対兵糧攻め
「今更ながら、私達の姫閣下はどんなお方にお嫁に行かれるのだろう。」
その婿候補(私)の顔を見ながら、カピタンさんがぶちぶち言い始めたので、外に追い出した。鬱陶しい。
ついでに荷車を準備させる。
万能さんから取り出して、ドラム缶に入れたのは、蜂蜜、レモン果汁、コンソメキューブ、干し葡萄、みかん。
改めてマリンさんを呼び出し、黒パンは食べ易い薄さにスライスしてレモン果汁に数分漬けておき、浸かったパンを焼いて蜂蜜を垂らす事。
スープは倉庫にある物を予定通りで良いからコンソメで煮込む事。
みかんは1人1個ずつ、干し葡萄はそのまま食べてもパンに乗せて食べても良い。
レシピを簡単にメモをさせると、マリンさんは大喜びで荷車引きの指揮を取って厨房に戻って行った。
カピタンさんにも指揮所に戻ってもらう。
コマクサの干渉がいつ始まるのかはわからないものの、東部方面軍が駐屯地に居る事がコレットの街に伝わるのは今日明日の事だとは容易に想像出来るからね。
どんな結論を出すにせよ、ある程度の態度と覚悟は決めておいてもらわないと。
あ、この桶持って行って下さい。必要な時はこの桶に水を張って呼んでくれれば即参上ですから。
「はあ。」
すっかり疲れ果てたカピタンさんは、私が冗談で頭に桶を被せたら、そのまんま帰って行った。
さて、とりあえず今日の仕事は終わりました。ので、家を非視認化しましょう。
2人とも、いや3人かな。お風呂に入っていらっしゃい。
「一緒に入って、私とミクの乱痴気騒ぎに混ざると言うのは?」
混ざりません。というか、とうとう乱痴気騒ぎと申しやがったか。
「あー、姫さんは、別に入るか?」
一応、気を使って声をかけてみた。
「お湯が勿体無いです。女は女で入ります。」
万能さんからお湯を引いているから、勿体無い事もないんですが、なんか所帯じみたお姫様ですね。
森の人は大丈夫ですかね。いやいやダメです、私とは一緒に入りませんよ。かわりにチビも連れてきますか?そうですか。
森の人はチビに跨るとお風呂場に消えていった。女神と皇女と精霊とポメラニアンが一緒にお風呂に入る。
相変わらず滅茶苦茶な我が家ですね。
さて、私は昨日読み損ねた漫画でも読みましょう。コーヒーも入れ直してね。
私がお風呂から上がると、森の人を始めとして全員席で私を待っていました。
チビ用にソファを並べる周到さです。
ま、こちらのチビは私と脳内会話で意思表示が出来る特製ポメに進化してますからね。
「トールさん。寝るにはまだ早いし、新しい事を始めるなら私達にも一言あって然るべきだと思うの。」
昼のBBQ騒動からここまで、超特急でしたからね。
私とはある程度意識共有が出来るミズーリには分かっているでしょうけど、帝国離脱を正式に宣言しちゃった姫さんと、半日留守番してた森の人には詳しく話した方が良い。
と、うちのへっぽこ女神が改まった訳だ。
その前に。
「まずは姫さんに問います。この国の気候を教えて下さい。」
「姫さんじゃないです。」
「…ミクさん教えて下さい。」
「さんはいりません。」
「…ミク。」
「はい、旦那様。」
やれやれ。
若干辿々しくも一生懸命に説明してくれて分かった事は、キクスイより南にあるとはいえ、基本的に常春である様だ。
降水量も大差ないと。
この森は広大だ。木は針葉樹が多い様に見受けられる。何より木々の一本一本が背が高い。ん?万能さん?
