表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

第11話 ガールズショッピング

猫田

挿絵(By みてみん)






 熱の出た翌日、訪れたTSクリニックにて。


「ホルモン値のバランスがやや崩れていますね」

「つまり?」

「TS症が進行しています」

「はっ?」


 診察室で素っ頓狂な声を上げる真夏。

 定期検診では「問題なし」のはずが一体なぜ?と医師に詰め寄る。


「まあまあ、焦らなくて大丈夫。少し数値が高いねってだけで」

「けどこのまま戻らなかったら…!」

「許容範囲内ですよ。これ以上はマズいかもしれないけどね~」

「どうすればいいんですか?」

「以前男性にはドキドキしないということだったけど。今もそう?」

「…………ハイ」

「まあ、もしアレなら、原因の方と距離を置くとか――」

「え、無理」


 咄嗟に口から出たことに真夏は自分で驚いた。

 つい言い訳で、同じクラスで毎日会うのだと説明する―― 今はまだ夏休みだが。


「なんにせよ、焦るには早いですよ。気にしすぎは毒だから」


 そう言われても、元気になるどころか悩みの種が増えた。

 渋い顔で病院を出て母の待つ駐車場へ戻る。

 話を聞いた早穂(さほ)はエンジンをかけながら何でもないように告げる。


「真夏が幸せになれれば、お母さんなんでもいいからね」

「大げさだな。平気だって」

「そぉ?」


 他にも言いたいことがありそうな表情に真夏は察した。

 というのも先日、とうとうアカウントのフォロワー数が1万人を突破したそのタイミングで家族にも事情を説明したのだ。

 今は収益化の申請待ち状態で、通れば翌月から広告収入が入ることになる。

 親は「SNSをやっていること」は把握していたが、まさかこれほどの規模になっているとは露知らず、寝耳に水の状態。

 心配するのは当然だった。


「大丈夫だよ、母さん」


 窓からの景色を眺めながら、真夏は助手席で言った。

 車が門扉を出る―― と。


 (ん? あの姿―― 浅井さん?)


 少し離れた歩道に香乃の姿を認めた…ような気がしたが、車が道を曲がった後では確認できなかった。

 どこへ向かうのだろう。

 連絡先は知っているのだし聞けば済むのだが、まだそんな勇気は出ない。

 いつ男の姿で彼女の隣に立てるのだろう――

 しかし今は「@manamy(マナミー)」が最優先、と思考をそちらに移す。


 (アイツは俺専属のカメラマンだし、替えなんていない)


 いつの間にか加工や編集まで京一の担当になっている。

 投稿の前にも誤字や誤解、炎上のないように文面を確認してもらう。

 もはや彼抜きで「マナミー」は成立しない……。

 そんな風に「会わなくてはならない理由」を積み上げる内に浮かぶ新たな疑問。


 (――俺、京一に給料払わないといけないんじゃないか??)


 カメラ代の弁償どころか彼への借金が膨らんでいるのではないか。

 一方的な関係は良くない…とはいえ協力しない選択肢も浮かばない。


 (その辺は後で考える。要はドキドキしなきゃいい。それは簡単)


 これから「マナミー」としてやることは山積みだ。

 直近では例えば―― 夏祭り用の浴衣を選ぶとか。


*


 体調の戻った次の日。

 大型のショッピングモールで、真夏は夢瑠・林檎があちこちハシゴするのを後ろから必死で追いかけていた。


「みてみて~! 夢瑠も紹介した流行りの2Way浴衣だよ~っ」

「わ、可愛い。私それにしようかな…。上下でセパレートになってるんだ」


 盛り上がるその脇で真夏は「さっぱりわからん」な顔をしている。

 二人がもの凄いスピードで柄を吟味する様を眺めることしかできない。


「まなみ~ん、せっかくまなみんのために集まったのに地蔵じゃ~ん?」

「ため、って言いつつ自分用にガッツリ選んでるじゃねーか」


 始めに『浴衣を買おう』と提案したのは夢瑠だ。

 「彩陽(さよ)から借りればいいのでは?」と返した所、なぜか姉と夢瑠の双方から「新しく買え」と怒られてしまい今日の運びになった。


「どれがいいんだ? 値段もバラバラだし」

「真夏の好みで選べばいいじゃない」

「見るのは好きだけど、自分が着るってなると」

「ね~これどーぉ?」

「え~~派手じゃね…?」

「ゴスロリ浴衣だね。『マナミー』のイメージとは少し違うかな」


 夢瑠に任せて「可愛すぎ」になる可能性を危惧し、バランサーとして林檎も一緒に来てもらったのは正解だったようだ。


「そっかぁ~。確かにケイの好みだともっと清楚な感じ?」

「京一のことはどうでもいいだろ。カメラマンなんだから」

「まなみんのおばか」

「はあ? 何で」

「その『カメラマンのテンションを上げる』のが大事なんでしょ~?」

「あ……」


 夢瑠の言葉がすとんと胸に落ちて来たようだった。


「それもそう、か?」


 (京一を喜ばせることが俺の、マナミーのためにもなる?)


 選択肢が無限にあるように思えた衣装選びの道筋が急に見え出す。


「京一の好きな色……青系だっけ」


 ハンガーラックの列をいくつも通り吟味すること一時間。

 ふと―― 落ち着いた水色の柄に目が行く。


「……これ、俺も結構好きかも」

「どれどれ~~? おお?」

「へえ、いいじゃん」

「でも地味か! やっぱ他の……」


「「絶対この柄がいい!」」


 戻そうとした手をがっしりと二人に掴まれ固まる真夏。

 こうして無事、浴衣選びのミッションは完了した。


 帰る前にと三人でアイス屋に並ぶ最中、真夏の持つショッパーを見て夢瑠が言った。


「ケイも喜ぶよ」

「そうかな。って別にどうでもいいけど」


 に~っと夢瑠が真夏を意味ありげに見る。


「なんで笑ってんだよ」

「最近変わったよね~って。意識してるの?」

「はっ!? し、してるわけないだろ!」

「んん…? 可愛さのために『魅せる動き』をしてる?ってコトだけど??」

「あっ。そっち」

「真夏、何か違うなと思ってた」

「おお! だろ? いろいろやってるんだ」


 林檎がアイスのメニュー表から目を離して「例えば?」と訊ねる。


「講習に行ったし、動画も見てるし、あと身近な人も参考に」

「浅井さんとか?」

「そ、そうだけど。でも夢瑠も林檎も俺の先生だ」

「やったぁ~」

「私も? 冗談」

「本当だって! 林檎は気が利くし何気に優しいだろ。あと食べ方が綺麗だ。あ、それと字も好きだな」

「わかるわかる~~!」

「……あ、そ」


 ぐぐぐ、と眉間に皺を寄せる林檎。

 その表情のまま、真夏と夢瑠に向かって言う。


「……アイスおごるとか、ないからね?」


「「ええ~~っ」」


「あんたたちね……」

「冗談だよ」「じょ~だん!」


 あと、と真夏が付け足す。


「猫田と二人きりの時はデレてて可愛いよな」

「なっ―― そんなことないけど!?」

「表情とか全然違うけどなぁ」

「ありえない。いつ見てたの?」

「割としょっちゅう」

「夢瑠も見たことある! 放課後の教室で手をこう…むぐぅ」

「夢瑠っ!!」

「顔真っ赤だぞ」

「嘘!」

「嘘です」

「ちょ……!!!」

「ごめ~ん、今の動画撮ってたから猫ちゃんに送るね」

「やああやめて夢瑠ッッ!!」


 ガールズトークに溶け込みながら、真夏は悩みも忘れ心の底から笑った。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