とある報告書より
「東部方面軍の動向及び旅人についての報告
1.キクスイ国シュヴァルツ領小日向
組織全滅
小日向の街の住人の大部分を占める間諜
全員発狂
2.エドワード領スタフグロ
組織3回領兵1回の襲撃失敗 全滅
3.キクスイ廃坑近辺
組織襲撃失敗 キクスイ領内組織全滅
4.帝国 峠
東部方面軍精鋭部隊 全滅
5.帝国 森
東部方面軍本隊 全滅判定
6.帝国 森
組織個別襲撃失敗 全滅
組織撤退
7.帝国 森
東部方面軍謀叛 森の外線に長大な土手が
作られる
8.帝国 コレットの街
コマクサ公爵私兵襲撃失敗 全滅
以上 」
私は手元にある資料を読み返す。
昨日も今日も、何度も何度もだ。
その結果、いつも一つの結論を出す。
出さざるを得ない。
意味がわからない。
結論「あり得ない。」
キクスイ国の組織全滅は、帝国内の「組織」による調査結果である。
間違いない。報告書にはそう書かれている。
彼らは各国の裏世界を牛耳っている訳であるが、正規な各国指導者に嘘はつかない。
あくまでも我々の黙認の元に存在する非合法組織であるから。
我々と正式な戦いを挑む力はなく、我々の金魚の糞であると自認しているから。
そして、彼らと我が帝国諜報機関、そしてコレットからの報告いずれに齟齬はなかった。
特にコレットを支配するコマクサは、辺境の貧乏な農村だったコレットを一代で育て上げたことを自負自慢する男だった筈だ。
なのに、彼からの報告は、尊大な男からの報告は。
「もはや東部方面軍に手出し出来ない。東部方面軍に卸業を営んでいた商人は全員来なくなった。それだけではない。東部方面軍に所属する兵の家族は全員居住地から消えた。コレットの街からも、周辺農村からも。コレットの物資がなければ立ち行かない筈の東部方面軍の上空には見た事も無いものが浮かび、土手の内側では川音が響き、沢山の家畜の鳴き声がする。見た事も無い高い建物が立ち並び、夜になると明かりが点灯している。コレットの住人の逃散が止まらない。閑散としたコレットは日々日々寂れていくばかりだ。東部方面軍をなんとかしないと。帝国東部は完全に帝国から独立している。そして恐らく、それはあの親子連れの旅人の仕業である。」
泣き言しか書いてなかった。
だが、最後の一文。これがあり得ない。
許されない。
帝国に謀叛をするならばするが良い。
帝国を挙げて、東部方面軍を撃破するだけだ。
火矢による飽和攻撃。
それも正規兵だけではなく、一時的に徴兵した国民を並べて一斉に矢を放つだけでいい。
土手が邪魔するならば、土手沿いに全兵力を展開して、森を焼き払えばよい。
この時、私の頭には「森を焼き尽くす」事しか考えていなかった。
もっとも肝心な事。
親子連れの存在を。
森で行われている何かを。
そして、彼らの背後に立つ様々な存在を。
それを「思い」知った時は、全てが遅かったのだが、それはまだ先の話である。
私があり得ないと思考放棄した事項の多さが事実ならば、その原因は何か。
一国を率いる貴族として、考えなければならない事だったのに。
まぁ、辺境が謀叛を起こして、辺境の街が不景気になっただけだ。
謀叛を起こしたところで長持ちする訳がない。兵站の無い田舎者に何が出来る。
筈だった。
ところが逆な事が起こった。
帝国が飢え始めたのだ。
家畜が消えてしまう事が全ての始まりだった。
街から村から、帝都から。
昨日までいた家畜達は、何故か柵を越え、壁を抜け、一斉に消えてしまった。
そして虫が出た。虫嵐だ。虫は作物を荒らし食べ尽くす最悪の災害だ。
普通ならば農村に棲む鳥が虫を食べるから、滅多な事では虫嵐は起きない。
しかし、起こった。
農村にあれだけ沢山いた、肉として狩る事もする鳥が減ったのだ。
家畜と鳥は何処へ行った?
それは直ぐにわかった。
獣共は西に向かっていた。
民に、兵に。どんなに制されても、どんなに殺されても獣共の足は止まらない。
やがて、鳥は土手の向こうに着陸し、歓喜の鳴き声をあげるという。
獣共は土手で一鳴きすると、土手の中に消えていく。土手を乗り越えるのではない。
土手の手前で、文字通り姿を消すのだ。
やがて、土手の向こうで歓喜の鳴き声が聞こえる。
獣共を追って来た者は土手に近寄る事も出来ない。土手に触ると死ぬからだ。
これはコマクサの報告にもあった。
土手に張り巡られている蔦を触ると、頭から煙を出して即死してしまう。
現に何人もの国民が土手に近寄り、死亡した。
それが知れ渡ってからは、誰も土手に近寄らなくなった。近寄れなくなった。
鳥は森の空を沢山飛んでいる。
獣共はやがて帝国から消えた。
コレットの街を放棄する。
しばらくして、コマクサからの報告を受けたが、拒否する事は出来なかった。
コレットからは餓死者が出ていた。
コレットだけではない。
農村に農作物がなく、家畜の肉が無く。
やがて貯蓄した食糧が無くなると、飢えた国民は街場を目指す、が街場に来ても食糧は食べ尽くされていた。
街場に、帝都に食糧はない。
東の辺境、土手の向こう、森には食糧が豊富にある。
そんな噂が広がった。
そして、それは恐らく事実であろう。
私は皇帝に出陣を願う事にした。
皇帝と言っても、我々の傀儡だ。
皇帝の名前をもって、全帝国民に総動員令を発せされた。
その内容は簡単だ。
字の読めない国民にもわかる様に、弓矢を持ち、食糧を掻き集めて、地元貴族の元に集まれ。我らの目的地には豊富な食糧がある。
それまで耐えられれば、食べ放題だ。
触れは全国に周り、各地から飢えた民が続々と東に集結し始めている。
その数、凡そ160万人。
軍を含めて、帝国の成人男性の5分の1にのぼる。
しかし、帝国には彼らを食わせる糧食が尽きている。
土手の向こう、森には豊富な食糧がある。
それだけを目当てに、我々はなんとか東に到着した。




