私VSメサイヤ(手本にならない)
翌朝。
当番の精霊さんが、
「(あのお野菜たっぷりのサンドイッチがまた食べたいです)」
というので、BLTサンドをまた作りました。
「あたしの知らないサンドイッチは、トールさんに全部お任せします。」
と、ミズーリはコーヒーを美味しく淹れる事に専念するようです。
「お米とお豆腐の出番が無ければ、私の出番もありません。」
と姫さんは開き直ってチビをブラッシングしてます。
因みに真面目なツリーさんは、今日作る猪豚用牧場と、屠殺場の設計に余念無く、サリーさんはというと。
「アタシに何を期待しているんだ?」
と涙ぐむ始末。この子どうしよう。
「「「(行って来まぁす)」」」
はい、行ってらっしゃい。
森の精霊さん達(結局、皆んなメサイヤ部屋に泊まっていきました)は、金山の監督に、宙に浮いた猪豚女王を引っ張って牧場作りに、それ以外の精霊さんは何かしに、何処ぞやへ出掛けていきました。
「猪豚女王が集まって来るそうだから、皆んなで迎えに行ってくる。」
サリーさんは、メサイヤ隊を連れて飛び立ちました。
「昼はカレーが食べたいです。」
何故か敬語口調でそう言い残して。彼女は、とりあえず家事は諦めて力仕事と機動力に特化すると決めたみたいですね。
女性の役割では無いと思うんですけどね。
さてと、今日は何をしますかねえ。
ご飯こそ作ってくれなかった娘達ですが、後片付けは率先してやってくれる…
「邪魔だからトールさん(旦那様)はあっち行ってて(下さいませ)。」
と言われたので、チビを片手にソファてゴロゴロする事に決めました。
ゴロゴロ。
ミズーリが洗濯に向かい、姫さんがコロコロを掛け出したので、私はソファの上でチビを膝に胡座状態になります。
主婦業をする女性陣が3人ウロチョロし出すと、私の居場所が無くなります。
俗に言う亭主粗大ゴミ化です。
元の日本の、あの後輩ちゃんと結婚しても、
飼い犬なり子供なりを抱いて逃げ回る、そんな今はもうない未来が思い浮かびます。
「むむ!トールさんが昔の女を思い浮かべているわね。」
「何ですと。これだけ綺麗どころを独り占めしておきながら、ちっとも手も出さず、挙句は違う女を想っているんですか?許せん。許せんぞお旦那様。」
姫さんにコロコロで身体中コロコロされました。体毛が抜けて少し痛い。
ドタバタドタバタ。
ドタバタをドタバタと表記する事も無いですが、何やら姦しいですねえ。
玄関が騒がしいです。
「師匠ー!」
「殿下、失礼ですよ。」
「お姉様!」
…………。
私達の姿を見て3人が固まりました。
「「「何やってんの?」」」
何をしているのかと言うと。
すっかりコロコロをかけられてダウンしている私を守る為にチビが立ち塞がり、姫さんがコロコロを構えて抜刀の構えで下半身を落としている訳です。
「あらまぁ、殿下にアリスちゃんじゃないの。」
「あの。お久しゅうございました。ミズーリ様。…閣下とミク姫は何をなされているのでしょうか?」
「戯れてるだけよ。いつもと同じにね。」
「改めまして、こちらはキクスイ王国王太子ミカエル殿下にございます。私は殿下に護衛役の衛兵隊士アリスです。」
ペッコリ45度のお辞儀をする2人。
「私はお姉様の妹、ミランカ帝国第五皇女にてございます。…あのうお姉ちゃん?」
姫さん対チビは我が家の名物ですから、飽きたらこっちに来ますよ。
「知らなかった。お姉様ってあんなはっちゃけ姫だったんだ。」
姫だの王子だの、肩書き外したら、皆んなただの少年少女でしょうに。
で、何しに来たの?
とりあえず最年長者のアリスさん、あなたが纏めて下さい。
「はい、王国での手続きが全て終了しましたので、一同早速の再訪させて頂きました。」
ミランカ姫は?
「私は各国の王族が留学に参りますので、混ざる事になりました。」
まぁ、政治的には正しいかな。
「東部方面軍最高司令官という地位を、ミク閣下より移管させられたと言うカピタン将軍に、我ら以外の王族は現在顔合わせ及び、引越しをしております。我々は既にそれらは全て終わらせております故、まずはご挨拶にと参上した次第にてございます。」
「うひゃー!。」
わん!
