休みの日
私もとりあえず考える事を放棄してみた。
現実逃避って奴だ。
DVDを見てケタケタ笑う事に集中した。
私は結構クヨクヨする方なのだけれど、けろりと忘れて楽しめた。
これも膝枕しているミズーリの女神効果なのだろう。
そのミズーリを起こさない様に私の代わりにクッションを枕に替えて夕食作りを始めよう。
さっき適当に返事をしたがステーキだ。
と言っても、童女にスプーン・フォークを持たせて、血が滴る分厚いレア・サーロインステーキを食べさせるというのは絵面としてどうだろう。
うん、サイコロだねサイコロ。
部位は各部混合で選別は万能さんにお任せしよう。
副菜は前世のステーキハウスでもメニューに有れば追加していた、コーンのバターソテー(ほうれん草はまた今度)に温野菜、汁物は豚汁でにしよう。とんかつ屋やステーキハウスの豚汁は美味しいんだ。
「トール?」
お姫様が起きた様ですね。
「おはようミズーリ。」
とてとてと歩いて来た女神は厨房に立つ私の腰にしがみ付いた。
「ごめんない、悪ふざけが過ぎました。」
心配になるレベルでしたから強制執行しました。
「テンションが上がり過ぎて自分でも面白くなっちゃったの。明るい家族計画が10年先まで浮かんだわ。」
私達の子供の名前は決まった様ですね。
「あと、誰か来た?神の気配が残っているけど。」
創造神様が。
「何と?」
「好きにしろ、と。」
私の言葉を聞いたミズーリは数瞬考えて選択した言葉は。
「好きにして。私の事なら滅茶苦茶にしていいの。」
選んだセリフがそれですか。
「ギリギリを攻めてみた。このくらいなら私達の子供達が出て来なかったから大丈夫。」
なんなんだろう、私達の子供達って。
ミズーリを引き剥がして席に着かせる。
もうすぐできますよ。
サイドテーブルを出して鉄板を置きバターをざっと溶かす。塩胡椒を振ったサイコロステーキを鉄板でざっと炒める。」ステーキソースと和風ソース(大根おろし付き)はお好きな方を。
鉄鍋には粒とうもろこしにこれでもかとバターを投入。
にんじん、ブロッコリーも鉄板の隅で焼き全食材に火が通ったら盛り付けて、仕上げはミニトマトにマヨネーズを乗せる。
お肉にはアイスねと、ミズーリは冷蔵庫からアイスを二つ取り出してそれぞれの席に置いた。
今日のミズーリお気に入りはコーンバターだった。ステーキをフォークに刺してテーブルを叩いて満足を表していたミズーリだが、コーンバターを一口食べると私の鉄鍋も黙って取っていく。この女神は本当のお気に入りを知ると独り占めしたくなる様だ。ならば豚汁はどうだろう。
「トール、七味ちょうだい七味。」
お気に召した様だ。七味唐辛子好きの童女。
「ごちそうさまでした。」
お粗末さまでした。こらこら食べて直ぐ寝ると牛になりますよ。お行儀悪い。
「ここ気持ちいいんだもん。絨毯も気持ちいいし、あそこのソファもベッドも。この家どこもかしこも気持ちいい。」
その様に作りましたからね。
「なのでしばらく偶蹄目になりますモー。」
モーモー。
後片付けを終えた頃、ミズーリはふかふかを下さいと私にねだり、ふかふかのバスタオルを持ってお風呂に入って行った。
洗濯するからと私の下着を剥ごうとしたけど、明日からにしなさいと言うと大人しく諦めてくれた。ミズーリに童女の女神がオカン化という、もう何が何だか分からない属性がついてしまった様だ。
どうしよう。
さて駄目人間になる時間だ。
ソファに腰掛けリストから選んだのはサイコロの旅。サイコロステーキからの単純過ぎる連想。ミズーリの過去の発言を思い出すと知っているのだろうけど、久しぶりに見てみよう。心底ダラけきって見ていると、可愛らしいパジャマを来たミズーリが冷蔵庫から牛乳を取り出してちょこんと座る。
