旅はご飯
万能さんにひと念じ(ああ、私はまた珍妙な日本語を作ってしまった)してバンガローとテーブルセットを消す。
食器類はなんとなくきちんと洗いたかったので、水と前世御用達だった黄色い洗剤で綺麗にする。その端から万能さんは乾燥させて回収していく。
「今更ながら便利よねぇ。」
「嫁さん要らなくなるな。」
「!」
慌てて、お役に立ちますご主人様、とミズーリは手をわちゃわちゃ振り回した。
一瞬で私が崩した草が元通りに回復する。
最後にお願いしようとしてたんだけどね。
「ありがとう。私とミズーリは以心伝心だね。」
ミズーリは真っ赤になって俯いてしまった。
ちょろい。
後片付けが終わり改めてミズーリを見る。
自分のおっぱいを揉んでいる。
何してんのこのへっぽこ女神。
「嫁さんと言う単語に、おっぱいだけちょっと膨らんだ意味を考えていたの。」
この下ネタ女神様、今までも一応口だけで発情はしてないと思うけど。ブレないなぁ。
「成長の条件。多分私の行動がそうなっている。」
「鬼退治では無いな。」
なら最初の村で鬼本体を私達は倒している。いや待て、あの時倒したのは私だけか。
「夕べだって私は何もしていないわ。」
結構活躍していた様に思えるが鬼退治という点では確かに。
「それに昨日トールに宣誓した時と違って身長は多分全く伸びてない。おっぱいだって、まだまだちっぱいだし。」
あ、ほんとだ。あと、ちっぱい言うな。
「あれはイレギュラーとして、それ以外に私がやった事って一つの町と一つの誘拐組織を、人間を怒りの感情に任せて潰しただけ。こうプチっとな。」
アリンコを潰す様に大量殺戮を表現する死の女神様。
「早くトールに美味しく頂いて貰う為にもっともっとおっぱいを大きくしないと、その為には何をしたら良いのかしら。」
本当にブレないなこのへっぽこ女神。
「そう言えば。」
「何?」
「天界で初めて君に会った時。君は胸元の大きく開いたドレスを着ていた。」
「あれは私達のユニフォームだから。神のセンスって中々酷いわよ。創造神様がたまたま見つけたデザイナー上がりの人間に天国行きを条件に作らせたの。」
とんでもねぇな。あの親父。
「その辺は大丈夫。魂の天秤がなんらかの善行を為せば天国行きが出来ると判断した人だから。実際割と好評よ。神々しさとセクシーさの融合に。」
「君は土下座してたから胸元丸見えだったんだけど。」
「??……!!」
ミズーリが何かに気がついてふらつき出した。顔が見えない。
「…トール。貴方は巨乳派ですか?」
「形派だな。」
「なら良し!」
あ、復活した。
「さて、今日ですが。このまま街道を行くと
明日の昼過ぎには次の宿場街に着きます。」
ふむ。
「君の考えは?」
「何も考えず街道を行くと、遅かれ早かれさっきのアリスちゃんの仲間に遭遇するでしょう。」
ちょうど馬が帰って来ます。
「面倒くさくなりそうだ、逃げるか。」
「賛成に一票。」
馬を万能さんに収納して貰って、私達は進路を西にとる。大回りしてシュヴァルツの街を避ける事にする。
私達はのんびりと草原に足を踏み入れる。
ミズーリがおずおずと手を繋ごうと言い出したので諾の返事を返すと、喜んで抱きついて来た。今日も先に進まないんだろうなぁ。
出発して数時間。草原は尽き里山を思わせる丘陵に沿い南に方向転換していた。
細い里道は丘に並行して伸びているが人影は殆ど無い。
ここまですれ違ったのは二人。いずれも肩に小さな箱を担ぐ人だった。
ミズーリが言うには、手紙を配達する職人。飛脚みたいなものか。
「そんなに走ったりしないけど。」
なるほど。
それでもこんな里道に私達の様な組み合わせは異質なのだろう。
二人とも私達を凝視しながらすれ違って行った。
トラブルは私が天界に戻る手掛かり。
ミズーリはそう言ったが、当の女神がトラブルを面倒くさがり道から外れる事を提案して来た。
