表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

第12話 夏祭り、進展

 夕方の名残を残す空は遠くまでよく澄み渡り、絶好の花火日和と言える夏祭り当日。

 真夏と京一は人混みの始点に加わり大通りをゆっくりと歩いていた。


「じ、じろじろ見るな」

「今日だけは見させて…」


 悩んで買った浴衣は淡い青の生地に白抜きで椿が描かれた、モダンで上品なものだった。

 帯は明るめの黄色ベースでリバーシブルの赤地と重なり腰元の差し色に。

 髪型は三つ編みをお団子にまとめた、いつもよりも華やかなアレンジだ。


挿絵(By みてみん)


 見られることに慣れた真夏でも「一人のために選んだ」装いに予想以上の好反応を示されては対応にも困る。


「つか、どんだけ撮るんだよ」

「ごめん。可愛くて止まらない」

「ばか。前見てないと転んでも知らねーぞ」


 強めの口調で隠した恥じらいに瞳が揺れる。

 京一も浴衣姿で、目に入る度に「似合う」と思ってしまうのにも困っていた。

 そんな気持ちは悟られないように、カラフルなのぼりと横幕がずらずらと並ぶ屋台エリアへ入る。

 腹ペコ二人の目に入る焼きそば・じゃがバター・フルーツ飴etc...

 花火まではまだ時間がある。

 夜が来るまで、真夏と京一は夏を満喫することにした。


「やっぱ焼きそばだよなー!」

「祭りのってなんでこんなに美味しいんだろう」


「マスタードかけ放題、欲張り過ぎたか…?」

「口、汚れてる。はいおしぼり」


「肉うっっっま!」

「さすが一本1000円の牛串は違うね」


「真夏? わたあめはさすがに」

「え~~食べたいのに~~」


 荷物になるからと諭して諦めさせたり、座った場所にバッグ巾着を置き忘れるのを防いだり、爆弾たこ焼きを落として涙目になっているので一個譲ったり……

 彼氏よりも気の利く偽彼氏が彼女を手厚く介助しつつ、やがて屋台エリアを抜ける二人。

 京一が案内の立て看板を見ながら提案する。


「トイレ休憩しようか。あっちにあるって」

「ああ、ちょうどいいな」


 簡易トイレから出た真夏は相棒を探そうとして、ふと、たった一人でしゃがみ込む浴衣姿の女性に目が行った。


 (あの人、座り込んでどうしたんだ?)


「あの、大丈夫ですか」

「あ…だ、だいじょうぶ、です」


 血色の悪い顔に加えて声にも力が無い。


「本当に? 顔真っ青だよ」

「ちょっと、帯が苦しくて」

「すぐ近くに救護室があるから。行きましょう」


 一応は歩けるようだったので、近くの専用テントへ肩を貸して連れていく。

 女性は軽い熱中症の疑いがあると診断された。

 一緒に来ていた友人とも連絡が着いたので、しばらく休んで様子を見る…とのことだった。

 弱々しいお礼を受け取ってテントを出ると、肝心なことを思い出す。


 (あ。やっべ、京一に連絡入れる前に来ちゃったよ!)


 案の定、巾着に入れたスマホは着信とメッセージで通知欄が埋まっている。

 慌てて連絡を返そうとする―― と。


「ねえ君一人? 友達は?」

「超カワイイ! 迷子?」

「え……あの…」


 ヘラヘラとした笑いで真夏に寄って来た二人組。

 大学生くらいだろうか、明らかにそういう目的のようだ。


「彼氏と来てるんで」

「ええ~本当?」

「その彼氏どこ行っちゃったワケ?」


 真夏の「常套句」にも意を介さず距離を詰めようとしてくる。


 (コイツら、俺が男だって言ってもわかんないんだろな……だるすぎる)


 どんどん塩対応になっていく真夏に対し、逆に必死になってアピールしてくる男たち。

 彼らは今日失敗続きで成果にかすりもせず、花火も見ずに帰るかと相談していた所に真夏が来たため食い下がりが酷かった。

 もう無視して行ってしまおうか、しかし逆上でもされたら。

 か弱い体では狭まってしまうこともある選択肢に真夏が迷っていると――


「――俺の彼女に何か?」


 後ろから現れ男を睨みつけたのは京一。

 連絡もしていないのに、と真夏は目を丸くする。

 二人組の方はあっさりと、大きな舌打ちと下品なジェスチャーを残して去って行った。

 ほ、と胸を撫で降ろす真夏。


「すまん! 気分が悪そうな人をここまで連れて来てて、連絡忘れてた。マジごめん」

「何もされてない?」

「ぜんっぜん。あんなのよくあるし」

「そっか……無事でよかった」


 真夏の両肩に手を置いて、深く息を吐いた京一。

 その腕は微かに震えていた。

 走ってここまで来たのかうっすら汗をかいている。


「場所、よくわかったな」

「偶然だけど…離れた所にはいないだろうって。ああ―― 本当によかった」

「お…大げさだな」

「心配するよ! 前に危ない目にあったこと、忘れたのか?」


 京一にしては珍しい強い口調にたじろぐ真夏。


「わ、忘れてないよ。忘れるわけないだろ……」

「なら俺から離れないで。目の届く傍にいて…」

「ごめんて。もうどこにも行かないから」

「本当に?」

「ああ!」


 なら証拠に、とでも言うように京一は片手を差し出した。


「はぐれないように」

「……その間、撮影できなくなっちゃう」

「花火スポットに行くまで」

「……なら、まぁ」


 自分より一回り大きな手にすっぽり包まれて、真夏はすっかり口数が少なくなる。

 始めは緊張のためだったが、やがて安心感から来る無言の信頼に変わっていく。

 どんなに余所見をしても近くに相手がいるとわかること――

 それが、こんなに心地いいことだなんて。


 (これじゃあ偽装だなんて誰も思わないな)


