なかなかつかない
人の首筋に額をつけてムニムニ言ってるミズーリを起こさない様にそっとベッドから離れる。昨日は純和風旅館朝食だったから、今日は洋食にしよう。ならばパンか。
トーストにしようかサンドイッチにしようか。なんとなく決めかねていると目の前に耳を落とした食パンが2斤現れた。
野菜を食べましょう。沢山食べましょう。そんな意思が感じられたのでそうします。
やりやがったな万能さん。
確かにカレー、ラーメンと脂っこいメニューが続いたけど。続いたけど!
肉はハムだけ。マヨネーズたっぷりの茹で卵、レタス、トマト、きゅうり、さてあと何挟もうか。あ、飲み物はどうしよう。牛乳が現れたんですが万能さん。冷たい牛乳は大好きですが、パンチが今ひとつ無いメニューだな。
ぽん!手を叩く。
コーヒーだ。私が前世でも良く飲んでいた安っぽいコーヒーメーカーが欲しい。
イメージする暇もなく、あの懐かしいコーヒーメーカーとキリマンジャロの袋(私の使いかけ)が現れたので早速入れる。
その懐かしい香りに起こされたお子様が目を擦りながら私の名を呼ぶ。
こんな平和な朝は中で調理してお子様が起きるのを待つ。そんなのも良いな。
卵マヨネーズに予想通り定番通り大騒ぎをしたミズーリだが、意外な事にコーヒーに興味を持った。それもブラックに。
大人の私が万能印の牛乳に興奮していたのに。逆では無いだろうか。
「トール。また深いわ。」
まぁ、ラーメン以上に深い世界ですから。
「私が飲みたくて出したものですが、牛乳と糖分を加えてカフェ・オ・レにして下さいね。大人でも胃を痛める人居ますから。」
「はい。」
おや、ミズーリが姿勢を正した。素敵女子モードの始まりですね。わかりますよ。
素直な女の子は好きですよ。あと下ネタに行かなければ尚ヨシ。
「昨日の今日なのでそれは反省しました。それと。」
それと?
「一緒に寝ていてトールから楽しいって感情が伝わってきたの。初めての感情で私も凄く楽しく幸せになりました。幸せな夜だったのに、朝起きて貴方が隣に居なくて、そしたらそばでご飯作ってて。ホッとしたのに胸が痛くて。私は貴方が楽しいと思っていなかった事に気が付きませんでした。女神失格です。」それは違うよミズーリ。
「昨日からこの家に色々な細工を始めたり、色々な娯楽が無い事に気がついたりしたけど、それはやっと私に余裕が出来たからだ。私にやっと覚悟が出来たからだ。ミズーリがどうしたくてどうなるか。私にも分からない。でも私達は二人で行く。その内様々な事が起こっても私達は乗り越えていくよ。分かる。力尽くかもしれないけど。」
「トール様!」
ミズーリがしがみついて来た。ガチのトール様頂きましたけど、大丈夫?
あらあら、泣いちゃった。
私は推理小説を読んでいただけなのに。
一瞬の出来事でした。
ミズーリがウヒヒヒヒって笑い出すけど、ウヒヒヒヒって笑う人初めて見たな。
昨日のキャンプ地を出発して直ぐ、まだ大して歩き出してもいないのに、私達は囲まれた。
黒づくめに黒覆面。天狗のおじちゃんが計12人。
一瞬とは、しおらしく私の手を握って歩いていたミズーリが豹変するのを見てた時間の事。
「さっきのも私。これも私。トールもそろそろ女の奥深さを思い知りなさい。」
確かに女性との付き合いはそんなに豊かではないけど、ウヒヒヒヒって笑う女性って目の前の女神以外いるのかなあ。
もっとも目の前にいる集団もヘッヘッヘッヘッてわかりやすく悪党笑いしてるんだけど。
覆面してんなら笑わない方が格好がつくと思うのに、笑い声が下っ端感満載。
久しぶりの殺戮タイム?朝からやだなあ。
「考えた?」
「何を?」
「血を出さない方法。」
「一応。」
斬りっぱなしにしなければ良いだけだし。
などと軽口を叩いていると私達を囲んでいた男たちが斬りかかってくる。
殺気だけでなく正当防衛成立。相手は何者か分からないけどとりあえず右手を振り回す。
瞬時に全員の左足首を切り落とすと、右手をヒョイと上に上げる。
出血の前に切断面は塞がり、足を切り落とされた覆面達は激痛で泣きながら転げ回る。
あ、ショックで死んじゃった人がいる。
というか死んじゃう人の方が多い。
難しいなぁ。あと弱いなぁ。
「別に全員殺して構わなかったのに。」
「一応、理由を聞きたかったから。」
でも男達からは大して聞き込めなかった。
上に親子連れが通るから始末しろと言われたとだけしか誰も言わない。上って誰?って聞いているうちに痛みのせいか生きている人もみんな目付きと言動がおかしくなってしまう。
「私じゃないわよ。」
聞いてない。けどまぁいいや。ある意味見せしめのもため左足首の無い集団を転がしたまま先に進む事にする。
あーあ、二日間平和だったのに。
そのまま進む。さっきのはまぁ、辺境の辺境だから通る人いないし、しばらくは発覚しないだろう。
と思ったのに。
「ピキーン!悪者レーダー発動!」
君、一応女神だし、アホ毛はないよ。
「一応は余計です。で、どうする?間違いなく私達を狙っているけど、まだまだ距離はあるわよ。」
「おかわりさん?」
「多分。」
ならばやる事は同じ。右手を振り回して、ほい。あ、悲鳴が聞こえる。数分歩いた先の草むらに自分の左足首抱えて泣き叫んでる天狗のおじちゃん達が何人もいましたが勿論放置。
出血してないし、生命力が有れば死にませんよ。多分。
地図と地形を見比べるとそろそろ街道にぶつかる筈だ。ドローンを飛ばしてみると、私達の世界でいう2キロほど先、結構往来の人も見える。
ならばこの辺でお昼にしようか。ミズーリ?
