大地震大災害
「トールはここに来て。」
さっきまでぱんつ丸出しで寝転がっていたのに、きちんと姿勢を正したミズーリがソファを叩き私を誘う。顔色が少し変わっているので、何か真面目な話があるらしい。
「どうしましたミズーリ?」
「まず一つ。最初の何かが起こるわ。」
「何が?」
「直ぐ分かる。」
そう言うと隣に腰掛けた私にしがみつき、そっと息を吸う。
その時だった。激しい地鳴りが鳴り始める。
地震大国日本に生まれ育ち、21世紀初頭の幾つかの震災を体験した者には経験がある。
そう、私は知っている。
部屋のお高いと思われる調度品がカタカタと音を立てて震え出し、まもなく激しい縦揺れが私達を襲った。
ミズーリは必死に私にしがみつきながらなんらかの呪文を唱えでもいるのが分かった。
いきなり縦揺れだからは直下型かぁなどと呑気な事を考えていた私の周りの床がひび割れて崩壊し始めた。石造りの建物とはいえ耐震対策は一切していないのだろう。
天井が落ち始めたが、ミズーリが頭上で手を振ると瓦礫と破片は全て私達から外れて落ちていった。更には私達がいる四階ごと下に落ちていくが、今度は私がミズーリを抱き抱えて忍者の如く飛び跳ね飛び跳ね階下に降りていく。
私達が地表についた時、既にこの街は崩壊していた。
いつのまにかお姫様抱っこで抱えていたミズーリをそっと下ろす。
石造りだった上流階級地区は全て瓦礫の山と化しており、さっきまで人だった手だけ足だけといった肉塊しか見えず、瓦礫の下からは呻き声だけが聞こえる。
振り返って見れば、木造住宅が多かった庶民街はあちこちから煙が上がっていた。
時間的に丁度夕食時、関東大震災でも火災の原因となった炊事の火だ。
そして私達の目の前には地割れが広がっている。直下型地震であり震源となった断層なのだろう。庶民街が上流階級地区よりも2メートルは高くなっている。
私達より高みにある庶民街はやがて火に包まれようとしていた。
「ミズーリ。どこまで出来る?」
「しないわ。何も。」
「…?」
私達が会った最初の村でミズーリは火災を雨で消火している。だが、彼女は女神だ。
…神の言う事だ。意味があるのだろう。
「やろうと思えば出来る。ううん多分地震も防ぐ事も出来た。でもね。」
ミズーリは燃え始めた街を見上げて私に言う。
「これが一つ目。終わりじゃないの。そしてそれを乗り越えるのは神の力ではなく人間の力。最初の村を救っておいて矛盾してると思うかもしれないけど、神として助けて良い場面と悪い場面がある。これは自然災害だから神の力ではなく、人間が人間の力で乗り越え無いと駄目。そして。」
ミズーリは私の手をギュッと握って虚空を睨む。
「私達が本当にしなければならない事はこれから始まる。」
「…私達がこの日この時にこの王都に来た事は偶然だろうが。」
「土地の意志って言うのにトールは会った事があるんでしょう。だったら偶然じゃない。
今、ここで私達が地震に遭遇する様に、むしろ地震発生を抑えていたのでは無いかしら。」
「…私達が早く来ても遅く来ても地震は起こったと。」
「トールが何考えてんだか想像つくけど、地震のエネルギーが数日で変動すると思う?一生懸命急いだって、もっとダラダラ来たって結果は何も変わらないと思うわよ。私達がここに来た時に地震は起こる。そう決まっていたのよ。」
…私が余計な責任を感じる必要は無いと言う事か
そして、私達がここに誘われた本当の理由がもうすぐ明らかになる、と。
人間は強い。非常時にこそ人間は強くなれる。生き残った者は直ぐに声を掛け合い救助に動き出した。騎兵が出動中だった事も幸いした。庶民街でいち早く消火に走り、延焼を防ぐ為その家の住民と共に木造家屋を解体する。
貴族階級からは、ほんの数刻の間で即席ながら屋根を建て地に布団を敷き、国民の救助支援体制を拙速なれどたちまち整えた。そして国民も暴動を起こす事なく復旧へと気持ちを前向きにしようとした。
あの絶望が襲いかかるまでは。
一つ。シュヴァルツ領 囚人の村にて鬼発生
退治される
一つ。シュヴァルツ領 銅鉱山にて鬼発生
鉱山全滅す
一つ。王都郊外にて鬼の死骸発見
