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神々の無責任な後始末  作者: compo
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とある兵士の回想

山を越えてキクスイから来る親子連れを捕縛せよ。生死の有無は問わない。


そんな命令がコレットの街より来た。


「親子連れって何したんだ?」

「なんでも今、旧道を越えているらしい。」

「整備された新道では無く旧道をか!」

「これはどうも訳ありらしいな。」


俺達は酒保で安酒片手に干物を齧っていた。


「どっちにしろ、俺達には関係ないだろ。」

「そうそう。折角の手柄のチャンスだけど、どうせ貴族様が持って行くんだろうし。」

「悪いな。そのチャンスを俺は貰った。」

「ライズ伍長!」


そう答えたのは、俺達の同期のライズ伍長だった。

酒保の会計で何やら燻製肉(俺達が食べている魚の干物よりは少しだけ高い食い物だ)と酒を買っていた男。

同期なのにヒラの俺達と違って下士官なのは、奴がコレット出身だからだ。


この基地はコレットの街で食べている。

逆に言えばコレットの街は俺達で食べている。

持ちつ持たれつの関係を構築したのはコレットの領主、コマクサ公爵だ。

それゆえか、コレット出身者は、それだけでこの基地で優遇される傾向にある。


俺達が干物しか食えなくても、コレット出身ってだけで燻製肉が食える。

その程度の優遇ではあるが、軍隊という組織の中ではそれだけで羨ましい。


もっとも、平民同士。奴は別に威張る訳でもなく。こうやって毎晩グラスを並べる訳だ。

「くそ!俺も暴れてみたかった。」

「妬かない妬かない。次があるぜ。」

「つうてもよう。こんな森の中まで誰が攻めてくんだ?キクスイは平和そうだぜ。」

「だったら、その親子連れとやらが俺達を殺す事を楽しみにしてんだな。次はお前だ。」

「洒落がきついぜ!」

「酒が言わせてんだ。酒がよ。」

「どわっはっはっは。」

だが、それは洒落では無かった。


翌日、実行部隊は帰って来た。


帰って来ただけだった。隊長以下数名は戦死してコレットに搬送されて行った。

戦況を聞こうにも、ライズはライズでは無かった。呼びかけても話しかけても返事がなかった。気が狂れていた。

ライズだけじゃ無い。随行した兵で死ななかった者は全員気が狂れていた。

そして、その日のうちに全員コレットに搬送されて行った。戦場で何があった?


敵は素人の親子連れ2人だけでしか無い筈だ。だが、その質問に答えられる者はどこにもいなかった。 

基地内が重い空気に包まれる中、再出動の命令が降った。

俺はまたもや留守番だった。


留守番で良かったみたいだ。今朝、我が基地の3分の1にもなる大兵団が出撃し、全滅した。我が国建国以来の大攻勢だった。


総指揮は我が基地の最高司令官、皇族のミク・フォーリナー閣下だった事からも、基地を上げての大作戦だった筈だ。 

なのに全滅した。ミク閣下も行方不明になった。恐らく戦死されたのだろう。

だろうというのは、何故だか分からないけど死体が見つからなかったのだ。だが、弓のカタパルトは大量の血液で赤く塗られていたので、生存は絶望的と判定されたそうだ。


あいつもこいつも、おととい酒保でライズと一緒に馬鹿騒ぎしていた連中は居ない。

酒保を覗いてみたが、誰もいなかった。

そして翌朝。文官と後方支援兵を除く全兵力に総出撃命令が降った。

敵はたった2人の親子連れ。


出発前、森の中で行われた結団式でとある情報が伝えられた。昨日まで全く行方不明だったミク殿下の紋章が移動している。

皇家の紋章は皇族本人が身につける事によって作動するいわば救命信号の役目もする、特殊な技術が使われているという。


つまり、姫殿下は健在である!


