油そば
「まさかねぇ。」
夕方を迎えて、そろそろ今日の旅を終えようとした時分、森の人が私の耳を引っ張った。
ハイハイ、気がついてますよ。
「1,000人は超えてるわ。久方ぶりの団体様到着だわね。」
ミズーリが舌舐めずりして二の腕をたくし上げ始める。わざとらしいですよ。
森の中で展開する敵さんの配置と大雑把な人数、背格好をミズーリが手早く一同に説明してくれた。
「こんな、こんな事って。」
姫さんがガタガタ震え始めてます。
「東部方面軍、ほぼ全軍来ています。」
「ほうほう、それは手間が省けて楽ね。」
「いや、逃げましょうミズーリ様。これは敵いません。」
「貴方のご主人様を舐めちゃ駄目よ。物理的に舐めて差し上げるのは私の役目だけど。」
「ご主人様ではなく旦那様です。私だって全身舐めて差し上げるし、全身舐めて頂きたいです。」
ミズーリも同じ事を言ってた気もしますが、下ネタ姉妹は放っておいて、どうしようかな。え?何ですか森の人?
その時、黒い森が燃え上がった。
なるほど、数本に1本のペースで立っている枯れ木の中に油が仕込んであり、その枯れ木が頭から火炎放射器の様に火を吹いている。
いざという時の仕掛けと言うわけだ。
姫さんが私にしがみついて来た。
「どうしましょう。これじゃ逃げられません。」
そこに大量の、空が隠れる程本当に大量の矢が降って来た。
盲打ちでもカタパルトで大量射出すれば、なるほど、これはフツーの敵や賊なら全滅だね。全滅。
ま、私達には通用しないんですけどね。
ドームをひょいと展開し、風を最強に吹かせておく。矢は全てに逆転作用をかけてみる。矢は私達に当たる前に、全て射出元に正解に返って行った。移動していなければ、今頃自分の矢に何人かは射抜かれているだろう。
ドームの中で森の人が慌てて飛び回っているけどなんなの?万能さんから注意喚起が入った。
森が燃えている事を嫌がっています。
森の妖精は森の精霊ですから当然です。
「わかった。ミズーリ任せた。」
「任されました。」
途端に昨日以上の大豪雨が森に落ちる。
轟音がドームを叩き視界が無くなり、姫さんはへなへなと腰を抜かして座り込んだ。
「やり過ぎたかしら。」
「あんまり勢い付けると、植生に影響有りますよ。」
大丈夫。
と森の妖精が言っています。
目を閉じて頂けますか。と
「ミズーリは3秒後に雨を停止、その後2人共目を瞑れ。」
こういう時は2人共素直になる。姫さんなんか最初から両手のひらで顔を覆っている。
森の人はドームの中で軽やかな空中舞踊を見せると、私の顔に張り付いて両手を広げる。
その瞬間に目を瞑った私の瞼を光が貫く。
大の字で私の顔に張り付く森の人のシルエットが瞼を通して分かった。
しばらくすると、森の人は私の肩に座り頬をペタペタと合図する。
目を開けると火は全て消え、油を仕込んでいた枯れ木には焼け焦げも消えていた。
えっへん。
森の人が両手を腰に当てて得意そうです。
しかし、森の人の力ってのは凄いな。
違いますよ。
万能さんからチェックが入った。
森の精はあくまでも精霊でしかありません。
森の精気を吸収して存在している妖精ですから、本来ならこんな力はありません。
と、言う事は。
マスターの力であり、私の力です。
以上から考察するに
森の妖精は、マスターの力を借りたくてマスターに近づいたという事の様です。
万能さんでも仮定系なんだ。
私は万能の力を天界呼より付与されていますが、未来までは分かりません。未来には無数の分岐点があり、今のマスターが取り得る些細な行動でも、5分後にも大きく変化します。
その選択を行うのはマスターの仕事であり、私はその補助をするだけです。