「誰が反対しようか。いや無い。」
下手くそな反語ですねえ。
テーブルセットを出すといそいそと座るお嬢さん。あ、そうだ。
「ミズーリ。バンザーイ。」
「バンザーイ。」
昨日新しいテーブルセットと一緒に作ったテーブルクロスをバサッと敷く。それだけでミズーリはご機嫌になった様だ。
「トールは分かってるう。」
鼻歌を歌い出した。
朝の食パンの残りを使う。牛と豚の合い挽きを丸めると両手でペッタンペッタン。
空気が抜けたらフライパンで炒めデミグラスソースを軽く絡める。
肉に火が通る間に食パンを四枚切りにしてさっと炙る、スライスチーズとレタスにマヨネーズをかけて全部を挟む。付け合わせは塩をまぶしただけのフライドポテトに、待ってましたの黒いいつもの炭酸水。
ジャンクのくせにちゃんと作るととことん美味しくなる僕らの味方、ハンバーグサンドセットです。
ぱんぱん
何の音かと思いきや、ミズーリが柏手を打ちました。神に柏手を打たれるハンバーグ。
そのまま手を合わせて頂きます。
「頂きます。」
「すごーい。すごーい。おいしーい。おいしーい。」
いつものようにテーブルをバンバン叩くミズーリさん。ちょっと違うのはミズーリがテーブルを叩くたび、バンバンと地面が揺れる事。その内にその揺れに巻き込まれた天狗のおじちゃん達が飛び跳ねては落ち飛び跳ねては落ち。悲鳴が上から下から賑やかな。飛び跳ねる高さが結構なモノになった頃、
「ごちそうさま。」
と挨拶し、そのままテーブルにべたりと倒れ込む。食休みの時間らしいが、テーブルの下では素足を私の腿に乗せている。
「まったくぅ。トールが作ってくれたご飯くらいゆっくり食べさせなさいよ。私の一番大切な時間なのに。」
でミズーリさん。この足は何ですか。
「つまらない事に力を使って不愉快だから、トール成分補給してるの。」
不愉快で殺戮された天狗のおじちゃん達、いと哀れ。
「ねぇトール?天狗のおじちゃんで誰?」
月よりの使者でもいいよ?
「古い。」
ご存知だったらしい。
うーんと伸びをしたミズーリが出発を告げる。
しばらくすると沢山の天狗のおじちゃんが倒れている。みんな首や手足が曲がってはいけない方向に曲がっている。
ちょっと思いついて転がっている天狗のおじちゃんの左足首を全部斬り落として、持ち主のお腹の上に置いておく。
「何してんの?」
「敵は明らかに私達を認識して攻めて来てる。ならば私達に手を出すとこうなると、
まぁ警告だな。これでも来るようなら覚悟して貰おう。」
私達は間もなく街道にでる。スタフグロの街には陽が落ちる前に入れるだろう。
石畳の街道に出る。片側二車線の広い立派な石畳だ。ローマ街道よりも立派だろう。
人通りも常に散見出来る。この世界に来て初めて見る往来だ。
ミズーリと手を繋ぎながら端をゆっくり歩いていく。
さすがに人通りのある街道に不埒な悪行三昧はいないか。
ただ今までとはちょっと違うのは空模様が怪しい事。ミズーリ曰く、この国は常春の国で天候は安定しているけど、雨も結構降るわよ。
内陸なんだから雨は大事なの。とか。
ようやく街が見えた時に降られ始めた。
「傘の品質はどこまで許されるのかな。」
「無いわよ。」
はい?
