第3話 生え映え紫陽花かき氷
「@manamy」交際宣言から一日。
真夏は自宅で、京一と企画会議を行っている最中だった。
直近で決まっている「カフェ巡り」を主軸に、今後の投稿内容を考える。
……というのは形だけで、冷房の効いたリビングに二人アイスをかじってだらだらしていた。
「お。夢から『SNS鉄の掟』がきた」
夢瑠を経由して葉月直伝「SNS運用で守るべき注意事項」が送られてきた。
「どれどれ。自宅付近での投稿は極力控えること。線路や橋などの立地では撮らないこと。リアルタイム投稿はしないこと。…全部やってるかも」
「特定されないよう気を付けてたけど…」
京一の言う通り、特徴的な建造物や地名が入るような写真は避けていた。
だがそれだけでは熱心なファンの追跡を避けることは難しい。
「実際、待ち伏せされたもんな。うう、思い出してもゾッとする」
他にもメモにはネットマナーなどが細かく記載されている。
悪口を書き込まない、ネガティブな内容は投稿をなるべく避ける、自分が「♡」を付ける投稿にも気を付ける……etc。
奇抜なことはない、ごく当たり前な内容。
だが、確かにこれを守れば炎上はまずしないだろう。
京一が並行して「@manamy」の過去欄を確認していく。
「該当しそうな物は全部削除しようか」
「付いた『♡』がもったいないな」
「安全第一で行こう」
と、夢瑠から追加でメッセージ。
『投稿内容、スクショ撮られてたら意味ないけどね~~』
それに対して真夏が懐疑的な声を上げる。
「全部保存してる奴なんているのかぁ?」
「――俺はしてる」
「えっ」
「え?」
「何で?」
「……消えたら、困るから」
なるほど、と真夏は一層投稿に気を遣うことを決意した。
「まぁ、これからは地元から離れた場所で『デート』しよう」
と、そこへ。
「――夏、青春的な話してる?」
リビングの扉が開かれた先、真夏とよく似た人物が立っていた。
「おかえり彩陽姉。してない」
「え。してたよね? なんで隠すの? 京一くん?」
「はい。デートの相談です」
「おいっ」
「や~っぱり! お姉ちゃんに任せなさい!」
東堂 彩陽―― 4歳年上の実姉である。
モデルのような長い手足と、徹底的な日焼け対策によってもたらされた白い肌。
少々派手な見た目をしているが、ファッションにこだわりを持っている。
真夏が時々着ている……というか着させられている女性的な装いは、全て彩陽の手によるものだ。
「二人ともおいで!」
彩陽のクローゼットに案内され、真夏は面倒なことになったと逃げる隙を伺う。
「京一くんはどの服が好みなの?」
「俺は、真夏が着るのならどれでも……」
「コイツの好みとか関係ないだろ」
「夏は黙ってな」
「……」
「しいて言うなら、白いそれが」
「ほっほーう? 京一くんお目が高いな。ほら夏! おいで」
仏頂面になりながら、渋々着替える真夏。
可愛らしい服を身にまとうことは好きではないが嫌いでもない。
その理由は「出来上がった〝自分の姿〟は好きだから」という、軽く湾曲したものだったりする。
「彩陽姉、おいしいカフェとか知らない?」
「やっぱデートなんじゃん。いいぞいいぞ」
「京一の! 写真の! 課題だから!」
ニヤニヤする彩陽。
「それなら良い所、紹介できるよ。今日空いてるかな」
行動の早い彩陽はさっそく電話して店に空き状況を確認している。
まだ行くとは言ってないぞ、と真夏は呆れる。
だが15分後には――
「二人とも行くよー!」
彩陽の運転で連れられること30分。
地元からはそれなりに離れた、都心部の裏路地に構える日本家屋風の店の前で降りる二人。
夕方で閉店だというのに、まだ3組ほどの行列ができている。
「んじゃ、二人で行ってきな」
「彩陽姉は?」
「お腹すいてないし。ちゃんと味見て『本番』で使えるか確認しなよ!」
これが本番なのだが、と言うこともできず、彩陽は車を走らせていった。
