷物を手に取ろうと歩みかけた矢先、俺の後ろ手に抵抗が生じる。


「……遥名?」


 なんだか嫌な予感を感じて振り返る。すると的中していたらしく、俺の手を掴んだ遥名がいたずらっぽく笑うのが見えた。そして――。


「なーなーコーヘイ。見せつけたろーやー」

「は?」

「いやだから、あそこにおませなロリ様おるやん。あの子絶対コーヘイの告白に期待しとんで。せやからここは一発、コーヘイのカッコええとこウチに決めたってや!!」


 ……えっと、なに言ってんだコイツ。


 無関係の第三者、それとも年端もいかない女児の見ている前で恋人に告白するとか、一体全体どんな羞恥プレイだというのか。それに――。


「たまたま見つけて物珍しくて見てただけだろ?」

「あれ見ても、そー言える?」


 チョイチョイ、と今度は遥名の方が女児のいる場所を指差す。


 そちらに眼をやると、女児は視線を避けるようにさっと門柱の影に身を隠した。しかし頭隠しての類例に漏れず、半身は隠し切れずにこちら側から丸見えの状態だ。


「顔見て、顔」


 せっつかれて眼を凝らす。女児の表情は無表情に近いクール系ながらも、その瞳はこちらに熱視線を放っているのがわかった。なんと言ったものか、興味なさげなフリをして興味津々な輩がするような眼をしている。


 視線を戻すと、ドヤッとばかりに自信満々の遥名と眼が合った。


「わかったやろ? あの子は今、コーヘイの告白をメッチャ楽しみにしとるんよ」


 ああ、それはたしかに今わかった。

 わかったがしかし……。


「なんで俺があの子の希望を叶えてやらなきゃいけないんだよ!」


 てか普通に超恥ずかしいんだが? やめさせてもらいたいんだが?

 そんな俺の内心を見抜いているやらいないやら、遥名は眉根を寄せて言った。


「コーヘイ、それはアカンで」

「はあ? なにが?」


 意味不明の否定が返ってきたので思わず言い返すと、遥名は先生が生徒に言って聞かすようにビシッと告げた。


「不安になるのはしゃーない。けどへたれたらアカン。だってコーヘイさっき言うたやろ。俺も言うって。男たるもの、一度口にした言葉を違えるんはどうかと思うわ」


 一聴してぐうの音も出ない正論に聞こえ、思わず俺は唸ってしまう。

 その隙に遥名は俺の両腕を取り、もう一度自らの肩に乗せてきた。


「仕切り直しや。いざTake2!」

「いやあの……本当に言わないとダメか?」


 この時点で俺は意見を戦わせることを諦め、半ば懇願モードに入っている。

 これまたいつものパターンで、縋られた側の遥名に取りつく島はない。


「当たり前田のクラックシュートやろ。さ、さ、はよ告白して!」

「えぇ……いや、でもなあ……」

「優柔不断な彼クンとか1兆億万点減点やで。そんなんいつも仏の遥名さんもムカ着火ファイナリストになってしまうわ」


 何の選手権だよ。てかなんで勝ち上がってんだよ……。


 もはやどこから突っ込みを入れたらいいやら迷う事態だが、それより先にただならぬ悪寒を覚えて俺は再び女児のいる方向をおそるおそる見やった。


 俺たちのやり取りを見ていたらしい女児は門柱の影から姿を現し、手でジッパーを開けてゴソゴソと園児用鞄の中身を漁っている。やがてお目当てが見つかったのか、なにやら掴んで引き出した。


 女児の手に握られていたものは、おゆうぎの時間によく使われる楽器の一種だった。たどたどしい手つきでゴム部分を左手中指に嵌めると、顔を上げてこちらに注意を向けてくる。そして――。


「つーづーきー(タン)、つーづーきー(タン)」


 身体でリズムを刻みつつ、カスタネットをうんたんさせて催促してくる女児。

 木同士の叩きつけられる音が、想像以上の音量で住宅街に響き渡る。


「ちょっと!?」


 思わずそう叫び、俺は慌てて首を巡らせて周囲一帯を確認する。女児の見ている前で告白するってだけでも羞恥心で死にそうなのに、このままでは付近の住人まで召喚されてしまう……。


 しかし最悪はこれだけじゃなかった。規則的に響くカスタネットの音と催促の声に重なるように、どこかから別の音と声がし始めたのだ。


「はーやーくー(パン)、はーやーくー(パン)」


 楽しげな声と拍手の音の持ち主は、言わずもがな遥名だった……。

 俺に肩を掴まれたままの体勢で、笑顔で胸の前で拍手を打っている。


「ちょっ、バカ! やめろよマジで!」

「えー? そう思うんやったらはよ告ってー?」

「こ、こんな状況でできるわけねえだろ? てかあのガキんちょ……!!」


 思わず女児を睨みつけるも、脅しとしての効果は微塵もないらしい。

 フヒッと口角を釣り上げて余裕げに笑うと、逆にこっちを煽ってきた。


「はよこくってー!!」

「せやせや。はよ告ってー!!」


 お前ら大声出すな! 仲良く唱和すんな!!


