第15話① 文化祭初日
「いらっしゃいませ~天使喫茶へようこそ!」
真っ白なメイド風コスプレに小さな翼を付けた真夏が声を張り上げる。
文化祭初日、2-Aの「天使喫茶」は校内一の人気店となっていた。
指揮を執る林檎が、明日の一般公開に整理券システムを導入するか否を悩むほどの賑わいだ。
「真夏、ありがと。おかげで大繁盛」
林檎が売上を計算しながら嬉しそうに言った。
その隣では、真夏と同じ格好をした香乃が誇らしげだ。
「東堂さん、最近『可愛くなった』って噂だもん。ふふ、当然だよね」
そんな香乃をじと…とした目付きで見る真夏。
「浅井さん目当ても多いよ? それにこの服だって、皆が頑張ってくれたおかげでクオリティ高いし」
純白の衣装は服飾係の手作りで、露出の少ない清廉清楚なデザインとなっている。
メイド服を元にしているため、丈の長いスカートと一体化したエプロン付だ。
男子の接客係は執事姿で、京一は白い手袋をして席を回っている。
客から写真撮影のお願いも多く、林檎は「チェキ代」の追加徴収も実行委員と相談中だった。
しかしそれだけ賑わえば、当然トラブルも発生しやすくなる。
〝中身が男だから〟を理由に距離感を勘違いした輩も出てくるわけで……。
「おい真夏~スカートめくって見せろよ」
「男同士気にする必要ないだろ?」
注文と同時に、わざとらしい態度と声であおる他クラス男子二人組。
真夏は同級生のよしみ、悪ふざけの範疇だと苦笑いで返す。
「お前らなー、あんまふざけんなよ」
だが男子達はニヤニヤとするだけで更に要求をエスカレートさせる。
「もっとエロいポーズしろよ」
「かがんで胸見せるとか!」
「無理だって……」
「んだよ、サービス悪ぃな~」
さすがに真夏の表情が曇り始める中、一人の手がこっそり腰元へと伸ばされる。
もう一人の対応で気が付かない真夏の臀部に無遠慮な手が触れそうになり――
「――お客様、退場をお願いします」
行儀の悪い手首を無表情の執事ががっしりと掴んだ。
「鮎川? こんなんノリじゃん―― おい力強いって…ッ」
ヘラヘラとした顔がだんだん凍り付いていく。
京一だけではなく、運営スタッフたちの眼光にも気が付いたようだった。
結果、憤慨した林檎から出禁が伝えられ、二人はすごすごと教室を後にした。
胸を撫で降ろす真夏に、京一が裏で伝える。
「真夏。駄目なことは駄目って言おう」
「うん……ありがと京一。でも知り合いだろ? 良かったのか?」
「関係ないよ。真夏の方が大事だから」
執事姿の京一が襟を直しながら言った。
その姿に思わず胸がきゅう、と締め付けられる。
(俺の彼氏、かっこよ―― って馬鹿、違うだろがッッ)
頬の内側を噛んで表情をなんとか殺す。
毅然とした態度でセクハラに対応することを心に刻みつけていると、林檎が裏にやって来た。
「真夏と京一、休憩行ってきて」
すると林檎の後ろから香乃が顔を出す。
「牡鹿さん。私も一緒に、」
「駄目よ? 真夏と香乃がうちの売り上げだから。必ずどっちかは残ってもらわなきゃ」
「そんな…」
しょげる香乃を置いて二人は喫茶を出る。
どこも賑わう校内、落ち着いて昼食を取れる場所はないかと探す中、京一がとある場所を提案した。
「いいのか? 写真部で使う場所だろ」
「本番は明日だし……鍵、閉めたら誰も来ないから」
文化系の部活は発表活動を二日目に予定している。
カメラ部は空き教室での展示で、今は誰もいない。
京一と一緒に食事スペースを作っていると、引き戸がガンガンとノックされた。
「待たせたな! 『猫たこ焼き』のデリバリーだ」
元気よく入って来た猫田の持つ白いビニール袋から透けるプラスチックのパック。
「おーサンキュ。ってネーミング安直だな」
「そうか? 反対票は無かったが。さあ、たっぷり食べてくれ」
「うわっ、何これ凄いカラフル」
「はっは。一つは大外れだ。楽しむといい」
「えぇ…」
代金を受け取った猫田はさっさと次の配達に向かった。手数料が上乗せされいい稼ぎになるらしい。
机の上に取り出したパックに並ぶ、ピンクや緑や青色の丸い塊たち。
見た目はアレだが、しかし匂いは良い。
じゃんけんをしながら、お互いに一つずつ食べ進めていく。
味はそれなり、お値段相応。