ゼルという若い貴族が剣を抜き、高々と宣言した。

「ミク閣下は恐らく賊に連行されている。我らが東部方面軍、全力を挙げて閣下をお救いする!行くぞ!」

「おおっ!」


っと本来なら勝鬨を上げるんだろう。

戦の前でも勝鬨を上げる。そうやって士気を高めるのが俺達のやり方だった。

だが、1万を超える兵からはパラパラとしか帰ってこない。

皆、怖いのだ。俺達は軍と言いつつ実戦経験が無い。

平和な帝国に於いて、軍は就職先の一つでしか無い。戦争など建国以来した事が無い、それが帝国軍だった。


しかし、その初戦は惨敗だった。

基地から出て行った者は死ぬか発狂するか。

誰一人として帰ってこないのだ。


指揮官達は、まるで芝居の様に戦にロマンを感じている様だ。

あのゼルとか言う貴族、まるで大昔の芝居譚の主役にでもなっているんだろう。

でも、俺は駄目だ。行きたくない。

俺だけじゃ無い。昨日まで平和に呑気に酒を酌み交わしていた仲間が沢山死んだ。

そして次に死ぬのは俺達だろう。

死ぬ事が怖くて怖くて堪らない。

それが帝国軍の本質なのだ。


ミク殿下は街道をゆっくりとコレットに向かって歩いている様だ。

閣下の紋章の位置を測定している観測兵から定期的に報告が入り、その報告は俺達に伝達されて来る。いつのまにか俺達下級兵が前方に押し出されていた。

まず死ぬのは俺達って事かよ。ま、貴族様が指揮をとってんだから、平民なんざ塵芥なんだろうけどよ。

少しずつ少しずつ俺達の間合いが詰まり、やがて見えた。


小さな女の子が持つ長い剣の先に吊り下げられて気絶しているゼルという貴族の姿が。


つまり彼女が親子連れの子供の方か。まだ10歳そこそこに見えるのだが、巨大な剣を肩に担ぎ、むしろ大柄のゼルを吊して振り回している。


おいおい、そんな真似、俺達には出来ないぞ。


その脇には、まだ若い俺より歳下にしか見えない男。この2人が手配の親子連れだろう。

そしてミク殿下が男の隣にいる。

別に拘束されている様子はない。むしろ男の服を摘み、男に頼り切っている様に見える。


そして何より異常なのは、幻の存在と言われ目撃情報は絶えないけれど絶対に人には近寄らないと言われる森の精霊が男の頭に腰掛けているのだ。


彼は、彼は一体何者だ?


そして俺達はこんな奴らに何が出来るんだ?

俺達は目標の親子連れを囲んだまま固まっていた。


怖い。怖い。怖い。

なのに何故殿下はそこに居る?


俺達に厳しく、自分に厳しく、常に己を高める事に余念がないと言われ、常に厳しい顔を崩さない殿下は、何故男と楽しそうに談笑している?


殿下が笑っている姿など見た事が無い。


その男は誰だ。笑わん殿下と幻の存在を側に置く、そんな男は伝説の童話にすら出てこないぞ。

俺達がただ動揺していると、彼らは何処からとも無く取り出したテーブルで寛ぎ始めた。


いやいや、4人掛けのテーブルと椅子など持ち運べるものではないだろう?