あ、今日もチビが勝った。
「あー負けた負けた。」
何をどうやって負けたのかは内緒ですが、負けた姫さんがチビを抱きかかえて、私達に参加します。
「森へようこそ。ミカエル王太子、そしてアリスさん。」
ミカエル君、アリスさん、ミランカ姫は立ち上がると敬礼をします。
姫さんも優雅に返礼します。
私ら庶民には縁の無い事ですが、考えてみれば身分的に姫さんが最上位であり、ホストでもあるわけですね。
一同を代表して、ミランカ・フォーリナー帝国第五皇女が留学生の名簿及び目録を何故か私に押し付けます。
いや、姫さんに渡しなさいよ。
「何をおっしゃる。王族皇族で一番偉いお姉様のご主人様が、この場で最も偉い方です。ミカエル王太子もアリス様も依存はございません。」
いやいや、王太子もアリスさんも頷かない。そこ、三姉妹もドヤ顔しない。
ベンガラ国第一王子ポール・ポーラ
ベンガラ国第一王女ラピス・ポーラ
ラニーニャ国第一王子ロイド・ラニーニャ
キクスイ国第一王子ミカエル・キクスイ
おまけ(何ですと)
帝国第五皇女ミランカ・フォーリナー
以上5名が、東部森林学校への特別留学生とする。 カピタン・ローエンド
ふーん、カピタンさんてローエンドって言うんだ。あまり良い名前じゃ無いなあ。内緒だけど。あと、東部森林学校って何?
「あ、それ。カピタン将軍がなんかずっと考えてたよ。」
ミランカ姫ありがとう。何か随分とフランクですね。
「だってお姉ちゃんの旦那様って事は、私のお兄ちゃんって事じゃないですか。」
「ミランカさん。旦那様はお優しい方ですが、親しき仲にも礼儀ありを忘れてはなりませんよ。」
なんか、勝手に義妹が出来ていますけど。
因みに、目録は各国からの贈答品がずらりと並んでいましたが、いらないので全部カピタンさんに寄附する事にしましょうかね。
「そうそう、アリスちゃんは今晩からこっちに住むのよね。」
「え!あの…本気ですか?」
あゝ、また始まっちゃった。
「当然です。アリスちゃんの旦那様の閨房入りは確定事項です。」
「あの。閣下。助けて…。」
だから、うちの女性陣は私の言う事を聞いてくれないんですよ。
「そんなあ。」
姫さんがアリスさんを気に入ったんですよ。
増えた姉妹を構うくらいで考えとけば良いですよ。
「え。アリスさんは私の新しいお姉様になるのですか?」
ほら、まだ厄介な人(ミランカ姫)か出てきた。
その後、カピタンさんが迎えに来て、私達はこないだ私が作った道場に移動しました。
前に王子やカピタンさんを面白半分に立ち会った後、そのまんま駐屯地に渡したものです。
ここは元に駐屯地宿舎の一部で、まだ森の外に家族を迎えに行った兵隊さん達の荷物が残ってますね。
学校を作るなら、この場所なので、軍の方で荷物をなんとかしてもらわないとね。
道場内にはカピタン将軍・イリス将軍と、3人の少年少女が道着に着替えて待っていました。
まだ12~3歳くらいの、一応皆顔立ちは整った人達です。
そろそろ反抗期が始まる頃でしょうけどね。
「そうよねえ。餓鬼が生意気な口きいて、コテンパンにやっつけられるのがセオリーよね。」
そんな事を考えてましたかミズーリさん。
まぁ、セオリー潰しは私達の得意技ですから。
今回だって、何しろほら私の肩には、小さな森の精霊・ツリーさんが座っているので、3人共目を剥いてます。
ミズーリ。アレを。
「わかってる。」
森の人はともかく、国外の人は驚くと死んじゃう小動物メンタルな人達ですから、精神強化の魔法をかけてもらいます。
道着に着替えたミランカ姫とミカエル君が合流して、ようやくイリスさんが声を上げました。
「留学生諸君。こちらのお方が当駐屯地の特別ゲストにしてミク閣下のご婚約者様であらせられるトール閣下です。全員、順番に挨拶を。」
「はい私は…
以下略。
え?おざなり過ぎる?