確かにシュヴァルツ領内ではこれ以上勘弁だ。
太陽の高さと腹時計を測っていると、ミズーリがワクワクし出した。
両手を握りしめワクワクワクワク目を輝かせている。聖なる女神様が涎垂らしてジュルリとか言わないの。
「今日はソースを焦がします。」
「わー。」
椅子に腰掛けたミズーリの拍手が止まらない。
さて、何を作ろう。粉ものを作ろうとしか考えてない。とりあえず鉄板をテーブルに乗せる。卵、蕎麦、キャベツ、豚肉、紅生姜、そして小麦粉を並べる。
「いっそ全部作るか。」
「賛成賛成大賛成!」
この女神は時々人のリビドーを残念な方向に刺激するくせに(必死さが丸見えなのと、残念ながら身体がお子様なので)、自分が素直に嬉しい時は全身全霊で喜びを伝えてくれる。だから私も彼女の願いを全力で叶えたくなる。
食材にうどんとご飯を追加。
小さなボールに小麦粉を溶き、キャベツや豚、目玉焼き、肉は別に炒める。
勿論珍妙にも勝手に炒まっているわけだ。こちらのスペースでは、焼き飯・焼きそば、焼うどんを作成。
わかるね。お好み焼き、蕎麦飯、焼うどんの完成。最後は青海苔をたっぷりと。
ビールが欲しくなるが、ミズーリの身体が子供な事を考えて我慢。
「どうせ体内以外で分解されちゃうから大丈夫なのに。」
「とは思いましたが、君の身体の成長に悪影響が無いとは限りませんからね。」
「そうね。早く大きくなって貴方に沢山愛してもらわないといけない身体だもんね。」
「子供の飲酒が君の天界帰還に影響が無いと限りませんからね。」
スルッとスルーすると、分かりやすく頬を膨らます女神にヘラを渡して、出来上がったお好み焼きを食べる様促す。
今度はお好み焼きで頬を膨らますとボロボロ泣き始めた。
「ずるい。貴方はずるい。こんな最終兵器を私に隠してた。」
見たか。ソース焦がしの威力を。
焼きそば、蕎麦飯、焼うどんを順番に食す女神様の目からは最後まで涙が止まらなかった。
食休みをした後、今日はちゃんと出発する。
ダラダラしててどこかの騎士さんを呼び入れてしまった昨日の反省だ。
うちのへっぽこ女神も反省というものが出来るのだ。
「晩御飯のメニューはなぁに?」
へっぽこはへっぽこだけど。
「へっぽこへっぽこ言うな!」
ならやっぱりポンコツで。
へっぽこ女神がポカポカ私の腰を叩いてくる。一通り叩いてスッキリしたら私の手を催促する。愛しい人と言われたが娘だねこりゃ。
夕方、陽が傾くと更に西に進み、丘の麓でいつものバンガローを取り出す。
テーブルセットにオレンジジュースを置くとミズーリがすっかり罠に堕ちて溶けている。
今日は増築をしよう。いや単にお風呂に入りたくなったんだ。
一部屋増やして湯船(檜で作ってみた。私の健康管理に積極的な万能さんは、私の念以上の立派なモノを拵えてくれた。)とシャワー。お湯の温度は42度で。足元はタイル敷きで排水口もあるけど、排水はどこに行くんだろう。
晩御飯はミズーリのリクエストで昼と同じもの。ただしお好み焼きではなくもんじゃ焼きを希望された。私の知識はそんなに読みやすいのだろうか。
お風呂に先に入らせてみた。
「私は女神。身体なんか汚れないの!」
と威張っていたが
「トール!トール!何これ凄い気持ちいいの。あったかいの。」
のののと叫びながら低脳化し、全裸で浴室から飛び出してきたので
文字通り全裸土下座をさせると再びお風呂に放り込んだ。しばらく歓声が絶えなかった。
代わりに私が入浴を済ませて出てきた時には既にミズーリはベッドで寝ている。
起こさない様に隣に入ると、彼女は寝たままニヘラッと笑って私にしがみついて来た。
今夜も私は女神様の抱き枕決定ですね。
尚、丘の方では何者かがずっと私達と並行してついて来てましたが、ミズーリが警戒してないので放置する事にしました。
朝は何を作りましょうかね。