だから、マスターの選択意思に影響を与える情報は私の方で取捨選択しています。
万能さんが時々黙るのは、本気で将来に影響がある場面という訳ですね。
色々納得です。さて、
「ミズーリ、姫さん。立ち上がりなさい。」
「うん。」
「姫さんじゃなくミクです。」
強くなりましたね姫さんは。
「だから姫さんじゃなくてミク。ミク姫です。」
と、言うわけで撤退しますよ。
「えー。私、最近寝てるか雨降らせるしか仕事してない。」
「ミズーリ様、雨を降らせるってなんなんですか?」
「さっき見たでしょ。アレ私。」
「…今更、旦那様とミズーリ様が何やっても驚きませんが…」
「大丈夫よ。返品した矢が刺さっちゃったのはカタパルトにいた人と直接矢を撃った人含めてせいぜい1割。あと、雨で首の骨が折れちゃった人が若干名。犠牲者と一緒に撤退を始めてるわ。軍としては健在じゃない?」
「そう言う話でも無いのですが。」
4人を乗せたまま、ドームを球体に変えてふよふよ浮き上がると、空中に家を展開してドーム球ごと帰宅した。
ただいまチビ。ワン。
襲撃を撃退したりした帰宅早々、ちょっとした騒動が起きようとしている。
森の人とチビが睨み合っているのだ。
チビ?小型犬ポメラニアンのあなたでも、森の人に本気になったら殺せちゃうからね。
ワン(この娘、可愛いの可愛いの)
そうですか。
森の人が恐る恐る手を伸ばすと、チビはベロンと舐めて歓迎を表す。
森の人は途端に顔がぱあっと明るくなり、チビを抱きしめた。
チビは尻尾をぶんぶん振り回して喜んでる。
まぁいいか。大丈夫そうだ。
こっちでは、馬鹿姉妹が2人して冷蔵庫を開けて飲み物の物色を始めている。
並んで尻を振り振りしてんだよね。こちらも仲の良い事。
「凄い。何ですかミズーリ様この小屋。冷や冷やしてます。お水が冷たいです。氷室では氷も出来てます。」
「これもトールの発明品。いつでも冷たい飲み物が飲めるし、お肉やお野菜も長期保存ができるの。ミクがトールから貰った水筒の水がいつも冷たいでしょ。」
食材は万能さんから取り寄せるから、いつでも新鮮なんですけどね。冷蔵庫の中には、アイスやデザート、ジュースばかりだし。
「凄いです。旦那様。」
考えてみれば姫さんはこの家の中では、寝てるか土下座してるか飯食ってるかミズーリやチビのおもちゃになっているか、どれかでしたね。まともに過ごして無かったかも。
少しは寛いても良いでしょう。
さて、晩御飯ですが。どうしようかな。
「はいはいはい。ラーメン!!ラーメンが良いと思います。」
ミズーリが冷蔵庫の前で無理矢理振り返るから、姫さんと床にひっくり返り絡まったまま右手を挙げてる。
晩御飯にラーメンですか。私の感覚だと、昼食か夜食なんですけどね。あと、姫さんと森の人はお箸を使えないでしょ。
「ラーメンって何ですか?」
「トールが作る食事には中毒性の高いものがあるの。とっても美味しいんだけど、栄養学上食べ過ぎると身体に悪いからとなかなか食べさせてくれないの。そんな料理の一つ。美味しい美味しい麺料理。」
「旦那様のとっておきですか。じゅるり。それは楽しみです。」
すっかりはしたなくなったなぁ姫さん。
森の人も私達の元に近づいて来た。あれまチビに乗ってだ。仲良き事は良き事かな。
で、と。箸じゃなくフォークで食べ易い汁無しラーメン(汁有りラーメンは、また2人に戻ってからでもいいでしょう)を作ります。
麺は太麺を煮立てます。ラーメンどんぶりに胡麻油と醤油、中華スープで作ったタレを敷き、半熟卵・メンマ・刻み叉焼を具に揉み海苔と削り節粉をたっぷり振りかけて油そばの出来上がり。付け合わせには餃子といきたいけど、一度作っているし気分をかえて肉たっぷり焼売にしよう。
