釜飯
道場に顔を出してみましたが、誰もいなかったのでとりあえず帰宅してみました。
結局、遠出したものの手掛かり無し、と。
また明日から何して過ごそうかな。
……………。
…えーと。
…なんですか?これ。
自宅では全裸の姫さんがうつ伏せに寝転がって、すんすん泣いてました。
勿論お尻丸出しです。
その横で、サリーさんとチビが呆れた顔をしながら、途方に暮れてます。
まさか、姫さん虐めたの?
「んなわきゃあるかい。道場で模擬戦した後風呂に1人で入って、出て来たらこうだ。チビが慰めに舐めても泣いてばかりいる子猫ちゃんだ。」
犬のお巡りさんも困ってしまったか。
この人、よくわからない
チビに辛辣に言われる帝国第四皇女様。
こら、ツリーさん。笹竹の先っちょで突かないの。
「だ、旦那様ああああああああ!」
姫さんがいきなり抱きついて来た。全裸で。
「(わぁ)」
ほら、いきなり立ち上がった姫さんに驚いて転がってる。
「ひくっ。ひくっ。勝てないの、旦那様。サリーに勝てないの。ひくっ。」
当たり前です。サリーさんは幻の霊獣メサイヤの、更にいずれ女王になる人?ですよ。
そんじょそこらの人間が、太刀打ちできるわけないでしょ?
「違うの。サリーに負けてもいいの。どうせ私じゃ勝てないの。それはわかってるの。でもね。アリスには負けたくないの。」
なるほどね。姫さんの負けん気が折れたか。
「あのさぁ姫様よう。」
「ひくっ。ひくっ。」
「アリスは騎士だ。そして現役の軍人だ。前線で馬に乗り剣を振るう騎士だ。そして姫様は同じ軍人でも将官だ。後方にいて全体の指揮を取る指揮官だ。鍛え方が全く違う。」
「嫌なんです。サリー。私は旦那様のお役に立ちたいの。旦那様の両翼として刀を奮いたいの。でも、私はアリスより弱いの。それが嫌なの。旦那様の弱点になりたくないの、」
姫さんの我儘に、サリーさんが困った顔で頭を抱えます。
「我が主よ。この健気な我儘娘なんとかならんか?儂らだと、身体の作りが最初から違うから、どうしたらいいか分からん。」
それは、本人の努力次第だなぁ。
「ん?なんとかなるんかの?」
「本当ですか旦那様。私強くなる為にはなんでもやります。」
なんでもするとな?
ならば、これを。
ゴソゴソと私が出したのは菊一文字のレプリカ。
「それは先日、私とアリスが賜ったお刀?」
それの、刃を入れていないもの。いわゆる刃引きの刀です。
君達にあげた刀は、礼刀ですが同時に本物です。指の一つ足の一つ、間違えて当たったら簡単に切れます。
軍が持ってるナマクラとは、切れ味の桁が違います。
普段持ちには危険過ぎるので、これあげます。
姫さんが鞘から抜刀します。
それはただの鋼の細く薄い銀色の棒。
ただし、重さ長さは本物の菊一文字と全く同じモノです。
これを素振りに使いなさい。
「これ、を…」
暇な時に、少しずつ。上段の構えからしっかり振り下ろす。
元国体剣道選手の私が見本を見せましょう。
有段者ですから、居合抜きも一通りはこなせます。
私の意を察したツリーさんが、笹竹を立てて倒れないように支えてくれました。
この辺は、小さな精霊さんだけに任せられる危険な事ですし。
軽く息を吸うと、刃引き菊一文字を静かに頭の後ろまで引き上げます。
腹式呼吸で臍から気合いを声に出し、素早く振り回します。
チビがびっくりしてケージに逃げちゃいます。
注意点は、刀がぶれない事。
刀の終着点が常に一定な事。
その為には筋力と集中力が必須です。
気合いと共に10回振り下ろした剣先は、常に笹竹の頂点に当たり、しかも同じ所に当てているので、笹竹が動く事はありません。
小さなツリーさんが片手で笹竹を支えるだけで充分なんです。
姫さん。これをこの刃引き菊一文字で、私と同じ事ができるまで練習しなさい。
稽古しなさい。訓練しなさい。
「分かりましたわ。」
さっきまで泣きべそかいてた姫さんの顔が、やっと引き締まりましたよ。やれやれ。
「1日1000振りを目標に頑張ります。」
あー、なんだ。頑張るのは良いけど、筋肉質でカチカチになった女の子の腕って言うのはちょっと。
頑張り過ぎちゃう人なので、頑張り過ぎないよりにそう言ってみたら、
姫さんは、自分の腕をぷよぷよとつまみ、自分のおっぱいをぷよぷよ触り。
「分かりましたわ。」
にっこり笑ってくれたけど、何が?
