死んでしまった
どこにでもいる30代後半のくたびれたサラリーマンがここにいた。
そう、俺のことだ。
「お疲れ様でした」
定時になったので俺は荷物をまとめて同僚に挨拶する。
「おう、宮原。お疲れ様」
宮原拓磨37歳。ゲーム制作会社勤務、独身、彼女いない歴=年齢、それが俺のプロフィールだ。
両親は俺が小学生の時に事故でこの世を去った。
以降、俺とひとつ下の妹はそれぞれ別の親戚に引き取られずっと会っていない。
会社を出た俺は駅に向かい帰路を歩き出した。
(今日の夕飯はどうするかな・・・。たしか冷凍の豚バラがまだ残ってたから豚バラ大根にでもするか・・・解凍しなくてもそのまま煮込めばいいしな)
そんなことを考えていた時だった。
「危ない!!」
誰かが叫んだ。
振り返ると、今渡った横断歩道を子供が歩いていた。
信号は赤だ。
そしてトラックが迫っていた。
ブレーキは間に合わないだろう。
俺はとっさに飛び出すと子供を歩道に突き飛ばした。
(俺も早く逃げなければ)
そう思ったときにはもう遅かった。
気が付くと、俺は見知らぬ空間にいた。
ケガは・・・していないようだ。
「まさか異世界転生!?」
そして目の前には予想通り神様らしき人が立っていた。
「はじめまして、宮原拓磨さん」
「あ、はい、はじめまして。あの、俺はやはり死んだんですかね?」
とりあえず一番の疑問をぶつけた。
「ええ、残念ながら・・・。しかし、それが問題なのです」
「問題って?」
「あなたは今死ぬべき人間ではないのです。子供をかばってトラックに轢かれてしまったことは予定外のことだったのです。実は、本来ならばあの子供は助けなくとも奇跡的にトラックのすき間を通り抜けてかすり傷ひとつで助かったのです」
「えっ!?ということは・・・俺って」
「はい、無駄死にということに・・・」
なんということだ。俺のしたことが全くの無駄だったなんて。
「とはいえ、あなたのその善行はすばらしいものなので今回は特別に転生させることにいたしました」
「まさか異世界に!?」
「異世界?まさか。同じ世界、同じ人間にです」
「同じ人間?」
「はい、宮原拓磨として再度転生していただきます。まあ、転生というより上書きでしょうか。現在のあなたの魂を過去のあなたに戻します。そしてあなたが事故に遭わないよう調整します」
異世界でないと聞き俺は少しがっかりしていた。
しかも同じ宮原拓磨だなんて・・・。
「もう時間もないのですぐに実行します。ではいきます」
すると目の前が真っ白になった。
(そういえばいつの俺に上書きするんだ?)
そう思いながら目を開くと、目の前には知らない天井があった。
「知らない天井だ」
いつかは言ってみたいセリフをつい呟いていた。
いや、知らないというより忘れていたとでも言おうか。懐かしい感じがする。
「はっ!?」
俺はすぐに起き上がった。
そして目の前にあるのは俺の小さな両手だった。
「マジか!?」
どうやら俺は幼児くらいに転生してしまったらしい。
「あら、たっくん起きたの?」
ふすまを開けて入ってきたのは懐かしい人物だった。
「かあ・・・さん?」
そう呟きながら涙が溢れてきた。
「どうしたの、たっくん!?怖い夢でも見たの?よしよし」
約30年ぶりに見た母さんに俺は頭を撫でられた。
「な、なんでもないよ、かあーーじゃない・・・お母さん」
そしてふと隣を見ると妹のあゆみが寝息を立てていた。
とりあえず顔を洗い、居間に着くと懐かしの
ブラウン管テレビには古臭いCMが流れていた。
カレンダーを見ると、平成二年と書いてあった。
つまり今の俺は5歳ということだ。
「おはよう、ママ、お兄ちゃん」
あゆみが起きてきた。
改めて見ると妹って可愛いな。ケンカばかりしていたような気がするが。
「おはよう、あゆみ。お母さん、そういえばと・・・お父さんは?」
「もう仕事に行っちゃったわよ。さあ、あなたたちも早く朝ごはん食べないとバスが来ちゃうわ」
そして懐かしい母さんの手料理を食べ終わり幼稚園の制服に着替える。
母さんが忙しそうだったのであゆみの着替えは俺がやってやった。
まあ案の定母さんは驚いていたが。
幼稚園に着くと、まずまわりの子供たちの名前を覚えるのに苦労した。幼稚園時代の友人の名前などすっかり忘れていたためだ。
まあ、名字はみんな名札をつけているから分かるのだがなにしろ幼稚園児だ。名字で呼ぶ子供など全くいない。
そして、お絵かきやお遊戯を園児を演じて過ごすのに苦労した。