たけのこ!
例えば、畜産。
例えば、農業。
例えば、鉱業。
1万という人間が居て、1万という人間を食わせ、1万という人間を稼がせる。
現在、私達が持ち合わせているのは、森と山だけ。
地底湖と豊富な水はあっても、漁業は出来ない。
戦争は出来ても(BBQに降参する兵隊さんに出来るのかな?)、物作りは出来ない。
こういう人達を育てて、森の中に一つの都市を作る。
実業を育てる。
コレットの街を時代遅れに置いておく。
その為に、牛・豚・鶏・山羊を集める。
猪がいても豚を知らないし、ウールという素材自体を知らない世界ですから、豚・羊の存在も確認しないと。
森の中で、山で育てられる植物は、果樹・野菜・山菜。
ここら辺の「タネ」はキクスイ経由で集められないだろうか。
鉱業は金銀鉱山の再開発がある。
森の中とはいえ、林業は極力控えたい。
森の自然が豊富だからこそ、森の精霊が、人外の存在が生きていける。
あれこれと考えていると、ツリーが私の前に腰掛けて私の顔を見上げていた。
そんなに変な顔をしていましたか?
両手で自分の顔をぐにゃぐにゃ掻き回していると、ツリーさんが吹き出した。
あ、この子の笑った顔は初めて見たね。
さて、考え事はこのくらいにして晩御飯の準備に入りますか。
さっきからミズーリと姫さんが不思議な踊りを踊ってるし。
「トール。キノコだわ。あれだけ見せられたらキノコの口なの。キノコを所望するわ。」
だからその珍妙な天衝体操はなんですか?
「キノコの成長を表現しているの。」
「なんなら旦那様のキノコでも可ですわ。美味しく頂かせて貰いますわ。」
よりによって酷い下ネタを一国の姫さんが言いやがった。
それもミズーリと一緒に珍奇な天衝体操をしながら。
あゝもう、分かりましたよ。万能さん、アレを。
万能の力という物は今更ながら大した物で、前世でも食べた事の無い物を容易に取り寄せる事が出来る。つまり、松茸。
MATSUTAKE。である。味はしめじの方が良いらしいが、そもそも松茸自体にそんなに食経験がある訳では無いから分からない。茶色い袋のお吸い物ならよく飲んだけど。
松茸ご飯。土瓶蒸し。七輪炭火焼。を乏しい経験値をフル回転して作ります。
一緒に、鉄板焼きで椎茸・エリンギ・しめじのバター醤油焼きも行きます。
お上品な料理と、アブラギッシュなスタミナ料理の取り合わせですが、ミズーリと姫さんは鉄板焼きに夢中です。
2人して、鉄板にバターを敷いて椎茸に切れ目入れて、時々もやしも追加しながら、エリンギやしめじを手で引きちぎり、醤油を焦がして。
うみゃーうみゃーと、雌猫二匹が騒いでます。
姫さんってあれ、一応育ちの良いお嬢様だよな。すっかりミズーリの妹さんと化して真似ばかりしてるし。
私はちょっと大人しく、日本酒を熱燗でのんびりと頂きながら松茸を楽しんでます。
もう少し生きていたら、こんな晩酌を楽しむ夜もあったのでしょう。
え?ツリーさんも飲みたい?
いや、精霊の歳や身体は分かりませんけど飲酒は良くないと思うんですけど。
変な混ぜ物が無ければ大丈夫ですか。
よござんす。私が呑んでいるのは加水アルコール抜きの大吟醸酒。
万能さんの力が無ければ飲めない超希少な日本酒です。これならば大丈夫でしょう。
でも、小さな身体ですから控えめにね。
早速ツリーさん用お猪口をこさえて、ちょこんと乾杯。ツリーさんは松茸ご飯がお気に入りで、ご飯をアテに日本酒を呑むという愉快過ぎる精霊になってますが、特に酔う様子もなく、お酒もご飯も本当に美味しそうに飲み食いしています。
あっちの姉妹は味が濃いおかず大好きの味覚お子様ですが、こっちの末娘とは良い飲み友達になりそうです。
湯上がり後、彼女達は何故かホラー映画を見ていた。
この世界では、演劇・歌劇という物しかいわゆるエンタメはない。
書物はあるが、そもそもの識字率が決して高い世界ではないので、あくまでも限られた層への娯楽でしかない。
しかも精神耐性が非常に脆い生物であるからして、怖がる驚くという感情がよくわからないという。ならばとミズーリが持ち出したのは超古典の井戸から出てきてお皿を数える奴。よくぞそんな映画を見つけてきたもんだ。白黒じゃん。
私はテーブルで地図を広げている。
天界謹製マップルは、植生についてもリアルタイムで纏められていて非常に助かる。
帝国の地図を出しなさいと言ったら、久しぶりに創造神さんが
「あんまり派手にはやらないでね。」
と渋々持って来てくれた物だ。
ひょっとして創造神さんが直接調べて書いてるの?
