帝国へ行きます
さて、女神様の言う通り朝ごはんにしよう。
うちのへっぽこ様はとっくに家に戻ってチビと遊んでいる。
地震・鬼退治・女鬼成仏?と、イベント盛り沢山過ぎた、賑やかな半日などとっくに忘れた様で、チビに顔を舐められてひゃあひゃあと騒いでいる。こちらもこちらで賑やかだ。
鬼の女性との会談場(野外テーブルセットだけど)を片付けると、何気なく湖を眺めた。
湖水の透明度が増している。湖底まで容易に見える上、魚影が濃い。
ああ、あの金山跡で誰かが言ってたな。水が澄んでいるって。
はい?なんですって万能さん。
さてと。
「そこでチビの唾液塗れになっているミズーリさん。何かリクエストはありますか?」
「わっしょくぅ和食ぅ。あふあふ。」
いつもの朝ごはんを作れば良いんですね。
「目玉焼きとカリカリベーコンで。あふあふ。」
チビもいつまでもミズーリ「で」遊んでるんじゃありませんよ。
ワンワン(あふあふ)。
目玉焼きとベーコンがメインの和食ですか。
炊き込みご飯にして、副菜を充実させるって線で作ろうかな。
ご飯は鶏肉・油揚げ・蒟蒻を出汁、酒、味醂、醤油で炊きます。
厚切り大根でツナ・スライスしたトマトと玉葱を挟んで炊き込みご飯と同じ調味料で炊きます。
目玉焼きの付け合わせですから、お新香ではなくワンプレートでレタスに胡麻ドレをかけて。お味噌汁は大根・にんじんの根菜味噌汁をちゃっちゃと調理。
何げに野菜たっぷり朝ごはんの出来上がり。
「ご立派なホテルの名前も分からないご大層なお食事よりも、私達のおうちで食べる私のトールご飯よねぇ。」
お粗末さま。
「旅行から帰って来た母ちゃんが、あーおうちが一番!って言うあるあるネタがあるけどさあ。」
あるあるネタを語り出す天界の女神様。
あと、女神様の母ちゃんって誰?
「私達は一番のおうちと一緒に旅してるんだから幸せよね。」
この旅は君を天界に戻す為の旅なんですけど、幸せなんですか?
「幸せに決まってるじゃん。天界に戻ったら大好きなトールとお別れになっちゃうんだよ。」
…真っ直ぐに返されて少し照れました。
「トールを落とす為の手管です。まだまだ出して無いのいっぱいあるから覚悟しなさい。」
したくないなぁ。
「で、トールさんは私に聞きたい事あるんでしょ。」
食事を終え一休みしていた私達だが、それはそれ、お互い整理しておきたかった事がある。
君は彼らを無視していた様に見えたが。
「怖がっていたのよ。あっちが。あちらさんはこの世界で最上位の存在なのに、それよりも遥かに高位の謎美少女がうろちょろしてるんだから。
ここは神という概念が無い世界でしょ。ぶっちゃけちゃえば、最上位の存在を私達は殺せちゃうのよ。」
この世界では私達はイレギュラーもいいとこですしね。あと謎美少女は放置の方向で。
「トールの肉奴隷と化した私は、最近女神としての自覚が薄れている気がするの。」
私の料理したお肉の奴隷と言い直しなさい。
人聞きの悪い。
「でも自分達を救って欲しい。だから女神すら使役するただの人間トールにアプローチを取ったわけ。私が口出しする必要ないでしょ」
まぁね。
「私からも質問。ここまでで何か分かった事ってあるの?」
推測の域を出ないんだけど、この卵だ。
鬼の女性は、この卵が悲しみを吸収してくれる、と言い、自らも吸収されて行った。
私達はたまたま卵を回収したが、何故機能不全に陥っていた卵が回復したのか。
さっぱり分からん。ラグ
ただし、卵の機能の一つとして考えられる現象がここにある。
窓から湖を見てごらん。
湖が変質しているよ。湖水が澄み切っている。私達が釣りをした時を思い出しなさい。
更に、金山跡で水遊びをした時、地元民が驚いていたね。こんな水が綺麗だった事は無いと。
「卵が水を綺麗にしたって言うの?何故よ。」
この湖は鬼に襲われた悲しみで澱んでいた。そのせいで湖水や生物にも影響を与えていたが、機能を回復した卵が悲しみを吸収し、鬼に襲われる前の湖に戻った。
ってあたりではないかと。
私達が釣りをしていた時よりも魚影が濃いんだ。万能さん曰く、今まで澱みの為に湖に監禁状態だった魚が清流で生きる能力を取り戻したかで
湖から川に泳ぎ出ているらしい。
らしい、というのは、この卵に関する限り万能さんに制限がかかっている様だ。
前にも幾つかあったが、万能さんは関われない項目に抵触すると動かなくなる。
結論として、何をどうしたらいいのか、相変わらずさっぱり分からん。
大体、この卵どうしたらいいのやら。このまま持って行っていいのやら。いけないのやら。やらやらやらやら。
「しまった。トールが壊れかけてる。どうしよう。抱き締めればいいのね。それいけ。」
まだ大丈夫ですよ。今、思考停止モードに切り替えましたから。
それよりミズーリさん。多分、この国で為すべき事は全て為し終わったのでは?
