温泉あるの?
「香辛料自体我が国では非常に貴重なものですよ。皇女の私でさえ、帝都に行った時くらいしか香辛料料理を食べる機会はありません。」
私の膝でメサイヤちゃんが寝てしまったので、姫さんをチビに呼んで来てもらいました。
「だから旦那様とミズーリ様が、ありとあらゆる香辛料を普通に使っているのを見て、最初は驚きました。カレーなんか香辛料の塊じゃないですか。普段食べる事の無い人にはあり得ない料理なんです。」
メサイヤちゃんを膝で寝かしつけている私に対抗して、姫さんはチビを膝に乗せてますが
姫さん大好きのチビは、盛んにあまりない膨らみをカリカリ掻いてます。
「おっぱいはだめだよぅ!」
チビを顔まで持ち上げて叱ってますが、そのまま唇を舐められて崩れ落ちました。
「可愛いは正義」の姫さんには、「可愛いは最終兵器」にもなるようです。
何してんだか。
「で、でも胡椒が栽培出来るとなると、我が駐屯地に金山以外の大黒柱が出来ますわね。」
それがさぁ、胡椒は熱帯産の植物で帝国の気候だと育たないんだ。
「でもでも、リーダーは森の中で見つけたんですよね?」
彼女曰く、森の南端だそうだ。
「あー、森の南端といったら無住の地ですわ。」
そうなの?
「えぇ。森の外は水が湧かない為、地面は乾燥してひび割れているそうですし、山の向こうからは何かの叫び声が響いているそうです。その声を聞くだけで、人は死ぬとか。」
昨日の姫さんの話と照らし合わせると、山向こうはキクスイ南部の湿地帯か、それより更に南の鬼の棲家と言われる地域か。
そりゃこの世界の人間の精神力じゃ耐えられ無いな。
開拓は無理か。
「ですわね。でも勿体ないなぁ。私は旦那様の元にいる限り香辛料を使いたい放題だし、東部方面軍のみんなも、旦那様にお願いすれば使えますけど。アリスちゃんやミカエルくんは使えないもんね。」
ミカエルくんって誰?
「旦那様に弟子入りしたキクスイの王子様です。」
………、ぽん。居たなあ、そんな子。
「…ここまで存在感の無い王族もかえって面白いですわね。私も人の事言えませんけど。」
そっか、栽培は難しいか。
「元々貴重種ですからねえ。」
うん。でもね南方系の果物は美味しいんだ。
今日は私達が休暇を取っている分、メサイヤちゃん達が森中飛び回って私達の為になる物を探してくれているんだ。
だから、期待してるうわあ。
姫さんにメサイヤちゃんごと押し倒された。
チビ!ちゃっかり逃げて無いで助けて!
(仲良きことは、)
いや、ムシャノコージ先生はいいから
「本当ですか?リーダー!」
「く?」
あゝ、この娘リーダーだったんだ。流石は姫さん。よく見分けが付くな。
それよりも、私ごと抱きつかれてリーダー困ってるよ。
さて。
胡椒は胡椒でちょっと棚上げ。
というか、メサイヤちゃんが何を持ってくるかわからないし、持ってこないかもしれないし。
それはそれで、行き当たりばったり刹那主義でいきましょう。
(いつも通り)
うるさい、チビ。
胡椒をヒントに、お昼ごはんは胡椒料理といきましょう。
真昼間から「黒胡椒ステーキ」と行きますか。それも牛じゃなくて豚のね。
牛は個人的に旨味が強いのと、どうせA5ランクの霜降り和牛とか食べ放題だから有り難みがさっぱりさっぱり。
とはいえ、まだお昼には早いので私はもうすぐ読み終わるミステリーに戻ります。
「ミズーリ様ミズーリ様、お昼ごはんの献立が決まったから付け合わせの妻会議をしましょう。」
姫さんはドタバタ帰って行きました。
こんなどうでもいい日常を描写する程、今日は何もやる事がない日です。
かぱん。
クッションとチビとメサイヤリーダーに埋もれながら、ちょうど翻訳ミステリーを読了した時に自在扉が開いて、また1人メサイヤちゃんが帰って来ました。
彼女が咥えている物はと言えば、これは私でもわかります。お茶です。お茶っぱ。
おかえり。
「くー」
そうか、お茶も自生しているんだ。
お茶も大航海時代の主な交易品。
ところでこの世界での、お茶の立ち位置ってどんな物だろう。
と、考えた瞬間、姫さんがスピアーで飛んで来ました。
「おかえりなさーい!そして姫参上!」
メサイヤちゃんはともかく、私やチビはいくら華奢な女の子とはいえ、潰されるとそれなりにダメージを喰らうので勘弁して下さい。
「メサイヤさんが帰って来たならば、私の知識がお役に立つかもしれません。お呼びとあらば即参上するのが旦那様の姫ですわ。」
あっちの部屋で妻会議してたんじゃなかったんですか?
