胡椒(故障)の日
「勝ちましたわ。」
「まさかじゃんけんで負けるとは。」
「(信じられない)」
じゃんけんは普通にやったら、戦略性など関係ない純粋な運のゲームの筈ですが、
この世界でも最上位の存在である女神様や、この森でも最上位の存在である精霊に、運で勝てるただの人間の姫さんってなんなの?
姫、恐ろしい娘。(白目)
取りいだしましたるは、黒胡椒の実。
乾燥と乾煎りを終えた辛い辛い胡椒です。
この黒胡椒を木槌でゴンゴン叩いて、細かく砕きます。
これを豚肉ロースにオリーブオイルを塗ると、空からたっぷりとかけます。
更にバットに溶かしバターを敷いて、このバットにも砕いた黒胡椒を置き、豚肉を転がします。
調理酒・刻みニンニク・醤油・味醂で作ったステーキソースを作ると、豚肉ステーキを鉄板に乗せて、脂身が少し溶け出すくらい炒めます。
「お昼ご飯は、メサイヤリーダーから貰った胡椒で胡椒尽くしです。妻会議とやらで決まった副菜はなんですか?」
いや、胡椒の実を生でとか無理なので、私が万能さんから取り出してんですが、
というか、妻会議とやらの開催を提案した姫さんが何言ってんの?
「まず柚子胡椒!」
「わー。」
柚子胡椒は私も好きですけど、これって薬味だよ?
しかも10代の姫さんが好む味とは思えないんだけど。
…何かパチパチ拍手してるからいいか。
「(私好きー)」
まぁ酒呑みツリーさんは好きでしょうね。
「この柚子胡椒で小松菜と油揚げ乗せて和物を作ります。そしてもう一品。エリンギの七輪焼きを柚子胡椒で頂きましょう。汁物はシンプルにもやしの黒胡椒スープ。こんなところでどうかしらトールさん。」
胡椒料理を提案しましたが、別に胡椒尽くしにしなくても良いのに。
「一つの食材から作れる献立が多ければ多いほど、日頃の食卓を預かる妻として、妻力の養成になるのです。」
いや、姫さんはお母さんになる前に色々基本が足りません。
「んふふふふ、甘いですわ旦那様。ミズーリ様に鍛え上げられた帝国第四皇女の実力を思い知りなさい。」
「ふざけて聞こえるけど、ミクの腕前は結構馬鹿に出来ないわよ。何より素直な性格だから、レシピ通りで余計な真似をしないで作るの。レシピ本通りの料理が作れるんだよ。」
「だってぇ、お料理なんかろくすっぽやってこなかった私が、変なアレンジ加えて変な料理作って、旦那様に不味いって言われたら私立ち直れませんもん。」
このお姫様は、ネガティブなんだか、ポジティブなんだか。
「油揚げはお豆腐の亜種なので、お豆腐と言えば私が担当致します。」
姫さんは器用に小松菜の歯応えが残る程度に茹で上げると、七輪で油揚げの焼きに入ります。別に出汁で茹でてもいいんですよ、簡単だし。
「いいえ。和物にするなら味の重複よりも、小松菜とは違う歯応えを重視しました。コリコリした油揚げって、食べてて口の中が気持ちいいじゃないですか。」
ミズーリさん?うちの姫さんがまた何か進化してるよ?
「女子、三日も会わざれば刮目してみよ!と言うでしょ。」
いえ、毎日一緒にいますけど。
ツリーさんはもやしの髭を取ると、出汁と黒胡椒を効かせたスープが入る鍋にぽいぽい放り込んでます。
ミズーリは手で裂いたエリンギを姫さんの隣の七輪に乗せて、醤油と黒胡椒を振って、ひっくり返して、と。
この女神は、現世日本ですら居酒屋くらいでしか使わなくなった七輪を駆使して、お煎餅も魚もキノコも焼く、七輪名人な女神になりましたね。
天界で踏ん反り返っていたお姉ちゃんは誰だったのかなぁ。
「コリコリが美味しいですね。胡椒ってこんな食べ方もあったとは。」
最初のうちは、きちんとナイフとフォークを使っていた姫さんですが、ステーキを切り終えると箸で食べ始めちゃいました。
「だってお箸の方が、胡椒を落とさずに食べられるんですもん。」
こっちの姫も姫要素が毎日減ってませんか?
