戦略
「只今戻りまし、た?」
あゝ、お帰りなさいアリスさん。
帰宅の挨拶が疑問形になったのは、言うまでもなく、尻丸出しでお釜に火を入れている姫さんの姿を見たからです。
見事に前屈みになっているので、尻の割れ目の奥までご開帳中です。
私に見せる為に、必死に尻をこっちに向けるので、結構迷惑です。
勿論、アリスさんは固まってます。
「…閣下。私も下半身すっぽんぽんになった方がよろしいのでしょうか?」
最近、君まで風呂上がりは裸族化しているんだから、我が家の変態密度をこれ以上上げないで下さい。
また変な日本語を作っちゃったな。
クローゼット行って姫さんに服着せたげて下さい。
別に我が家は鎖国しているわけではないのです。君んとこの王子様が乱入してきたら、そして真似したらどうすんですか。
これぞ裸の王様って笑えませんよ。
草薙の剣で張っ倒すと
「痛い痛い」
とニコニコしながら(何故?)お尻姫はアリスさんに連れられて、ウォークインクローゼットに消えて行きました。
やれやれ。
私の横では、ポンコツ女神が土下座しながら笹竹の皮を剥いて、包丁でカットして、鍋に入れるって変態調理してるし。
こちらも何故かニコニコしながら。
そっちじゃ、森の精霊が自分の背の半分くらいある椎茸の石突きを外すのに余念が無いし(外した石突きは圧力鍋で煮ると、日本酒のつまみに良いそうです。飲兵衛な精霊)、料理となると、やる事がない幻の霊獣はチビと遊んでるし。
裸成分と変態成分が高めですが、これもまぁ我が家なので。
「作戦、について閣下はご存じですか?」
ケツ皇女に服を着せてる間にカピタンさんが来ましたが、居間のトンチキ騒ぎがバレませんように。
…作戦ですか?
「はい、基本的に我が軍は他国との戦歴がありません。それは何処の国でも同じです。何しろ、山を超えての大規模な進軍など出来ません。内乱を鎮める為だけに存在する軍隊です。」
………それは、東部方面軍がキクスイに攻め込もうと?確かにトンネルを潜れば良いですからね。
「怖いです、閣下。怖いです。…違いますよ。王族達からの要望なんです。王族として、将官として、平時と戦時の切り替えの仕方。内乱を被害なく収める仕方。綺麗事を言っても仕方がありません。彼らはそういう世界に生きていますから。」
ふむ。
綺麗事ではない、か。
確かにこの世界は、決して平和ではない。
鬼の襲来であったり、市民も何の蟠りなく、王に仕えているわけでは無かろう。
しかし、軍のトップが言う事ですかね。
「はあ、何しろ指揮官・将官と言っても、ここは左遷された下級貴族と田舎平民の吹き溜まりですから。近年、出陣したのは閣下とミズーリ様を成敗しようとした時くらいですから。…全滅判定もいいところのてっ酷い敗戦をくらいましたけど。つまりは、閣下に通用しない作戦しかないんです。」
確か、立木に油を染み込ませて燃やすのと、矢による飽和攻撃だけでしたね。
分かりました。簡単な講義で良ければ。
カピタンさんが帰ってからも、私は1人面談室に残って考えてます。
居間の方からは、家族が賑やかに料理に励んでいる声が聞こえてきます。
この声を聞いて、カピタンさんは笑みを浮かべていました。
作戦と一言に言いますが。
軍人でもなく、生前に特にその手の知識があった訳でもない私が教えられる事など、どう絞り出しても無いんですよね。
歴史好きだったから、歴史上の例を挙げていく以外に無いんですけど。
素人の私が知っている事と言えば、戦術と戦略という言葉。
戦術、つまり戦場における具体的な作戦例で私が知っている事と言えば。
・源義経の鵯越
・木曾義仲、北条早雲の火牛攻め
・織田信長の桶狭間
・武田信玄の啄木鳥
・羽柴秀吉の干攻め、水責め
トリッキーな戦術といえば、この辺かなぁ
戦略といえば
・毛利元就の厳島(戦術かなぁ)
・豊臣秀吉の小田原城攻め(島津征伐も?)
・徳川家康の関ヶ原
・同じく家康の大阪城
この辺は戦う前に、既に決着がついていた事例だと思う。
他にも、壬申の乱から西南戦争、太平洋戦争まで。
ただし、鉄砲がまだ無い世界だし。聨合艦隊の日本海海戦とか村上水軍の丁字戦法で説明しても良いけど、海戦とか、海が遠く北の果てまで行かないと無いし、後数百年経たないとあり得ないからなあ。
でも、関ヶ原くらいまでは、学◯漫画であった筈。
うん、ここら辺を万能さんに頼んで、火縄銃とか歴史改変して貰おう。
まかせた。
まかされました
けど どなたがどなたに講義するおつもりですか?
