トンネルを掘ってみた
森の人ことツリーさんに連れられて、私達は駐屯地からそうは外れていない森の中にいた。トンネルその1の掘削予定地に最適な場所を森の妖精に測定して貰ったのだ。
森の中の事は、森の妖精に聞くのが一番。彼女達は森に及ぼせる能力は微力であるものの、森の中の事ならば空中から地中まで把握している。
「ここかい?」
コックリ。
ツリーさんは私の肩で頷く。
では、…どうしましょうかね。何も考えずに来ましたから。シャベルでやっちゃうか、シールドマシンでも出しちゃうか。
はい。万能さん?提案があるんですか。
そうですか。ならお任せします。
万能さんの指示通りに、私が地面にそこらで拾った棒を突き刺すと、音もせず人が並んで通れるくらいの穴が勝手に掘れていく。
めちゃくちゃである。けどもう気にしない。
姫さんの様子を伺うと、ミズーリの肩を摘んで手を口に当てていて、明らかに呆れている。そりゃそうでしょ。私自身も呆れているもん。
あれ?床壁天井がセメントで固められてる。
しかも既に乾いている。万能さん特製超時空速乾セメントだ。
マスター 貫通しました 安全性を確認中
確認出来ました いつでも入れます
灯りはどうしますかね。一応ベッドからランタンさんを持って来ましたけど。
天井を光らせておきます
理屈は聞かないで下さい
私とマスターがそうしたいと思ったからです理屈は私にも分かりません
いよいよ意味不明な能力を使い始めた万能さん。
何はともあれレッツラゴンです。
「レッツラゴンは古いわね。赤塚不二夫じゃない。年代が合わないのによく知ってるわね。」
今日もうるさいよミズーリさん。
因みに土砂類は保存してありますので、埋め戻しにも使えます
いや、土砂類は後で土塁に使います。保存しておいて下さい。
「これがトンネル〜ぅですか。」
中に入って数歩、姫さんが興味深そうに話しかけてきた。そこで私は説明を始めた。
「私とミズーリはキクスイから旅をして来ました。キクスイは常春の国で、非常に安定した温暖な気候でした。ただし、降水量は少ない様で、住民は雨を非常にありがたがる様子が見受けられました。」
スタフグロの街で雨に降られた時は、傘をささない地元民に、懐かしい前世ヨーロッパの歴史の記憶を甦らせたものだ。
「キクスイの植生は丘陵や低山山脈の周辺にしか豊かな森林がありませんでした。川は数本ありましたが、大河といえる規模ではなく、未開発の土地がかなりありました。
「ところが、山脈を一つ越しただけの帝国にはこれだけ大規模な森林が広がっています。山の高さで雲が遮られて雨が降ると言う事も起きますが、山は私達が1日で徒歩で越えて来れた低山です。気候に対する影響は低いと判断せざるを得ません。
「実際、姫さんとツリーの話では、帝国内の他の地区と比べて特に降水量がとりたてて多い少ないという事も無さそうですし。」
洞窟の中は、私の話し声の他は3人の足音だけが響いている。どうやら姫さんに閉所恐怖症の心配はない様だ。ちょっと心配してた。
歩いていたのはせいぜい10分。直ぐに私達は終点に、その目的地に到着した。
「これだけの森林を維持するには多量の水が必要になります。しかし雨が降らない。だとしたらその水は。」
私達の目の前には湖が広がっている。
「地下水脈、もしくは地底湖が地下にあり、この森を養っているだろうと思い、森の人ツリーに存在を確認したものがこれです。」
地底湖。この近辺には地下水脈が豊富な事はキクスイにいた頃から想像していた。
あの鬼の女性と会ったあの湖。あの湖は流入する川が無かった。でも、流出する川が地を削り渓谷を作っていた。恐らく湧泉が湖底のあちこちにある、それだけ豊富な地下水がある地域ではないか。
それだけのもの、それがこの地底湖だった訳だ。
単純な水量で言うなら、マスターの前世で言う利根川水系放水量の750年分、余程の大工業地帯大開発でもしない限り、この付近の人間には永久に使い切れない水量があります
解説ありがとう万能さん。
さて、この水をどうするかですが、井戸とか掘っても追いつかないですね。
水道管を大量に設置しますか。
この量ならば、掛け流しにしても半永久に循環しますよ
それは良いですが、どうやって地表に出しますかね。ポンプ?しかないですよね。
電気がないから電動は無理、ならば真空の圧力或いはつるべ。
樋口一葉の井戸や加賀千代女の俳句と言うのも風情がありますが、一万人以上の軍人が暮らす、もはや都市と言っても差し支え無い駐屯地では効率的ではないし。
いや、江戸時代を考えると充分なのかな?
