妹が来た
「大変でございます!大変大変。」
結局一日ダラダラ過ごしていた我が家の平安は、駆け込んできたカピタンさんが壊してくれやがりました。
しかも、普段ならきちんと鳴らす呼び鈴を無視して、談話室から上半身を半分居間に突っ込んでます。
「チェストおおおお!」
「ぶばあ!」
いつもの通り、家族の前で徹底的に気を抜いて、足を組んで床に寝っ転がり、漫画を読んでいた姫さんにぶん殴られました。
ミニスカートで組んだ足を(つまりミニスカの中身を)、私に向けていたのはわざとでしょう。
風呂上がりに、バスタオルを肩に掛けただけの姿でうろちょろしてるので今更と言う話ですけどね。
それにしても、いつの間に覚えた示現流の掛け声。
「本日は森の外に家族を迎えに行った兵達の第一次帰隊組の帰隊予定日で、実際に門に時間通りに集まっているのですが。」
ですが?
「1人予定外の人間が混じっておりまして。」
あらかじめわかっているならば、追い返せば良いだけでは。
「その予定外というのがですね。帝国第五皇女ミランカ様、つまり姫閣下の妹君にあらせられる方でして。」
あらまぁ。姫さんどうするよ?
大体、ミランカさんってどういう人なの?
カピタンさんのこめかみを梅干しこぶしでグリグリしてないで。カピタンさんが可哀想でしょ。
「そうですね。私をもっと馬鹿にして、おっぱいを心持ち膨らませると、妹の出来上がりになりますわってカピタン!うなづかないの!」
「ぐふぁ」
また壁に叩きつけられる東部方面軍将軍。
「見た目は私と瓜二つですわ。でも馬鹿。」
随分馬鹿を押しますね。
階下が騒がしくなって来ました。
窓から下を見下ろすと、次から次へと馬車鉄道が帰って来ては、また出て行きます。
カピタンさんの顔(姫さんに殴られたところを濡れタオルで冷やしてますが)を見ると。
「イリスが指揮しております。あらかじめ提出された予定名簿と共に部屋割りは決めてありますので、受け入れは順調に進むかと。
また、この日の為に酒保を拡大して商店としてあります。キクスイの商人達が続々と商品だけでなく、店舗出店を申し込んでおりますので。」
なるほど。私はちょっとヒントを与えただけなのに、流石は商人。機を見るに敏ってところか。
「姫さま、勝手に扉を開けてはなりません!」
「何なの?何なの?なんで扉一枚しかないのに、開けると玄関になってるの?」
「「来た」」
カピタンさんと姫さんがハモリました。
困り果てたイリスさんの声と共に聞こえた女性の声。あれがミランカさんなんだろう。
まもなく姫さんにそっくりなおっぱいが飛び込んできた。
心持ちどころか、上半身は顔とおっぱいしかない巨乳な女の子だ。
「お久しぶりねミク姉さぐわあー。」
「ミランカ!この家では靴を脱ぎなさい!」
前口上抜きで妹の顔面をぶん殴りましたよ。怖っ!
「見なさい!この家は帝都の皇帝の私室にもない最高級の絨毯が敷かれています。外から汚れた靴で上がる事は私が許しません!この絨毯を毎日コロコロしてるのは私なのです!」
「なんでお姉様がそんな召使いみたいな事してんのよ!」
「当たり前です!ここは私の旦那様のお家です。第二夫人たる私が家事をする事の何処がおかしいと言うのですか?」
「何ですと!」
ミランカさんの目がひん剥いた。
「おね、おね、お姉様?ご結婚なされたのですか?」
「正式な輿入れはまだです。でも毎晩私は旦那様と同じベッドで休んでいます。ほら、そこの。うふふ。うふふ。うふふ。」
「な、な、な、な、。なななななな。」
「この家は私と旦那様と、そして私が敬愛する奥方様達の愛の巣なのですよ。」
「ないないないわあー。帝国皇女が得体の知れない男と結婚するとかな、い、…………。あの、お姉様。そこで椅子に座ってるちんまい少女はともかく…。」
「ちんまくて悪かったわね!」
「ミズーリ様抑えて下さい。」
「そのもっとちんまい女の子は、森の精霊様ではありませんか?」
「それがどうか致しましたか?」
姫さんは私に悪い顔をしてウインクすると、
「リーダー!いらして下さいな!」
とててててて。のんびり歩いてくるメサイヤちゃん。
「く?」
メサイヤリーダーをひょいと抱き上げると、ミランカさんに見せつけます。
「ななななな。幻の霊獣メサイヤ様じゃないですか!」
「そう、メサイヤさんが一柱は旦那様に名前を頂き、間もなく旦那様に輿入れ致します。更に隣国、キクスイの王子に付く王宮騎士も、祖国での準備が終わり次第、私達と合流します。分かりますか?辺境に飛ばされて皇位継承順位も低い皇女なんてものに何の価値もないんです。それが、この家であり、旦那様なんです。」
「あの、姫さま?」
「なんですか?イリス?」
「メサイヤ様が来たあたりで、ミランカ様は気を失っております。」
「困ったものですわね。この娘は一体何しに来たんでしょう?」
「閣下達の非常識さを知らないと、意識の一つも失うくらい当たり前でしたね。そういえば。」
「イーリースーさーん?」
「しからば!すなわち!」