あっちじゃあっちで、自分の身長の半分くらいあるエリンギに齧り付いてるし。
「(ちっさくされたら エリンギの汁が落ちるでしょ)」
そうですか。
「はあ、食った食った。ですわ。」
女の子が床に寝っ転がって、お腹をポンポンはたかないの。
私は鍋でおでんを煮てます。
勿論メサイヤちゃん達のご飯。一応、蒲鉾はいつでも食べられる様に、メサイヤ部屋に置いた冷蔵庫に沢山(♾に)入ってますけど。
私達が何もせんとサボっている間、飛び回ってくれているお礼です。
羽根で冷蔵庫を開けたり、羽根で包丁握って蒲鉾を切ったり、羽根で箸を持っておでん鍋を突いたり。
色々不可思議な生態をしてるメサイヤちゃんの好みは最近広がり、練り物ならなんでも可むしろ練り物寄越せハンペンが好きイヤイヤここは王道の薩摩揚げで。
とメサイヤ会議が開かれているそうです。
とりあえずおでんを置いとくだけでみんな満足だそうなので。
「おーでーんー!」
姫さんがプランチャで飛びついて来ました。
今そこで臍出して、どすこいどすこいと腹を叩いていたでしょう?
「違いますよー。メサイヤさんに手ずから食べさせてあげたいだけです。あと、どすこいはさすがに失礼ですわ。」
だったら、もう少しシャンとしなさい。
と周りを見渡してみたらば…女神はテーブルでグデっとうつ伏せになってるし、精霊は早速チビに寄りかかってますけど。
まぁいいか。たまの休みだし。
何か明日以降の予定をメサイヤちゃんやツリーさんに詰められて、急かされている気もしますけど。
さすがに今日一日では発見もなかったみたいで、後続のメサイヤちゃん達が次々と手ぶらで帰ってきます。
姫さんは、そんなメサイヤちゃんを一体一体丁寧に迎え入れて抱きしめ、おでんをアーンさせている訳で。
いや、この娘。いいお母さんになるわ。
義務じゃなく、楽しそうにメサイヤちゃんの帰りを待っている。
「へくちん!」
胡椒の食べ過ぎでくしゃみしてるけど。
私は居間に戻って地図を広げます。
ツリーさんが自分の身長と大差ないペンを抱えて印をつけてくれました。
場所は、ふむ。こないだ作った渓谷の更に北か。渓谷までは軍には明かしてないけど線路を敷いてある。そこからは徒歩圏内だな。渓谷と温泉をまとめて小さな行楽地を作るも良し。あそこまでは結構かかるから、パイプラインを引いて、温室は森の外、土塁沿いに作る必要があるな。
使い終わったお湯は牧場に流せば、家畜達の入浴に使えるし。
となると、ガラスだな。
ガラス質は地面を掘れば普通に出てくるものだし、金山の排土を再利用すれば、それなりに溜まるかな。
「結局、トールさんてなかなか休めないのよね。」
まぁまぁミズーリさん。私は別に仕事と思ってないから。
さてと、終わり終わり。
ガラスの調達もあるし(どうとでもなるけど)、後は後で考えよう。
メサイヤちゃんが探してくれたものシリーズ!って事でミズーリが紅茶を淹れてくれた。
ならば確かこのあたりに、、、あったあった。万能さんと暇な時にあれこれ考えてたショートケーキ。
何を考えてたかって?ケーキは何段で何を挟むのかが美味しいのか!
くっだらない事をしながら、たまにブレインストームしているんですよ。私達。
なんでも出来るからこそ、意味のない、結論を出す必要のない、馬鹿な話し合いを脳内でしてんです。
決まったのが、3段で苺ジャムと苺クリームを挟み、トップには半分に切った苺を沢山乗せて、シロップ掛けしたもの。
甘ーい甘ーいだけど、面白半分に万能さんが作ってくれたケーキを取り出すと。
「旦那様の甘味が出る時、世界の果てからも飛んでくるのが私ですわ。」
最近、何かと登場に前口上を言い出す様になった姫さんが、右手人差し指をピシッと天に刺して戻ってきました。
今日は、はっちゃけ過ぎてませんか?
「何やかんやと、旦那様に甘える日に決めたんですわ。」
なんかもう、どうでも良くなりました。ミズーリさん?おやつにしましょう。
ツリーさんもほら。
…姫さんはいつまでそこに立ってポーズを決めているんですか?
「面白くなかったですか?」
君は一応お姫様なんだから、コメディアンは別の人にしたげなさい。イリスさんとか。
「…あの、私やり過ぎましたか?」
たちまち叱られた仔犬の様に俯いてしょんぼりする姫さん。
肩をポンポンと叩くと、直ぐに機嫌を直してくれますけどね。
本当に、本当にな〜んにもしない一日が終わろうとしています。