「本物のお茶はやはりそれなりに高級品ですわね。何しろ帝国は降水量が少ないので、なかなか栽培には向かないんですよ。」
確か日中の気温差も、美味しいお茶の条件だった気がする。
「なので、たまに輸入品として入ってくるものをオカネモチが頂いているって感じですわね。庶民はそこらの葉っぱを飲料としてでなく、薬として飲んでるのです。」
お茶ならば、水分豊富な森の中なら栽培出来ますよ。多分。
「本当ですか?」
本当ですよ。日照とか色々調整する必要がありますけど。
「さすがは旦那様。さすがはメサイヤちゃん。」
メサイヤちゃんを両手で抱き支えながら、クルクル回り出す姫さんは放ったらかして、午前中しか保たなかった休みの日に思いを馳せ、茶畑の構想を練り始める私でした。
…ひょっとして私ってワーカーホリック?
でもなぁ。お茶が栽培出来るのならば、胡椒も栽培したいよなぁ。
そりゃ私が全面的に介入すればどうとでも出来るけど、お終いの無い産業には介入したくない。金山を整備したのは、鉱山は掘り尽くせば終わる産業だからだ。
私が暮らしていた日本でも、鉱山や炭鉱産業は終わっても、農業は終わらなかった。
当たり前だ。金や石炭は食えないけど、米は食える。稲作が始まって数千年が経っても日本人は米を育て続けて、食べ続けて来た。
だから何よりも食べる物。
貴重な物でも、頑張れば庶民でも食べられる。出来れば誰でも食べられて、貴重な食いもんなんか要らない。
そんな世界にしたいなぁ。
「おーい。旦那様?おーい。」
うーん。頭が働かないなぁ。
私はそのまんま後ろにひっくり返った。どうせ回りはクッションの海だし。
「きゃっ。」
きゃっ?あれ、頭の後ろが硬い。
「乙女の太腿を称して硬いとは何たる事か!」
おや、姫さん。そこでクルクル回ってませんでしたか?
「回り疲れたから一休みしてたんです!そしたら旦那様がいきなり膝枕をしてきました。」
ごめん。直ぐ退くよ。
「いいえ、許しません。帝国皇女の太腿を硬いと言った旦那様は、罰としてこのまま太腿の硬さを味わいなさーい♪」
何だこりゃ。
とは言うものの、気恥ずかしさはあるにせよ女の子の膝枕は暖かくて柔らかいのは事実なので、姫さんが満足するまで好きにさせておく事にした。
姫さんは嫌がるどころか、私の顔を見下ろしながら鼻唄を口ずさんでいる訳で、家族がご機嫌ならそれもよかろう。
いや、いつもはそれなりに忙しいし、こんな事してる暇はありませんよ。
このご機嫌姫だって、時折1人で最高司令官として司令部に顔を出してますし。
「たまには旦那様と一緒に入浴したいですわねぇ。ねぇ旦那様?女子3人のおっぱい比べとかしませんか?」
しません。
そういえば、我が家のお風呂は草津温泉の源泉から直接引いた温泉でしたね。
そっか。温泉が有れば温室が作れるな。
「(あるよ)」
へ?
「(山の方の地下にお湯が溜まっているところがあります)」
おや、ツリーさん。ドアから顔だけ出して、恥ずかしい膝枕を見られてましたか。
「(献立会議をしてたら ミクが飛び出て行って帰ってこないから様子を見に来たら)」
「好機は逃さないのが皇女の恋愛テクニックなのですよ。ツリー様。」
「(許すまじ)」
「負けませんわ。」
何だこりゃ。というか、会話が成立してる?
温泉。透明な幕かガラス。
これが有れば温室を作れる。
日本では燃料で火を焚いて熱を作ったりしてましたが、温泉が有れば燃料は要らない。
ガラスはこの世界にもある。ただし精度が低く黄色い為、透明度も低いがそこは万能さんと相談しよう。
決闘中の2人を放置して、地図を取りに居間に戻る。
「あ、トールさん。2人が飛び出しちゃったまま戻ってこないんだけど。」
メサイヤ部屋で仲良く喧嘩してるよ。
「姫と精霊の喧嘩ってなんなのよ。面白そうだからあたしも行こっと。」
3人ともレベルは同じでした。
3人が散らかしたレシピ本を片付けながら、万能さんに質問。
温泉があると言う事は、火山がまだ健在と言う事か?それとも腐敗熱による物か?
後者です
これだけ厚い森ですから、土中は植物の死骸が積み重なっています
つまり、石炭になっている、と?
その通りですが マスターは石炭採掘はお考えになっていないのでしょう
その通り。産業革命を起こす種を撒く事は考えても良いけれど、この世界の人々の知識不足で、自らにも深刻な影響を及ぼす自然破壊を起こす可能性大ですからね。
それでは、ツリーさんやサリーさんに申し訳が立たない。
それは私の知識に留めておきましょう。
この森に、火山の影響のない安全な温泉が有る。それが大切なんです。
さて、温泉の場所と活用方法を確認しよう。
「「じゃーんけーんぽん」」
隣は楽しそうですね。