いわゆる熱帯雨林とは違います
降水量的には若干少なめかと
「さて、コマクサ侯が次に取ると予想される行動ですが。」
「まずは駐屯地への怒鳴り込みよね。」
「次は?」
「敵対行動。ミク?コマクサ侯の残りの戦力はどのくらいあるの?」
「せいぜい100。」
「力押しが出来ない訳だ。ならば次に取る手段ですが。」
「皇都から応援を呼ぶ、とかでしょうか。」
「ミク、それは多分ない。一万人以上がいる軍隊を制御出来ない地方領主。普通に考えれば無能を晒す訳じゃない。やるなら嫌がらせね。簡単に出来る嫌がらせが一つあるじゃない。」
「…………物資を止める、ですか。」
「そうね。これだけ大人数だもん。消費される物資だって並大抵の量じゃないわ。」
「もう一つ、ミクに質問です。駐屯地で使用される水はどうなっていますか?」
「いくつかの井戸もありますが、用水路に頼っています。!。まさか。」
「水止め。攻城戦における兵糧攻めでは基本中の基本です。」
「そんな。水を止められたら、井戸では対処出来る人数ではありません。」
途端にわたわたし出した姫さんだが、チビがテーブルを歩いて姫さんに落ち着く様に顔をペロリと舐める。チビは良く分かっているね。
「それをなんとかするのが私の役目だよ。降水量を聞いたのも、確認の一環だから。」
チビの慰めと、私やミズーリ、そして森の人の姿を見て姫さんは落ち着きを取り戻す。
「森の人に質問です。私が望むものが、この森にはありますね?」
森の人はコックリと頷いた。やはりか、まぁ無ければ万能さんとなんとかすれば良かっただけですけど、出来るだけ森の人との共同作業がしたかった。
「旦那様。先程兵糧攻めと仰いましたが、そちらは大丈夫なのですか?」
「うん、ここにこの駐屯地が現在抱えている量末在庫管理簿がある。」
「先程、カピタン達に持ち込ませた物ですね。」
「うん、これを見ると最後の米を食い尽くすのに、せいぜい3週間ってところだね。栄養面から見ると1週間保たない量だ。」
「通常ならば3日と経たずに補給が入りますから…それも旦那様ならなんとか出来るんですか?」
「普通、攻城戦に於いて兵糧攻めを行う場合、城の四方を包囲する必要がある。城内外との通商を遮断しないと兵糧攻めの意味がないからだ。しかし、我々の後方は山越えがあるにせよ全部開いている。キクスイとの貿易でいくらでも食糧を輸入することが出来る。」
「貿易には対価が必要になりますわ。それだけのものが私達にありますか?」
私は森の人の顔を見た。私の考えを読み取った森の人がコクリと頷く。
「それも大丈夫。今、キクスイ王都は地震により復興支援を募っている。その為の取引材料を私達は持っている。」
「そうですか。旦那様を信じて良いんですよね。」
「任せておきなさい。それにだ、もし兵糧攻めを始めると先に飢えるのはコレットの商人だろう。」
「あ。」
「そう、満単位の物流が止まった時何よりも困るのは、こんな帝国の辺境で卸売で食べている商人。恐らく莫大な利益を出しているだろうし。売上から発生する租税はコレットの街とコマクサの懐を潤わせてきただろう。それが止まれば、街の内部で内輪揉めが始まるかもね。」
「旦那様。結構エゲツない方でしたのね。」
「何。こんな事大した事じゃない。なんなら、コレットの街を逆に干上がらせてみようか?」
「あ、あの。正式に叛旗を起こすのですか?」
「うんにゃ。帝国全土より私達が強くなるだけですよ。別に攻めて行く必要なんかどこにもありません」
あ、ミズーリに笑われた。
「これからの、この地における行動指針を発表します。一つ、水源の確保と水道の整備。二つ、食糧の確保。三つ、産業の確保。四つ防衛体制の整備。どこまで必要になるか分かりませんが、やるなら文明レベルぶっちぎってやりたい放題します。森の人の力が大切になります。お願いしますね。」
森の人がコクリと頷く。
うーん。森の人と言うのも面倒ですね。彼女以外にもいる訳ですから。
お名前はなんと言うんですか?
森の人はブルブルと首を振る。つまり名前はないと。コクリ。
なら名前をつけましょうかね。
すると森の人は嬉しそうに私の顔に抱きついて来ました。
「名前をつける、受け入れるって行為は、隷属の意味を成す事なんだけど。まぁ精霊さん喜んでるからいいか。トールの第三夫人ね。」
うるさいミズーリ。さて、森の人だからフォレスト?だと姫さんのフォーリナーと被るし。森だから木、ツリー、うーん。え?ツリーでいい?
安易過ぎるんですが。
「喜んでるから大丈夫よ。トールが考えてくれた事が嬉しいみたいよ。」
「いいなぁ。旦那様にお名前貰えて。」
「何言ってるのよミク。これから子供の名前を沢山考えてもらわなきゃならないのよ。トールはこれから大変ね。」
うるさいミズーリ。Part2。
「と言う訳で、ツリーさん。貴方の力を頼りにしますよ。明日からトンネルを沢山掘ります。」
「トンネル〜ぅ?」
「トンネル〜ぅってなんですか?」
「掘れば分かる。というか鉱山があるのにトンネルが分からないんですか。まぁいいや。さて寝ましょう。」
「はあ。」
「で、ですね。姫さん。」
「はい。」
「これからベッドに入りますが、いやらしい事はしません。」
「えぇ〜!」
「若い娘が本気でブーイングしないの。そのかわりですね。今晩、貴方が味わう経験を大切にして下さい。もうミズーリもツリーも知っている体験です。昨日は姫さんがいやらしい事考えてばかりいたから分からなかったみたいですけどね。」
「いやらしい事考える前に寝ちゃったんですが。」
「今夜も最初から何もする気ありませんから、そう言う事でさっさと寝て下さい。」
ぶーぶー。ブーイングを馬鹿姉妹から食らった。いや、ツリーまでブーイングに混じってやがる。全く馬鹿三姉妹が。
失敗したかな?
