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神々の無責任な後始末  作者: compo
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文官没落

チビが私の足元で、私の足の甲に頭を乗せて寝ています。おかげで動けません。 

ミズーリと姫さんが羨ましそうに、テーブルの下を覗いて、主従の寛ぎを眺めています。

そんなふうに、私達がのんびりとコーヒーブレイクを楽しんでいると、玄関の扉がノックされました。

姫さんが出迎えようと立ち上がりますが、ちょっと思い付いたので、手で制します。

手桶に水を汲み、姫さんの前に置きます。

「姫さん。桶に呼びかけてみて下さい。」

「え?は、はい。」

姫さんは桶を覗き込むと。

「どちら様ですか?」

玄関の外かはどよめきと、姫さんを呼ぶ悲鳴が聞こえます。

「あの、旦那様?何が起こっているんでしょうか。」

姫さんは顔にでっかい?を書いてます。


「姫さん。桶の中に何が見えますか?」

「へ?あれ、あれ。カピタンさんです。他にも数人の顔見知りの方が桶の中にいます。大変です旦那様。早く桶から出してあげないと。」

あちらからは、突然木の扉に姫さんの顔が浮かび出した訳で。姫さんが木に閉じ込められたとでも見えるのかな。

「落ち着きない姫さん。彼らの背後に何が見えますか?」

「え?あ?そ、外です。駐屯地の景色が見えます。旦那様?これなんなんですか?」

「私の国では防犯対策に使われていたインターフォンという技術です。これでやり取りをすれば来客者が誰なのか、家の中にいたまま確認できる訳です。」

「なるほど、暗殺防止にいいですね。」

暗殺者はあまり呼び鈴鳴らさないと思いますが。

「ではもう一つ。扉を自動で開けるので、必ず靴を脱いで入って来る様に伝えて下さい。」

「じ、じどお?」

姫さんの精神がそろそろ幼児退行化し始めたのでミズーリにフォローを任せて、万能さんと自動ドアの方法について素早く協議をする。

いずれドア自体の改修を考えるにしろ、今は蝶番を活かした開戸のまま自動化すると決まりました。

動力は万能の力、シリンダー錠に変わる鍵は私と私の家族の意思。

そろそろ前世のテクノロジーを平気で凌駕し始めてますが、何、最初から物理法則を無視する力だ。今更気にしない気にしない。

ミズーリに喝を入れられた姫さんが桶に向かい入室を促すと同時にドアを開けてみます。

カピタンさんを含めて総勢4人は恐る恐る顔を出し、姫さんに土間で靴を脱げと言われ全員の背筋が伸びました。ぴょんて。

知らない部外者の気配にチビが警戒し出したので、姫さんが抱き上げると、仕方ないですねと姫さんの顔を一舐めして大人しく腕の中で昼寝の続きに入るようで。チビもすっかり姫さんを家族として受け入れた様ですね。


カピタンさん達は毛足の長い超高級絨毯に悪戦苦闘しながら、なんとか私達が寛いでいるテーブルまで辿り着きました。

姫さんは凛とした顔で一同を出迎えましたが、胸元でいびきをかいているチビで緊張感はカケラもありません。

「姫閣下。こちらが先程お命ぜられた献立表及び糧秣在庫管理簿となります。そして後方3名が我が主の申せられたコマクサ侯爵に近い高級文官だったのですが。」

「が?」

思わず私が口を挟んじゃった。

「は!。私は東部方面軍において先任参謀を務めますイリスと申します。隊では兵站及び作戦立案を仰せ付かる文官の長であります。」

「はあ。」

「カピタン将軍より話はお聞きしています。我が東部方面軍最高司令官たる姫閣下が貴方様に臣下の礼を取られている以上、私達が貴方様の幕に入る事は当然の事であります。」

「本音は?」

「あんな美味しいご飯を頂けるなら、我ら東部方面軍はいくらでも貴方様の犬になる所存であります。」

「…カピタンさん?これなぁに?」

「閣下が悪いんですぞ。今日の夕食に閣下の一手間が加わったおかげで、食堂で皆号泣しております。閣下が作られた食事を食べた者は二度と閣下以外の食事が摂れない身体になっておるのです。」

知らんがな知らんがな。調味料以外は全部当地の食材だぞ。いくらなんでもだらしが無さ過ぎやしないか帝国軍人。文官制圧の為に二の矢三の矢を考えていたのに、全部無駄になったじゃないか。あと、民間人の私を閣下とか呼ばない様に。


