南へ
だからねぇ姫さん?私の裾を捕まえてても、私は行きますよ。
姫さんだって軍の仕事があるでしょう?
………。
困ったなぁ。涙目で顔をプルプル振るばかりだ。腰にはサリーさんが黙ってしがみ付いているし。
「なんですか情け無い!」
私の身体に、ご飯粒みたいにこびりつく女子2人を怒鳴り付けたのは、アリスさんでした。
両手を腰に当てて、姫さんに下からガンを飛ばします。誰だ?アリスさんに女番長漫画を読ませた奴。
「帝国第四皇女ミク・フォーリナー、それにサリー・メサイヤ!」
サリーさんはそんな名前になってたのか。
「トール様を信じていないんですか?お忘れですか?トール様はサリー様よりお強いんですよ。我が王太子の話では、王都を鬼に包囲された時、その鬼の全てを退治しているそうです。つまり、鬼程度に我等がトール様に負ける事はあ・り・え・ま・せ・ん!」
最後はもう絶叫です。
アリスさんは意外と情熱系でした。
「ミク姫。ミク姫はトール様とサリー様が道場で御手合わせをした時の事を覚えていらっしゃいますか?」
誰かに怒鳴り付けられるという経験自体殆ど無い姫さんは、私にしがみ付いたまま、目ん玉をまん丸にしてコクコク頷いてます。
「あの時、ほんの数週間前の事ですが、私にはサリー様の動きが見えないと、貴女に申し上げました。それが数週間前の私の実力でした。でも、今の私はサリー様の動きが把握出来るだけでなく、守るだけですけれど、対処が出来る様になっております。それは、ここ数週間、トール様とサリー様と共に訓練し続けてきた事による私の成長です。それは決して一時的なものではなく、私の身体的な成長である、とサリー様がおっしゃってくれました。」
それを聞いたサリーさんは、姫さんの顔を見ると無言で頷いている。
「そんな私ですが、トール様は別人です。別世界の存在です。鬼?そんなもんクソ喰らいやがれ。そんな差が私とはあります。だから、私はトール様を信じます。私を実際に助けてくれたミズーリ様を信じます。
「何番目とか、今更どうでもいいです。ミズーリ様をトール様の正妻とか言うならそうすれば良い。でもね、トール様はミク姫様もサリー様を家族として、仲間として、そしてトール様の騎士として私達を信頼してくれてます。ならば、何故トール様の妻を名乗る我等がトール様を信じないのですか?」
ミズーリが私の背中を軽く押します。
やれやれ。ここは一つ、覚悟を決めますか。
万能さん?打ち合わせしていたアレを。
女性らしく薙刀にしますか
礼節を示す飾り刀にしますか
扱い易いレイピアにしますか
日本刀で、それも本身で。
備前則宗、俗に言う「菊一文字」を。
分かりました
万能さんが出してくれたのは、少し細身の太刀。拵えを朴、エイ皮で覆い螺鈿を飾った、実用性にも美術性にも富んだ二振。
「我が家族(妻とは言いません、誰が言うか!)、ミク・フォーリナー及びミライズ・アリス。私の生活は今後危険なものとなっていくと思う。その時に、私の両翼として戦って欲しい。」
その言葉に、姫さんはさっと立ち上がると、私に会釈をしました。
「言うまでも有りません。私、ミク・フォーリナーは永遠に旦那様の右翼を守り抜きます。」
「同じく、ミライズ・アリス。キクスイの騎士では有りますが、同時にトール様の騎士である事をここに誓います。」
2人に菊一文字を渡すと、全身で抱え込み上気した顔で私を見つめてくれる。
「サリー・メサイヤ。」
「はっ。」
「とりあえず難しい事は抜きだ。私を手伝ってくれるか?」
「以前にも言った事がある。アタシとメサイヤは主のものだ。主が死ねと言うなら、喜んで死んでやる。が、そんな事は言わないんだろう?」
「当たり前だ。来る日には、私の背中を守ってくれ。或いは、先鋒として私の前を進んでくれ。その為に。」
次に用意していたのは、天女の羽衣。
