第2話② 偽装×本気
真夏の顔が曇るのを見て、葉月はすかさず次のステップへと誘導する。
「金曜に上げていたタルトの写真、良いですね」
「あぁ、京一が撮ったやつ」
「このスイーツ投稿ですが、月に何度ほどを?」
「特には決まってないです」
「お二人で出かける回数は多いのですか?」
「どうだろ。遊びってことなら、まぁ」
「これを『カフェ巡り』の定期企画にし、決まった日に投稿しましょう。メモを取ってください」
「あ、はい」
夢瑠に心中で(流されやすいな~)と思われているなどとは露知らず、律義にスマホへ文字を打つ真夏。
「…嘘、つくってことですよね」
「他にお付き合いされている方が?」
否定すると「では問題ありませんね」と葉月がコーヒーをすする。
「SNSでも、現実でも、人間は場面によって『顔』を使い分けるものです」
「夢瑠は? 素っぽく見えるけど」
「『ほとんど』そうですね。ですがプロモーション活動の時は『気を遣った』発言するようにと指導しています」
「夢瑠はね~文章を葉月に直してもらうこともあるよ」
「へぇ…。てっきりノリで投稿してるのかと」
「だいたいはそう!」
夢瑠は日々、自分の「カワイイ」と思った物を発信し続けている。
指標は己の感性のみだが絶対的で、その迷いのなさが人気の一つでもある。
「真夏さん。まずは普段の生活を『少し華やかに彩る』感覚で始めましょう」
「できるかな……」
「大丈夫です。あなたのポテンシャルなら」
大人の断言に自尊心をくすぐられ、真夏の心はどんどん傾いていく。
「でもいいのかな、金が欲しいなんて理由で」
「単純明快でブレにくい分、よい目標だと私は思いますよ」
「そう、ですかね」
「うちでモデル業をして頂く手もありますが……」
「無理っすよ!!」
ぶんぶんと真夏が手を振った。
大勢のスタッフに囲まれて責任のある仕事をするなんて想像できないことだ。
「そうですか。連絡はいつでもお待ちしています」
「はぁ」
「将来は事務所への所属も、ぜひ」
「あはは…」
何の冗談かと真夏が苦笑いする。
葉月の目が本気なことには気が付いていなかった。
「――お伝えすることは以上です。頑張りましょう」
こうして決まった「@manamy」のアカウント方針変更。
別れ際、夢瑠が拳を握って気合を込めた様子で言った。
「最近はお仕事以外の拡散は控えめだけど、まなみんのことは推させてもらうからっ」
「ありがとう。やってみるよ」
「病まない程度にね!」
そうして真夏と別れた後――
葉月の運転する隣で助手席の夢瑠が訊ねる。
「葉月、珍しくグイグイだったね?」
「はい。正直男性に戻って欲しくありません」
「おお~」
「願わくば、どんどん稼いで生活レベルを上げて頂き」
「ほうほう」
「『元にはもう戻れない』所まで行ってもらえれば」
「怖~~~い……」
**
翌日の夕方、鮎川家にて。
京一の部屋で、真夏はテーブルを挟んで「彼氏」と向かい合っていた。
「京一。昨日は驚いたよな」
「うん……心臓が止まるかと思った」
「本当は俺から言うべきだったんだけど、夢が勝手にさ」
「こんなことがあるんだな、って」
「だよな。『彼氏になって欲しい』とかふざけてると思うよな」
「俺は嬉しかった」
「うれ…?」
妙に高揚したように見える親友の態度。
真夏は訝しむが、すぐに(頼って貰えて嬉しいんだな)と解釈する。
「そ、そっか。京一が嫌がってたら悪いなって」
「嫌なわけない!」
「お…おう。出かける回数も増えれば撮影もできるもんな」
「それも嬉しい」
(も、ってなんだろ)
「まぁ、京一は顔出さなくてもいいってさ。最初は『アピール』程度にって」
真夏はスマホを取り出し、自身のSNSアカウントにログインする。
騒ぎの後から投稿はストップしていた。
「あ、コメントけっこう来てる」
一番新しいタルトの写真には真夏を心配する声が寄せられていた。
6日も間隔を開けたことがなかったため、失踪を疑う者まで現れている。
「葉月さんから復帰コメントの草案を貰ったんだ。これ」
京一に文を送信する。