詳細は不明
鬼は通常数十年に一度現れるとされる。
現れる場所は辺境とされる。
そして人間には退治不可能とされる。
だが、上がって来る報告はそれまでの常識を覆す物だった。
何よりも王都より馬で半日走った近郊に鬼の死骸があると言う報告は、絶対にあっては成らぬ物だった。
それは鬼は何処にでも現れる証左になるからだ。
私は王に上申し、王都郊外の鬼の回収・調査に騎兵隊の出動をお願いした。
何よりも、鬼は退治出来るのか。
退治が出来るなら全ての解決に繋がる。
地震と言う物があるらしい。
地面が揺れる現象らしい。
全く想像がつかない事だ。
海の向こうにある大陸ではよくある為、広大な大地だと言うのに、人が寄り付かず、荒野のままだと言う。
全く勿体ない事だ。
その日、王の決裁を頂き第一から第四まである騎馬隊のうち第三騎馬隊を鬼の死骸がある場所へ派遣した。
騎馬隊長の捧げ刀を同じく刀で返し、彼らを見送ってから執務室に帰った。
その直後。
地が揺れた。
私は床にはいつくばり、部下の名前を叫ぶ以外に何も出来なかった。
揺れが収まった時、漸く私は自分の職を思い出し、まだ揺れ返しが起こる王宮を全力で王の元に走った。
王は無事健在だった。王妃と第一王子がバルコニーに集まっていた。
皆バルコニーで王都を見下ろしていた。
しかし誰も口を開かない。
私も話しかける事が出来ない。
私達の自慢の王都が
その街並みが
瓦礫の山と化し無くなっている。
王都は煙に包まれている。
あれは外縁の庶民街が燃えているのだ。
今日はよく我を失う日だ。
自ら頬を叩き正気を取り戻すと、私の職務の一つ、被害の確認と王都民の救済を上申した。
王は王宮の宝物室を空にせよと仰せられる。
民の救済に全てを惜しむ事許されず。
私達は王の決意を無駄にしてはならない。
ようやく動き始めた衛兵隊。
隊長が謁見室に駆け込んで来た。
早速、王よりの命令を伝える。
民を助けよと。
そう、一刻も早く助けなければ。
私達が早く動けば動く程、王都民が助けられる。
動く事だ。
調べる事だ。
都市は直せる。だが死んだ王都民は帰らない。
急げ。急げ。急げ。
その時だった。王妃が倒れた。倒れた王妃の腰周りが失禁して濡れている。
そんな王妃を気にも留めず、バルコニーの手摺を握り締めながら王が呻いた。
あれは、あれはなんだと。
私は見た。
信じられない。信じたくない。
悪夢が、絶望を具現化した存在が。
鬼が近づいてきていた。
それも大量に。
私には見えた。一国の、王都の滅亡を。
私には、ただの人間の私には最早死を待つ以外に、出来る事は何も無かった。
「鬼だなぁ。」
なんかもうね。本当になんでもありだ。
「ひのふのみいのふんふんふん。全部で28匹。王都に全方向から迫って来てるわ。
多分これが私達の役割じゃないかなぁ?」
「どうとでも出来ますけどね。しかし全部倒すとなると大変だなぁ。」
移動がね。
「大体鬼達は今までどこに居たんだよ。」
「姿消してたんでしょ。」
「何の為に?」
「鬼に聞くしかないんじゃないの。」
「…理屈はともかく目的は分かったなぁ。」
「人、食べてるわねぇ。」
その通り。私達から少し離れた庶民街に現れた鬼が、鷲掴みにした人間を頭からムシャムシャ齧っていた。もう肩から上が無い。それは怪獣映画・モンスター映画の一場面みたいで、生前親しんでいた私にはまるで現実感がない。生き残った人間達は逃げようにも火と煙と鬼に囲まれて逃げられない様だ。
まずは目の前のコイツな。
ミズーリをお姫様抱っこすると断層を跳び越え庶民街に突入する。
パニックで無闇に走り回る人や隅で固まる人を掻き分け鬼の居場所を確認した。
ターゲットにした鬼に対し、
「よいさ。」と右手を振り左足首を切り落とす。
鬼の絶叫が響き渡り、轟音と共に巨体が崩れ落ちる。
ミズーリがすかさず清浄の魔法を、それも持続性のある上級版を地にかけていく。
鬼の巨躯は延焼が進む街並みを薙ぎ倒しているが、そのおかげで火が収まるのは不幸中の幸いだろう。
しかしあと27匹か、この街の直径は8キロだったな。直径8キロの円の外周って、えぇと、どう求めるんだっけ?
