第2話① 偽装×相談
京一が投げ捨てられた通学カバンの中身を確認する。
表情で真夏は何が起きたかを察した。
「京一、ごめん……!!!」
「いや―― 大丈夫」
「でもっ、お前が大事にしてるもんを……」
「真夏が無事なのが一番だから」
警察が到着し、事情聴取から二人が解放されたのはそれから3時間後。
冷静になり思い返すと、最初に刃物かと思ったポケットの「銀色の物体」は男が逃走の際に握りしめた形からスマホだったことに真夏は気が付いた。
結局――
不審な言動だけで直接的な実害はなかったことなどから「犯罪ではない」とされた今日の一件。
「見回りは増やします」とだけ言われることに。
「あーいうのって逮捕できないんだなー」
「そうだね…。とにかく怪我がなくて本当に良かった」
「……すまんかった。俺のせいで。早とちりもして」
「違うよ。真夏は何も悪くない」
「ん~。とはいえ、な。修理代は出すから」
「いい」
「よくない」
「大丈夫」
「だいじょばない」
押し問答の末、「修理費用もわからないまま金銭の話はできない」という落着に。
「それじゃあ俺の納得がいかん」
腕組みをしていた真夏は、人差し指をぴっと一本立てた。
「じゃ、なーんでもお願い聞いてやる」
「えっ。お願い? 一つだけ? どうしよう……」
「子犬のような目をやめろ。う~ん、日頃の恩もあるか」
わかった、と真夏は立てた指を三本に増やす。
京一が真剣な顔つきになり言った。
「なら、さっそく一つ目。SNSのことだけど――」
辞めろ、と言われるかと真夏は覚悟した。
当然だ。これが無ければ今回の事件は起こり得なかっただろう。
「――今後は過激な投稿を控えて欲しい」
「えっ? アカウント消せとか言わねーの?」
京一はかぶりを振った。
「今日の一件で辞めたいと思った?」
「それは……」
わからない、と真夏は小さく言った。
「正直、そうは思ってない。自分でも不思議だけど」
「なら、俺から強制はできない」
「辞めた方が良いって思ってる? 隠さず言ってくれ」
すると京一はたっぷりと考えてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……真夏は、可愛い。それが広まることは誇らしくもあり、すごく、不安でもる」
「どっちなんだよ、それ」
「真夏を認める人が増えるのは当然だ、って気持ちもある。でもそうすると、その、真夏がみんなの物になってしまう、のが……」
「俺は誰のモンでもねーよ。安心しろ。アイドルじゃなし」
「うん……。負担だと思ったら、すぐに辞めて欲しいな、とは思う」
「わかった」
「うん。あと二つ目のお願い。できれば、投稿する前に俺がチェックしてもいいか?」
「えぇ……?」
予想外の提案に「うげ」という表情になる真夏。
だが文章の添削能力、ネットリテラシーの意識が高いのは京一の方だ。
再びの押し問答の結果。
京一は真夏の「マネージャー」として投稿をチェックする権利を手に入れた。
「三つ目はどうんすだよ?」
「それはこれから考える」
*
それから土日を挟んだ休み明けの昼休み。
真夏は夢瑠を誘い、二人で屋上前の階段でランチを取っていた。
「えぇ~っ!? そんなことがあったの!?」
夢瑠が大きな声を出し、菓子パンの袋を握りつぶした。
「怖すぎなんですけど!!」
「俺も正直ビビった」
「ねっねっ、その人まなみんがどの辺りに住んでるかわかってて来たってことでしょ!?」
「ヤバいよな。しばらく一人での行動は控える」
「また現れるかもって考えたらね…」
「夢にはそういうファンいないの?」
「愛が重めなファンはいるけどぉ~、でも夢瑠、同性のファンが多いカンジだしな~」
「どうしたらいいのかな」
「んん~~~」
頭を悩ます夢瑠。
相談に答えるのはからきし苦手だが、真夏がSNSを始めたきっかけが自分であることに責任を感じていた。
**
高校一年生の冬――
入院中の「逆成長痛」を乗り越えた真夏はその容姿に「自分」である認識がしばらく持てなかった。
自身ではこの姿をとても可愛く感じる。
しかし周囲はどうだろうか?