ミルクを冷たく冷やした物をチビチビやっていると一つ面白い記述を見つけた。
ツリーさん、は映画に夢中になっているので、万能さんには確認した。あのさ、これって。
竹ですね バンブーですね
マスターの前世に生息していた物とほぼ同じです
この一帯は竹藪になっています
ここからの距離は
馬で2時間 家ごと飛んでいけば瞬時です
と、言うことはだ
竹の子、めんま、竹細工。
しかも竹は成長が早い。使っても使っても使いきれない。おし、明日の指針は決まり。
竹の子掘りです。
竹の子の水煮、竹の子ご飯、竹の子焼き、竹の子の刺身。
竹の子って下処理が面倒くさいから自分で料理した事無いし、春先に定食屋で食べるだけだったけど、今は時間も「力」もある。
明日はレクの日としましょう。
因みに姫さんとツリーさんは
「トイレに怖くて行けませ〜ん。」
「(コクコク)」
と、お約束通りの反応で私にしがみついて来ました。
いや、我が家のトイレはそこのドアを開ければそうなので、別に暗くて怖い廊下とか有りませんよ。
結果として、ドアを開けっ放しで用を足す馬鹿三姉妹がそこには居ました。
何故か私に見てろと強制しようとしましたが、全力で拒否しました。
下ネタだけじゃなく、変態性も帯びて来ちゃったかな。
こいつら早いとこ修正しないと。
結局、灯りをつけたまま寝る事になりました。やれやれ。
ミズーリと姫さんは、毎朝の日課で入浴中。ツリーさんもいつもの場所で、私の朝食作りを見学中。今日も私達の「いつも」が始まります。
今朝は、昼乃至夜が竹の子尽くしになる事を考えて洋食にします。
新たに万能さんから取り寄せたのは、コレ。
ホットサンドメーカーです。
食パンにハムチーズを挟むだけ。
スライストマトやレタス、スクランブルエッグやハンバーグなども用意しておくから、あとは各自でお願いするという事で。
ツリーさん用に取り寄せたホットサンドメーカーはお子様おもちゃみたいでちょっと可愛い。私の一世代前には、ママ◯◯と言う商品目名の本当に使える家事玩具があったそうですが。
「溶けたチーズとハムがこんなに合うとは、ちょっとした発見だわ。」
「ミズーリ様、チーズとハンバーグも美味しいですわ。でみぐらすのソースを控えめにするとお肉の味が朝からガツンと来ますわ。」
「(卵美味しい)」
お風呂上がりの娘達がワイワイガヤガヤ自分好みのホットサンドを作っている。
昨夜の鉄板焼きと言い、自分で作る楽しみも知って欲しいな。
今度は手巻き寿司でも作ろうか?
「私は嬉しいからぱんつの一つも脱いで裸踊りをトールに披露する気満々だけど、生の海鮮物をミクが食べられるかしら。もぐもぐ。」
「生の海鮮物ってなんですか、もぐもぐ。」
「貝や魚を生で食べる事よ、もぐもぐ。 あ、焼けた。」
「生のお魚なんか食べられるのですか、もぐもぐ。」
「煮たり焼いたりするよりも、生食が美味しい魚もいるのよ、もぐもぐ。」
「食べられなかったら罰でぱんつを脱ぎますわ、もぐもぐ。」
「食べられて美味しかったらどうするの、もぐもぐ。」
「脱ぐに決まってますわ、もぐもぐ。あ、ハム卵が焼けた。」
あの、君たちねぇ。
朝ごはんを食べているうちに、竹林ゾーンに到着です。竹の子掘りは朝が基本ですから。
万能さんから鍬を取り寄せると、地面の微妙な盛り上がりを注視します。
初めて竹林を見る姫さんは、珍しい緑の丸い幹が不思議でキョロキョロしては、そこら中を触っています。
あれ?この世界の飛び道具って弓矢じゃないの?万能さん?
ただの木の枝を使用しています
携帯弓としては、それこそ石器時代から進化していません
ですから軍に於いてカタパルトが主流なわけです
カタパルトの動力というか投擲原理は?