分からない。

分からない。

分からない。


俺達がただ混乱し、ただ固まり、ただゼルという貴族を見つめていると、彼らはとんでもない事を始めた。

テーブルの上にある網で肉や野菜を焼き始めたのだ。


1万人の兵に、後数歩で剣の間合いに入れる程の距離で包囲されているのに、食事を始めたのだ。

殿下が見た事の無いはしたなさで肉に齧り付いている。顔をくしゃくしゃにして、美味しい美味しいと男に訴えている。


なんだ。なんだ。なんだ。

涎が、涎が止まらない。

俺にも、俺にも一口食わせてくれ。

一口食わせてくれるなら帝国なんかいくらでも裏切る。あんたの奴隷になっても良い。

せめて、せめて一口肉を…


飯を、肉を食わしてくれ。


その願いは姫殿下によって叶えられた。

姫殿下らの要望で沢山の肉を残して、彼らは移動して行ったのだ。


ゼル将軍は剣に吊り下げられて、こちらも精神が壊れたらしい。歌ったり走ったりと空中でけたたましい。


なるほど。


こんな状況で、「おあずけ」をされてライズは発狂したのか。気持ちがわかるぞライズ。

俺も、もうもう精神が崩壊しそうだ。

彼らが去った後、俺達は順番に肉にありつく事が出来た。何よこの肉。

白い脂が模様を作り、焼く事によって脂が溶け肉は歯で噛まずとも口の中で溶けてしまう。こんな肉がこの世に存在して良いのか。

しかも、下級とはいえ貴族階級の上官が食べて泣いている。貴族の「ゴチソウ」でもこんな肉は食べた事無いと。俺も、俺達もみんな泣いていた。


割り当てを食べ終えた時、俺達は自然と彼らの後を追っていた。

俺達の先頭を走るのは2人の将軍。カピタン将軍とアマーネ将軍だった。

森の中は当然走りにくい。でも、早くしないと彼らが森の外に行ってしまう。

それは嫌だ。絶対に嫌だ。


先頭がギリギリで追いついた。正に森を出ようとする瞬間に追いついたのだ。

そして、彼らの前に立つまでもなく。瞬時に土下座を始めた。到着したら直ぐ土下座。

俺達はジャンピング集団土下座という新しいスキルを身につける程、見事なウェーブ土下座を決める事に成功していた。

土下座したものの、後何をしたら良いのかわからなくて困っていた俺達をサクライ老将軍が基地に招待すれば良い、と提案した。

さすがは年の功、姫殿下の一言もあり無事彼らを基地に招待する事が出来た。


当然、基地内は大騒ぎになった。

全軍を上げて殺害しに出て行ったら、全軍が降伏して目標を基地に引き入れたんだから。彼らに殺された仲間は沢山、沢山居るというのにだ。


森で肉を食べていない全員が反対した。

コレットからの軍目付は殺害を進言した。

イリス将軍を始めとする文官も殺害を進言した。


しかし上層部が揉めているほんの僅かの時間、基地内が揺れている間に、彼らは厨房を始め後方班を「カレー」という料理で全員味方につけていた。


その後に俺達が食べた夕食には「味」が付いていた。塩味以外の食べた事のない、複雑で美味しくて、身体中に染み込んでいく味。

俺達は勿論、初めて食べた文官達も全員号泣していた。俺達は今まで何を食べていたのだろう。そしてこの味は、彼らが森を出てしまったら二度と味わえないのだ。


彼らを殺す?誰がだ?