「ねえトール。」
「何かな。」
「飲み物の置き場所欲しい。」
「はいよ。」
大人の私には問題ないが、童女の身体だとコップが負担になるのだろう。ローテーブルと脇息を出してあげる。ミズーリは脇息に牛乳入りコップを置くと、頭を私に預ける。
この子はリラックスすると私に触れたがる様になった。妻だ子供だと騒ぐ女神様であるが今の姿は父親に甘える娘にしか見えない。
「爛れた親子関係という設定もいいわ。」
しまった。この子のそばでは迂闊な事を考えちゃいけないというのを忘れてた。
なお、ミズーリは番組の存在を知らずに私の記憶からワードを拾っただけだった。
荒井注は知ってたのに。
私が入浴から出て来るまで、ミズーリはソファで私の本棚から適当に選んだ書籍を読んでいた。
なんとなく、だそうだが結構興味を持ったらしく私がベッドに入るまでずっと読みふけっていた。
そろそろ寝ますかね。
待ってましたと、ミズーリさんがすぐさま突撃してきた。私の顔を見てニッコリ笑うと、足を私に絡みつけ腕を抱き抱えたら直ぐ寝てしまう。普段が賑やかなだけに、置いてけぼりにされた気分だ。動けないし。
今日会った異能の者達を思い出してみる。
共通しているのは、どいつもこいつも私に丸投げしているところ。大体ミズーリも自身の運命だというのに、すっかり私に丸投げしているではないか。
私はミズーリのにミスで転生させられ、神々の我儘でミズーリ救出の為この世界に送られ、この世界の何かに何かを頼まれた、ただの元銀行員。
神から万能の力を与えられるも、別に特殊な知識や経験がある訳でなし。やってる事はご飯を作ってバンガローを拡張してるだけ。そういえばミズーリは私達の家と言っている。そろそろバンガローと呼べる規模では無くなって来たな。私も家と呼ぶべきか。
悩みは尽きない。と思った瞬間、万能さんが心配したのか強制睡眠に落とされた。
翌朝は、ミズーリの希望で喫茶店モーニングを作る事になった。さて困る。モーニングと言えば名古屋だが、私は一日中モーニングが注文できるドクトクな世界に縁が無い関東の人間だ。
なので、私の大好きな純喫茶風で行きます。
サンドイッチの基本はハムサンド、パンは焦げ目がつく程度に軽く焼いておきます。同じくハムとピーマンを具にしたナポリタンをちょびっと作りワンプレートに。木皿にはトマト、レタス、ツナ、スライスゆで卵を乗せてフレンチドレッシングで頂きます。ドリンクはホットコーヒーと100%のオレンジジュースを準備しました。
両手でカップを持ってオレンジジュースをごくごく飲んでいた小さなかわいい女神ミズーリちゃんが言いました。
「今日はどうしようか。」
私達は毎日どうしようと言ってませんか?
「ここは開き直った方が勝ち。観光と洒落込みましょう。」
観光ねぇ。
「ここから丘陵沿いに徒歩で2日ほど南下したところに小さな湖があります。」
あったね。地図で見てますよ。
「そこには普段人がいません。」
なんで?
「過去に鬼が現れた事があるから。」
縁起担ぎという概念がないから、単に怖がっているだけか。
「そこでお魚釣りとかしようよ。湖に二人でボートで漕ぎ出すのも素敵。王都にはいずれ向かうにしても、急がせるならまた連絡くらいあるでしょ。大体みんな不親切にも程があるわ。昔のストーリー一本道の反省から、やたら自由度の高いゲーム作ったけど、何をしたらいいのかプレイヤーが戸惑うだけで終わったゲーム。あれだわ。」
この子の知識はなんなんでしょうか。
「ぶっちゃけ、何があっても私達なら王都に急行出来るし。」
瞬間移動もお手の物ですぜ、旦那。
万能さんがおかしくなった?
