何もしませんよ
起きた。うん、よく寝た。
万能さん特製ベッド「快眠くん」(ミズーリ命名)は、私達の健康管理の為に適度な疲労回復してくれる魔法の万能ベッドなので、今朝の目覚めも快適です。
同衾している娘達も、私と同時に目覚めます。
身体になんらかの変調がある場合には、そのまま寝てる人が居るという、とてもわかりやすいベッドです。
とは言っても変調を来す「人」は姫さんしか居ないのだけど。
その姫さんが元気に
「おはよう御座います!」
っていち早く飛び出して馬くんに牧草をあげに行ったので、今日も全員異常無し。
厩舎行くならパジャマを着替えなさい。
と言っても姫さんが健康異常起こしたのは、生理痛の時だけだったという、健康優良児だし。
夕べは一応ミズーリさんと打ち合わせする予定でしたが、姫さんの諸国漫遊記が面白くて(姫さん本人も誰かからの又聞きだけど)なんかもう疲れたから寝ちゃいました。
それでも近隣諸国の事は粗方理解できたのは、さすがは皇族教育を受けたお姫様の語りでしたね。
で、洗顔を済ませた後の私はチビを撫でながらソファで呆けてます。
モニターには環境映像代わりに、居酒屋紹介してる人がする低山登山案内番組を流しっぱなし。
チビと同時に欠伸しいしい、ミズーリが淹れたお茶をのーんびり啜ってます。
「具はお豆腐にお揚げは用意しましたけれども、もう一品は絹さやと長ネギ、どっちにしましょうか?」
「待っててミク。今鰯が焼けるから。裏返したらそっち行くから。」
テーブルの上では、ビニール袋に切った茄子と胡瓜を、顆粒出汁と醤油に漬け込んだだけの簡単浅漬けをツリーさんが袋ごと踏んづけて、揉み漬けしてます。
ご飯を炊いた姫さんがお味噌汁を作り、メインのおかずの鰯をミズーリが七輪で炭火焼きにして。
要は娘達が朝ごはんを作ってるから、私のやる事無いんです。
私の好みをしっかり覚えたミズーリが、日毎に和食洋食を切り替えた朝ごはんを作り
お米お豆腐マスターになった姫さんが、和食の時は大いに張り切って、ツリーさんは身体に合わせた調理を行う(但し調理能力は一番高い)というコンビネーションが、いつのまにか出来上がってました。
昼・夜は基本的に私が新しい料理を作るので3人は手伝いにまわるのですが、ある程度定番メニューが決まってきた朝ごはんは、彼女達の料理の修行の場になってます。
しかし、なんだなぁ。
いざ何でもやろうと決心したら、何もやる事がなかったんだ。
森の開発については今後の準備、打ち合わせ、段取りは全部終わったし。あとは軍が実動してくれれば一気に転がり出す様にしてあります。
とりあえずは、学校の校舎作りがあるけど、今日明日開校する訳で無し。
一応、設計図は出来ているんです。RC二階建て、屋上にソーラーパネルを載せてLEDライトを灯りとします。
ここまで決まって終えば、あとは鼻糞ほじくりながらでも「出来ろ!」と念ずれば出来ちゃうのですよ。
万能さんって万能過ぎて、飽きると始末に困るな。
という訳で、今日は何もすることが無い日です。
白米、豆腐・揚げ・絹さやの合わせ味噌仕立てのお味噌汁、鰯の煮焼き(鰯のワタを抜いて圧力鍋で醤油煮したものを、更に七輪で焼いて大根おろしで食べる、骨まで柔らかく味の濃い料理でご飯が進みます)茄子と胡瓜の浅漬け(和芥子乗せ)と、冷たい玄米茶をたっぷりと。
お好みで、ふりかけや生卵、海苔もどうぞ。
私の大好きな、旅館の朝ごはん風を前に全員でいただきます。
みんな手を合わせているのは、私の真似です。
お茶碗が空っぽですなったのを見計らって、みんなに宣言しました。
「今日は何もする事がありません。
何もしない日にするも良し。何か私に頼み事があるなら、一日付き合えますよ。
みんなに何も無いなら、私は一日ミズーリの入れたコーヒーを飲みながら、静かに読書でもしてます。」
「トールさんの居る所が私達の居る所です!」
と言う、ミズーリの嬉しいんだが恐ろしいんだか微妙な宣言で、今日は在宅の日になりました。
それでは、喫茶ミズーリを開店させて下さい。
「任して!」
うちのミズーリさんは旅の途中、コーヒーと蕎麦打ちに凝り出すと言う、日曜日のお父さんみたいな女神になりまして。
最初は死を司る女神に間違えて殺されるまで毎日普通に飲んでた、コンビニで買った市販商品を飲んでたんですが、何しに何でも出来る2人なので。
その内、生豆を焙煎するところから始め出し、ミルも手動と電動を使い分け、甘味やミルクを使い分け、お茶請けも自分で作り出すという凝り具合になりまして。
ここまで来たら暇なお父さんに暇なOLも混じっている気もしますが。
ミズーリ曰く、今日は私の読書に合わせて、お茶請けに手を汚さず食べられるサブレーを石窯で焼こう、と言うので、モカを浅煎りにして、牛乳・生クリームを用意してます。
