第11話 ガールズショッピング
熱の出た翌日、訪れたTSクリニックにて。
「ホルモン値のバランスがやや崩れていますね」
「つまり?」
「TS症が進行しています」
「はっ?」
診察室で素っ頓狂な声を上げる真夏。
定期検診では「問題なし」のはずが一体なぜ?と医師に詰め寄る。
「まあまあ、焦らなくて大丈夫。少し数値が高いねってだけで」
「けどこのまま戻らなかったら…!」
「許容範囲内ですよ。これ以上はマズいかもしれないけどね~」
「どうすればいいんですか?」
「以前男性にはドキドキしないということだったけど。今もそう?」
「…………ハイ」
「まあ、もしアレなら、原因の方と距離を置くとか――」
「え、無理」
咄嗟に口から出たことに真夏は自分で驚いた。
つい言い訳で、同じクラスで毎日会うのだと説明する―― 今はまだ夏休みだが。
「なんにせよ、焦るには早いですよ。気にしすぎは毒だから」
そう言われても、元気になるどころか悩みの種が増えた。
渋い顔で病院を出て母の待つ駐車場へ戻る。
話を聞いた早穂はエンジンをかけながら何でもないように告げる。
「真夏が幸せになれれば、お母さんなんでもいいからね」
「大げさだな。平気だって」
「そぉ?」
他にも言いたいことがありそうな表情に真夏は察した。
というのも先日、とうとうアカウントのフォロワー数が1万人を突破したそのタイミングで家族にも事情を説明したのだ。
今は収益化の申請待ち状態で、通れば翌月から広告収入が入ることになる。
親は「SNSをやっていること」は把握していたが、まさかこれほどの規模になっているとは露知らず、寝耳に水の状態。
心配するのは当然だった。
「大丈夫だよ、母さん」
窓からの景色を眺めながら、真夏は助手席で言った。
車が門扉を出る―― と。
(ん? あの姿―― 浅井さん?)
少し離れた歩道に香乃の姿を認めた…ような気がしたが、車が道を曲がった後では確認できなかった。
どこへ向かうのだろう。
連絡先は知っているのだし聞けば済むのだが、まだそんな勇気は出ない。
いつ男の姿で彼女の隣に立てるのだろう――
しかし今は「@manamy」が最優先、と思考をそちらに移す。
(アイツは俺専属のカメラマンだし、替えなんていない)
いつの間にか加工や編集まで京一の担当になっている。
投稿の前にも誤字や誤解、炎上のないように文面を確認してもらう。
もはや彼抜きで「マナミー」は成立しない……。
そんな風に「会わなくてはならない理由」を積み上げる内に浮かぶ新たな疑問。
(――俺、京一に給料払わないといけないんじゃないか??)
カメラ代の弁償どころか彼への借金が膨らんでいるのではないか。
一方的な関係は良くない…とはいえ協力しない選択肢も浮かばない。
(その辺は後で考える。要はドキドキしなきゃいい。それは簡単)
これから「マナミー」としてやることは山積みだ。
直近では例えば―― 夏祭り用の浴衣を選ぶとか。
*
体調の戻った次の日。
大型のショッピングモールで、真夏は夢瑠・林檎があちこちハシゴするのを後ろから必死で追いかけていた。
「みてみて~! 夢瑠も紹介した流行りの2Way浴衣だよ~っ」
「わ、可愛い。私それにしようかな…。上下でセパレートになってるんだ」
盛り上がるその脇で真夏は「さっぱりわからん」な顔をしている。
二人がもの凄いスピードで柄を吟味する様を眺めることしかできない。
「まなみ~ん、せっかくまなみんのために集まったのに地蔵じゃ~ん?」
「ため、って言いつつ自分用にガッツリ選んでるじゃねーか」
始めに『浴衣を買おう』と提案したのは夢瑠だ。
「彩陽から借りればいいのでは?」と返した所、なぜか姉と夢瑠の双方から「新しく買え」と怒られてしまい今日の運びになった。
「どれがいいんだ? 値段もバラバラだし」
「真夏の好みで選べばいいじゃない」
「見るのは好きだけど、自分が着るってなると」
「ね~これどーぉ?」
「え~~派手じゃね…?」
「ゴスロリ浴衣だね。『マナミー』のイメージとは少し違うかな」
夢瑠に任せて「可愛すぎ」になる可能性を危惧し、バランサーとして林檎も一緒に来てもらったのは正解だったようだ。
「そっかぁ~。確かにケイの好みだともっと清楚な感じ?」
「京一のことはどうでもいいだろ。カメラマンなんだから」
「まなみんのおばか」
「はあ? 何で」
「その『カメラマンのテンションを上げる』のが大事なんでしょ~?」
「あ……」
夢瑠の言葉がすとんと胸に落ちて来たようだった。
「それもそう、か?」
(京一を喜ばせることが俺の、マナミーのためにもなる?)
選択肢が無限にあるように思えた衣装選びの道筋が急に見え出す。
「京一の好きな色……青系だっけ」
ハンガーラックの列をいくつも通り吟味すること一時間。
ふと―― 落ち着いた水色の柄に目が行く。
「……これ、俺も結構好きかも」
「どれどれ~~? おお?」
「へえ、いいじゃん」
「でも地味か! やっぱ他の……」
「「絶対この柄がいい!」」
戻そうとした手をがっしりと二人に掴まれ固まる真夏。
こうして無事、浴衣選びのミッションは完了した。
帰る前にと三人でアイス屋に並ぶ最中、真夏の持つショッパーを見て夢瑠が言った。
「ケイも喜ぶよ」
「そうかな。って別にどうでもいいけど」
に~っと夢瑠が真夏を意味ありげに見る。
「なんで笑ってんだよ」
「最近変わったよね~って。意識してるの?」
「はっ!? し、してるわけないだろ!」
「んん…? 可愛さのために『魅せる動き』をしてる?ってコトだけど??」
「あっ。そっち」
「真夏、何か違うなと思ってた」
「おお! だろ? いろいろやってるんだ」
林檎がアイスのメニュー表から目を離して「例えば?」と訊ねる。
「講習に行ったし、動画も見てるし、あと身近な人も参考に」
「浅井さんとか?」
「そ、そうだけど。でも夢瑠も林檎も俺の先生だ」
「やったぁ~」
「私も? 冗談」
「本当だって! 林檎は気が利くし何気に優しいだろ。あと食べ方が綺麗だ。あ、それと字も好きだな」
「わかるわかる~~!」
「……あ、そ」
ぐぐぐ、と眉間に皺を寄せる林檎。
その表情のまま、真夏と夢瑠に向かって言う。
「……アイスおごるとか、ないからね?」
「「ええ~~っ」」
「あんたたちね……」
「冗談だよ」「じょ~だん!」
あと、と真夏が付け足す。
「猫田と二人きりの時はデレてて可愛いよな」
「なっ―― そんなことないけど!?」
「表情とか全然違うけどなぁ」
「ありえない。いつ見てたの?」
「割としょっちゅう」
「夢瑠も見たことある! 放課後の教室で手をこう…むぐぅ」
「夢瑠っ!!」
「顔真っ赤だぞ」
「嘘!」
「嘘です」
「ちょ……!!!」
「ごめ~ん、今の動画撮ってたから猫ちゃんに送るね」
「やああやめて夢瑠ッッ!!」
ガールズトークに溶け込みながら、真夏は悩みも忘れ心の底から笑った。