「そう、それ大事。」
何かやり残しでも、私達なら瞬間移動出来ますからね。
「なので、今日はこれから山越えして隣の国ね行きます。」
隣の国ですか。
「帝国へ。」
帝国とはなんぞや。
キクスイ王国と西の丘陵を境に接する帝政施行の国家である。
当初は英雄・ガストン帝が建国した国なので、ガストン帝国と呼ばれていたが、
ガストン帝崩御の後の権力闘争でガストン直系係累が滅んでしまい、やむなく傍系係累を傀儡皇帝に据えて成立した貴族の連合政権国である。
ガストン姓の皇帝候補が死滅した為、ガストン帝国とは名乗らずただ帝国としている。
何故ならこの世界に帝国を名乗る国がないから。あと面積も広大だから王国とか公国とかよりも強そうだし。だそうです。
何だこのいい加減な世界。
で、山越えは歩いて行くか。家で飛んで行くか。
「新しいトラブルを呼ぶ為に歩こう。」
でしょうね。(棒)
「実際ね。帝国民の気質はこの国と違って結構荒いらしいわよ。治安も相当よろしくないから。」
身分差別もありそうですね。
「他国からの旅行者なんかいいカモね。」
嬉しそうですね。
「気のせいよ、気のせい。」
さてと。それでは地図を確認してみよう。
万能さんから、天界謹製2万分の1山(区切りが適当過ぎませんかね)と5万分の1帝国を取り寄せて広げる。
この湖からならば、進路的に二つ。渓谷の金山跡付近から山に入って行くルートと、渓谷を抜け宿場町の先の追分から山の入るルートがある。
街道として整備されているのは後者。丘陵の勾配が緩く谷間も比較的広い為、ほぼ前線にわたり石畳が敷かれいる。
前者は金山採鉱時に帝国との物資運搬用に開かれた旧道で、現在では廃道にこそなっていないものの杣道化しており、人通りは殆ど無いという。
二人で協議した結果、前者を辿る事にした。
なるべく早くこの国から離れたかったのと、あとイベントが起きやすいのはこっちじゃね?という不謹慎な目論見からだ。
ではでは、馬くん登場!
寂しかったですぜ。ご主人。
呼び出さなくとも、あなたいつでも勝手に喋ってませんでしたか?
何はともあれ街道に出るまで同行二人と二匹だ。二匹というのは、チビと別れるのを嫌がったミズーリが抱っこして馬くんに跨っているからだ。
チビも馬くんや高さを嫌がったり怯えたりする素振りも見せず、ミズーリの顔を一通り舐めると、腕の中で寝る体勢に入る。
オリジナルのチビはドライブが大好きな犬で、私が車の扉を開くと大喜びで飛び込んで来たものだ。
うちの馬くんは万能さん特製なだけあって無闇やたらと高性能だった。
いや、想像はしていたけどね。
以前、歩いた時は午前中目一杯かけた距離を、ものの一時間で走破した。
街道に近づいた所で、悪目立ちしない様にチビと馬くんにお別れし、チビを離したくなくて駄々っ子になったへっぽこ女神の手を繋ぐ。
へっぽこさんは、私からどこかに触れて上げるだけでご機嫌になる位へっぽこなので御しやすい。
傍の川を見ると、万能さんの言う通り確かに魚影がある。それも相当に濃い。が、誰も漁をしないのは、禁忌に触れるという考え方が住民達に染み付いているのだろう。
まもなく道は渓谷に入り、観光客の歓声が増えて来た。観光客を尻目に私達は川に入り対岸に渡る。
「けもの道もいいとこだが、道は一応残っているんだな。」
「この辺はまだ金山跡の手前、山越えの道からは外れだもん。本当に杣人しか通らない杣道よ。ほら。」
ミズーリが指差した先には久しぶりに見たイタチ見たいな小動物。(肉食危険獣)
「そう言えば、あの湖の周りは自然豊かだったのに、動物の姿は一切見なかったな。」
「動物は逃げられるからね。水から出れない魚と違ってね。」
そういう事か。ならばいずれ湖に動物も戻ってくるのだろうか。
まもなく杣道は高度を上げ、山の中に方位を変えた。僅かに分岐の跡が木々と薮の生え方で確認できる。金山跡への道の跡だろう。
やがて人の声は完全に聞こえなくなり、風が奏でる葉擦れの音と鳥の声しか聞こえなくなった。
道幅は二人並んで歩くのが精一杯。
勾配を考えると、運搬用家畜の使用は牛しか無理だろう。
まさに杣道だ。
普通ならば息の一つも切れる急坂を私達は私語を交わしながら、のんびりと行く。
やがて小さな峠に差し掛かり、木が取り払われて若干の空間が作られていた。
かつては峠の茶屋的な休憩施設でもあったのだろうか。
見晴らしも良いし、ここをお昼地とする!
久しぶり。
「無理矢理。」
うるさい。
さてさて、何を作りましょうかね。
ミズーリの水筒に「トールの美味しい」水を補給しながら、あれやこれや考える。
ここまでは誰とも遭遇しなかったとはいえ、いつなんどき会うとも限らないからね。
レジャーシート敷いてピクニックスタイル。
だったらお弁当にするかな。でも昨日の昼はおにぎりだったし、少し変えてパン食にしようか。
ハンバーガーサンドもハンバーガーも作ったから、うんピザだピザ。
「ミズーリさん。」
「なんでしょう。」
「覚悟しなさい。」
「うん!」