この世界に来て初めてちゃんと一晩眠れた。
あまりに平和だったのでミズーリは眠ったままだった。
久しぶりに王道な旅館朝食といきましょう。
白米に味付け海苔、卵は目玉焼きもいいけど昨日昼夜続いたのでだし巻き卵で。
主菜は肉が続いたし、魚で。鮭か鯖か。
うん鮭かな。塩鮭を網でパチパチ焼きます。
野菜はほうれん草のおひたしに削り節、化学調味料をこっそりと。ナスときゅうりの浅漬けは私の和食にマストです。
お味噌汁は鰹出汁でワカメと豆腐の具。
おまけは素材が被らない様に野菜ふりかけと一応納豆も。私が結婚する人は納豆が食べられる人に限ります。
「ならば私は必ず食べられるようになります。」
ミズーリが起きてきました。
「起きたらお布団にトールがいなかった。凄く寂しかったの。」
可愛い事を言ってくれる→
「そしたらお魚を焼くいい匂いがしたから飛び出してみたの。」
→残念なへっぽこ女神だった。
「何これ。この納豆とかいう発酵大豆普通に美味しいんだけど。ネギと辛子が効いてるし。」
「私の世界では香りと腐っている様な見た目で嫌う人も多いんだ。」
「この納豆が食べられないだけでトールと結婚出来ないとか、そっちの方が可哀想。」
ご飯に納豆をかけて器用に海苔で納豆巻きを作る天界の女神様。たちまち完食すると、お茶お茶とリクエストするので冷たい玄米茶を差し上げる。
「ふひー。」
朝から溶け始めました。
食休みを終えてキャンプ地を元通りにすると私達は出発する。
「今日も目的地はないわ。強いて言えばシュヴァルツ領を出る事くらい。」
「出てどうするのかな?」
「街道に戻って新しいトラブルに会いましょう。」
「トラブルを求めて旅をするってどんな珍道中なんだろうか。」
「どうせどんなトラブルが起きても力尽くで解決しちゃうしね。私達。」
身も蓋もない。
「それにほら、昨日は悪人も鬼も殺してないわ。そろそろ何か起きないかしら。」
悪の女神様が本音を吐きやがりました。
「まぁ、私も鬼の魂を屠った以降はご飯しか作っていませんが。」
「まぁ、なんて事を言うの?トールのご飯は全てに優先されるのよ。」
ヲイ
「おっぱいの秘密もまだ分からないしね。不必要なよそ様にはなるべく迷惑をかけない様にしてトラブルに巻き込まれます。それがしばらくの目標です。特におっぱい。」
二日連続で、死と転生を司る女神ミズーリ様が私に全裸を見せているので、なんかもう麻痺ぎ
「それはいけないわ。」
私の思想を遮らないで下さい。
「全裸はやはりサービス過剰かしら。でもおっぱいくらい見せて貴方の劣情を引き出さないと。折角膨らみかけたおっぱいなんだから。今でしか見られないおっぱいなんだから。」
この女神には食欲と性欲しかないのだろうか。天界に帰すという私の目標か達成出来るのに何百年かかるのだろう。
「やあねえ。神様なんて欲望の塊って何回も説明したでしょ。私だって根っこは大差無いわ。それに何百年もトールと一緒に居られるなら天界なんかどうでもいいわ。」
少し嬉しい。
「まだついて来てるな。」
そちらには視線を向けず呟いた。
「殺気は感じないから放置してたんだけど、気になる?」
「いや、夕べはお互い朝まで眠れたし、万能さんも反応ないからいいやと。」
「私も正体が分からないの。感情も分からない。肉体の有無も分からない。人間か、モンスターか、それとも何か。でもね。」
ミズーリは私の手を握り直す。
「私達がいくら不死身でも許せない事はあります。それは貴方に敵意を向ける存在。
貴方にいくら実害が無くても、貴方に敵意を向けた時、私はその存在を抹殺します。貴方に敵意を向けない限り、貴方が不快に思わない限り貴方が命じない限り放置します。」
素敵女子モード入りました。
「ならしばらく放置の方向で。」
「畏まりました。」
そうして私達は仲良く手を握りながら昼前にシュヴァルツ領を出た。