「いきなり綺麗な土下座をしないで下さい。私がお仕置きしにくいじゃないの。」
「あの、すみませんがミズーリ様、あの2人はほっといて例の精神強化の術をミランカ様にもお願いしたいのですが。」
「あなたも苦労性よねえ。」
カピタンさんがミズーリにお願いしてます。
ミズーリがミランカさんの背中に喝を入れると、ミランカさんはぱっちり目を開けました。
「で?何しに来たの?ミランカ?」
「甘いですわねお姉様。私は間諜として来たのです!」
「トールさん。間諜ってなんなの?」
スパイの事だね。
「なるほどー」
「旦那様?スパイってなんですか?」
間諜の事だよ。
「「なるほどー」」
「馬鹿にしてるんですの?」
「「うん」」
ほんと、仲良いなぁ。アドリブだよ、コレ。
「……大体ですね。私の様な小娘が楽々侵入出来ちゃう警備体制はどうなのよ。駄目ね。」
「あゝ。その件でしたら。」
カピタンさんが懐からゴソゴソ取り出したものは、メモ帳でした。
「ミランカ様が紛れて侵入しようとした事は、門番から連絡が入ってましたけど、ちょうど大切な報告を受けていましたから。皇族を追い返す訳にもいかないから、好きにさせたんです。」
そういえば、電話を引いてたっけ。
「……。わ、私だけでなく、軍の人間が紛れ込んでいたら…。」
「旦那様なら分かりますわ。」
まぁ、この森の中で敵意を出している奴が居ればわかるよ。
「どうなさいますか?」
ん?大人しくしてくれれば、五体満足でお帰り頂けますよ。大人しくしないなら、それ相応に。全員まとめて空に打ち上げるとか。
「旦那様?私達にした事ありましたわよね。」
「何ですと?」
まぁ、こんなとこで立っていても仕方ないし、座りましょう。
ミズーリさん?飲み物をお願いします。
「わかったよん。」
私達はソファセットに移動してきました。
私と姫さんが並んで、ツリーさんは私の膝に座ります。
向かいにミランカさんが1人腰掛け、カピタンさんとイリスさんがミランカさんの背後に立つフォーメーションです。
ミズーリは、とりあえず牛乳を出してくれました。
貴重な筈のお茶とか出すと、何やら面倒が始まりそうという判断です。ナイス、ミズーリ。
「大体、何故お姉様はこんな馬の骨に輿入れしようと思っているんですか?お姉様にふさわしい帝国貴族は山の様にいるのに!」
「旦那様には命を救われましたから。」
殺しかけたのも、多分私かミズーリだけどね。
「こんな土手の中に隠れてしまって。おかげでコレットの街は深刻な不景気です!」
「失礼ですが、ミランカ様?この森に来てから気が付きませんでしたか?馬車鉄道、街灯、街並み。帝都にも無い便利で清潔な街です。そしてキクスイとの商交易と森の開発で、コレットとの交易以上の豊富な品々が溢れています。これをもたらしたのも、閣下です。」
「そうかもしれないけど!大体!帝国の国境を守る東部方面軍が、土手に隠れて罪人を匿うってのがあり得ないの!あなた達はそれでも栄ある帝国軍人ですか?」
「一瞬で軍の5分の1が殺されてもですか?」
「え?」
「閣下達は空を飛ぶ船を持っています。その船を持ってコレットからの軍勢を一瞬で殺し尽くした場面を姫閣下は立ち会っております。」
「えーと。」
確か姫さんの目は塞いでた覚えがあるけど、だいたい合ってるね。
「更にキクスイ王都が先日、大地震と共に鬼の大群に襲われましたが、我々では逃げる事すら不可能な鬼を全て退治し切ったのも閣下達です。これはキクスイのミカエル王子が王宮より目撃しています。」
見えてないと思うけど。
「何なら後程、倉庫にご案内致しますよ。閣下達が倒した鬼の骨を資材として、閣下が買い取って下さった実物が積まれておりますれば。」
「………。」
カピタンさんの追求にミランカさんダンマリ。
更に姫さんがトドメを刺した。
「あのねミランカ。さっきあなたは帝国貴族云々言ってたけど、その帝国がなくなっちゃったら、帝国貴族の肩書きなんかお米一粒にもならないのよ。」
「はい?」
「残念な脳みそをお持ちなあなたに分かりやすく説明すると、もはや東部方面軍は帝国の一つくらいポロッと滅ぼせるの。ううん、旦那様とミズーリ様だけで充分ね。」
「何ですと」
「そうそうカピタン?皇女が迷い込んできた事より大切なこととはなんですか?」
「お姉様。私は犬ですか。」
「はっ。早馬が運んで来た文書です。ラニーニャは第一王子、ベンガラは第一王子と第二王女が留学に参加するとの事です。無論、キクスイからはミカエル第一王子が参加します。」
「あらまぁ、何処もかしこも王位継承者を送ってきますのね。」
「それだけ、私達に期待しているのではないかと。」
「そうですね。当駐屯地より参加の少年兵の選抜も進めましょう。基本的には希望者全員ですが、部門的に人員が補充出来ない部署が出るかどうか、確認して下さい。」
「畏まりました。」
ソファで座り心地悪く、ぐりっちゃら動いていたミランカさんが手を上げました。
「私の件は!」




