お嫁さんがまたひとり
ご馳走様でした。
「「「ご馳走様でした」」」
ミズーリがさっと立ち上がると、皆の洗い物を全員分回収してシンクに向かいます。
相変わらずアリスさんが、何か手伝う事は無いかと、うろちょろし出しますが、姫さんにすかさずチビをパスされて、床にペタンと女の子座りしちゃいます。
そのアリスさんの目の前を、綺麗に洗ったカレー鍋を何故か頭に被ったメサイヤさん(幼体)がフラフラよろよろ横切って行きました。
彼女達の腕力を考えると、多分悪ふざけでしょうけど。
ミズーリの提案でメサイヤ部屋には一通りシステムキッチン(低床タイプ)を作って、冷蔵庫や食糧庫も装備済みですが、こちらの献立次第でコッチの料理も食べるんですね。
彼女達は自分で食材を調達しているのですが、最近では森の精霊も森の食材片手に、ご飯を食べに出入りしているので、百鬼夜行ぶりに拍車がかかっている我が家です。
鍋被りメサイヤを呆然として見送るアリスさんを眺めながら、姫さんが淹れてくれたお茶を飲みます。
「コーヒーはミズーリ様の役目ですから、お茶の役割は私ですので。」
だ、そうです。
この世界にはお茶という飲み物が有るかどうかも不明ですが、茶筒から急須にお茶っ葉を移して、薬缶でお湯を沸かす姫さんは、なんか途轍もなく楽しそうだからいいかな、と。
洗い物が終わり、各自の前には姫さんが淹れた湯呑み茶碗が置かれます。
食休みは、私が持ち込んだ習慣ですが、今や皆んなもマッタリする家族の大切なリラックスタイムです。
「質問があります。」
えぇと、どなたでしたっけ?
「ベンガラ国王女のラピス・ポーラです。」
ですか。
「ラピス王女。旦那様は家族以外の方の名前はなかなか覚え無い方ですので、気を悪くするだけ損ですよ。」
否定はしません。
「…ですか。…コホン。閣下、質問がございます。帝国とキクスイ国を繋ぐ隧道を掘ったのは閣下とお聞きしました。」
まぁ、必要だったかもね。
「あの隧道。我がベンガラやラニーニャ国様の間に存在する山にも掘れますか?」
可能。ただし今のままでは掘る気はありません。
「…理由をお聞きしても、宜しいですか?」
その隧道は、戦争の時は軍隊の通り道になるからです。
「!。そんな気は私達の間には…。」
無いでしょうね。君達には遥かこの地まで留学に来たやる気と意志を感じます。
でもね、それだけじゃ無いんですよ。
君達の平和に対する認識を上げないと。言ってはアレですが、君達の親やいずれ産まれる子供、各国の軍部はそう簡単には行きませんよ。
少なくとも皆さんが学んで育った時は、考えなくも無いですよ。
「私がこの森に来て、一番驚いたのは、森の中を鉄路の上を車輪で走る馬車です。空飛ぶ風船の事は、キクスイ王子にお聞きしていましたが、この馬車の移動速度には魅力を感じます。これは?」
ですから、それも君達次第です。
言ってはなんですが、私の故郷ではとっくに歴史から消えた乗り物です。私の故郷では馬は動力ではありません。
君達が学校で習う「数学」「物理」などを応用した「自動」という動力を使用します。
それによって、更に早く更に大量輸送ができる乗り物を使用している訳です。
「それは、私達の国に導入出来るのでしょうか?」
馬車鉄道はともかく、無理ですね。
大雑把にいうと、自然破壊に陥るからです。
私の故郷では200年以上経って、漸く自然保護という概念が始まりました。
それまでは、人間自体が自らの所業で身体を壊す様になって行ったんです。
何よりも、この近辺には鬼が出ます。
はっきり言いますよ。
『このままでは、君達は鬼に精霊にメサイヤに滅ぼされるでしょう。私がさっき言った人類滅亡はそういう事です。』
王族達は言葉を失った。
つまりは、そう言う事だと、やっと理解出来た様だ。
私は精霊やメサイヤとの繋がりの中で知った。
彼らは自然破壊を起こす人間という生物を殺し尽くしたいのだ。
この世界に神がいない理由もそれだ。
この世界は、神が産まれる以前の、神話が形成されていない世界なんだ。
私の国では9年間の義務教育、更に本人のやる気と能力次第では、7年以上、或いは高度教育機関で死ぬまで勉強し続けられます。
ミカエル王子に軽く説明していますが、そんな教育環境を整える事で、様々な不便を解消させる事が君達のやる事です。
ミカエル君をはじめ、各王族達の顔が再び引き締まりました。
王族達が私達との昼食会を終えて帰ろうとしたその時ですが。
「ハイハイみなさん。これからの事はカピタン・イリス両将軍の指示に従ってくださいな。開校準備を加速させますので。それからアリスちゃん?」
「な、なんでしょうか?ミク姫さま。」
「貴女は何処に行こうとしていらっしゃるのかしら。貴女のお家は、今からここですよ。」
「あ、そうだった。ミライズ・アリス。今この時をもってミカエル・キクスイ護衛の任を解く。大義であった。」
「ちょ、ちょっと殿下?」
「あ、これお父様からの辞令ね。お母様と大臣の署名・花押がある本物だから。」
「待って下さい。私の荷物も…」
「荷物は後でカピタン将軍が持ってくるから心配なし!今からアリスちゃんは私達の家族です!」
「…………どうしてこうなった?閣下?」
知らんがな。
多分、アリスさんが気に入った姫さんが、ミカエル君を通じてキクスイ国王にお願いしたとか、そこら辺じゃないかな。
「せいかーい。さすがは旦那様ですわね。」
腹黒王族達の元で働いていた運命を呪いなさい。
こうして、かつて鬼に襲われていたところを助けて、カレーをご馳走した縁で、キクスイ国の騎士が1人我が家に加わったのでした。
「さぁさぁ、まずは一通り家族の契りを交わしませんとね。」
「ちょっと何処に引っ張って行くのですか?誰か助けて〜。」
…家族の契りとやらは、我が家のお風呂で交わすんですか?
