挿話 北の英雄は恋に落ちる
真冬の寒い風が窓を揺らす音がする。
それ以外目立った音がしない執務室の中、クロードは兄の手紙を読みながら嘆息した。
お前もそろそろ実を固めるべきである。
ようやく兄に自分の存在を認知してもらえたと思えば、この話である。
ようやく慣れてきた辺境伯の仕事、北の異民族たちの動きで頭の中はいっぱいである。
結婚話から逃げるようにジーヴルへ戻ってオズワルドに相談すると彼は面白そうに笑った。
「いいじゃないか。クロも貴族の仲間入りを果たしたということは後継者を考える必要がある」
全く助言もしてくれる様子はなくからかってやろうという魂胆がみえみえである。
クロードはオズワルドを頼るのをやめた。
クロードも男であるため異性に興味がないというわけではない。
しかし、どうにも女性を相手にする自分というものが想像できなかった。
特別相手を探そうと言う気分にもならない。
「そんなに面倒臭いなら今城にいる令嬢のどれかを選んで大公に報告すればいいじゃないか」
オズワルドの声を思い出す。
城に礼儀作法の見習いときている令嬢の顔ぶれを思い出した。
明らかに色目を使い使う、図々しい彼女らに好意を抱く気になれない。
自分の部下の娘であり、この土地の有力者の娘であり、扱いに困り城の客人として置いたまま放置していた。
そうこうしているうちに兄から手紙が届き、相手を決められてしまった。
自分の意見を挟む余地もなく、帝国の名家の令嬢を。
アメリー・スワロウテイル。
オズワルドに最低限覚えておくように言われた家名のうちのひとつであった。
帝国の公爵家の令嬢を拒めば、兄の顔に泥を塗る行為になりかねない。
どうせ誰が来ても同じであろう。それならこれで妥協すればいい。
そう思っていたら間もなく婚約者の名が変わっていた。
ライラ・スワロウテイル。
アメリーは諸事情によりクロードと婚約できなくなり、急遽代わりに用意されたようだ。
スワロウテイル家の分家の令嬢で、公爵家の養女としてクロードの元へ嫁ぐ。
まぁ、誰でもよかったし。
クロードは特に何も感じなかった。
オズワルドがその名を聞いて少し驚いた表情を浮かべていた。
婚約者が公都に来る日に合わせて、公都を出るようにとせっついてくるが。
クロードは砦の点検、国境線の状況と兵士らの配置について部下たちと協議していた。
「北の様子をみてきたけど、まだ動く気配はないようだよ」
オズワルドの報告を聞いて、クロードは頷いた。
「丁度良かった。花嫁を迎える時間はありそうだね」
ああ、そういえば。
仕事に熱中しすぎていて忘れていた。
「アメリーという名だったけ?」
その発言にオズワルドはひどく残念そうな顔をした。指摘に思い出した。
そうだった。婚約者は変更になっていたんだった。
どちらでもいいだろう。
興味を感じられず、他に気に取られる出来事がそちらへと向かっていく。
おかげで公都に到着する予定がずれこんでしまっていた。
実際、マンティコアの被害は酷いものだったし。その討伐をすることで助かった町がある。
公国の為になったはずだ。
怒られるのはわかっているので、自分に言い訳を何度も繰り返す。
足取りが重くなっていく自分に嫌気がさした。
異性に興味がないわけではない。
なのにこうして近づくことができないのは幼いころの出来事が影響しているのかもしれない。
自分は誰かを愛し、子を成すことができるのか。
ペトラス修道院にて自分がどのような生い立ちだったか。
一瞬で思い出してますます嫌悪感に襲われる。
全て焼き切ったと思ってもなかなかぬぐえないものだ。
重い足取りの中、ようやく公都へたどり着き兄の元へと参じる。
報告を述べ、とりあえずの兄からのお褒めの言葉を授かる。
「婚約者を待たせたことはお詫びすべきでしょう」
義理の姉のちくりとした物言い。
彼女に促され、一人の女性が近づいてくる。
観念した。
クロードは顔をあげて女性を見つめた。
まだ少女と呼んでも良さそうな彼女の名はライラ・スワロウテイル。
さらささとした黒い髪、それを際立たせる程のきめ細やかな白い肌、唇はほんのりと赤い紅をしており艶やかだ。
宝石を思わせる紫の瞳が自分を映したと認識した時にクロードは身を震わせた。
このような可憐な少女が俺の、嫁だと。
彼女をみたとき暖かな心地を覚えた。まるで寒い夜空に震えた末にようやく訪れた春の日差し。
胸が熱くて焼かれているのではないかと心配になる。
だが、嫌な感じはしなかった。
クロードはようやく理解した。
これがひとめぼれだと。




