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第6話 体育祭

夢瑠

挿絵(By みてみん)






「なぁ林檎、可愛いってなんだと思う?」

「あんたね…今が何の時間かわかってる?」

「体育祭」


 「全然可愛くない事変」から特に手応えなく迎えた体育祭当日。

 真夏のやる気はそこそこで、適度に頑張り適度に手を抜いて過ごしていた。

 今は昼の休憩時間で、次は応援合戦の第二部からスタート予定だ。

 林檎と真夏はその手伝いで必要な道具を準備室から運んでいる。


 学年ごとの応援合戦は毎年の目玉だ。

 こういった競技は三年生が有利…かと思われたが、今年の二年生には気迫があった。

 その要因、二年の応援団長―― 猫田 阿十武(あとむ)は腕組みをして待機テントに仁王立ちしていた。

 目をつぶり精神統一真っ只中らしく、背中には気迫がみなぎっている。

 どこから調達したのか着丈の長い学ランを羽織り、素肌にさらしという気合の入った格好である。


「――ねこ。旗持ってきたよ」

「ん? おお! ありがとう二人とも」


挿絵(By みてみん)


 歴代最高の団長とも称される佇まいは凛然と気高い。

 林檎は旗を係に手渡し猫田に言った。


「頑張ってね。…なんて言わなくても、ねこなら大丈夫だろうけど」

「無論だ。これも貰ったしな」


 と猫田は頭に巻いた白いハチマキを大事そうに撫でた。

 真夏は自クラスの列に戻る最中、林檎に訊ねる。


「あのハチマキって特別なの?」

「べつに。ちょっとメッセージを裏に書いただけ」

「へえ。いいな、そういうの。何て書いたの?」

「教えない」


 ぷいっとそっぽを向く林檎。

 どうにも彼女は猫田関連の話題が照れくさいようで口が堅くなる傾向にある。


「ほら始まるよ」


 うながされ前を向いた。

 昼食後でざわつく観衆たちが徐々に静まっていく。

 太鼓が鳴った。

 それを合図にした男女混合十数名のメンバーで構成された応援団が前へ進む。

 全員が中央に揃った所で太鼓が止み――


「はっ――――!!」


 発破をかける第一声、猫田の号令が大地を震わせて演舞がスタートした。

 どん、どん、とテンポを上げる太鼓のリズムに合わせて、空手の型を模した動きが繰り広げられる。

 どの団員も打ち込んで練習したのであろう成果がそこに現れていた。

 一糸乱れぬ統率は、猫田の求心力がもたらしたものだ。


 その鍛えられた肉体はひと際目を惹き、白い鋼のような腹にうっすらと入った縦の筋へ汗が流れきらりと輝いている。

 びりびりと空気が振動し、観衆を震わせる。

 外野で茶化していた者たちも静まるほどの気迫が、場を支配していく。


 後半、猫田が地面に置かれた旗を持ち上げた。

 そこから始まった、怒涛の舞。

 安定そのものの体幹で繰り出される技。

 まさに独壇場、旗はまるで白い炎のようたなびき、踊った。


 林檎はその様子を、両手で祈るように包んで見守っていた。

 いや林檎だけではなく、その場の誰もが魅入っていた。


 やがて―― 

 団員全員の揃った気合の掛け声で締めくくられた応援合戦。

 満場一致の拍手が送られる。

 やる気のあった者も、それなりだった者も、みな一様に火が付けられたようだった。


「おお…。凄かったな」


 と真夏は隣の林檎へ声をかける。


「そうだね。本当に」


 声は静かだったが、横顔からは彼を誇らしく思っていることが感じ取れた。

 林檎にしかできない、猫田を想う目線――

 それは真夏がまだ体現したことのない表情で、ひっそりと心のノートにその色を書き留めた。


「さっ! 私たちも頑張るよ!」


 林檎が立ち上がって言った。

 いよいよクラス対抗ダンスだ。


「びびってんの? いっぱい練習したでしょ」


 ぽん、と林檎が真夏の背中を叩いた。

 猫田たちほど気合を入れた練習はしていない。だが演舞を見た後では失敗したくないという気持ちが一層強くなっていた。

 緊張する真夏を見て林檎が提案する。


「ハチマキ、交換してくれば」


 これは体育祭限定で流行する、親しい者同士で念を込めたハチマキを取り換えるまじないだ。

 一部の者たちのみで行われる戯れには特に興味のなかった真夏だったが、


「私もねこと交換した」