でもまぁ、やるならとことんやらかしたいところだなぁ。
なんとかします
そうですか。一応期待はしてましたけど、経年劣化が心配だったので。
なんとかなります
ですか。ならば行きますよ。
塩ビ管を数十本、地底湖から駐屯地に伸びている様子をイメージ。駐屯地の地下に巨大な貯水槽を作り、そこから地中に網目の如く水道管を伸ばす。必要に応じて地表に蛇口付きシンクをいつでも出現させる準備を完了。
排水口から出た下水は下水槽に一度溜めて、濾過させながら自然と地中に戻る、そんな循環装置を作成して、あとは私の合図一つで東部方面軍に前世現代レベルの上下水道網がこの森の中に出現させる事が出来る。
姫さんには何が何だかさっぱりわからないだろう。が、実物を見てもらうのが一番手っ取り早いだろう。
顔じゅうから???を散らかし始めた姫さんの手をミズーリが引きながら、もう用はないので地表に戻った。
入り口がわからない様にシャッターで閉じる細工も忘れずに。
「さて、姫さん。私の国では水道という技術が普及しています。用水路や井戸も併用してはいますが、衛生管理上、飲料水はほぼ水道に頼っています。飲料や日常生活に有用な上水道と、使い終わった水を集める下水道。下水を綺麗に浄化して自然に戻す循環サイクルを確立しています。水の管理をするだけで、伝染病を予防し食事が美味しくなります。」
「そんな夢みたいなこと出来るんですか?」
「もう作りました。」
ほい。足元を指差すとニョキニョキと流し台が生えて来る。外用の流しを人造大理石で作ってみた。元の世界の、私の家の庭にあった物をそのままトレースしただけ。水道管と蛇口がニョロニョロ生えて来て、私の手元で止まったので、蛇口を捻ってみる。冷たい水が流れ出した。
水の衛生状況は万能さんチェック済み。
地底湖直送の美味しい水である。
カップを出して回し飲みしていく。
うん、美味い。これはこれで最良のミネラルウォーターだね。
「美味しい。これが本当にこの地で湧く水なんですね。」
「いざと言う時には、この水道を駐屯地各所に配置出来ます。ところで姫さん。駐屯地に流れてくる水路の水源は?」
「コレットの街の郊外にある貯水池です。その貯水池や水路の清掃は軍の任務に含まれていますが、忙しくて清掃が行き届かないと私達は汚い水を無理矢理濾過して飲んでいます。」
「コレットの街の水は井戸?」
「井戸は共同使用です。毎日汲んで、桶や樽で各家に貯めています。」
「だとすると、この水は武器にもなるね。この国の井戸よりも地中深い場所から汲み出している、味と衛生面に優れた水だ。私達はこれを飲むが、私達と対立すると飲めない。」
「旦那様のご飯と同じ事ですわ。」
「これからは、それが当たり前の世の中にするんだよ。ただし、この森の中でだけね。」
「でも。」
ミズーリが余計な事言った。
「私はお家で飲むトール印のお水の方が美味しいんだけど。」
「!。確かに。」
それは万能さんが個人の好みに合わせてミネラルウォーターに微調整をしているからです。
言わないけどね。
これで水の確保はOK。次は食糧の確保ですが。
ツリーと万能さんにあれこれ確認して貰いながら、とある山裾に来ました。ここからはキクスイとの国境をなる低山ながらも山塊が続く地帯です。
あらかじめ拾っていた棒を構えます。
では、行きますよ。ドリル(ただのボッコ)Switch on!