ほら、かつての地球でもスパイスとお茶欲しさが大航海時代を招いたじゃないですか


それはそうだけど。食欲が原動力となった歴史の変換点はいくつかあったけど


胃袋を掴むのは…


あゝ万能うるさいうるさい

いやあ、多少は出るであろう反対派を軸にコマクサの野郎(会った事無いけどね)を引っ掻き回す算段だったのになぁ。

「何?トール。やるの?」

「最終的にはそうなるとして、いくつか手順を飛ばす必要が出て来るな。」

話が物騒な方に流れて行くのを素早く察知したのだろう。イリスさんが口を挟んできた。

「さすがに帝国への叛旗となると、私達も協力しかねます。」

「イリス君と言ったっけ。君に問おう。もし仮に、一国を相手にしても絶対に勝てる、味方が誰も傷つかない、そんな戦争を見てみたくないか?」

「そんな馬鹿な事が…

「姫さんなカピタンさんは身をもって経験した事実ですけどね。」

「……。」

「まぁ、そんな事は明後日考えれば良い。今、私達が考えねばならない事は。何か分かるかな姫さん。」

「…朝ごはん?」

「正解。…ハイハイ、カピタンさんもイリスさんもそんな顔しない。全員、姫さんの顔見なさい。」

姫さんはチビを抱きしめる事で、この上なく幸せになって、のんべんだらりんとした顔をしている。そんな気の抜けた顔は初めて見るのだろう。何とも言えない表情をして私の顔を見て返している。

どう判断したらよいのか、困っているのだろう。

「私は何も強要しないよ。私が目指すところは姫さんが幸せに笑っていられる未来と場所を構築する事だ。私達の邪魔をしなければ東部方面軍に手を出すつもりは一切無い。逆に私達を手伝ってくれるなら、そのリスク以上のリターンを約束する。勿論、姫さんにだって、帝国皇女或いは帝国軍人としての義務を果たしたいのならば止やしない。姫さんをここに戻して私達はまたただの旅人に戻るし、私達の邪魔をするならばどうなるかは君の目が見ているね。」

姫さんはチビをひとしきり眺めると、花の咲く様な笑顔を一同に見せてくれる。

「私は帝国第四皇女ですし、帝国軍人としての役割を熟知しております。しかし、それ以外の事は何一つ知らない、何一つ出来ない哀れな女です。でも、旦那様はこの3日間で私に色々な事を教えて下さいました。私が夢を見て良い事も教えて下さいました。いつの日か、旦那様とミズーリ様は帝国を離れてしまわれるでしょう。でも、旦那様は私に、私達に、帝国に未来への種を蒔いて下さると約束して頂きました。ならば私の決意は、命果つるまで旦那様のお手伝いをするだけです。それが、私と帝国の未来に繋がる事を。旦那様、私は知っていますよ。」

へー。姫さん、実は良い女じゃないか。みんなポーっとしちゃってるぞ。

と言う訳で。今のうちに解さーん。

あ、カピタンさんは残ってね。


さて、明日の朝食について打ち合わせをしたいんですが、

なんでカピタンさん号泣してんの?

「ありがとうございます閣下。うええん、姫さまが、姫閣下が素敵なレディになられていて。刮目相待いたしましたぞ。ぐすぐす」

だから何でそんなマイナー四文字熟語を異世界の人が知ってるのよ。いい歳して声出して泣かないの。おじさん。


はい?何ですか万能さん?


恐らく、マスターの影響かと


は?


マスターに触れる事により、この世界の人類に掛かっていた、ある種のリミッターが外れたと思われます


私は姫さんには触れた事は何度かありますが、カピタンさんには触りたいとも思ってませんが、

…まさか


そのまさかかと、マスターの作った食事がこの世界の人々に影響を与えているのでしょう


どうしてそうなるのよ?


マスターの前世の人類にも、ルネサンスや産業革命など、爆発的な文化文明進化時期がありました

なんらかの事象がきっかけで、それまで抑えられていたものが決壊して進歩した

そんな説もありますね

人類のDNAに予め仕掛けられている時限爆弾説、トンデモ説の類いですが、DNAや脳医学は何しろまだ解明し切れていない分野です


万能な貴方が、解明されて無いって言っても説得力皆無なんですが


原理などわからなくても力は使えます

むしろ原理の説明つかないのが私です


あゝそうですか。開き直ったら勝ちですね。

大体、姫さんって何か賢くなったのかな。下ネタが増えたくらいしか思いつかないけど


マスターと同衾しましたし、本人は発情して気がつかなかった様ですがマスターの祝福もきちんと受けています 下ネタはミズーリ様の影響と思いますが、マスターからの好影響もあるはずですよ


ごめんなさい帝国の皆様、よりによって下ネタの女神が私の隣にいたせいで下ネタ皇女が出来上がっちゃいました

 

何言ってるのよ、神様なんて下ネタの実演者である事は知ってたでしょ


私と万能さんの脳内内緒話に勝手に入って来ないで下さいミズーリさん


恐らく今後、同衾を重ねマスターとの会話と経験を積み重ねていけば、ミク姫は帝国に名を残す名君になり得るでしょう

皇帝とならずとも、1人の母としても良妻賢母になりますよ。夫を立てつつも、生まれの宿命として人の上に立つもよし。

表に出ずして、夫と共に国を家庭を守るもよし

更にマスターとの性交・受精で、人として或いはマスターの眷属として、ステージが上がるのでは


なんですか、その胡散臭い信仰宗教とかセミナーみたいなキーワードは

そんなの全部後回しにしますよ

いいですか。万能さん、ミズーリ。

まずは朝ごはんです


朝ごはんより軽いお姫様の人生ってなんなのかしらね


黙りやがりなさいミズーリ

女神の人生も姫さんの人生も、今の私にとっては大差ない事くらい思いつきませんか?