どちらも「外れ」に当たらないまま、残ってしまった毒々しいイエローのたこ焼き。
最後に負けた真夏は何とか食べずに済むよう京一に懇願する。
「京一くん? もういいんじゃないかなコレ」
「残すのは、せっかく作ってくれた猫田に申し訳ないよ」
「やだよ~~絶対からしとかじゃん! ねぇ、京一、だめ……?」
うるうると上目遣いを使ってみるが、京一はぐぐぐっと渋い顔で耐える。
「っ……、そんな顔しても、駄目」
「なぁんでだよ~。彼氏のくせに、彼女に劇物摂取させるのか?」
「残念ながら偽物なのでね…」
「くっそ」
仕方なく、覚悟して真っ黄色のたこ焼きを一気に口に入れる。
すぐ吐き出せるようにビニール袋もセッティングし、噛んでみると……。
「…………? 甘い?? あっ。シュークリーム」
「ああ、外れってそういう」
「んん…辛いかと思ってたから……気持ち悪いな…」
もにゅもにゅと微妙な顔付きで口を動かす真夏。
京一はその様子を目を細めて眺めている。
「なにニヤついてんだよ」
「食べてる真夏は可愛いなって」
「んぐっ。あのなー……」
先日の一件以来、京一は真夏の目を見て「可愛い」と言うようになっていた。
その度に、胸がむずむずしてどんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
ろくに噛まずシューを飲み込み、追撃を避けるように急いで空パックを袋に突っ込む。
そのゴミを捨てるついで、真夏は壁の展示に近づいた。
「なんか、ちゃんとカメラ部って感じだな」
一面に貼られた写真たち。
部員がそれぞれテーマを決め自由に発表する形式らしい。
まだ名前を掲示する前で、区切りのテープだけが貼ってある中、真夏は隅の一角で立ち止まる。
「あ。こっからお前だろ」
「わかるの?」
「なんとなく。京一のだーって感じがする。正解?」
頷く京一が心底嬉しそうなので、じっくり鑑賞するかと近くの椅子を運んで腰を下ろす。
だが眺める内に、自分の写真が一枚も無いことに気が付く。
(普段あんなに撮ってるのに)
地元の風景がメインだが、京一の家族、同じカメラ部の部員、他にも友人を撮ったものは何枚か貼られている。
掲げられたテーマは「大切なもの」。
途端に真夏の中に生まれる、モヤモヤした何か。
「俺の写真、無い」
「あ、うん」
「他の人のはあるのに」
「それは……」
「俺だけいない」
「……怒ってる?」
「は? 怒ってない」
「でも顔が」
「怒ってません」
胸の中に起こったのは怒りではなく、寂しさのような感情。
すると京一がそばに近寄り、椅子の隣にしゃがみ込んだ。
「真夏、聞いて」
「……」
「選ぼうと思ったんだ。けど、時間がまるで足りなかった。全部好きだから」
「え…」
「うっかりすると壁一面が真夏になる」
「そ、れは……駄目なやつだな」
「そう思って止めた」
「ふぅん」
「あ…機嫌直った?」
「ちっっがうから! 京一がキモくて引いてました」
「でも、俺はまだ撮り足りないよ」
「あっそ」
短い会話のそれだけで。
さっきまでとはうって変わって、満たされた気分になっている。
(なんでこんなに――)
京一のスペースに、自分ではなく他人がいることが不満に感じるのか。
少し考えて、ああ、と気付く。
(俺、京一に撮られたいんだ――)
日常になった、京一から注がれる視線。
いつの間にかそれが「自分だけ」の特別な物のように感じていた。
彼にとっての被写体は、それだけじゃないのに。
(京一に、俺を撮って欲しい――)
わかってしまった瞬間、今度はぶわっと顔が熱くなる。
真夏がそれを隠すため真下に顔を向けると、京一はまた不機嫌になったかと顔を覗き込んでくる。
「な、なに」
京一はしゃがんだまま、前々から考えていたことを口にした。
「――今度、真夏の写真を撮らせて欲しい」
「? 今更なんだよ?」
「いや、スタジオを借りての撮影」
「あー。ガチなやつってこと?」
「そう。コンテストに出したいんだ」
「へー…」
すると京一は片膝をついて、うやうやしく真夏を見上げる。
「真夏――」
「ん?」
そっと重ねられた手は誰よりも優しい体温で。
「俺の、モデルになってくれますか?」
(なんだか、これって――)
思ったことは胸に秘めた。
答えはすでに決まっている。
「いいよ」――と。




