俺をアフターヌーンティーに連れてってよ
「俺をアフターヌーンティーに連れてってよっ!!」
魔法少女にはなれないけど、それぐらいお願いしたい。
男子禁制ほどではないけれど、男1人で行って頼むのは気が引ける。男のコケンに関わる。虎穴に入らずんば虎子を得ず。
「アフタヌーンティーね。そんなに行きたいものなの」
「ああ、最近、ゆるふわ空気系アニメを見ていると、美少女たちがお紅茶をしているんだ。美少女がバンドをすればギターを買い、美少女がボルダリングをすれば、崖を登る。よって、美少女が体験したことは、俺も体験したい」
「お金の心配……というか、女子のスポコン系でも見て、部活に打ち込めばいいんじゃない」
「飽きる」
「清々しいまでに、萌え豚。イナゴ系男子。ブームからブームへと飛んでいく産廃」
「ぐふぅ。仕方ないんだ。SNSで盛り上がるから。最近は覇権アニメの時代なんだ。一箇所に群がるんだよ」
ハケンアニメの方じゃないよ。
いい作品はあるんだ、しかし語る相手はいない。ウェットに語りたいけど、ライト層に、初見は帰れなのだ、ニワカミーハー野郎とは言えないのだ。冗談冗談。
「まぁ、いいよ。連れてってあげる。交換条件だしね」
さすがに、オタクに優しい普通の女子。
信じてたぜ。そのまま黒髪で三年間過ごしてくれ。
ただ毒舌は控えめで。恋は甘口じゃないと生まれないだぜ。
「タキシードなんてなんで持ってるの」
フォーマルな場に正装で挑む俺に対して、カジュアルな格好の彼女。冒険に慣れて、どんどん装備を外して、最後はビキニアーマーになった戦士のようだ。
「学園行事に舞踏会があると思って」
「ないない。どこの貴族階級の子女が通う学校なのよ」
「いや、でも俺の中の常識ではーー」
常識、今までの人生経験から作り上げられる得体の知れない何か。
「ギャルゲーやアニメで常識を学ばない」
ぐっ、たしかに金髪ハーフ系の美少女がいない学校なんて非常識だとは思ったけどさ。中学の頃は高校になれば、常識が帰ってくると思ったのに。どうして担任は巨乳の20代の教師じゃないんだ。
そんなことは今はどうでもいい。今は目の前の憧れ。
「それで、この洋館がこたびのランチタイムアベニューか」
レンガ作りのオシャンティーな建物に、西洋風のガーデン。
ああ、アフターヌーンティー、アフターヌーンティー、アッフターヌゥーンティィィ!!
「アヴェニューの意味知ってる?」
「道路だろう。それぐらい知っている」
「よかった。大丈夫……じゃない。まぁ、いいか。ほら行くよ」
「エスコートしますよ、お嬢様」
「そんな堅苦しい喫茶店じゃないんだけど。恥ずかしいからやめて。3段のケーキスタンドで雰囲気楽しみたいだけなんでしょ」
コツコツと石畳の上を歩く。いい音鳴ってるな。
ガチャリと、いい音が鳴る。年季の入ったドアノブだ。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
おお、クラシックなメイドさんのようなウェイトレス。ここがオタクの憩いの場ですか。でも、まぁ、マダムたちが多いですな。この空間をオタクが埋めてはいけないのだ。乙女と淑女の園に、男は付き添いのみ。プリクラ男子のみ禁止のごとく。
「2名で」
すぐに席に案内される。少し薄暗い店内が大人の余暇を思わせる。少し柔らかすぎるソファが、またモダニズム。
「浮いてるでしょ。そんな格好して」
「ふっ、人間自分の姿は見えないからな。気にしない」
俺の黄昏をよそに、普通の女子は、メニューを取って眺める。
「注文は午後のケーキとコーヒーにしようかな」
「お、お嬢様。おハーブが生えますわよ」
「そんな言葉を丁寧語と思わないでね」
「2人でケーキスタンドコラボレーションしないと、1人男子がタキシードでウキウキしている痛いやつと思われるじゃないですか」