 祭りエリアから離れること10分。

 そろそろ履きなれない下駄で足にも鈍痛が走り始める。


「大丈夫? ゆっくり歩こうか」


 気遣う京一に従って、さらに歩速を落とす二人。

 人通りも消え、目的地までは一本道で迷うこともない。

 それでもまだ、二人は手を離さなかった。

 ゆっくりゆっくり何かを引き延ばすように、下駄をからんころんと鳴らして。


 やがて街灯も少ない中に神社が姿を現した。

 そびえる階段は立ちふさがるように急だ。


「うあ~キッツいな」

「その代わり、人は少ない。いける?」

「俺を誰だと思ってんだ?」


 5分後。


「はへぇ…はぁ、はぁっ……うおお…!」

「大丈夫?」

「よ、よゆーだったが……? はぁッ……って何笑ってんだ!!」

「ごめん、全然余裕そうじゃなくて。可愛いなって」

「お前、何でもテキトーに言ってるだろ……」

「? 適当じゃない。真夏はいつでも可愛いから」

「……よくわかってんじゃん……」


 読み通り、場所取りは容易だった。

 見晴らしのいい境内の端に備え付けられたベンチに座る。

 呼吸も落ち着くと、真夏は道中で乱れた衣服や髪が気になり始めてしまった。


「髪とか大丈夫かな。変になってない?」

「髪留めが少しズレてるかも」

「直して直して」


 相手の方に向けたうなじが、月明かりに照らされ白く輝く。

 京一は髪を触りながら、そこへ目が釘付けになって――


「ひゃぇっ!? な、なんだよ、なんで触るんだよ??」

「真夏のここ、あんまり見ないなって。レアだ」

「んん…っ、ば、ばか、なぞる、な……ッ」


 指の動きに合わせて、背筋がぞわぞわと逆立つような感覚に目をぎゅうっとつぶる。


「ぉ、お前、ぁっ、うなじフェチかなんか、かよっ」

「そうかも……?」


 危ない、これは危ない――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「も、もうおしまい!! 花火、始まるからッ」


 ベンチから立ち上がった瞬間、狙ったように最初の花火が上がった。


「あ……。ほら、撮るんだろ」


 夜間の撮影は難易度が高く、時間の限られる花火とあってはなお制限がかかる。

 それでも、京一はずいぶん機材の扱いが成長したし、真夏は撮られること…「撮られていると意識する」ことにずいぶんと慣れた。

 二人は息を合わせて投稿用の素材を確保し、残りはゆっくり座って見ようとベンチへ戻る。


「綺麗だなー」

「うん。真夏と来れて良かった」

「はは。今年の夏は特別だなー。来年は……」


 何気なく口にしたその続きを、真夏は言わなかった。

 夏のじっとりと湿った空気が無言の間を包む。

 来年は、どうだというのか。

 来年は、どうしたいというのか。

 ぽう、と小さな想いが真夏の胸に灯る。


 (来年も、こうやって、浴衣着て、可愛く飾って……京一と……?)


 蛍の明かりのようだった僅かなゆらめき。

 自覚してしまったら、花火のように大きくなっていくようで。


 (いや―― 祭りなんてどんな姿形でも行けるだろ?)


 思考して否定しようとする。

 なのに、今日の京一のことが思い出される。

 必死に探してくれたこと。

 守ってくれたこと。

 『彼氏がいる』と今までは嘘を付いてかわしてきた面倒ごとを、今は「本当だ」と言えること。

 それから……手を、繋いだこと。

 それはすごく――


「……さっき、真夏を見失ってわかった」

「え?」

「自分が、どれだけ大切に感じてるのかって」

「京一……?」

「改めて思ったんだ、俺は――」

「な、なに」


 京一の手が伸びて、膝の上にあった真夏の手に重ねられた。

 その手の体温に、ぴくりと肩を浮かせる。


 ――嬉しいと、思ってしまった。


「逃げないで」

「そ…逃げてない。なんか変だぞ、お前」

「真夏の前だから。いつも通りでいられない」

「は…」


 いつも、いつも、いつも――

 そんなはずがない、と思っていた。


「今日こそ言おう、って決めてた」

「何、を」


 勘違いだと思い込もうとした。

 自分に向けられる視線があまりにも…熱を帯びているなんて。

 なのに今日はもう言い逃れできない。

 かわせない。


「待って京一それ以上は…、」

「嫌だ。言わせて真夏」

「あ……」


 クライマックスに近づいた花火が怒涛のように、光と音の洪水となって押し寄せる。

 金色の華がいくつも咲いて、散って、咲いて、また開く。

 けれどそれよりも、目の前の男から目を逸らせない。


「真夏…」

「だ、だめ…」


 京一の顔が近づいてくる。


「――――」

「まって…」


 京一の瞳の中に、大輪の光が映る。


「――――」

「けいいち…、」


 京一の瞳の中に、自分が見える。


 聞こえない、


 動けない、


 わかっていない、


 フリをして、







 ――――キスを、交わした。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