えーと。どうやってトールに媚びたらいいのかしらね。とりあえず脱いでみると言うのは


もう見飽きました


しまった。まだ初体験をヤッてもいないのに倦怠期が来ちゃったわ。


ハイハイ


「明日の朝食は、黒パン、スープ、果物となっております。」

やっと打ち合わせが再開して、カピタンさんのを解説が始まる。

「黒パンはコレットの街より3日に一度届きます。今日はその3日目、硬くなっており兵には決して評判の良い物ではありません。スープは何のスープなのかは不明です。その時に残っている食材をそのまま煮込んだ塩味のスープです。果物は、明日まで補給が来ませんので恐らくは森の中で採取した物。この時期だと

無花果を一欠片って言う所でしょうか。」

「おいこら、東部方面軍最高司令官、ミク・フォーリナーさんよ。兵に碌なもん食わせてねぇじゃねぇか。」

「ご飯は肉体と精神の健康を保つ大切なエネルギー」、が私のモットーなので言葉の一つも乱れようと言うものです。

上に立つ者が食べさせないと言う事は、許されざる事なんです。

「そうは言いましても旦那様。これが私達の普通なんです。朝も昼も夜もきちんと食べて、美味しいお水や飲み物をいつでも飲める旦那様が特別なんですよ。それに…。」

それに?

「先程も私達の兵務について申し上げましたけど、キクスイ王国との国境警備や、森の警備という兵務に対し我が軍の規模が大き過ぎるんです。予算や補給という面で、どうしても無理が生じます。」

「生じますよね。ならばご飯を減らすという選択ですか。有事でも無いのにそんな選択を強いる無能な上官は誰ですか。」

「あ、あの。姫閣下を叱らないで下さい。姫閣下も、その上司の前では黙らざるを得ないんです。」

「まさかその上司というのはコマクサじゃ無いだろうね。」

「そのまさかです。旦那様。」

「まさかコマクサが強引な軍拡を押し広げたとか言わないだろうね。」

「そのまさかです。旦那様。」

「何故、そんな軍拡を進めた?その理由は?」

「分かりません。旦那様。」


…想像は付きますけどね。

だとしたら私にも考えがあります。

「カピタンさん?。」

「はい。」

「私達はしばらくこの駐屯地に滞在します。ただし、駐屯地のはどこに私達や姫さんがいるのかは内緒にします。どうせ私達が本気でかくれんぼしちゃうと、例えカピタンさんの目の前に居ても気がつかれない様に気配を消す事など容易い事です。」

「はあ。」

「そして、その間に私はこの駐屯地が完全独立・自給自足が出来る様にしておきます。カピタンさん達はコレットの街からの命令に対して自由に振舞って貰って結構です。先程のイリスさんでしたっけ?彼らとよく話し合い、自分達に取って最良と思われる選択を自由に取って頂いて結構です。私達はあなた方の選択に合わせて最良の改造をこの地に行います。必要がある無くなったと判断したら私達は勝手に出ていきます。」

「あの、必要が無くなったらとは?どの様な事なんでしょうか?」

私達が出て行く、という言葉にカピタンさんが不安になった様だ。口調に力が無くなった。

「私達はとある目的を持って帝国を通過している最中です。ところがとある縁が出来て彼女達の望みを出来るだけ叶えてあげたくなった。姫さんが私達に合流してなかったら、姫さんが姫さんで無かったら、恐らくこの駐屯地を全滅させてましたよ。」

全滅。

それは私達には容易い事。それを戦場で思い知っているカピタンさんから言葉が無くなった。ただ、少し不思議そうな顔をしているので、私は「彼女」を呼んだ。

彼女達の1人の、「彼女」だ。

彼女は人間の多さを嫌い、ずっと留守番をチビと一緒にしていた。

言うまでもなく森の人の事だ。森の人は、私が作ってあげた小さなベッドでずっと私達を見ていた。晩御飯に加わらなかった理由は、留守中に冷蔵庫の物をいくらでも飲食して良いと伝えておいたから。彼女はお腹いっぱい食べて飲んで、私達のトンチキ騒ぎを、将兵の腰を抜かす様をただ眺めていた。

私に呼ばれた森の人は、ふわふわと宙を飛び、私の肩にふんわりと腰掛ける。

人には絶対に近寄らない幻の森の精霊。

なのに、私に懐いている森の精霊。

既にカピタンさんの脳は焼き切れんばかり。

「私は彼女の願いも叶えたいんです。そのかわり、彼女も森の精の力を持って私に協力してくれています。私が、私達がこれから成す事はもしかしたら近視眼的には人を不幸にするやも知れません。でも、私達を簡単に排除しようとするならば、遠からず帝国の人民に不幸が訪れる。それは厳然たる事実になりますと、ここに宣言しておきますよ。」

幻と言われる森の精霊を肩に宿す転生者の私、死と転生を司る天界ので女神ミズーリ、彼の直属の上官であり第四皇女ミク。

静かに立ち上がった私達の姿に、東部方面軍五将軍のひとりカピタンさんはただ頭を垂れる事しか出来なかった。

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