めし(成瀬巳喜男とは全然違うけど)
という訳で私達は今、包囲されています。
それも万の兵隊に。(兵隊の皆さん、腰が引けてますが)
姫さんが言うには、東部方面軍総出の人数だそうで。
兵の屁っ放り腰の様子を面白がったらしく、ミズーリが虚空から剣を出しました。
ケレン味たっぷりに両手を前に突き出し、手のひらを一瞬光らせると、使いにくそうなゴテゴテ装飾の長剣が現れます。
それだけで兵は壮大に響めき出しました。
へっぽこ女神が、自分(童女)の身長より遥かに長い剣を盛大な風切り音と共に一振りすると、手前数人の兵が腰を抜かして倒れ込んじゃいました。
ショック死や発狂する兵が居ない所を見ると、同時に精神制御も行っている様ですね。
この世界の人は、理解出来ない事への耐性が皆無です。宗教や哲学と言った信仰や学問がまるで未発達なんでしょう。
姫さんに聞いても、おおよそ要領を得ない回答しか返って来ませんし。
「姫閣下」
という声が兵の中から聞こえた。
姫さんは軍内部では、姫閣下と呼ばれているのだろう。
前面の倒れたまま立ち上がれない兵を縫って、一人の若い士官が近づいて来た。
「ゼル。」
姫さんが男の名を呼ぶ。
ミズーリが警戒した振りをしながら(彼女からすれば人の命を奪うには、殺意だけで充分だからだ、ついでに私も)姫さんを背後に隠す。
姫さんも素直にミズーリの背中に隠れた。
これで、姫さんがどちら側の人間かを、姫さん自ら明確にした訳だ。
ゼルと呼ばれた男の表情に変化は無い。ある程度は予測していた訳だ。
「姫閣下。つまり姫閣下の判断はそれだと言う事ですね。」
「私は彼らに命を救われて(そういえば木に引っかかってましたね)、彼らに全面降伏しました。この国では彼らに敵う戦力は存在しません。既に我が軍が、我が国が甚大な損害を受けているのは、皆も身をもって知っているでしょう。」
「ならば姫閣下は帝国を裏切るのか。」
「判断は保留です。全て保留しています。何故なら、彼らはここにいる全兵力どころか帝国人民全てを殺し尽くす事も容易だからです。私はその異形の力を目の当たりにしました。」
「馬鹿な事を。我らは今、姫閣下を包囲しています。我らがお前らを
「ウゼエ」
私はゼルとやらの言葉が乱れるのを待っていた。
予定通り、ネズミ花火を大量に万能さんから引き出すと、一斉に密集する兵の中に放り込んだ。
ものはついでにと言う訳で、湖で作った花火セットも出してロケット花火、ドラゴン花火に着火。音と破裂だけで、殺傷能力皆無の焙烙玉も調べといて良かった。垂直発射、水平発射を繰り返してみよう。鎌倉武士もびっくりの舶来兵器だ。
「多分ショック死はしないと思うけど、随分派手にするのね。ひょっとしてトールさん?溜まってたの?」
ミズーリはゼルと名乗った男の襟元を剣の先に引っ掛けて逃げられ無い様にしている。
まさか童女にバッチい洗濯物扱いされるとは思ってもみなかったのだろう。
最初はジタバタしていたが、目の前で繰り広げられた見た事もない光景に、ゼル君はただあんぐりとするだけになった。
爆発という現象自体を知らなかった者に、爆発を体験させるとどうなるか。
万を数えた軍勢は、失神か逃亡かで開始5分足らずで壊滅したのだ。
「意識してなかったけどなぁ。途中でなんか面白くなった。直接には殺してない筈。」
「ストレスが溜まってたなら、私なりミクなりで解消すればいいのに。なんなら今すぐどうですか?」
「私はいつでもお待ちしていますよ、旦那様。」
万の軍勢相手に無双っちゃったから、もう割とスッキリしましたよ。
「旦那様。それだと私達がスッキリしません。ムラムラします。むらむら〜って。」
知らんがな。大体、貴方。目の前で起きてる事象は気にならないんですか。
「旦那様達のやる事に、もう疑問を挟むだけで馬鹿馬鹿しいです。」
「だ、旦那様だと?」
あ、ゼル君に知られちゃった。
「そうですが。ゼル、何か文句でもありますか?帝国皇女と森の精霊を使役する絶対的存在。それが、こちらの旦那様とミズーリ様です。」
あらら、森の人の存在までバラしちゃった。
「森の精霊だと?そんなば、ばか、な。」
私の肩に座っていた森の人は、姿を表してゼルの眼前まで飛んで行くと、どうだと胸を張る。
そのまま私の肩に再び座った。
ゼル君の処理能力がオーバーしたらしい。ミズーリの剣先に吊るされたまま白目を剥いて泡を吹いて気絶してしまった。
「捕まる予定が、敵の親分を捕まえちゃったぞ。どうしよう。」
「そおねえ。トールの暴走ってのも珍しいもんね。」
「弱い生物を殺さずに撃退するって行為が、こんなにストレスが溜まるとは思わなかったんだよ。」
「だから、私とミクの身体でスッキリしましょうよ。」
「旦那様。カモオンですわ。」
下手くそな英語を姫さんに教えたのはミズーリですね。
ほんとにもう、うちの馬鹿娘達はどう扱ったら良いんだろう。
お好きな様に
うるさいよ万能
結局、ゼル君をミズーリが剣先に吊るしたまま前進を再開しました。
ゼル君はぶら〜んぶら〜んと揺られながら、気絶したままです。
残しといてもよかったのですが、彼も貴族の息子だと姫さんに教えられたミズーリが、
「何か使い道あるでしょ。なかったら捨ててきゃいいし。」