馬と石と木材の組み合わせです
なるほど、カタパルトというよりは、トロイ戦争で出てきたみたいなバリスタが特異進化したと考えていいのかな。。
さて、武器よりも先ずは竹の子です。土の中に鍬を差し入れると、よいさっと土ごと引き起こしました。
来た来た。茶色いおべべを来た三角のお子様が。前世で言うところの孟宗竹に近い様です。ちょっと小ぶりかな。
ツリーさんが直ぐに皮を剥いで鍋に入れます。
ツリーさんと長さが変わらないけど。
竹の子を抱えてふわふわ飛んで行こうとする直前でストップ。そのままだと服が汚れますよ。
お人形遊びでもするように、万能さんから取り寄せたツナギを着て貰います。
いや、服の上から着れる様にサイズ調整してますから、脱ぐ必要はないですよ。
…なんで残念そうな顔するんですか?
私達のやりとりを見ていた上の娘達も、ツナギ着たい鍬振りたい竹の子煮たいと騒ぎ出したので、お揃いのツナギを着て鍬を渡しました。
鍋はツリーさんが仕切る様です。ただのアク抜きなんですけど。任せなさいですか。では任した!
姫さんは腰付きがふらふら安定せず、最初の2〜3本はとんでもないところから切断したりと勿体ない真似をしましたが、そこは本職は軍人。鍛えられているだけにみるみるうちに上達し、我が家の竹の子掘りエースになりました。
ミズーリは、まぁなんですか。一応、女神ですから基本的な肉体スペックはべら棒に高いんですが、何しろ頭脳は熟女でも身体は小学6年生。鍬を振り回すのではなく、鍬に振り回されている有り様なので。
しばらくすると竹の子掘りを諦めて、掘った竹の子の皮を剥いて鍋に入れる係になりました。
私と姫さんが竹の子を掘り、ミズーリが掘った竹の子を運び皮を剥き、ツリーさんがアク抜きをする。いつのまにか出来上がった連携プレーで、ほんの一時間のうちに周辺の竹の子は掘り尽くしました。
「やり過ぎちゃいましたか?」
「あゝ、姫さん大丈夫。明日になったらこのくらいまた生えてるから。」
「え"。」
竹って言うのはそう言う植物なんです。
ついでに、竹を何本か切り落として家の中に運んでおきます。
弓矢以外にもアレコレ作りましょう。
水煮にした竹の子は、鍋4杯分。
土佐煮、竹の子ご飯、お味噌汁、きんぴら、青椒肉絲、取り敢えず浮かぶのはこの辺でしょうかね。
水に浸けておくだけで暫くは保つし、和食メニューの時は色々使えそうです。
では最初は土佐煮から。
水煮の竹の子を鍋に入れて、醤油、みりん、調理酒で煮込むだけ。出汁は鰹の生り節を一口サイズに切った物をそのまま放り込みます。
煮上がった竹の子に、煮汁を浸した鰹節をたっぷりとふりかけて出来上がり。
竹の子ご飯は、釜に醤油、みりん、出汁の黄金トリオを加え、薄くスライスした竹の子と鰹節、ちょっと変化球にグリーンピースを加えて炊くだけ。
お味噌汁は、白味噌で細切りにした竹の子(細いマダケを輪切りにした方が好きなんだけど)に玉ねぎ、ワカメをたっぷり加えて煮込んで、さあ美味しいぞ。
食卓を春に統一する為に、ウド、ふきのとう、タラの芽の春野菜と、お子様味覚の娘達用にカニカマ、ソーセージの天ぷらをメインのおかずにします。
竹の子と春野菜の、春ご飯の出来上がり。
飲み物は気持ち的に緑茶で。お昼ですからアルコールは抜き。苦い春野菜の天ぷらでビールと行きたかったけどね。
野菜大好きお米大好きツリーさんは、もう夢中になって黙々と食べてます。
ミズーリはお味噌汁が気に入ったみたい。竹の子ご飯とお味噌汁を順々に楽しんでます。
姫さんはどうかというと、穂先の土佐煮と生り節をひたすら食べてます。
私は穂先より、根っこの方の固い部分が好き。
味の濃い料理が多い我が家では珍しい、醤油と出汁の和のテイストを味わう事にみんな夢中。
うちの娘達は殆ど話さず、ただご飯をおかわりして、ふきのとうの苦味を面白がり、今さっき収穫した竹の子を味わったのでした。
…ソーセージの天ぷらは、思ったよりも不評でしたけど。
「トール。今日は野菜の日なの。半端なお肉はいらない日なの。」
「そうか。なら私が全部片付けよう。」
「誰が食べないと言いましたか。肉は別腹なんです。」
結局、全部食べるのね。