野菜が足りないからブロッコリーとコーンをオリーブオイル・塩胡椒で味つけた温サラダ、茹で海老も追加しちゃえ。
森の人用には全部小型化(万能さんは食材まで小型化してくれた。今更ながら凄え。)したものも食卓に並べる。生ニンニク入りだし口臭エチケットの為にジャスミン茶をたっぷりと用意しよう。
では、いただきましょう。
「いただきまーす。」
「頂きます。旦那様。」
「(頂きます)。」
最初におかわりを要求して来たのが森の人だったのは、昼の様子から何となく予想がついたけど、馬鹿姉妹も全メニューおかわりしてくるのはちょっと。太るし塩分過多になりますよ。
「おっぱいの為よ。」
「そうなんですか、ミズーリ様。」
「よく食べてよく運動してよく寝る。これが一番。あとトール?鳥の唐揚げとキャベツを今後要求するわ。おっぱいの為よ。」
「唐揚げとキャベツがおっぱいに良いんですか?」
「おっぱいが大きなグラビアアイドルが、唐揚げとキャベツと運動でおっぱいを成長させた事例があるの。」
「ぐらびああいどるとやらが何者なのかは分かりませんが、そんな事があるんですね。」
ミズーリさん。私は前世でもグラビアアイドルにそう興味があった方ではありませんが、私の記憶のどこを引っ掻き回して得た知識ですか?
…
貴様か万能!
「なんにせよ旦那様。おっぱいは夫婦和合の要です。将来生まれてくる私達の子供にも大切な問題です。」
「!。そうだわ。ミツルとミチルの為にも幸せなおっぱいが私達には必要じゃない。」
久しぶりに出てきましたね。その妄想兄妹。
「どなたですか?」
「私とトールの子供よ!」
「え…。ミズーリ様経産婦なんですか。その身体で。」
「愛の前に不可能はないの。次はミクよ。トールの子供で帝室を埋め尽くしなさい。次の皇帝は傀儡なんかじゃ無いわ。中興の祖として帝国の歴史に残る偉人皇帝に育てるの。」
「は、はい。目指せ一個小隊です。」
…なんですか?森の人さん?
いや、彼女達の言ってる事は冗談だから。
あなたとの子作りとか、サイズ的に無理だから。あなたまで脱いでどうすんの。
馬鹿騒ぎは閉塞した私達には大切な行事なので、私は流される様にしている。
女3人がエロに偏っているのは、早急に是正しておきたいところなんだけど。
何はともあれ、スイッチをすぐに切り替える事が出来るのも私達の良いところだ。
「今日の出撃はおそらく副司令の命令だと思います。総司令官の私が行方不明になっていますし、コマクサ侯の圧力か自身の保身の為かは分かりませんが。」
「次に彼らが取る手はなんだろうか。」
「東部方面軍が全力を上げて破れました。森を焼くという方法は我が軍の最終手段でもあったんです。」
「ミズーリが雨を降らせて撃退した訳だけど、彼らはどう捉えるのだろうか。」
「分かりません。見ていた私にだってわからないんですよ。ただし、矢による飽和攻撃が通用しないどころか、同じ手で逆襲された事は衝撃的だったと思います。他に取れる方法は剣による斬り込みしかありませんが、旦那様が遠距離にいる段階で待ち伏せに気がついた事も承知しているでしょう。正規軍が正攻法でも遊撃戦も通用しない。普通の指揮官なら。」
「なら?」
「二度と手を出さないでしょう。」
「普通じゃない指揮官なら?」
「全滅覚悟で全軍特攻ですね。」
現場指揮官ではどうしようもない上層部の政治的な判断でそうせざるしか無い。
パリは燃えているか?状態ですか。よくある事ですが、それは亡国の道です。
さて、どうしよう。
「全部殺して殺して殺し尽くしちゃうのが一番手っ取り早いわ。」
そうもいかないでしょ。ほら姫さんが泣きそうになってますよ。
「旦那様はいつになったら私をミクと呼んでくれるのかなぁ。」
違う理由でした。