だって、乱入者が来たんだもん。
ほら、多分一生懸命に考えて来たであろう挨拶を中断されたのに、何の反論も出来ずに口をあんぐり開けてる王女様がいるよ。
「猪豚女王を運んで来たぞ我が主!」
言うまでもなく、サリーさんです。
ただし、メサイヤ状態で。
「家にいないから何処行ったかと探しちゃったじゃないか。」
森の精霊に驚いていた王族達は、幻の霊獣の乱入に全員腰を抜かしてます。
あれま、1人だけいた王女様は四つん這いで逃げようとしてる。
イリスさんまで腰抜かしてるな。教えてなかったっけ?
丁度いいです
サリーさんにメサイヤの戦い方でマスターに挑む様に言ってみませんか
マスターでしたら 子供扱い出来ますよ
万能さんからの提案ですけどねぇ。
メサイヤの戦い方?何かよくわからないですねえ。
まぁいいや。カピタンさん?
「何でしょうか。」
最初から派手にやらかしますから、王族達を控えで正座させて下さい。
サリーさん。「メサイヤの戦い方」で私に挑戦して来て下さい。
「は?いや、アタシはただ報告に来ただけなんだよ。…どうせ、主には勝てないだろうけど、アタシが本気になると人間には見えなくなるぜ。」
構いませんよ。私は道場の隅から竹刀を一本持ってくると、静かに蹲踞しました。
姫さんが間に入って審判役を務めてくれます。
「お互いに礼!神前に礼!」
「主。神前って何?」
そこの舞台に(神)棚があるでしょう。あそこは尊く清潔な方がいらっしゃいます。
「いないよ?」
そう言うものとしなさい。人間は弱い生物ですから、自分より上位の存在をこさえて、それに頼る事で心の安寧を図る生物なんです。
「我が主の何処が弱い生物なんだかわからないけど、わかった。尊んで頭を下げればいいんだな。」
「ハイハイ、サリーさん。能書きは後でたっぷり旦那様に聞いて下さいな。では行きますよ。始め!」
姫さんの右手が下がると同時に、サリーさんの姿が消えます。
高速で私に飛び掛かり、鋭い爪を振りかぶります。
でも、私には通用しません。サリーさんの行動は10秒先まで丸わかりです。
ミリ単位でわざと必要最小限の動きで避けます。
サリーさんは床、天井、壁を蹴り跳ね返ってきます。
その全てを、裏拳で、竹刀で払うと正体の構えに瞬時に戻ります。
「何も見えないよ。キクスイ王太子。」
「何しろメサイヤと師匠だからなあ。」
「メサイヤの動きは見事です。全身の筋肉と関節の収縮で激突の勢いを自らの身体に吸収しながら、同時に跳躍に必要な溜めを瞬時に筋肉に作り出してます。でなければ道場は破壊され尽くしているでしょう。」
「え?アリスさん見えてるの?」
「殆ど線だけですけどね。でも、それを捌き続けている閣下は人間技ではありません。」
「アリスちゃん。私は見えていますわ。同じ軍人として訓練は積んで来ていますのに、何か差があるのかしら。」
「え?ミク姫には見えているのですか。」
「はい。右・上・右・下・左。」
「凄い。ミク閣下にはメサイヤの動きが見えてる。」
「とは言っても、対処出来るような私には体術はございませんけどね。」
「アリスさんとミクの違いは、やはりトールさんとの付き合いの深さかしらね。」
「…そう言う言い方されちゃうと、軍人として興味が湧いて来ちゃいます…。」
んじゃ。そろそろ決着つけますかね。
竹刀を軽く立てると、軸足を親指一本分後方に下げ身体を沈めます。
それを見たサリーさんが起動を変える為に、右脚に体重をかけて飛び掛かりました。
簡単なブラフなんですが、まだ経験値の少ないサリーさんには充分でした。
「ふぎゃあ。」
竹刀を2センチ倒すだけで、サリーさん自ら突っ込んで来ました。
さっと腕を回してサリーさんを抱き止めます。
目玉をぐるぐる回したサリーさんを軽く寝かせてお終い。
「はい。旦那様の勝ち。」




