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神々の無責任な後始末  作者: compo
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とある一軍人の考察

「人類は滅亡する」

「私達はいつまでも森には居ない」

そう閣下に言われても、私は不思議と落ち着いていた。

「南で鬼の活動が活発化している」

「近い将来、鬼は溢れ出てくる」

その報告は既に受けていて、いつかは何らかの対策を取る必要に迫られる。

漠然とではあるが、そんな覚悟は既に出来ていたからだ。


だが、初めて聞いた各国の王族には理解が及び切ってはいないとみえる。

その顔には戸惑いしかないようだ。

それはそうだろう。


私は軍人である。

何度か戦場に出撃している。

軍人は常に死と隣り合わせにある。

しかし、この森に将官として赴任してから数年、閣下と相対した時、初めて私は死を意識させられた。私の覚悟は甘かったのだ。

曲がりなりにも貴族階級の末端に産まれた私は最前線に出る事はない。いや、なかった、

時折起こる小規模な反乱を沈めたり、盗賊や山賊を退治する。

その指揮を後方で取る。

それが私の軍歴の全てだった。

各国の国境が山脈になっているこの近辺では、対外戦争がそもそも物理的に難しい。だから、今までは内戦と反乱しかなかった。我々軍隊の剣は、同じ国の民衆に向ける為の剣だったのだ。


その後、私はとある上級貴族の不興を買い、この森に左遷される事になる。

この森では密猟者や盗賊の退治くらいしか仕事のない、帝国の外れも外れ、ただの地方部隊であり、将官と言っても何の仕事もない閑職でしかない場所だった。


ある時、コレットの領主から命令が来た。

コレットは、我が駐屯地の兵站を独占する街であり、我々に逆らえる術はない。

それが、例え峠越えをして来たただの旅人、ただの「民間人」の殺害であってもだ。 

私は、背後に好まざる勢力の存在を感じたが、それは言っても仕方がない事だった。


そして。


最初に選ばれた少数精鋭の暗殺隊は発狂状態になり、後方コレットの街へ搬送された。


次に、ミク・フォーリナー東部方面軍最高司令官が数千の兵を率いて出陣したが、その日の内に全滅した。


最後に、若き俊英ゼル将軍を指揮官に仰いだ全軍攻撃は、閣下が昼食に食べていた料理が食べたくて全軍降伏と、我が東部方面軍の輝かしい(苦笑)戦歴の末に、ミク姫が「民間人」の配下についた事を好機に東部方面軍は全面降伏した。


ミク姫を人質に、自らの命の安寧を図った。

つまりはそういう事だ。

皇族なんか他に何の役割もない。

せいぜいミク姫には、「女」である事を有効利用して貰おう。

私は、恥ずかしげもなくそう思っていた。

それが、我が国の皇族に対する貴族の常識だったからだ。


そして、私は色々と見誤っていた事に気がついた。

「民間人」は皇族や女に特別な価値観など抱いていなかったのだ。

価値観を破壊された高慢な皇女は男の元で、1人の女性として脱皮し、冷酷な司令官と畏怖された皇女は、素直で一途な女性として兵達に見直され、最高司令官の地位を自ら私に押しつけると「民間人」の家庭に入ろうと四苦八苦する生活に入ることになる。


そして、いつからか「民間人」は「閣下」と呼称される様になる。

森の中の孤軍だった我らだったのであるが、いつの間にか農業や畜産業が始まり、馬車鉄道という新しく高速で、かつ大量運搬が可能な乗り物が走る様になった。

我が軍、我が国が孤立する原因となった山脈には隧道が穿たれ、キクスイ王国との往来は簡易になり、商魂逞しい商人達はいつしか我が駐屯地に沢山の商店を構える様になった。

それは全て「閣下」1人で成し遂げた事だ。

そして、閣下の家族として認められたミク姫は、皇女の名目を持って各国の代表団の面談を引き受ける様になっていった。

世間知らずの、そして役立たずのお姫様は、私など及ばぬ凄腕の政治家として短期間で成長していったのだ。

やがて、キクスイ王国のみならず、ラニーニャ・ベンガラ等との交流が密となり、そして彼の国から王族を留学生として迎える事になった。


やがて「閣下」の家は、森の精霊や幻の霊獣が出入りする様になる。

それは我々からすると「禁忌」と言っていい話だ。

私は毎夕、軍や開拓の動きを報告・相談に行っているが、そこでは毎日の様に何かの騒ぎが起きており、その中心には大抵ミク姫がいて、私は独身なのにいつの間にかミク姫の将来を案じ、閣下に懇願する事が増えた。

