決戦前夜
「来るぞ。」
とある晩。サリーさんが何処ぞから捕まえて来た、角の生えたマグロっぽい魚だの、ヒレがトビウオみたいに大きくて空中跳躍が出来るカツオっぽい魚だの、足が20本くらいある(不定形)タコっぽい生物だのイカっぽい生物だのを姫さんが捌いて、私が刺身や煮付けや焼き物にした海鮮料理をみんなでウマウマ食べていると、そのサリーさんが立ち上がりました。
そうか、来ましたか。
「??何が来たんですか?旦那様?」
イカっぽい生物の醤油焼き七味唐辛子風味を熱々しながら指で裂いていた姫さん。
くそ。首を傾げた姿が可愛いなぁ。
「160万人ってとこか。」
160万人ねぇ。楚漢戦争やら中国を中心に無意味な大量出兵は過去にもあったけど、基本的に盛ってるからなぁ。人海戦術を使った朝鮮戦争でも最大発表で130万人くらいだし。
それも総体で。
大体、幾ら自国内でも兵站維持が難しいだろう。ヨーロッパまで攻めていったモンゴル帝国は羊を連れて行ったんだっけ。
「無理だな。帝国内の家畜はみんなうちにいるもの。」
「おかげで毎日毎日牧場拡大工事が終わん無い。美味しいお肉と乳製品になるからいいけど。」
ごめんねツリーさん。…っていうかみんな?
「みんな。だから帝国内には肉がない。作物は虫に食べ尽くされてる。」
…なんかした?
「別に。意思のある動物達を受け入れただけ。みんな帝国を見放しただけ。」
だけってね。
「あのぅ。」
あゝごめんね。話は単純ですよ。
帝国が攻めて来ているそうです。その全兵力が160万人。
「なんですと!」
なんですとをすっかり妹ちゃんから奪い取った姫さんですが、イカ焼きにマヨネーズをつけてモグモグ食べるペースは落ちません。
イカマヨネーズは美味しいからなぁ。
「160万人かぁ。どうしようかな。」
「あの、ミク姫様?何故そんなに落ち着いているんですか?この駐屯地での動員可能数ってどのくらいなんでしょうか?」
「んんと。最近、金山と牧場に人材を割いているし、山の果樹園も桃と枇杷が美味しい時期だし。家族を呼び寄せている人は家族についていて欲しいし。8000人ってとこかしら。」
「8000対1600000。はっせんたいひゃくろくじゅうまん。それに生活は普通に続行させるおつもりですか⁉︎」
「だって森の全兵力を集めても大して変わらないもん。だったら兵達にはいつもと同じ仕事をしてもらった方がいいでしょう。」
「それはそうですけど。豪胆というか、開き直ったというか。」
「心配する必要ないですわよ。だって旦那様が全然慌ててないもん。」
まぁねえ。
「それにね。160万人って言うのは、帝国の最大動員可能数を越えてるの。早い話が、160万人来ちゃうと後方の守りがすっからかんのかん。後方に回り込めば、それだけで終わるの。」
なるほど。一応、戦術の勉強をさせただけはある。考えてはいるみたいだ。
もっとも8000人の内何人を後方に回らせるとか、その方法とか、兵站とか全部抜けてるけど。
「大体さ。アリスだって全然慌ててないじゃない。」
「それはですね。閣下もツリー様もサリー様もいつも通りだし、ミズーリ様に至っては小鍋でなにか新しい料理を作ってるし。」
「ん?ワタシ?慌てる必要なんかどこにもないわよ。トールさんは状況次第では帝国を滅亡させる気だし。」
まぁね。
幼鳥メサイヤを鳥に混ぜて、或いは人化させたメサイヤを人混みに混ぜて、私は常に帝国側の情報収集に当たっていました。
それが、メサイヤの、そして精霊の望みに繋がるから。
ついでに褒めて髪を撫でてあげると、真っ赤になるはすっぱ姉ちゃんサリーが可愛いから。
各都市に集結させた軍隊は、その都市を治める貴族を将として纏まり、最終的には皇帝と大貴族達が詰める本陣に戦力と情報が集まる体制を作っている様ですね。
もっとも、飢餓により馬は痩せこけて情報及び指令の伝達は滞り気味であり、はっきり言って烏合の衆もいいところ。
もっとも早い軍で到着まで3日ってとこですか。充分ですね。
「つまり、私達もいつも通りの生活をしていれは良いと?」
「そーゆー事。私の力は知ってるでしょ。トールさんは私なんかより遥かに強いわよ。」
「ねー。」
ねーって姫さんさぁ。
・兵はいつも通りの生活を送る事
農業・畜産・鉱業等の品質、収穫量を落とさない事
・家族を呼んだ兵は家族優先にする事
・各王族は帰国させる事
・商人の活動を阻害しない事
商人が望めば護衛させる事
・門のところに倉庫を作ってあるので余剰食糧及び私が買い足しておく食糧を積む事
翌日、姫さんの連絡を受けて飛んで来たカピタンさんは、私が渡した条件を一目見て怒り出した。
「なんですか閣下これは。我々になにもするなと言っているのと同じではないですか!」
そうだね。出来る限り君達には関わって欲しくない。
「内戦になるからとか、同国人に矢を向けられるのかとか、余計な…
うん。余計なんだ。
カピタンさんの話を強引に途切る。
はっきり言って、この作戦の後は現在の帝国及び支配層は消滅する。私が全員殺す。
私とミズーリだけで充分。あとは邪魔になる。
「160万人相手に閣下とミズーリ様に何が出来るというのですか!」
君達は経験している筈だよ。
「………たしかに…」
姫さん率いる東部方面軍総軍3分の1を私達たった2人で全滅させて、残りの3分の2は私達が作っていたBBQ食べたさに降伏した。
キクスイ王都の鬼を殺し尽くしたのは私だ。
鬼を殺せる人間が、ただ数任せの人間に負けるとでも?