はい、たちまち山塊を貫いたトンネルが完成しました。姫さんは白目を剥いていますが、何、いつもの事です。そろそろ慣れなさい。
山の地層のうち地下水脈は外す事に成功しています
セメント補強も完成しました
まぁ、私達に失敗はありえないんだけどね。
仮に失敗しても後フォローがいくらでも効くから。
安全確認完了
荷車や馬車の通行に問題はありません
通行にかかる時間は徒歩で片道半日
馬で往復するのにやはり半日と言ったところです
では、久しぶりに馬くん登場。
馬くんや万能さんと色々シミュレートした結果、チャリオットにすれば、馬くん一頭で私達全員が運べるとわかりました。
なので、取り敢えず武骨な馬車を作ってみました。
お久しゅう、奥様がた
うちの馬くんは高性能なのであっという間にトンネルを潜り抜けてキクスイの草原に出ました。
馬くんの疲労を鑑みて、チャリオットの摩擦係数を極小にしたのは内緒ですが、トンネル内部の地面も滑らかに均したのも良かった様ですね。
「これが、キクスイ国…ですか。」
初めて他国の風景に姫さんが見惚れています。
目の前には稲科の雑草が茂る、人里の姿が見えない一面の草原が広がっています。
万能さんの言うところでは、王都まで徒歩で3日。一番近い町まで半日。
流通を考えれは、もう少し近いところを掘っても良かったのですが、まずはこんなところでしょう。これでキクスイと帝国との間にバイパスが出来た訳です。
キクスイ側入り口にシャッターをつけて施錠しときます。プラス、木を被せて隠しておきます。見る限りこんなところ、人が何年も近づいてないと思いますけどね。
また、たちまち帝国に戻ると帝国側にもシャッターを下ろして施錠。
馬くんとは、ここでさようなら。
姫さんはすっかり馬くんと仲良くなって
「馬ちゃん!」
第二奥様!
と別れを惜しんでいた。誰とでも(人間以外とも)仲良くなる姫さんの社交性は見事な物だけど、なんだかなぁ。
とりあえず今日の予定はこれで終了。
産業及びキクスイ王都援助については急ぐ必要は無いし。
それよりもお昼ご飯です。お昼を少し過ぎているし。うちの欠食三姉妹の機嫌が悪くなる前に準備に入りましょう。
家を呼び出して(もはや何回目かも分からない珍妙な言葉だけど、現実の方がもっと珍妙だというのも言い飽きました)、台所に立ちます。
馬鹿三姉妹は冷蔵庫の前に結集して、飲み物とデザートを選んでます。3人の最近のお気に入りはプリン。ミズーリは少しカラメル苦めの焼きプリン、姫さんとツリーさんは普通の甘い柔らかプリンが大好き。
デザートだと言うのに、ご飯の前に食べてもう満足そう。
「大丈夫。トールのご飯は別腹だから。」
普通は逆の様な気もしますけど。さて、何作ろうかな。せっかく森の中だし、外で食べましょうか。
テーブルセットを取り出すと、ミズーリ良妻バージョンが手早く雑巾掛けをして、テーブルクロスを丁寧に掛けます。
姫さんは手出しが出来ずぼうっとしてるだけ、ツリーは私の肩から降りて側で私の調理を興味津々に見守っています。
「そう言えば、兵隊さんのお昼はどうなってんだろうか。」
「私達の国では1日2食ですわ。旦那様。」
それじゃお腹空くでしょうと思ったけど、前世日本でも3食になったのは割と近世でしたね。江戸時代中期に、流通体制が整備されてからとか言われますね
でも、現代人だった私は健康を考慮してお昼もしっかり食べますよ。
「姫さん。猪を品種改良したらこんなに美味しくなるって料理をご馳走しましょう。」
「ワクワクが止まりませんわ、旦那様。」
猪の品種改良、すなわち豚。豚肉はロースをしかもブランド黒豚をどっさり親指2本分の厚さで用意すると、包丁で叩きます。筋を切ったらパン粉と玉子に付けて少しおき、充分に温度が上がった胡麻油にじゅー。その間にフライパンで玉葱を炒め、醤油味醂料理酒で味を整え、揚げたてのトンカツを落とすと生卵を掛け回して、はい特製やわらかカツ丼の完成です。汁物は勿論豚汁を、大根人参じゃがいもをたっぷり入れて粒白味噌で煮込みます。あとは私特製のきゅうりと茄子の浅漬けを辛子醤油で頂きます。
「私はトールのご飯にアジャストして来たの。」とか言ってたへっぽこ女神も、
「何ですかこの料理法は。こんなの初めて知りました。」
とメンチカツをむしゃむしゃ食べてた筈の貧乏舌な姫さんも大騒ぎしてます。
あゝツリーさん。そんなに辛子をつけたら大変な事になり、え?真っ黄色になってますが茄子が美味しいですか。でしたら、それはそれで。って豚汁に七味をかけるのは良いけど、真っ赤っ赤になるほどかけては、え?美味しい。なら良いです。
外で食べるご飯にカツ丼セットはどうかと、一瞬戸惑いましたが、皆さんそれはそれで満足して頂いたみたいで、まぁ良いですか。
今日も美味しく頂けました。