内容は不審者が現れたことを隠さずに伝え、今後こういった行為は断固として許さないこと、警察に相談は済んでいること、などが盛り込まれている。
だがあまり堅苦しくても「マナミー」らしくないと、二人で整えていく。
「えーっと、この度はご心配をおかけし…………うん、どうよ?」
「問題ないと思う」
「緊張するなー。仰々しくない?」
「不審者への牽制も兼ねてるから、これくらいがいい」
なるほどな、と真夏は納得しそれなりに長い文面を投稿した。
「よし、っと。これで『第一段階』はOKだな」
「次はどうするの?」
「あー……それがだな……」
渋い表情になる真夏。
それもそのはず――――
「……い、いくぞ?」
「うん」
京一のベッドに腰掛けた二人。
くっつくよりも少し距離を開けて座り、妙な空気感が漂っている。
「京一、マジでいいのか? 一応男同士だぞ」
「真夏。今の時間は光の入り方が良い。撮影を急がないと」
「ハイ……」
カーテンを通した柔らかな夕方の光がベッドシーツに降り注いでいる。
真夏は手の平を、京一のすぐ隣に置いた。
傷一つない絹肌の右手は少し汗ばんでぎごちない。
少しの間を置きその上に―― 京一の一回り大きな手が重ねられる。
「……京一、手でかいな」
「真夏が小さいんだろ」
「あ。そっか」
「ほら」
言って、手の平同士を合わせる二人。
「本当だ。こうして見ると全然違うんだな」
「……うん」
「ッッ!!? おおおまっ、何、指絡めてんだっッ」
「この方が親密に見えるかなって…」
「待て待て待てそんなガッツリしたものを投稿するつもりは無―― って撮ってるし!!」
「真夏。ブレる。動かないで」
ぎゅ、と男性の力で掴まれ真夏は逃げられず固まる。
スマホを構えた京一がシャッターを切っていく。
「とっ、撮れたか!?」
「ごめん、もう一枚」
「……今度は!?」
「もう一回」
「ラストな!?」
「あと一枚だけ」
「連写にしとけ!!」
「ごめん、ブレた」
「男同士でどんだけ手ぇ繋ぐんだよ!」
「……オッケー」
「やっとか。おい手! 終わったろ!」
「真夏」
「え」
京一は手を離すどころか、強く握って自身の顔まで近づけた。
「なっなに」
「爪、綺麗にしてるんだな」
「そ、そーだよ悪いか!? てか離しなさいっ」
「うん…」
やっと、かなり、非常に名残惜しそうに手を離した京一。
ネイルは艶を出すためのシンプルなもので、林檎に塗ってもらった。
写真映えを意識しているとはいえ、ハッキリ褒められるとむずがゆい。
(調子狂うっつの。男同士だってのに)
「真夏? 予約しないの」
「えっあっ、します!」
写真の明度や色味を簡単に調節し、投稿日を設定する。
文章は夢瑠のアイデアを丸ごともらっている。
我ながら馬鹿みたいに浮かれた投稿に見えるな、と真夏は俯瞰した。
「こんなん俺の本心と全く違うのに。ウケのためにはしかたないけど……」
「わかってる。後でスクショする」
「ほんとにわかってんのかよ…」
二日後の「@manamy」はかつてない盛り上がりを見せた。
『いろいろあったけど、ご報告です。
以前から私のカメラマンをしてくれていた人と付き合うことになりました』
添えられた二人の手の画像。
ここ数日間相談に乗ってもらい、前から抱いていた気持ちを再確認してうんぬん、彼も同じように感じていてかんぬん。
本当にあった出来事を「少々脚色して」の交際宣言。
反応は様々、当然裏切られたと怒るファンも続出。
だが夢瑠が拡散したおかげで新規のファンも流入している。
ここからが本当の勝負だ。
さてしかし――
この時に二人の間で起きていた、決定的なすれ違い。
真夏が葉月からアドバイスを貰ったあの日……
夢瑠は京一へ、ろくに文を練らず送っていた。
つまりただ「真夏が京一と付き合ってほしいと言っている」と伝えたのだ。
真夏は夢瑠の言語能力を過信していた。
そう、それにより――
京一はそれが本当の告白なのだと勘違いした。
果たして始まった偽装×本気カップル――
収益化を目指し、真夏と京一の奔走が始まる。