「ハァ、わたしダイエット中なんだけど」
「大丈夫。お嬢様なら、この程度のカロリー朝飯前ですわ」
「口調をお嬢様にしないでくれる。女装して来させればよかった。そしたら一生、写真におさめて脅したのに」
「一生、それは、つまりーー」
「奴隷ってことね」
「世界人権宣言をお忘れか」
「ごめん、そもそも覚えてない」
「……まぁ、きっと奴隷制反対って書いているはず、きっと、おそらく」
「うる覚えすぎない」
「うる覚えなのか、うろ覚えなのか、そこが問題だ」
「いいから頼もう。ケーキスタンドセットでいいんでしょ」
「イグザクトリー。センキュー、マイフェアレディ」
頭をかかえる普通のガール。
せっかく、TPOを選んで、英語にしたのに。
ケーキスタンドが運ばれて来た。オーソドックスに、サンドイッチ、スコーン、ケーキの3段バージョンだ。
ついに、夢にまで見た……ことはないけど、アニメで気になっていたケーキスタンド。なんて男心をくすぐる形をしているんだ。これぞ機能美。ただお皿を3段重ねてスペースを取らないようにしているだけなのに、悪くない。うむ、悪くない。
「いつまで眺めてるの。食べないの」
「今、アニメの作画と心を通わせるように、設計と心を通わせていた」
「一方通行そう」
「とりあえず、紅茶っブルを一口」
あー、うん、紅茶だ。
何年ぶりだろう。普段はコーヒーに砂糖とミルク派だからな。
アフターヌーンコーヒーじゃだめだったんだろうか。
「なんか、そこはかとなく口に合わない顔してない」
「紅茶党になれないエセイギリス人でごめんなさい」
「いや全くエセイギリス人でさえないでしょ」
サンドイッチ男爵の発明したサンドイッチをわざわざナイフとフォークで食べる。
まぁ、目の前のガールは普通に手で食べてるけど。
「手で取りなよ。取りづらそうだし」
「常識が、マナーが、俺の中のイギリス人の血がーー」
「いや、だからないって。一滴も」
スコーンに、すでに移行するガール。バカなっ、待つ気がないとは。俺の中のネットで仕入れたマナーが。
「ここは日本だし」
「ザッツライツ」
俺もやめよう。いや、まぁ、ワサビも溶かすし、食は楽しむものなり。他人の目なんて、あっ、スタンドの写真取っておけばよかった。
ケーキスタンドセットは美味しくいただきました。ミルクと砂糖を入れれば、紅茶も美味しいものですな。
「よし、食べ終わったし、行くぞー」
普通の女子は、まだまだ元気。
「えっ、どこに」
「ラーメン屋。交換条件を忘れてないよね」
「え、今から……」
「ジロウ系、楽しみなんだよね」
「いや、ちょっと考え直そう」
「大丈夫。ちゃんと覚えて来てるから。全マシって言えばいいんでしょ」
「冗談だよね」
「冗談だけど」
ふぅ、よかった。
女子1人では行きづらい場所だけど、ちゃんとお腹をすかして万全の準備をしていかないと。
せっかくのアフタヌーンティーの余韻も消えてしまうし。
「まぁ、普通に食べようね」
あれ、全マシだけだった……。
ダイエット中とか言ってなかったけ。
「ほら、早く。アニメでもよく出てくる食べ物なんでしょ。エスコートしてね」
「タキシードは、ドレスコードに合わないので、ま、また、今度にー」
食った。食った。食った。
くったくた。
満たした小腹の上に、ズドンと重いやつ。
普通の女子は小を、ちまちまと食べていました。どうして、大を押してしまったのか。食券を自分で買えばよかった。俺の胃袋を狙ってやがる。
「コオロギラーメンにも行こうか、1人だと行きづらくてな」
俺は転んでも起きない。起きても転ばない。
「うーん、まぁ、いいけど。代わりにメイド喫茶に連れてってね」
こいつ、俺に、メイド喫茶でのアルマジロな俺を見るつもりか。
負けん負けんぞ、俺も女子が男子と行きたくない場所を見つけないと。