いつしかミク姫は、駐屯地の兵にとっては憧れの姫となり、私にとってはいつまでも心配な娘になっていったのだ。


ミク姫は、閣下との生活を大奥と呼び、閨房と言うが、実際のところはともかく、一つ気になる事がある。

先程のメサイヤ(サリーさんと呼んでいたところを見ると閣下の新しい家族らしい)との親善試合に於いて、メサイヤの動きを

「対処できないけど見える」

と言った事だ。

キクスイのアリスという女性近衛兵は線にしか見えないと言った。

しかし、私には何も見えなかったのだ。

臨席していたイリスにも尋ねたが、閣下が僅かに動く以外には、トンッとかタッとかの軽い音と風切り音しかしないと言う。

つまり、現役軍人の我らより、家事に勤しむ様になったミク姫の動体視力が高いという事だ。

閣下と暮らす事に何か意味があるのだろうか。


こんにち、ミク姫は表敬訪問という形で、或いは妹君に会う為に時々駐屯地を訪れる以外、常に閣下と行動を共にしている。

森の中を、下(地下)を、上(空)を毎日駆け回っている。

それだけで、我々との差がどれだけ出来るものだろうか。

私にはわかっているのだ。私達はミク姫には既に体術でも勝てないと。


顔合わせと称したおざなりの式典を終えると、閣下達は一同を置き去りに帰って行った。

というか、メサイヤの集団が迎えに来て全員を運んで行ってしまったのだ。背中を押して行ったのではない。体長からすると、まだ子供と思われるメサイヤ達は、閣下達を抱きかかえて、というか担ぎ上げて運んで行ってしまった。

周りを、これまた小さな森の精霊達がわちゃわちゃしながら、何故か「祭」と書いた大団扇を振り回していた。

残された私達は白目を剥いて見送る以外になかったのだ。


「カピタン将軍。帝国士官があの方を閣下とお呼びになる意味はよくわかりました。というか、思い知りました。」

ベンガラ国ラピス王女がポツリと言った。

「あの方といい、ミク姫といい、私は人間という生物を軽く見過ぎていた様です。」

「可能性。」

閣下を師匠と呼ぶキクスイのミカエル王子が続く。

「師匠は諦める事、その事に言い訳する事を嫌います。何故なら、俺達は王族だから。うちの様な地震と鬼で金が無くなった貧乏王家でも、高貴な家に生まれた者は、庶民には無い義務を負う。それを完遂出来て初めて人を指導する資格が出来る。何故なら、俺達には庶民と違って、それが出来る環境が生まれつき備わっているからだ。そう教えてくれた。」

あの呑気な閣下がそんな事を…。

「カピタン将軍様。鬼が溢れてくるまでの時間はわかりますか?」

と質問したのは誰だったかな。私にはわかりません。さっき閣下は、皆さんの子供が食べられる可能性を示唆した。

明日かも知れないし、数年後かも知れん。しかし、閣下は嘘を言う事は今までなかったので、鬼が溢れ出る事は確定事項なのだろう。


もう一つ。私は見誤った様だ。

我々は、閣下の所業に呆れ果て諦観の域に入っていたのだが、彼ら彼女らは、閣下の域に追いつく様努力する事を、それぞれの「国旗」に誓ったのだ。

子供の柔軟性と言えばそれまでではある。しかし、考えてみればうちの姫さまは結果を出しているわけで。

つまり、我々大人が自らの可能性を狭めていたわけか。


閣下が森を離れる時は、おそらくミク姫も行動を共にする。そうなった時に残された我々が出来る事は何か。

閣下は森の開発はあくまでも「対帝国」と言っていた。ならば「対鬼」に我々が、大人には何が出来る?

どうする。イリス。

早速、若い将官を中心に考える事を開始しようか。

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