どのくらいの知識・思考レベルかによって
内容のレベルも変えなければならないので
理科の先生してて、剣術の練習を始めるから大変だと思うけど、姫さんにまかせようと思う。
教わる側は、妹ちゃんとなんだか気の強そうな王女がいたべ。あの2人で。
その人選の理由は?
うちの姫さんは、皇籍離脱する気満々だから。とりあえず駐屯地への義理かな。
妹ちゃんの講義なら、軍人達も聞くでしょ。
も1人のお姫様は、理解が早そうだったから。
確か王子と一緒に留学して来たのだから、普通に考えて王位継承は王子の方に行く。
あのお姫様なら、軍師もしくは政治家として育っていったら面白い。
「なるほど。これは確かに興味深いですねえ。」
釜飯をしゃもじで、もしゃもしゃ食べながら、「戦争のひみつ」に姫さんは軽く目を通します。
このお姫様から上品さが、どんどん消えていくなぁ。でも、迂闊に叱ると喜んじゃうからなぁ。
「こんなお話、よく思い付きましたわね。」
私の故郷に、実際にあった話ですよ。
「まさかぁ。都合が良過ぎます。」
私の故郷は記録された歴史で1300年あります。最初に編纂されたものは口伝で残って来た歴史を纏めた史書でした。(神話を除いて)大雑把に1500年位前から連続した国体として、時々の権力者や研究者が国の記録を残していたんです。
「そんな事があり得るんですか?」
その為の「文字」であり、石から紙に至るまでの記録媒体なんです。
歴史を綴れれば、一代で終わらなかった研究も、次世代に受け継がれるんです。
漫画にしてあるから、わかりやすいと思いますよ。前後の政治的・軍事的背景は知っていた方が理解が進むと思いますが、とりあえず時々30分位ずつ私が姫さんに講義して行きますから、姫さんは妹ちゃんともう1人いるお姫様に伝授して下さい。
「旦那様が直接教えれば良いのでは?」
して良いけど、彼女達あからさまな色目を私に使って来ますが?
「ななななななんですと!けしからん。ミランカにはお尻ぺんぺんの罰則を課さねは!」
…お尻が好きな人だなぁ。
「でも、この本をざっと読みましたけど、王様って出て来ませんね。ブショーとかショーグンとかは出て来ますけど。」
私の国では、王様が直接政治を行う事は大昔に止めてます。
教養の高い貴族や、教養を高める事を条件に軍人が、更に教養の高い下の者を遣って政治を行ってきました。
時折、支配者が変わって内戦が起き、その勝利者が200年位の平和な世を作っては、やがて腐敗し、新しい支配者が新しい政権を作る為に内戦を起こした。
この本は、その内戦の中で起こった、世の人が驚いた戦を纏めてあります。
今、私の故郷の国に関しては平和です。
対外戦争は80年。内戦は150年起きてません。戦争を起こしている他の国は幾らもありますよ。
でも、私の故郷が平和なのは、国民全員が教育を受けて、己れの希望と責任の元に社会生活を送り、それを政府が保護しているからです。
その為に、豊かな食糧や財産が、自分の努力と才能で掴める自由な社会が必要です。
対外戦争に負けて、国が焼け野原になり、国民が餓死した時代もありましたが、それを国全体の努力で克服しました。
その為には教育なんです。
帝国にしても、キクスイにしてもまだまだ、必要最低限な教育水準まで持っていくのに、5~6世代かかるでしょうね。
「そんなに…」
だから、ここから始めるんです。
なんなら、姫さんがその「最初」になりますか?希望するならば、私は姫さんに全てを伝授します。後世の歴史家に、今日の我々があるのは、かつて「ミク・フォーリナー」という中興の祖がいたからだ。と、人がいる限り讃えられるでしょう。
「嫌です。お断りですわ。私は私、帝国皇女として生きるよりは、無名な娘として、旦那様達と心健やかに暮らしたいのです。」
だから、妹ちゃんにまかせなさいよ。
どうせ、全部ぜぇ〜んぶ、妹ちゃんに押し付ける気なんでしょ。
あの子、なんなら皇帝まで昇り詰めさせますよ。
「むふぅ。」
さぁ、姫さんの説得が終わったから釜飯を食べよう。なんですか?ミズーリ。サリー。
「詐欺師になる才能まであるとは。」
「我が主よぉ。どこまで本当でどこまで本気だ?」
んー?何のかな?うふふ。
後日談。漫画を読んだアリスさんが、
「私も鵯越の逆落としをやってみたい!」
と、馬くんに跨り国境の山まで登って行ったのはいいのですが。
昔ならともかく、今は空を飛べる珍奇な4本脚の謎生物。
途中で「むーりー」と判断して、そのまま空を飛んで帰宅して来ました。
空を飛ぶ珍奇な馬と珍奇な騎手を目撃した兵隊さん達は、「空飛ぶ騎士姫」という未確認飛行物体みたいな渾名をつけたそうです。
こうして、私の家族にまた変な渾名がつきました。
「私はまともなのにぃぃぃ!」
と泣きながら私に抗議して来ましたけど、まとも人は最初から逆落としなんか試しませんよ。




