青椒肉絲
「あははは、あははは、あははは。」
午前中の私達の行動を聞いた姫さんが、膝ついて笑い転げてます。
しまいには寝転がって足をバタバタさせながら、手で床をバンバン叩き出しました。
だから、ミニスカートで寝転がらないの。
「お腹痛いお腹痛いあはははあははは。」
そんなに笑わなくとも良いじゃないか。
「うふふふふふ。あーおかしかった。」
コホン。一息ついて姫さんが続けます。
「あのね旦那様?私達は旦那様と比べると幼稚な人間かも知れませんけど、決して馬鹿ではないつもりですよ。」
はあ。
「あのねあのね。前に旦那様と王族達と顔合わせした時のお話しですけど。」
姫さんが、笑うのをやめて、顔を少し引き締めました。
「あの時、王族の子達は、それぞれの国の旗に誓ってたんですよ。何かを掴む為に、旦那様に一つでも近づいて、自国に持ち帰りたいって。私達みたいに仰ぐ旗がなんだかわかんなくなっちゃってる皇族と違って、あの子達が旗に立てる誓いって言うものは、途轍もなく重いものですわ。」
へぇ。
「それを聞いたカピタンが考えてました。年端も行かない子供達が前向きに考えているのに、大人の我々には何が出来るのかって。」
ふむ。
「旦那様はいずれ森を出て行くと仰いました。旦那様が出て行った時、旦那様が出て行った後、残された者はどうする?森の精霊は我々を手伝ってくれるのか?幻の霊獣は我々を手伝ってくれるのか?期待する事はやめよう。その日その時が来た時、その日その時の為に我々は準備をしなければならない。
「そう言うと、改めて現状の方面軍の全てを洗い出して、人員の配置・育成の計画を将校で立てています。私達は先を考えていますわ。」
なるほどねぇ。
「アリスさん?サリーさん?ツリーちゃん?
貴方達はどうなされますか?」
「はい?」
「は?」
「(え?)」
「私には今、帝国皇女としての地位と責任が、僅かながらですが、この森に残しています。でも、旦那様がこの森を出る時、私は帝国皇女を捨て、一婢女として旦那様について行く所存です。その為に、今私は方面軍と妹を育てています。」
なんかやけに積極的に軍に出入りしてると思いきや、そんな事を企んでいましたか。
「私達は旦那様の家族ではありますが、同時にアリスさんにはキクスイ国騎士、サリーさんは霊獣女王、ツリーちゃんは精霊の女王としての役割があるはずです。」
「アタシが女王になる事は、正式決定というわけじゃないんだけどな。あーでも、断れるか?って言われたら断れないなぁ。」
「(私も)」
「私は、私はやっとトール様の妾として、家族として生きる決心をしたところですから、この先の事は…。」
「考えないと駄目ですよ、アリスさん。」
「え?」
「急に色々な事が加速し始めました。もしかしたら明日、私達のこの生活が瓦解しないとも限りません。」
この普段トンマな姫さんが、そこまで考えていましたか。
正直、私もなあんも考えて無いんですよね。
私の目的は、あくまでも女神ミズーリを天界に戻す方法を探る事。
そんなんサッパリ想像も付かないから、万能の力が有るのを良い事に、無闇矢鱈ほっつき歩いてたら、何やら垢(縁)が色々ついちゃっただけで。
もし、仮に。今ここでミズーリを天界に戻せたとしたら、……多分やはり森から出てくでしょうね。
私から、帝国に宣戦布告して「やっちゃえば」良いだけだし。
ミズーリが天界に帰した後、そりゃ誰かと暮らす事もやぶさかではありませんよ。
ここに居る女性達は、皆綺麗で素直で魅力的な人ばかりですから。
勿論姫さんのアプローチは男として嬉しくない訳ないけど、でも私がそもそもこの世界にいるのかどうかもわからない。
あのトンチキな創造神様野郎が、また仕事押し付けてこないとも限らないし。
みーんな知り合って1ヶ月以内だし。
「(ミンサー貸して下さい)」
「(ピーマン駄目な人いる?)」
「(大丈夫)」