マニュアルではTS症患者に対し「可愛い」「かっこいい」等、容姿への言及はNGとされている。
以前の姿からのギャップに戸惑う本人にとっては、褒め言葉ではなく苦痛になる場合もあるからだ。
そういった環境もあり確信が持てずにいた中――
入院明けの登校日、興奮した様子で「2ショットを撮らせて!」とお願いしたのは夢瑠。
戸惑いながらも応じた真夏。
翌日の朝、クラスメイトたちから「バズった」ことを教えられた。
夢瑠のアカウント「@yumeru」の投稿にあった自分の写真には1.5万を超える「♡」が付いていた。
コメントには「可愛い!」「誰?」「モデルの子?」など好意的なコメントが並んでいた。
「ごめん~! まさかこんなに反響あるなんて」
無許可で投稿したことを謝る夢瑠だったが、真夏は不思議と悪い気はしていなかった。
むしろ「これが今の自分なのだ」、と受け入れられた。
真夏の反応から夢瑠は直感で「SNSアカウント作ったら?」と発案。
その日のうちに完成した「@manamy」。
TS症であることは隠し自撮りを何枚か投稿してみると、毎度おもしろいほどに「♡」が付く。
言葉遣いを女の子らしくし、完全な嘘にならない程度に「東堂 真夏」をデコレート。
そうして「マナミー」ができあがっていった。
夢瑠を経由した勢いが助けになり、4ケタのフォロワー数を獲得するまではあっという間だった。
特に目的意識もなく始めた真夏もぼんやりと「1万人」の数字に憧れるようになる。
案外簡単に行くんじゃないか――
だが、アカウント開設から4か月。
「@manamy」は9000人弱で伸び悩むこととなる。
**
「まなみん、SNS止めちゃったりする……?」
「その予定は今の所ない。っていうかむしろ――」
真夏が気恥ずかしそうに言った。
「……収益化、目指したいんだ。京一のカメラ代、弁償したくてさ」
途端に夢瑠の目がキラキラと光った。
「ついに本気になるんだね、まなみんっっ」
「う…まぁ、その、広告料とかが入るのって最低でも1万人超えてないとだしさ。今のままじゃ駄目だよなぁとは」
「おおおっ!!」
夢瑠は前のめりになって真夏の手をがしっと握った。
「夢瑠に任せて!」
――三日後。
「初めまして。夢瑠のマネージャーを務めております有岡 葉月と申します」
チェーン店のカフェテリアで名刺を受け取り、まるで大人の世界だと胸を高鳴らせる真夏。
「この人ね~、夢瑠の『方向性』を決めてくれた恩人なんだよ~」
夢瑠は言いながら、新作のフレーバードリンクをありとあらゆる角度から撮っている。
対して葉月はスーツ姿のきちんとした身なりで微動だにせず座っている。
「真夏さんのアカウントを拝見いたしました」
「はい」
「正直、このままで目標数を達成するのは時間がかかると思われます」
「やっぱり。何が悪いんですかね?」
「そうですね…現在、真夏さんのアカウントは『おじさん受け』タイプとなっています」
「お、おじさん? 俺は同世代に向けて発信してたつもりなんですけど」
ぴく、と葉月の目が光る。
「そうしたいのであれば、自撮り以外も投稿すべきでしょう。特定を恐れるあまり、内面のわかる文章が少なすぎます」
さらに葉月は続けた。
「はっきり申し上げますと。今の『マナミー』は『得体の知れない謎の美少女』と化しています」
ぐさっ、と真夏の心に何かが刺さる。
「もう少し10代らしい共感を呼べる話題、身近な生活感をアピールしていきましょう」
「俺そういうの苦手かも…」
「このままでは厄介ファンばかりが増えますよ」
「それは絶対嫌です!」
隣で夢瑠が太いストローでドリンクを飲みながら言う。
「『彼氏いる』って公言しちゃえば~~?」
「はぁ? 何言ってんだよ」
「――いえ、それはアリです」
「えっ??」
葉月は顎に手を当て思案する。
「20XX年において、恋人同士でのSNS運用はブームとも言える盛り上がりを見せていますから」
「そうなんですか…?」
「まなみん知らないの? 夢瑠んとこの事務所でも流行ってるよ」
「知らない……」
「真夏さん、路線変更に成功すれば10万フォロワーだって夢ではありません」
「じゅ、じゅーまん」
夢瑠でさえ7万人フォロワーに辿り着くのに2年かかっている。
多くの支持者を得たい、その欲が無い訳ではないが想像の付かない世界だった。
「でも俺が『彼氏がいる』って言ったら、今のファン怒るんじゃ」
「いつの時代、どんな媒体でも批判コメントを防ぐことは難しいでしょう。割り切ってください」
「う~ん」
そういうもんか、と真夏は早くも納得しかける。
「って俺、彼氏いないし」
「あ。今ケイに『まなみんが彼氏募集中』って送ったらそっこー『詳しく』って来たよ」
「おい」
「話伝えとくね!」
「おいっっ」
「え~他に誰かいるぅ?」
「いないけど! でもアイツの気持ちだってあるだろがっ」
「う~ん。その心配は……あ。『わかった』だって」
何がわかったんだよ、と真夏は顔をしかめる。
こうして本人の意思が固まらぬままに話はどんどん進んでいく――
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