軍の料理を不気味なものとして食べなかった目付以外の全員が意思統一していた。

彼らを離してはならない。幸い、姫殿下が彼の元にいる。姫殿下は彼に懐いている様だ。

いっそ、姫殿下を彼の妻として招き入れて貰い、彼らとの縁を深いものとすべきでは。


そんな結論になる事は分かりきった事。

コレットに対し反逆の意志を示した軍に対し、頭から怒鳴りつけると目付はコレットに引き返した。

俺達は、コレットの街もコマクサ公爵も怖くなかった。彼らのご飯が食べられなくなる事の方が余程怖かったのだ。

ごめん、ライズ。

でも美味い。美味いんだよ。


結論として、彼らを敵に回さずに良かった。

彼らを味方にして良かった。


コレットの街を敵に回した事で、我が基地には水と食糧の配給は無くなった。


しかし、その日のうちに水道が敷かれ甘露な水がいつでも飲みたい放題使いたい放題になった。

コレットからの追討軍は森の出口に高い壁を築いた為に近寄れなくなった。


野焼きに失敗して放置された土地は耕され新しく農地として生まれ変わった。

山にトンネルが穿たれ、キクスイとの往来が容易になった。


鉄道馬車が森の各地に敷かれ、移動が速く容易になった。


様々な植物の栽培が始まり、今まで食べた事の無い食材が食べられる様になった。


キクスイ王家とミク殿下の交流が始まり、食糧の心配が無くなった。


森内部の開発が始まり、「竹」という生育が早く加工がし易く、新芽は美味しく食べられる木を発見出来た。


更に果樹園と牧場を夫君閣下は計画しているという。


そして今、姫殿下は空を飛んでいる。

飛行船という新しい乗り物で森の上空を飛行し、キクスイまで馬車以上のスピードで往復している。その白い飛行船には、ミク殿下の紋章がデカデカと描かれて、今日も殿下達は空を飛んでいるのがわかる。


森の中には川が敷かれ、湖も現れた。

休みの日は、俺達はそこまで足を運び寛いだ。いずれ魚も放す。繁殖したら釣りをしよう。そんな話もあるらしい。


俺達は基地で森の中で壁の内側で、開拓に開墾に開発に取り組み、そしてそれは凄い勢いで結実しようとしている。


俺達は軍人?そんな事はもう関係ない。

俺達は森の中で、どんな帝国貴族達よりも豊かで充実した生活を送り、毎日美味しいご飯と美味しい水を味わっている。

彼、ミク殿下の夫君たる閣下はなんでも知っていた。俺達の様な下っ端は直接話をする機会は無いが、自分勝手我儘な要望以外ならば、カピタン将軍に稟議書をあげると早ければ翌日に回答が来る。それも、俺達の想定以上の回答を平気で流してくる。


姫殿下は時折、犬という小さな動物を抱き上げて旧戦友に会いにくる。

非常に賢い動物で、姫殿下からは離れようとせず、常に寄り添って殿下を守っている様だ。


姫殿下の話では、夫君閣下とは意思疎通が出来るけど若輩の自分では出来ない。それが悔しい。でもチビは私の気持ちを全部分かっていて、こうやっていつも私と一緒にいてくれると笑う。あの笑わん殿下が笑う。本当に幸せそうな柔らかい笑顔を見せてくれる。


だから。だから俺達はたまに姫殿下が基地に姿を見せてくれるのを楽しみにしている。

…あと、姫殿下が基地に来てくれる時は夫君閣下の新メニューがついてくる事も多いし。


そうこうしているうちに、家族を森に呼び寄せたい者、森を出て故郷に帰りたい者の募集が始まった。


家族か。


家族を呼びたいのならこんな半地下の基地ではなく新しい官舎を作成するから正確な人数を名簿として知りたい。夫君閣下の要望がカピタン将軍を通じてやって来たのだ。


家族か。


離隊したい兵士はいなかった。

当たり前だ。

俺の両親はコレットから2日離れた雛村で農業をしている。決して裕福ではないから俺は口減らしの為に軍に入った。もしこの森に来れば美味しいご飯を腹一杯食べられる。それは、それだけは事実だ。勿論、森の中だから足りないものも沢山あるが、それはこれから俺達が姫殿下と夫君閣下と一緒に作って行けば良いだけの話だ。そして、幼馴染のあの娘は元気だろうか。まだ、嫁に行ってはいないのだろうか。俺は、家族受け入れ希望名簿に署名し、最大入居家族を本人を除く3人と申請した。


そして今日、鉄道馬車に揺られる事半日足らず。かつてはキクスイからの新道・正街道だった場所にやって来た。

壁は遠くここまでもこの先も伸びており、壁には重厚な鉄の門が聳え立っている。


サクライ将軍が我らを迎えてくれた。

一人ひとり、帰隊日時を確認申告し、それが叶わない時は門の中に入れない事もある。

そう注意を受けた。絶対に嫌だ。

絶対に俺は帰ってくる。出来れば両親とお嫁さんを連れてだ。

そうして、俺達は門の外に飛び出して行った。

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