 ダメだ。焦りのあまり段々と頭の中がパニクってきている。この状況、もはや一刻の猶予もないと見た方がいいだろう。ならばどうする椎野浩平。この危機的状況をどうにか、最小限の傷で切り抜ける方法は……。



 ――やはり、告白するしか!!



「遥名っ!!」


 強めに名前を呼び、前のめりになってもう一度告白のための集中状態に入る。


「うおっ? ひょっとして覚悟決めてくれたん?」

「ああ、俺は今からお前に告白するからな!!」


 勢いよくさっさと済ませればその分傷口は浅く済む。


 その確信が俺の声に自信を持たせ、女児の耳をも揺らしたらしい。坂の上方の門柱の陰から「おおおおおおおおおおおおお~」とビブラートする感嘆の声が聞こえてきた。


「気合い入れ直したな! かましたれ、コーヘイ!!」

「おうよ!!」


 もはや告白に臨むテンションでは全然ない気がするが、たぶん深く考えたり素に戻ったりしてはいけない場面だ。俺は深く息を吸い込むと、一息に己のすべき仕事をまっとうしようとした。


「俺は、お前のことが――!!」

「ワン!!」


 ……ワン?


 その音に完全に告白の腰を折られ、反射で足元を見る。


 柴犬がじゃれついてきている。俺の足に纏わりついてきている。ハッ、ハッ、ハッと舌を垂らして、上機嫌な様子で浅い呼吸を繰り返している。


 突如として出現した柴犬は俺の右足を支柱に密着したままぐるぐると回り、ジーパン越しにまるで湯たんぽのような体温を伝えてきていた。


「あらあら~、ダメよマチ子ちゃん」


 そして俺たちから見て死角側。

 坂の下方から駆け足で現れた買い物帰りと思しき中年女性。


 飼い主の呼びかけに呼応したのか、俺の足に纏わりついていた柴犬はそちらに向けて一気に駆け降りていった。合流の後、リードを握りなおした女性が坂を上がり、済まなそうな表情でこちらに近寄ってくる。


「ごめんなさいね? うちのマチ子ちゃんったら、家の近くまでくると興奮してちっとも言うこと聞かなくなっちゃって……んまっ!?」


 目撃ドキュン――そんな文字列が俺の脳裏に躍る。


 古今東西言い訳の利かない状況というものは存在する。例えるなら今がそうで、年頃の男女が向かい合い、男の方が女の肩を両手で掴んでいる。


 新参の第三者の眼からして、この光景はどう映るか。

 仲睦まじい男女がいい感じになっている構図に他ならない……。


「いえ、あの、これはちょっとした誤解で――」

「は、ありませーんっ!!」


 遥名ああああ……。


 肩の上に置いた俺の掌をしゃがみ込むことで抜け、遥名は力が抜けて下りた俺の右腕に素早く自分の両腕を巻きつけてきた。


「ウチら、見たままの関係でぇーっす! こんなとこでイチャついちゃってー、ほんっとーにすみませーん!」

「あらあらまあまあ……ううん、別にいいのよ? むしろおばちゃんこそ、あなたたたちがいい雰囲気のところ邪魔しちゃってごめんね? ホント、若いってステキね」


 ニチャア、とした笑みを口に手を当てて隠し、中年女性はこちらをチラチラ見つつ、ウフフウフフフフと声に出しながら坂を上がって去っていった。


 終わった……と静かにその背を見送り脱力していた俺の肩が、背後からチョイチョイとつつかれる。


 振り返ると、爽やかな感じにキリッとした遥名の顔がそこにあった。


「邪魔が入ってしもたけど、さっきので男気は伝わってきたで! それじゃあこれから遥名さんに、コーヘイのちょっとええとこ見せたってや! ワンちゃんだけに、ワンチャン見せたってや!!」


 上手いこと言ったわ、とドヤってる遥名の顔がとうとう俺の限度線を断ち切った。



「できるかあああああああああああああああああああああああああああっ!!」



 その魂の叫びは、どこをどう切り分けても近所迷惑であったという…・・。

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