と判断しました。
ミズーリ本人がゼル君を吊るした剣を肩に担いでいるので、本人が良けりゃ良いやと、周りも判断したからです。
その内に気が付きました。
後ろから沢山人がついて来ます。さっき花火で追い散らした東部方面軍の兵士です。
私、ミズーリ、姫さん、森の人、ゼル君。
人外と気絶しているお兄ちゃんを含めて5人の後を数百、数千の兵隊が一定の距離を置いてついて来ます。その人数は時間と共に増えて行きます。
けど。
狭い杣道を埋め尽くす兵隊を無視して私達はお昼にします。
何故かって?お昼の時間になったからです。
さてさて、花火とお肉大好き森の人を見て献立は朝から決めてました。森の中だし、自然ご飯の王様、BBQを久しぶりに豪勢にいきましょう。
「意義な〜し。」
ミズーリはゼル君ごと剣の柄をそこらに突き刺して、私が出したテーブルセットに腰掛けると、クロスを丁寧に縦横を合わせる作業に没頭しています。
ゼル君は相変わらず白目剥いてぶらぶら。
BBQを知らない姫さんと森の人は席に着いたまま顔じゅうにワクワクと書いてます。
「よいさあ。」
出した鉄板は人も増えたし大きくします。
(森の人用には彼女用鉄板を準備)
バター、焼肉のタレ、塩胡椒をそれぞれの席に置くと、さあ肉だ
牛・豚・鶏・羊の各部位は、既に万能さんがタレ漬けにしておいてくれてる。
追加で出したフランクフルトに切れ目を入れるのはミズーリの役目。
野菜は、玉ねぎ・コーン・かぼちゃ・にんじんを火の通り易いように、スライス、ざく切りにして、さあ鉄板に乗せよう。
最初は手本で、バターや塩胡椒を使った焼き方を見せます。姫さんと森の人がおずおずと焼き始め、頃合いを見計らい食べなさいと言うと、はい2人とも速攻で落ちました。
「美味しいです、旦那様。涙が出て困ります。でも美味しいです。涙を拭いたいのに、お箸が止まりません。美味しいの美味しいの。」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、2人とも焼いて食べて焼いて食べてが止まりません。
その内、ミズーリが私の隣に移動して来て、手ずから私にお肉を食べさせ始めます。
ミズーリ良妻バージョンです。
「あゝ、ズルいですミズーリ様。私も旦那様に食べて貰いたいです。」
「駄目よミク。これは正妻の特権なの。大体、ミクも森の精霊も箸が止まんないじゃない。」
「むむっ、私だって私だって。…駄目ですぅ、お肉をお箸で取っても口に直行しちゃいますモグモグ。助けて旦那様モグモグ。」
因みに森の人は食べるのに夢中で何をしようとか思わなかったようです。
で、で、で。
「姫さん?どうしますコレ?」
コレとは私達の食卓を取り囲む東部方面軍の兵達だ。
ミズーリが数えた所、人数やっぱり万。ほぼ全員が戦線に復帰した様だ。ただし、戦線と言っても焼肉戦線。
万を数える兵隊達が、私達が食べている肉を前にして、盛大に涎を垂らしていた。
「帝国では、兵にご飯も満足に食べさせていないんですか。」
「それは誤解ですわ、旦那様。私達がいつ何時食べる高級なご飯より、旦那様が作るご飯が美味し過ぎるんです。つまりは旦那様の責任です!見て下さい。森の精霊さんが旦那様に寄り添っているというあり得ない自体が起こっていると言うのに、兵達は旦那様のご飯にしか興味を示していません。」
知らんがな。本当に知らんがな。
「どれどれ?」
ミズーリが肉を一切れ箸で掴み、右に左に肉を振り始めると、兵隊が右に左に顔を振り始めた。あ、ゼル君もだ。気がついてたんですね。ちょっと面白い。
「そおれい。」
ミズーリが女神パワーで肉を空中に放ると、兵達が肉を追って走って行ってしまった。
因みにゼル君も剣先に引っかかったまま必死に空中を走っている。
割と馬鹿なのかな。
だったらこうしちゃおうかな。
時間を区切って、BBQの食材を無限提供を万能さんに提案する
「姫さんは顔見知りのに士官に招集をかけなさい。」
「畏まりました。」
姫さんが声をかけると即座に、下士官を含めておよそ100人が帝国第四皇女及び東部方面軍司令官の名で召集されました。
姫さんの口から、「これは私達からの施しである事、日が暮れたら自動的に食事は消滅する事、地位や腕力に任せた横暴を確認した瞬間この食事は消滅する事、各隊は規律と礼節を持って方面軍全員に正しく食事を行き渡らせる事」が伝えられると
東部方面軍全兵が私達に敬礼をしてくれました。では、食材と鉄板の手配は万能さんにお任せして、私達は先に進みます。
「ゼルとか言う人が泣いてるわよ。」
ミズーリさんから一言。
「殺生です。ご飯を食べさせてくれないなら、いっそのこと殺して下さい。」
吊るされたゼル君が私に、吊るされたまま泣きながら土下座という曲芸を見せてくれたので、吊るされたままご飯を食べる事を許可しました。
置いてった方が手っ取り早かったんですけどね。
高位の貴族なので、連れてきましょう
コレットの街で使い道があります
と、万能さんからも提案がありました
この子、何か扱いが厄介そうなんですけど
いざとなったら私が預かります
そうですか。
大人しくしてくれ無いから、お任せします。