「彩陽さん、いつも早いよね」
「なー。エネルギッシュだよな」
待機列に加わる二人。
ちらちらと、前方の客から注がれる視線。
「真夏、よく似合ってる」
「どーも…」
真っ白なワンピースを着た真夏は、まるで物語の登場人物だった。
裾の控えめなフリルで可憐さを演出し、肩口はシースルー素材で露出しすぎない造り。
清楚な出で立ちは明るいロングヘアと相性抜群で、何もかもが眩い。
「まぁ確かに…可愛いよな」
まんざらでもない様子で真夏が言って、京一が激しく頷く。
「真夏、これからは私服も増やそう」
「彩陽姉に借りるのか。嫌だな…」
「でも毎回違う服装の方が、見てる側は楽しいと思う」
ん~、と真夏は悩んだものの、仕方ないと自分を納得させる。
(後日それを伝えた彩陽は雄叫びを上げるほど喜んだ)
そうこうしているうちに順番になり、店内に入る二人。
どうやら名物はかき氷らしい。
注文後、そういえばと真夏が訊ねる。
「京一、カメラは?」
「部室から借りたのがある。大丈夫」
京一が取り出した、少し古そうな機種。
歴史を感じると言えば聞こえがいいが、放置されていたらしい見た目に真夏は少し胸が痛んだ。
「頑張んなきゃな」
「気負わないで。それより楽しもう」
頷く真夏。しばらくすると、店員が盆に乗せた器を運んできた。
「お待たせいたしました、【紫陽花かき氷】でございます」
テーブルに置かれた、大盛りのかき氷。
甘い青紫色のシロップが全体にかかるシンプルな見た目だ。
「めっちゃ綺麗!」
6月限定のこのメニューにはとある仕掛けがあった。
ミニポットから無色透明のレモンシロップを注ぐと――
「うわっ、すごい! 色が赤くなった!」
鮮やかなグラデーションに真夏の表情も豊かに移り変わる。
京一のシャッターを切る手が進む。
「んま~~~~~~~~~いっ」
聞いていた店員が思わず笑顔になるほどの反応をした真夏。
しゃくしゃくと氷の山を削り、楽しそうに食べ進める。
「あ、中にゼリーがある! 見て京一!」
はしゃぎながら、中央の層に隠れていた紫陽花カラーのゼリーを頬張る。
もちっと弾力のある食感が楽しく、氷の冷たさも緩和される。
あっという間に平らげ、真夏は満足そうに手を合わせた。
「ぷはー。んまかった」
にこにこと、食後の温かなほうじ茶をすする真夏。
ちなみに京一は小さなぜんざいで、早々に食べ終えている。
雑談をするうち、途中になっていた企画の話に。
「京一、どっか『デートで』行きたい所ないの?」
ある、と即答する京一。
「水族館、海、あとは夏祭り。それから……」
「よっしゃ。全部行くぞ。んで、全部バズ狙う」
「なら、俺も腕を磨く。一番綺麗な真夏が撮れるように」
「や、やる気だな……!」
京一の「カメラマンとしての目」に捉えられ、真夏は体の奥の芯が熱くなるような感覚が湧き上がるのを感じた。
手を繋いだ時といい、ここ数日間の京一は妙だった。
どうにも、「彼氏役」の方がよっぽど気合が入っているように思えてならない。
今までと違う積極的な態度に困惑を覚える。
むずむずとした感覚に耐えきれず、話題を次に移す。
「あー、お前もさ、せっかくだしなんか投稿したら」
「俺が?」
「うん。自分のがあるだろ?」
一応、京一自身もアカウントを持っている。
数年前に写真用として登録したもので、ほとんど使われていない。
それをフォロー数ゼロの「@manamy」が初めて繋がる「公式彼氏アカウント」にせよと葉月から指示が来ていたのだった。
「俺は非公開でいいの?」
「うん。その方が秘密感出るだろ? 投稿は普通にしてもらって構わないから」
翌日から、ごくたまに更新されるようになった「@K_β8100」。
「@manamy」では未公開の写真が京一チョイスで投稿されるようになり、真夏から「俺しか見ないのに俺の写真上げてどうすんだよ」と全力で突っ込まれることになる……のはまた別のお話。