あと、いい加減服を着なさい。
後々の事になりますが。
姫さんは、刃引き菊一文字を常に帯刀するようになりました。
授業の合間や入浴前など、暇を見つけて素振りに励むようになりました。
そして、素振りが終わった後は、腕をマッサージして、入念に美肌オイルを塗り込みます
。
美肌オイルはミズーリに指図されて、私が調達する羽目になりました。が、基本的に森の中で手に入る自然由来の材料で製作してあるので、姫さん経由で美肌ブームが起こっちゃった。
手の空いた兵隊さんが材料を集めて、キクスイに作った加工場で製品に仕上げて、商人が販売する。
当初、全く想定していなかった新しい産業を、この世界の人達が構築していくのです。
それはともかく、姫さんのそんな凛々しくもあり、また女性らしい姿は、たちまち女性兵士の羨望の的となりました。
「氷の姫君」
「押しかけ女房」
「第二夫人の第四皇女」
畏怖と親しみが込められた、けったいな渾名が毎週増えている姫さんについた、新しい渾名は「帯刀姫」。
軍人が帯刀している事は当たり前の様な気がしますが、何しろ入浴と就寝以外は常に帯刀するようになっちゃったし。
そのうちに、帯刀姫の真似をする帯刀兵士がどんどん増えて、若年兵の基礎体力が大幅に向上していったそうです。
やがて、姫さんの剣術は「未来流」として一流派を構える事になりますが。
それはまた別の話。
さて、どうやらヒンヒン泣いてた姫さんも落ち着きました。
ツリーさんが差し出したちり紙で、鼻をちーんとかんでいます。全裸で。
「全裸姫」は置いといて、取りいだしだるものは、鶏肉一羽丸々。
羽根は全てむしってあり、内臓処理も終わっているので、このまま食材に使えます。
これは飛行船が飛んで来たのを見つけた牧場の兵隊さんが大急ぎで届けてくれたものです。
なんでも、寿命を察した家畜は自分から肉になる事を求めるそうです。
…自然て、それで良いのだろうか?
晩御飯の献立をその場で決めると、ツリーさんは精霊に命じて竹林から笹竹を調達してくれましたよ。
で、寄り道して厨房班のマリンさんから大分名産ドンコ並みに育っている椎茸をレシピと交換で貰いました。
あとは、うちの野菜室から絹さやと、あとは人参に三つ葉くらいで良いかな?
「むむ!」
調理となると、さっきまで泣いてた姫さんが切り替わります。全裸で。
「旦那様、今晩の献立はなんですか?」
そうだね。鶏釜飯、椎茸と野菜のバターソテー、汁物はさっぱりと鶏と椎茸のお吸い物でいきますか。
「釜飯、ですか?」
前に茶飯を作った事があるでしょ。今度は出汁醤油と具材で炊くんです。
「飯!ご飯!お米!ならば私の出番です。旦那様?レシピを教えて下さいな。」
…いつもは割烹着を着る姫さんは、何故かエプロンを付け始めました。いそいそと。全裸で。
「裸エプロンですわ。なかなかいやらしくは無いですか?」
いや、今の今まで身体の隅々まで一切隠さなかった人ですよね。君。
「しまった。順番を間違えましたわ。」
大体、君ら全裸過ぎます。
なんだこの日本語。
何処から裸エプロンなんてスラング知ったんですか?って1人しかいないわな。
「痛い痛い。グリグリしないでぇ。」
そおっと逃げようとしていたポンコツ女神を捕まえると、拳骨で両こめかみをグリグリと。
とりあえず、ミズーリ正座。
「何もない日常に刺激を求めただけなのに。」
ミズーリ土下座。
「まかして。」
なんでこのポンコツ女神は嬉しそうに土下座するのかな。まぁいいや。ミズーリだし。
正座したまま笹竹の灰汁抜きしなさい。
「はーい。」
「(まぁいいやで済ましちゃっていいの?)」
なんかこの人、変な性癖を身につけちゃったけど、多分原因は私だから。
「責任取ってね。」
うるさいミズーリ。
「旦那様〜。水の量どうするのでしょうか?」
姫さんは姫さんで、ちゃんと服着なさい。
「下半身が開放的で気持ちいいの。」
下の毛が釜飯に入ったらどうするんですか?
それにそろそろカピタンさんが報告に来る時間ですよ。
「(姫の全裸より釜飯に毛が混じる方が大変なんだ)」
どうせ姫さんが乱痴気騒ぎ起こしてばかりいる事は、カピタンさんにバレてますから。