そもそものスペックが地域昔話によって違うので、色々と万能さんと相談した結果、ただでさえ高いメサイヤの身体能力を上げる、つまり空を飛ぶスピードを更に早くする機能を付与しました。普段和風な格好してるし、それはそれで似合うだろうと言う判断です。
サリーさんはいそいそと羽衣を纏い、袖を眺めてニコニコしてます。
「ミク!アリス!サリー!お前達に命ずる。この家を守れ。私達の帰ってくるこの家を。そして、精霊とメサイヤが暮らすこの家を。」
普段は「さん付け」で呼ばれる彼女達も、いきなり呼び捨てにされて、驚き戸惑い、そして1秒と経たずに、元気にハイ!っと返事を頂きました。
まぁ、日帰りする予定なんですけどね。
飛行船Queen MIKU号を最高速度で操り南へ。
ぶっちゃけちまえば、私とミズーリだけなら飛んで行けたと思う。多分。
ただ、この先自然が厳しくなり生命が薄くなった時、ツリーさんが精霊の力を十全に操れるのか。或いはまだ幼体のメサイヤリーダーがついて来れるか。そう言った心配事があるので、とりあえず飛行船で行く訳です。
「でさ、鬼が暴れ出してたらどうするの?」
どうしますかねえ。実はね、私は鬼と話してみたいんですよ。
「(無理だと思う 鬼に知性は存在しない)」
あの鬼の女性には知性は存在していますよ。あのタイプの女性に会ったのは2人目ですが、2人共私に助けを求めてきました。
「出来なかったら?」
それはそれ。仮にこっちに攻めて来るとして、その勢力を知る事は大切です。
「絶滅させますかねぇ。」
だから、私は鬼も救いたいんです。頼まれましたから。
「(さっきもアリスが言ってたけど 勝てるの?)」
余裕。
「余裕。」
「(そうですか)」
万能力は創造神の力とミズーリは言ってましたね。
「そりゃあね。創造した者以上の力なんか無いでしょう?」
ところがですね。私の生前世界では経験値という概念が有りまして、最近の万能さんが最初の頃とは違っている事に気がついてますか?
「そういえば、土下座してたりするんだっけ。って言う事は…」
ミズーリ。君も天界にいた頃や、あのキクスイの田舎村で再開した頃よりは随分と変わってますよ。
「少しは落ち着いたつもりもあったけどね。たしかに色々な垢がついたわ。それに、それに対する考え方もね。」
それを成長と言うんです。
まさか、女神が成長するとは思わなんだ。
ここには「人間」が居ないので、タブー抜きで話が出来ます。
森は南北およそ1400キロ、本州より少し短い程度。このくらいなら飛行機で2時間強。
万能飛行船もそのくらいで縦断します。
「く!」
ハイハイ。大人のメサイヤなら負けていない、ですか。メサイヤリーダーちゃん。
「くぅ」
ただお腹空くし、目移りするから疲れて真っ直ぐ飛ばない。ですか。
というか、メサイヤも物を食べたりしなかったのではなかったかな。
「く」
生気を吸うにしても、それなりのポイントでそれなりの時間が掛かる、ですか。
サリーさんなら、やたら寄り道しそうですねぇ。
「くぅ」
ハイハイ、報告しないで良いですよ。
「森が薄くなってきたわ。土塁の外は砂漠、土砂漠と岩石砂漠の混じる、摂氏で言うなら50度を超える灼熱の地よ。こんなとこに猪豚は生息していたのね。」
そりゃ子供をポコポコ作るわな。
「面舵にして進路を西に、山を越えます。この先はキクスイの湿地帯より更に南、鬼の生息域になるわ。」
飛行船を操縦しているのはミズーリ。
ウキウキしながら高度を上げて山を越えていきます。この辺は木々もまばら、山は侵食により高く鋭く立ちはだかっています。
クライミングには良さそうな岩場が続きますが、多分外に出ると直ぐに熱中症に罹るでしょうね。
「抜ける!」
山を抜けた先、私達が見たものは。
果てしなく地に広がる、大量の鬼の死骸だった。