直径×円周率です。
直径8キロのこの街はおよそ25キロになります。
ありがとう万能さん。
因みに小学5年生で習いますよ。
生前32歳だった筈のマスター。
うるさいよ万能さん。
あとマスターって初めて言われた気がする。
コホン。
「外周25キロある街が、今現在全、方位攻撃食らっている訳だ。いちいち走って退治してたら、この街の人が食べ尽くされてしまうな。」
「飛ぶ?私ならトール抱えて飛べるよ。」
「目立ち過ぎるわ。今は私が右手振り回しているだけだから、誰にも気が付かれていないだけで、この街が私達の旅の終着点になるならともかくだ。目立ちたく無い。」
「走る?時速100キロぐらいで。」
加速装置付きサイボーグの人かよ。
「馬くん登場とか。」
任せておくんなせえ奥様。
馬くんの性格が江戸前男前になってるし。
大体、馬に乗って鬼をばっさばっさと倒して回ったら、それはそれで目立つわ!
まるっきり時代劇か西部劇のヒーローだ。
「快傑…。風雲…。」
言わせねえよ。
「いっそ王都ごと…。」
何か恐ろしい事言い出さないでしょうね。ミズーリさん?
ここで以前に万能さんからの申し出を受けたとある事を思い出した。私達は瞬間移動が出来る。酷いインチキだが、そもそも私達がピンチに陥る事はありえないのだった。
という訳で、以後は瞬間移動しちゃあ退治し、瞬間移動しちゃあ退治し。
鬼退治はただの流れ作業と化した。
さっきまで少しは緊迫感あった筈なのになぁ。
僅か四半刻でちゃっちゃと鬼を全滅させた。土地の意志はこの為に私達を王都まで呼び付けたのだろうか?わからん。
王都での役割を終えたと判断した私達は旅に戻る事にする。
ホテルが崩壊してるから泊まる場所無いしね。宿泊費は前払いしてあるから叱られる事はないだろう。多分。
払う人も生きているかどうかわからないし。
とっとと崩壊した王都から逃げ出すと頃合いを見計らって家をオープン。
すっかり宵闇に包まれていたので、誰にも見られる事なく私達を収納すると空に浮く。
チビとは半日ぶりの再会だ。ミズーリは直ぐ様、絨毯に寝転がってチビと遊び出す。
ほらぱんつが見えてる。
この光景は朝と何も変わってないんだけどなぁ。
さて、どこ行こう。
湖へ。
湖へ。
湖へ。
もう誰が何言ったんだか私にも区別がつかなくなってますが、湖に戻れば良いんですね。ハイハイ。
もう晩御飯も食べてるし、お風呂にでも入ってのんびりしましょうか。
万能さん。進路を湖へ。スピードは任せます。
ミズーリさんはチビと一緒にお風呂に入ってらっしゃい。
「うん!」
元気があってよろしい。