翌朝、姫さんは私達と同時に起床したけれど、ぼうっとしたまま返事がない。
昨日の朝は割と目覚めが良く、同衾したのに手を出さなかった私に拗ねていたはず。
ミズーリは私と同衾する事に多幸感を得られると言っていたし、彼女からの反射か私自身も多幸感を感じた経験もあった。
森の人改めツリーさんは私の頭の上に腰掛けて、ゆったりと身繕いをしている。
ミズーリはチビにご飯をあげる為、さっさとベッドから出ていった。今日はカリカリではなく、缶詰を開ける様だ。
チビ大喜びでぴょんぴょん跳ねてる。
ベッドで身を起こしているのは私。姫さんは半開きの目で寝たまま私を見つめ、私の手を握っている。大体、多幸感って脳内麻薬の分泌によるものって言う認識が私の中にあるが、それは大抵達成感から来るもの、もしくは「オクスリ」だ。
ひょっとしてこの世界の人間には、常習性のある危険作用だったとか。
「それは大丈夫よ。多分ミクは逝っちゃってる状態だから。」
逝っちゃってると言うのはまさか?
「精神的オルガスムス。トールの様な男性にも訓練次第で出来るテクニックよね。肉体オルガスムスよりも女性には来るみたいよ。まだ思春期処女のミクには刺激が強すぎたかも。」
まだ見た目、小学生高学年の君に言われると、なんとも生々しくて引きますが。
「中身は何千歳の熟女だから、経験は無くとも耳年増ですから。」
自分で熟女って言っちゃったよ。
「と言う訳で。ミク!お風呂行くわよ。シャワーを浴びてシャキッとしなさい。」
「は、はい。ミズーリ様。」
反射的に返事をしたけど意識が朦朧としたまま姫さんは起き上がり、ミズーリに手を引かれて浴室に消えて行った。
大丈夫なのかな、なんですかツリーさん。ん?大丈夫。ですか。それよりも朝ごはんって。あの、本当に姫さん大丈夫なの?
「昨日のサンドイッチが美味しかったから、今朝もサンドイッチをキボンヌ。」
古いネット方言でミズーリがリクエストして行ったのでそうします。
昨日、サンドイッチを食べなかったツリーさんが肩の上で、私の手元を見ながらワクワクしていますし。
スライスチーズ、ゆで卵、トマト、ツナ、ローストチキン、レタスをパンで挟むだけの簡単クラブハウスサンドの出来上がり。
手抜きもいいとこだ。
野菜をコールスローサラダで補って、冷たいミルクと、昨日ミズーリが用意してくれたコーヒーを豆から入れました。
まもなく馬鹿姉妹が上気した顔でお風呂を上がってきました。相変わらず何をしてるんだか。
「旦那様!」
おや、姫さんが復活した様です。
「旦那様。何ですか昨日のアレ。どうしようどうしよう。なんだかわからないままわからないの。」
うん、私も貴方が何言ってるかわからない。
「なんかね凄い幸せだったの。旦那様がくれる幸せってミズーリ様が教えてくれたけど、なんかねわかんないの。」
大混乱中の姫さんを引きずってミズーリが席につき、まずはコーヒーをカップに注ぐ。
ツリーさんも自分の特製席で大人しく待っている事に初めて気がついた姫さんは、ツリーさんにごめんなさいと頭を下げて大人しく席についた。
「では、いただきます。」
「いただきます。」
「いただきます旦那様。」
「……(いただきます)。」
「もぐもぐ。なんで旦那様が作って下さるご飯はパンにしてもお米にしてもお野菜にしても、こんなに美味しいのですか。もぐもぐ。」
「(コクコク)。」
「それはね。ミク。この国では品種改良って言う事をしてないからよ。」
「品種改良ってなんですか?」
「お野菜とか、時々たまたま凄い美味しい一個があるでしょ。その苗や種を取っておいて、成長した時に花粉を掛け合わせるの。そうして何年も何年も試行錯誤していくと、美味しいお野菜と美味しいお野菜の融合で凄く美味しいお野菜が出来るの。お肉もそう。ミルクもそう。美味しい個体の掛け合わせでいつか美味しくなる事がある。トールの国では何年も何十年もかけて、美味しいご飯を作っているの。」
「なるほど。それは帝国でも取り入れたい技能ですね。」
「それは難しいわね。」
「何故ですか?ミズーリ様。」
「それはね。研究者から現場の農家まで、ある程度の教養が必要になるからよ。経験則をきちんと記録して、次世代への記録の積み重ねが必要になる。それだけ、人の教育って大切なの。
残念ながら帝国の教育レベルはさして高いとは思えないわね。」
「…。(残念です)」
それをなんとかしちゃおうと言うのが、今回の企てです。ただし、この森の中だけね。
この森に住む人には遥か未来の生活が出来る準備をしちゃいますさ
「はあ。あの旦那様、どうかお手柔らかに。」
善処します。
「いやあの。」
善処します。
「(こうなったら旦那様言う事聞きませんって分かって来ましたわ)…はい…。」