「雨は大事だから濡れるのがこの国の人達。」
確かイギリスだったか、傘を持つ習慣が無い国があると聞くが。
「だからどうせどんなレベルでも理解出来ないわ。ビニール傘とかでも。」
何だ。番傘でもさしてみようと思ったのに。
ならば、超性能ワンタッチ撥水傘を二つ、二つ…
「ありがとう万能さん。愛してるわ。」
一つだけ出して相合い傘にしろと。うちのお嬢さん、濡れるのは嫌だわと腰にまとわりつくので歩きづらいんですけど。ニコニコしながらグイグイ来るんですけど。
あと万能さん気を回し過ぎ。
本降りになる頃にはスタフグロの街に入れた。街中でバンガローを出す訳にもいかずこの街の宿屋を調べる。
「6軒あるわね。商人用の木賃宿から超高級なホテルと言っていいレベルまで。」
ふむ、どうするかな。
「木賃宿はやめましょう。セキュリティとプライバシーが保たれそうにないもん。」
その通りだが、私達が女神と異世界人だからミズーリの言葉に違和感が凄まじい。
「最高級ホテルにしましょ。どうせお金なんか使い切れないんだから。」
だよね。
「最高級のスイートルームを素泊まりで。」
なんで?
「女神たるこの私に、トールが作ってくれたもの以外を食べろと?」
君のスタンスがよく分からない。
お金の力は凄いもので、得体の知れない親子連れでも前払い、チップも弾んでみたら
ウルトラスイートルーム。お風呂も寝室も二つずつある広い部屋を借りる事が出来た。
「見て見てトール。お風呂よお風呂。」
お風呂も広いので、一緒に入りたいなぁとミズーリがねだって来たが、何しろ私の気持ちに準備が出来てない。女神の全裸は秘所も含めて散々見せつけられたが、私は特に筋肉質でも無い普通の若い男でしかないのだ。アラサーからはかなり若返ったらしいけど。
「ごめんなさい。」
「何かしらこの振られたような気分は。やはり早く既成事実を作るべきなのかしら。でもまだ子供は作れない。どうしよう。」
君、今朝の告白もう忘れたの?
さて、高級ホテルで素通りとはあいも変わらず滅茶苦茶だね。
ふむ、前世でそんな高級ホテルに泊まった経験は殆ど無い。会社が夏冬の長期休みの時期に保養施設として提携契約するホテルくらいだが、何しろ私は独身だからなぁ。
何食べたっけ。朝はバイキングだったのだけは覚えてる。うん、カリカリベーコン美味しいよね。とにかく高いものか。なら、あれだ。だが、日本人ではないミズーリが食べられるかどうか。
「ミズーリさん。」
「はい。」
「お寿司はいかがでし
「お待ちしておりました。」
食い気味だ。
「SUSHI!トールが握ってくれる。待ってたの。食べたいの。嬉しいの。」
しまった。のののが始まった。軌道修正軌道修正。
「な、生魚ですが大丈夫?」
「納豆を美味しく頂ける私に不可能はないわ。」
ですか。では万能さん。寿司ネタを。
マグロは赤身、中トロ、サーモン(美味しいからね)エビ、イカ、えんがわ、いくら、コハダ(渋い)、卵焼きが用意されたので
赤身は握りと鉄火に、いくらは軍艦に、他のネタは普通に握りで。サビは大丈夫ですか。
少し渋めの緑茶を大振りの美濃焼で置いておきます。
ンーンー。ンーンー。
久しぶりに出ましたね、その声。
コラ、人を叩かない。抱きつかない。泣かない。落ち着いて食べなさい。
それでも同じベッドに入る事は変わらない。
いつものベッドと違い鎮静作用がないので、自然に眠れるのを待つしかない。
でも私達は疲れる事が出来ないのです。
「いつもね。私は恥ずかしくてわざと直ぐ寝ちゃうの。分かってるの。貴方の隣なら起きてても寝てても私は幸せだから。でもね。」
ピロートークと言うのは初めてですね。
「いつもどこかで期待してるんだよ。私はいつでも大丈夫だからね。」
真面目に告白されてもなぁ。一応、私の性癖はノーマルだから。
「だから私頑張る。あの小さな女の子から直ぐここまで大きくなれた。貴方は私と一緒に歩いてくれるって言ってくれた。貴方が私を欲してくれるまで。」
ここで口調が変わった。
「私達を邪魔する存在は全て滅ぼす。」