そして、そんな時は力持ちになる姫さんが強引にアリスさんを引っ張って行きました。
「あーれー。」
「主様よ。アレは何番目の嫁なんだ?」
あくまでも私は独身なんですけどねぇ。
知り合ったのは、ミズーリの後の二番目だし。このまま本当に家族になるなら(姫さん本気そうだし)五番目の家族だし。
「ふむ。大奥の管理者としては、難しい問題ね。」
うるさいミズーリ。
我が家の契りとは、温泉で打たせ湯シャワーを浴びて、マッサージチェアに溺れながら、チビに足の裏を舐められるという、姫姉妹も体験した奴でした。
因みに今、温泉からはサリーさんの悲鳴が聞こえます。
我が家ってなんなん?
「こんばんは。」
カピタンさんが来る頃には、キクスイの騎士と成人メサイヤが息も絶え絶えに、そこらに転がってました。
談話室に行きにくいな。邪魔だし。
「閣下。邪魔とは酷いです。」
だったら立ちなさい。荷物が来た様ですよ。
「主、主。腰が抜けて立てないの。」
幻の霊獣が、単なるマッサージに勝てないとは何事ですか?
あと、ちょっと語尾が可愛いです。
「いや、私も最初おかしくなっちゃったし。」
姫さんの悪ふざけでしたか。
もっとも、その姫さんは毎晩風呂上がりにマッサージチェアで「フヒィ」とか言ってる訳で。
まだ若いのに、肩凝りが激しいみたいですね。
「気持ちいいものは気持ちいいですもの。」
さて、カピタンさんとの打ち合わせですが。
現在まだ置きっぱなしになっている、森の外に行っている荷物を片付けてくれる様に頼んだら。
「新宿舎の割当ては既に決定しているので、総出で現在移動中です。」
との事なので、ならば今晩中に学校を作ると約束しました。
「算数」「理科」「国語」「社会」「鍛錬」の五科目の時間割を作成して、教育担当の兵を決める事。(理科と社会に関しては、我が家から姫さんが教員として参加する事になりました。隣の部屋で、アリスさんの足の裏をくすぐっている最中な姫ですけど)
鍛錬は、以前の打ち合わせ通り、今は門に詰めているサクライ将軍があたり、剣術や格闘技にはアリスさんが担当します。
「師匠師匠。アリスの働き場を作って下さい。」
ってアリスさんのちぃっちゃい上司に頼まれたからね。
その他の科目も、そもそも一般人が沢山徴兵されてきた(左遷先の)駐屯地なので、教師役には事欠かないそうなので。
後まぁ、基本的に森の事業の一環なので、段取りだけ組んだら、私もミズーリもツリーさんもサリーさんも口は出さないって事で決まりました。
私達が本気になったら、洒落にならない事態が想定されますし。
どさどさどさどさ。
アリスさんの荷物が搬入されて来ましたよ。
そのアリスさんは姫さんにこちょこちょくくすぐられてますけど。
アリスさん、これどうしますか?
「ひひひひひひ。」
いやあのね。話が進まないなぁ。メサイヤリーダーはいずこへ?
「く?」
あゝそこに居ましたか。お願いですから姫さんを止めて下さい。
「く」
リーダーは姫さんの懐に飛び込みまして。
ほら、姫さん大人しくなった。
「はーふーはーふー。」
アリスさん。貴女の荷物が届いてますよ。
「大した量ではありませんので、何処か片隅に置いといてくだされば問題ないです。」
部屋、要ります?
「みなさんどうされているのですか?」
「「「トールさん(旦那様)(マスター)(主)の姿が見えないと嫌だから、全員一緒。」」」
「…この家って仲良すぎませんか?」
「「「大奥ですから」」」
「はあ。」
いや、アリスさん。私の顔を見られても。
「…………、わかりました。閣下にはひとかたなら無い恩義があります。閣下が私を抱きたいと言うなら、貧相な肢体ですが喜んで差し出しましょう。今後とも末永く可愛がって下さい。」
ちゃんと挨拶されたの初めてかも。
「主主。アタシも末永く宜しくな!」
君の寿命を考えたら、私が先に逝くんですけどね。
さてと、今夜は深夜に学校を建てないとならないのですが。
「その前に新しい家族の歓迎会をしませんか?」
「そうね。サリーの時は手巻き寿司で歓迎会を開いたんだっけ。」
「魚好きメサイヤとしては、アレは美味かったなぁ。」
「そして今日は、ミズーリちゃん特製の天ぷら蕎麦はどうでしょう。」
「「天ぷら蕎麦?」」
「この家でしか食べられない、美味しい美味しい料理だよん。」
あゝ、そう言えば。
蕎麦はコーヒーと並んでミズーリのお気に入りでしたね。
んじゃ、今晩もやっちゃいますか。
「賛成ですわね。」