今更ながら私達の非常識さを認識し直したのだろう。
カピタンさんは絶句してしまった。
因みに、鬼の屍骸は実は森の建築素材として次々に消費されている。
皮は滑して衣類や家具素材に、骨は私(万能さん)が圧縮加工してエナメル塗料を塗る事で丈夫で弾力性の高い素材として、木材の代わりとして弓やカタパルトに転用していた。
元々はキクスイ援助の為に無意味に買い取ったものだけど、使い道が割と広い事がわかったからは、ミズーリと2人で南北へ行って鬼の屍骸を回収している。
ルーラポイントをなんの気無しに作って置いたのが功を奏した訳だ。
条件の中にある倉庫は、私とミズーリが運んでくる鬼の屍骸(内臓はとっくになくなっていた。そんな生態ピラミッドがアソコにも存在するのだろう)を加工したものをツリーさん達が受け取って、そのまま精霊達が作ったものだった。イメージを固定させる為に設計図が必要なのだけど、適当に絵図面を描くだけでツリーさんは理解してくれるのだ。
しかし、別に東部方面軍を軽く見ている訳ではなく、彼らにして欲しい事を告げると、その展開区域を地図上に書き込んで渡す。
あとは、どの地点にどの隊を配置するか。
それは私の仕事ではない。
軍を把握している将軍達の仕事だ。
私の思惑を伝えると、
「至急配置転換を行い、今日にでも演習を始めます。」
と敬礼一つしてカピタンさんは帰隊していきました。
文の末尾を直すのも面倒くさい。
だって次には、坊ちゃん嬢ちゃん王族達が待っているんだもん。
「閣下!私達を戦場から離すとはどういう事ですか!」
一番最初に抗議の声を上げたのは意外にも妹ちゃん、ミランカ姫でした。
言い出すなら、ししょーの王子だの、おっかないラピスだかラビットだかの王女様だと思ったのに。
「彼らは他国の王族ですから、あまり強い抗議は出来ません。しかし私からすると閣下は義兄にあたる方ですから、親族ですから。割と遠慮なく抗議できると判断しました。」
割と酷い理由だった。
だが、彼らの顔は不満タラタラを隠していない。
なので、先に論破する事にしました。
今度の戦いは、東部方面軍と帝国の内戦です。
もっと言うならば私達と帝国の争いです。
つまり対外戦争ではありません。
しかし、君達が参戦してしまうとです。
帝国対東部方面軍・キクスイ・ラニーニャ・ベンガラ連合軍。要は世界大戦になります。
そんな重大な外交事項を、君達は勝手に判断して、自国を戦争に巻き込む事になります。
君達に“そんな政治的決裁権“がありますか?
だから、君達に帰国するように条件を書いてあるわけです。
現在わかっている情報では、開戦までに後3日程度です。君達に出来る事は、直ぐに気球で帰国する事です。ラニーニャにしても、ベンガラにしても“1日“で帰国する事は可能ですから。
何事にも聡いラピス王女の顔を心持ち長めに見ながら、全員の顔を見渡す。
「私は?東部方面軍としては客人扱いですが、帝国皇女です。それもあからさまに帝国に叛旗を翻している第四皇女ミク・フォーリナーに与する反逆皇女です。私は皆と違って旗色を鮮明にする必要がある存在です。」
と思ってね。軍には極力前に出ないように、今カピタンさんに申し入れたところだ。
「しかし!」
しかしもかかしも無いよ。
でもね。君が今回の戦役に於いて君がいるべき場所を見つけられる事ができたら。その理由で「うちの」姫さんを説得する事が出来たら。
私はミランカ・フォーリナーの気球での出撃を許可しよう。
「居場所…。理由…。」
王族達は静かに我が家から出て行ってくれる。あの子には通じたかな?
まぁいいや。