 と林檎が言うので自分の分を外す。


「京一!」


 男子の待機列に向かっていた京一は呼ばれて掛けて来た。

 なんだか忠犬みたい……と林檎が思ったものの、何も言わない。


「これ。お互いに付けようぜ」


 趣旨を理解した京一と、互いのはちまきを交換する。

 これでパフォーマンスが向上する訳でないのは無論わかっているが、それでも緊張は少し緩和された気がした。


「真夏、林檎。頑張ろう」

「おう!」「うん」


 そうして始まった2-Aチームのダンス。

 昨年大ヒットした、誰もが知る軽快なアイドルPOPソングが屋外スピーカーから流れだす。

 女子組は従来通りの振り付けを踊る反面、男子組は力強いオリジナル振り付けも盛り込まれているのが特徴だ。


 (笑顔、笑顔~~ッ)


 途中、観覧席へ向けての全力アピールターンがある。

 真夏はどうしてもここが苦手だった。

 レトロな要素も混じるアイドルソングの振り付けは、やり過ぎではと思えるくらいに観衆へのサービス精神にあふれている。

 それをアイドルではない、いち男子高校生が行うのは大変なハードルだった。

 おまけに来なくていいと伝えた母の早穂(さほ)と、ついでだからと姉の彩陽(さよ)もどこかに紛れている。


 だが前日、夢瑠に言われた言葉が頭をよぎる。


「まなみん、カメラの前で笑えるようになったら最強かも」


 最強――

 憧れる単語。


 (最強に、なってみたいけど――)


 踊るうちに、本番ならではのテンションに高揚していく。

 失敗はない。体の調子も良い。

 だんだんと、曲は一番の盛り上がりへ向かう。

 先人たちの動画を見る限り、その部分では思い思いのアピールを自由に行っていいらしかった。

 真夏はじりじりと、持ち場である外側に移動する。

 ちょうど一番端、最前列ではないが人の目に触れる位置。


 (可愛いなんて、わかんないけど)


 夢瑠にあおられたせいか。

 猫田の応援にあてられたのか。

 林檎の想いを見たからか。

 京一とのやり取りで気合をもらったのか。


 (ここにいる中の一番に、なってみたい、とか――)


 あとどれほど、この姿かもわからない。

 一度だけ。

 思い出づくりで。

 なんだかんだ、楽しいし。


 どうせ撮っているに違いない夢瑠や、その他大勢に向けて。


 (くらえっっ――)


 真夏は、全力のウインクを放って見せた。


挿絵(By みてみん)



**



「なんか俺、テンションおかしかったかも……」

「そうだった? 見てなかった」


 らしくないことをしたと気落ちする真夏。

 林檎は隣で汗を拭いている。


 締めのリレーを終え、投票によるダンス対決は残念ながら夢瑠達2-Cが勝利を収めた。

 応援合戦は二年生に軍配が上がったとはいえ、負けた分余計に恥ずかしさが襲ってくる。


「俺、結構頑張れたのにな」

「しょうがないよ。夢瑠たちはキラキラ感が違ってた」

「やっぱり可愛さか……」

「真夏、ずっと悩んでるね」


 そうなんだよと真夏は頷いて、ふと林檎に質問する。


「猫田の可愛い所ってある?」

「え? なんなの、急に」

「アイツってずーっと格好いい系だろ? 林檎なら別の一面も知ってるかなって」

「可愛い所……?」


 林檎が首をひねる。即答できない辺り、二人でいる時もあの調子なのだろうと推察できる。


「知らない。そんなの」

「頼むよ~俺の研究のために」

「他の子を調べた方が早いでしょ」

「いや、可愛くない奴から見つける『可愛い』の方が貴重な気がしないか?」

「その言い方失礼じゃない!? まるで私のねこがダメみたいな――」

「『私の』」

「ああーーっ! 今のはべつにそういう意味じゃっっ」


 頬を赤くして弁解する林檎。

 真夏のにやにやが止まらないので、しばらく喋ってくれなかった。


挿絵(By みてみん)


 こうして無事に終わりを迎えた体育祭。

 後に、夢瑠が撮った2-Aダンス動画の切り抜きが校内で共有され、重ねて真夏の決めポーズが拡散されることになるなど――

 夏はまだ、始まったばかりである。






読んで頂き、ありがとうございます。

あまり書いたことのないタイプの話で緊張しました…。

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