ツリーさんと姫さんはカフェオレ、というより甘くて冷たいコーヒー牛乳が大好きなので、牛乳をたっぷりと冷蔵庫に準備して、砂糖をどうするのか話し合ってます。
「これが黒砂糖、これが甜菜糖、これが甜菜糖を精製した白砂糖ですね。どれが合うかなあ。」
「(黒砂糖はちょっと風味が違うね)」
直接は言葉は通じない2人ですが、でも意思疎通はちゃんと出来てる不思議な2人です。
最近、森の開拓農園から甜菜とサトウキビが生ったと届いたんです。
まだ植えてから2週間くらいしか経ってないはずだけど、まぁ私達が絡んでいる農業なので。
普通の白砂糖と甘さ比べをしてる2人を眺めながら、ミズーリが用意してくれたのは3種。
白砂糖と牛乳のカフェオレ、生クリームたっぷりのウインナー、そしてこれだけわざわざ深煎りで淹れたエスプレッソ。
万能さんの力で、ちょうどいい温度に保たれたまんまなので、大中小3つのカップを並べてると、ミルで挽いたマカダミアナッツ入りサブレーの並んだ皿を前に、赤い表紙の海外ミステリーの文庫本を開きます。
喫茶ミズーリのマスターをしてる女神は、美味しく入ったコーヒーに満足しているみたいで、鼻歌を歌いながらシンクでミルを洗ってます。
姫さんはテーブルで私の正面に座ると、ファッション雑誌と私を見比べながらニコニコしてます。見つめられるから、落ち着きません。
ツリーさんはいつも同じ、チビに寄りかかって漫画読み。すっかり慣れたチビは前足に顔を埋めて寝てます。
小一時間もすると、短編映画を見終わったミズーリはお風呂掃除に向かい、姫さんは絨毯コロコロ掛け、ツリーさんは雑巾掛けの家事をし始めます。
うちの女神と姫と精霊は、私と暮らしてるせいか、根がすっかり母ちゃんになってます。
しかも、私が何かしようとすると
「「邪魔だから座ってて(下さいませ)!」」
と叱られるので、コーヒーカップと本を抱えて隣の部屋に逃げますと、アレ?メサイヤちゃん達が居ない。
今日はマスターが出かけないから
外出してます
まぁ彼女達は我が家のペットではないので、自由に出入りさせてますけど、誰も居ないのはちょっと寂しいな。
因みにこの部屋は酷い言い方をすると動物小屋になるのだけど、ゴミや汚れが全くない。
万能さん曰く、霊獣にはそもそも新陳代謝がない上に、無意識に身の回りを清浄にしてしまう能力があるそうだ。
私や姫さんの方が、よっぽどばっちいらしい。
まぁいいや。お昼ご飯の準備まで暫くあるから、メサイヤちゃんが寝床にしてるクッションに埋もれて読書を続けよう。
なんともまあ、久しぶりに自堕落な時間だ事。
まもなく洗濯機が回る音がしてきました。
洗濯係は私の正妻を主張するへっぽこな女神ですが、彼女は私達を家族の一員だと定義して、他人行儀な遠慮をとことん嫌います。
なので、私の下着も普通に洗ってます。
何故なら、遠慮した(嫌がった)ツリーさんを無理矢理ひん剥くという場面に出くわしたから。
慌てて姫さんがぱんつを脱いで下半身すっぽんぽんになったりしてましたが。
森の精霊がぱんつを履いている事も、精霊を脱がす女神も色々滅茶苦茶ですが、とりあえず家事に関しては、ミズーリに逆らう事はやめよう、というのが私と姫さんとツリーさんの共通認識になってます。
かぱんという音がしました。
チビは私に鼻の先をつけて寝てます
見ると、一本の植物を咥えたメサイヤちゃんが帰って来てました。
おかえり。
「くーくー」
トコトコと歩いてくると、私に咥えた草を差し出さします。
葉の緑が濃く、茎に自立性が無い事から蔓植物。
小さな実が葡萄状になっています。
これじゃ、分からないな。万能さん?
胡椒ですね
因みにこの世界でも中世地球と同じく
貴重なものとされています
胡椒かぁ。確かヨーロッパでは、金銀と並ぶ価値があるとか、大航海時代の話で聞いた事あるな。
あれ?でも、胡椒って熱帯地方原産じゃなかっっけ?常春の帝国によく自生してたな。
「くー」
森の最南端で見つけましたか、そうですか。
てか、今私普通にメサイヤちゃんの言葉が読み取れましたね。
「くー」
私がマスターと話したいからですか、そうですか。
それだけ言うと、メサイヤちゃんはチビの隣で横になりました。ついでだから、メサイヤちゃんも耳の後ろを掻いてあげよう。
気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らし始める(猫か)メサイヤちゃんと、胡椒を見ながらふと考えた。
しばらく仕事もないから、のんびりとした自堕落ターンに入れると思っていたのに。
これはひょっとして、メサイヤちゃん達が森のそこここで見つけた物を持ってきてひと騒動起こすパターンが始めるのでは?
そんなメタな事言ってどうすんですか?
万能さんに叱られた。




