街一つ壊しちゃった
「何故あそこまで怒ったんだ?」
(今では住民の頭が)小日向の街を出て数分。少しはミズーリも落ち着いた様子が伺えたので声をかけてみた。
「単純な事よ。貴方に害をなそうとしたから。」
なるほど。
「それと女神たる私の身体に触れたから!」
なるほどなるほど。ん?
「一昨日、森で賊に襲われた時は君は凄く冷静だったと記憶しているが?それに二晩連続して私達は同衾しているが?」
「言わせないでよ。」
?
「トールってもしかして朴念仁?」
??
「しょうがないわね。」
少し前を歩いていたミズーリは立ち止まり私の顔を見上げる。そのくらい、幼女ミズーリとは身長差がある。
わざとらしくコホンと咳払いをすると深呼吸、それから私をぎっと睨み背筋を正す。
忙しい女神様だ。
「私、死と転生の女神ミズーリは我が永遠の友にして愛しき人・瑞樹亨と天界の神々に宣誓します。私ミズーリは瑞樹亨を全身全霊を持って護り抜きます。私の心と身体は瑞樹亨のものとします。全てを貴方に捧げ尽くします。」
その瞬間、ミズーリの身体は光輝き、光は柱となって天空を貫いた。
身長はあの時に見た女神ミズーリに戻っている。
とはいえ柱の光は決して眩しいわけではなく優しい光、数秒して光が収まっ時、ミズーリは元の幼女に戻っていた。
「わかりやすく言えば。」
元の身長に戻ったミズーリが私の顔を見上げて話出す。気のせいでなく顔が赤い。
「トール、貴方は女神ミズーリ、私の主になったわけ。」
ふむ。ん?
「それは今までと何が違うのかな。」
「私は神だから死なない。同時に貴方も私が存在する限り死なない。貴方が生き疲れるまで、私は貴方のそばで貴方を護り続ける。女神の力、そして私の全てを貴方に捧げ続ける。」
んん?
「ミズーリ、君の覚悟は理解した。だが、私の使命は君を天界に戻す事だ。天界の神々が言っていた事、授かった万能の力に君の女神の力を捧げて貰ってもやる事は変わらない
君を天界に戻せたら私も転生後の現世を終える事が確定している。君の宣誓は一人の男として光栄だが、」
「それでも。」
必死の形相で私の言葉を遮る。
「それでも私は貴方と共に居たい。貴方と為したい。これは私の我儘です。私の贖罪です。私が貴方に私の全てを捧げる事は私の欲望でしか有りません。それに。」
「それに?」
「天界は私の願いを聞き入れてくれました。」
さっきの光とミズーリの変身か。
「だからトールは私を受け入れて欲しい。貴方を求めます。貴方を受け入れます。私は貴方が欲しい。」
「一ついいか?」
「なんでしょう。」
「私達が一緒に過ごす様になってまだ2日だ。女神様がそこまで私を気に入ってくれた理由がさっぱりわからない。」
「ご飯。」きっぱり
それかい!
「冗談ですよ。」
ミズーリは今まで見た事の無い大人びた顔を私に見せてクスクス笑った。
「あの時、あの森の家の中で、貴方は私が貴方のベッドに潜り込んだ時、私を真摯に受け入れてくれました。」
そりゃ子供相手だからね。色々あったし。
「嬉しかったんですよ。単純にひとりの女の子として甘えさせてくれて。でもそれ以上に。」
言葉を切って私の顔を見つめ直す。
「女神として多幸感が私を包んだんです。あの晩も昨日も。そんな事は長い間女神をしていますが初めての経験でした。意味は分かりません。理由も分かりません。ただ分かったんです。女神ミズーリの正しい居場所はここだ、貴方のそばだと。天界の反応もそれを認めています。
だから私は貴方と歩む。ずっとそばで歩み続ける。そう分かったんです。」
そうか分かっちゃったなら仕方ないな。
「ミズーリ。」
「なんでしょう。」
「これからもよろしく。」
それを聞いた女神は涙を溜めながら満面の笑みで私の腰を抱きしめた。
私の胸に飛び込んだという表現が出来ないあたりが何とも私達らしい。
ただ、今後もミズーリのポンコツ振りは治らない事だけ付け足しておく。
私は街に一軒だけある酒場の娘。
小日向の街はいわゆる宿場町。
ただし、脇街道の更に裏道という立地なのでお客さんは少ない。
宿場町とはいえ街に宿屋は一軒。日に1~2組の商人が利用しているだけ。
彼らは私の家にもお金を落としてくれる大切なお客様だ。今朝早く出て行かれた商人さんはこれから囚人の村へ向かうという。
私は多分死ぬまでこの街を離れる事はないだろう。囚人の村とはどんな所なのだろう。
商人さんは楽しみにしている事を隠さなかった。
ちょっと羨ましい。
次の日、ちょっと変わったお客さんが宿屋に宿泊した。お父さんとお嬢さんの親子連れだ。
お父さんがお酒を嗜まない方の様で、酒場に顔を出す事はなかった。
そのかわり、宿屋のご主人と衛兵隊長、そして見かけた事の無い男の人が来店する。
私は知っている。男は初見でもロクでも無い人間だという事を。
私は知っている。小日向の街を旅する旅人が時折行方不明になる事を。
私は知っている。とある組織に私達の街は支配されている事を。
私は知っている。農具を担いで街の外に行く人。農民なのは間違いないが、実は街に出入りする人間を監視・見極めをしている人達である事を。
宿屋も衛兵隊も、そして私の両親も。みんなみんなグルである事を。
翌朝、店の前を掃除していると昨日の親子連れが宿屋から出てきた。
そしてその姿を見つけたお隣さんが衛兵隊詰所まで走って行った。
また何かが起こる。
私は溜息を付き、見たくないものを見なくて済む様に自分の部屋に篭る事にした。
しばらくして大爆音が私の部屋の窓を揺らした。驚いて窓から外を覗くと、大人達からモンスターが出るから近寄るなと厳命されていた西の丘から煙が上がっていた。
何が起こったのだろう。ただただ丘を見つめていると、階下から叫び声が聞こえた。
そっとドアを開けて覗いて見ると、そこには発狂した両親がいた。
私は混乱した。何?何が起こっているの?
何も分からず外に飛び出した。
両親は相変わらず店の中で絶叫しているだけだ。
外でも同じ。街の人が殆ど発狂して何か叫んだり何か歌ったりしながら徘徊している。
私は本能的に恐怖を感じた。
近所の男の子が泣きながら狂った母親に話しかけていた。
見渡すと何人かと子供と、両親からアレは裏切り者だから相手にするなと言われていた農家の一家は正常らしく、道の端でお互い声を掛け合いながら抱き合っていた。
私は男の子に声を掛けて一緒にそっちまで走って行った。
そして私は見た。見てしまった。
私だけでない。小日向の街で正気だった者は全員。南の空に立つ光の柱を。
あれはなんだろう。でも光の柱を見た全員が分かった。あれは途轍も無く尊く、私達を救って下さる優しい意思だという事を。
農家のお父さんが言った。この街は終わりだ、悪しき者は全て滅びた、私達はあの光の元に行く。
正気の者の中で反対する者はいなかった。
街の大勢に従わず差別を受けながら組織に反発した僅かな大人達と正邪の区別がつかなかった子供達は皆正気だった。
私達は親も家族も友達も全て捨て、持てるだけの財産を抱き抱えて幾つかの馬車に分乗し
南に向かい旅立った。