ソファセットでは、姫さんを中心に、何やら家族達があいも変わらずけんけんがくがくやってます。
私はやる事なくなって、呆けながら食卓でお茶を啜ってます。ミズーリさんは、床でせっせと乾いた洗濯物を畳んでます。
今日のお昼は、精霊さん達が作りたいと言うので、お任せです。
なので、朝も昼も粗大ゴミになっている訳ですよ。
冷蔵庫と野菜室から取り出したのは、猪豚肉とピーマン。それと、さっき精霊さん達が掘って灰汁抜きをしてた筍。
肉を挽いているあたりからすると、献立は一つしかありませんね。
「(旦那様マスター 付け合わせは何が良いの?)」
中華でしょ。お昼ごはんだし、そんなに手を込んだもの作らなくても。
ザーサイと中華スープで良いんじゃないかな。
ザーサイは冷蔵庫の中段にタッパーで入っているから。中華スープの素は、そこの引き出しにあるので、あとは胡麻とベーコン屑を具にするとか。
「(わかったー)」
「(旦那様マスター炒飯作って良い?炒飯!)」
んー。別に作っても良いですけど、メインはアレでしょ。だったら茶飯の方が好きかな。
「(ちゃめし?? 作り方教えてー)」
簡単ですよ。水の代わりにほうじ茶と出汁汁でごはんを炊くんです。
ごはん自体にほんのり味がついて、単独でも食べられる上に、どんなおかずにも合う魔法のごはんです。
あ、勿論、炒飯が作りたいならどうぞ。
「(そんな事言われたら 両方作っちゃうー)」
はいはい。
てな訳で、精霊さん達が作ってくれたお昼ごはんは、青椒肉絲・茶飯・中華スープの町中華定食セットです。
別中華鍋には、私がよく作るネギ塩胡椒だけのお手軽炒飯。
この世界に来てから、この炒飯しか作ってなかったから、皆んなこれしか知らないのよね。
地元食材が増えて来たし、違う炒飯レシピも教えようかな。
「大体ですね。普段人とは距離を置く筈の森の精霊が、ごはんの作り方を習いに行く人ってなんなのでしょう?」
「旦那様を疑問に思うだけ無駄ですわ。」
「出来た。今日の洗濯終わり。それにしても騎士の下着って色気無いわねえ。」
「当たり前です。機動性か防御性を第一に考えますので。」
「へー。青椒肉絲って言う料理なのか。美味そうだな。」
さっきまで真面目な話をしていたかと思いきや、もう雑談になってました。
ほらほら、みんな席に着きなさい。
頂きますよ。
「なんなんですかねえ。精霊様と霊獣様とご家族で食卓を囲む日常が来るなんて。キクスイで鬼の気配から、泣きながら逃げ回っていた頃を考えたら、訳がわかりません。」
「あら、アリスちゃん泣いてたの?」
「痴態を全部見せてたし、見せつけられましたから。今更皆様の前で隠す様な事は有りませんよ。」
私は知りません。というか、別世界の女性なんだから、少しは女性の幻想を持っていたかったなぁ。
あー、ごはんが美味しい。
美味しいなったら美味しいな。
午後は飛行船に乗って外出です。
空を飛べるサリーさんはともかく、アリスさんだけ乗ってないからね。
「これがミカエル王太子が仰っていた飛行船ですが。怖いかなと思ったのですが、快適ですね。」
そりゃ、ミズーリに精神強化の魔法をかけられていますけどね。
普段から騎馬で移動する騎士様には、視点が高いから高所には強かったみたいですね。
姫さんは、窓を開けて上空の風を味わってます。
飛行船の周りには、メサイヤちゃん達が並走して飛んでます。
「この速度なら、どこまでも短時間で行けそうですね。」
南の鬼の生息域にもね。
「え“」
行きませんけどね。
「ねぇねぇトールさん。あれなぁに?」
ん?
ミズーリが指差す先、山の頂上付近に1人の女性の姿が見えます。
アレは見た事ありますね。
「鬼…ですね。」
「だよねぇ。あの湖に居た鬼の人ってあんな感じだったんでしょ」
ですねぇ。あれ?ミズーリは会ってなかったんでしたっけ。
……………………。
「「えぇーーーー!!」」
みんなうるさい。