まぁいいか。ご飯とDIY以外大抵は人を殺してるもんね私達。…気にするのやめよう。
という訳で観光に出発。瞬間移動は味気ないので、シュヴァルツの草原以来の馬を呼んで疾走します。
ななななな騎士のアリス嬢は元気だろうか。
昨日、私の正体は牛と白状した偶蹄目女神科ミズーリが私の腕の中ではしゃいでいます。
因みに馬車を出そうとしたのだけれども、ミズーリが二人乗りにこだわったので却下されました。馬くんも二人乗りくらい問題ないぜご主人!、との事だったので。馬くんに名前をつけてあげた方がいいかな。
というか人間じゃない皆様、自己主張強すぎ。
徒歩2日が騎馬2時間で着きました。
万能さんの馬くんもどうやら色々アレです。
任せとけご主人と、シュヴァルツの草原とは全然違う性格の馬くん、なんか面倒くさそうだったので、お帰り頂こうとしたのですが、
また乗って下せえ奥様、という挨拶にミズーリがやられて
「出しとこうよ、可哀想だよ。」
と、うちのチョロい女神は馬にまで口先一つでダウンさ、だったとさ。
早速バンガロー改め私達の家を展開する、飼い葉と水を用意したけど、馬くんはそこらをブラブラしまっせって家の周りをのんびり歩いてる。
折角の湖畔なので、予備のテーブルセットを外に出す。テーブルクロスとターフも出してなんとも平和な昼下がり。
ご飯の前に遊ぶ準備をしておこう。万能さん、竿とボートを。…カーボン樹脂で電動リール付きな竿と、FRP樹脂でエンジン付きのボートかい。天界が好きにしろと言うのなら好きにしましょう、ですか。
「どうせこの世界の人には何も理解出来ないわよ。」
まあねえ。
餌は擬似餌か、ルアーってこの世界で通用するのだろうか。
「魚がスレてないから有効かも。」
ならば釣れても釣れなくても、午後はのんびりボートに揺られますか。
ではミズーリさん。
「はい。」
いつもの日課といきましょう。お昼は何が食べたいですか?
「麺類ってまだ制覇してないのある?」
んー。ビーフンなどの米粉麺、冷麺、パスタでも麺という形ではないものがあるな。あとは素麺、冷麦。焼きそば焼うどんは粉物の時に作ったな。あとお鍋の見方蒟蒻麺。
「ビーフンで。」
ビーフンかぁ、料理した事ないぞ。お弁当やお惣菜で買う物だったし。ならばCMでお馴染みの焼く奴だな。水で戻してその水を切って、ネギ、豚バラ肉、ニラ、短尺にんじんと一緒に炒めて、調味料をパラパラ。
あれ、割と簡単だった。そうか、インスタントみたいな物だしね。味付けに使ったコンソメの残りでスープを作り完成です。
ミズーリはテーブルを叩いたりはしなかったが目を瞑って味わっていた。
あ、丸を頂きました。
「ただの丸じゃ無いから。二重丸。」
いつもの通り食休みをするミズーリは、後片付けをする私の隣に座って背中をつけてきます。
「背中合わせって、なんか憧れてたの。だって背中を合わせられる人って、本当に信頼できる人でしょ。」
恥ずかしい事を言ってくれます。
「私だってたまにはトールを搦手(童女全裸)からじゃなくて、真正面から口説きたくもなるんです。」
ありがとう。
「直球で返さないでよ。恥ずかしいじゃない。」
……
「だーかーらー。私は面倒くさい女じゃないの。そんなんじゃモテないわよトール。」
ミズーリにモテれば良いですよ。
「ー!ー!」
あれま、ミズーリが壊れちゃった。
午後はのんびりボートを出します。因みにエンジンは何馬力ガソリン駆動とか大層な物ではなく、私の意思が推進力になる反則な物でした。
湖の真ん中まで出ると釣り糸を垂らします。
勿論ミズーリと背中合わせです。
ミズーリはさっきから真っ赤になってて口きいてくれません。
まぁたまにはこんな日も良いでしょう。
とはいえ竿が直ぐに引っ張られ始めたら、ミズーリは女の子である事なんか忘れて大はしゃぎ。20センチ程度の魚を釣り上げる事に夢中になる。
「よっしゃあ、これで4匹目。トール、競争よ競争。負けたら背中を流すこと。」
それは一緒にお風呂に入りなさいって事じゃないですか。
「私が負けたらトールを全身くまなく洗ってあげるわ。」
だからねぇ。
「舌で。」
舌で⁉︎
釣果は私が勝ったが万能さん曰く、あまり美味しい魚ではないとのアドバイスで全部リリース。
魚がいないので勝負は引き分け。
「引き分け⁉︎。」
あれ?本気だったの?
「私が勝ったら私が気持ちよくなるし、負けたら私がトールを気持ちよく出来るし。誰も損しないじゃん。」
私の倫理観が大敗します。




