3 雪結晶病の秘密
「おい、クロード!」
エドガーは腰に佩いていたものをクロードへと投げつけた。
見事な装飾が施された剣であった。よくみると魔剣である。
「オズワルドに言われて魔剣を持っていくように言っていたがこういうことか」
自分は魔剣使いではないのに何でだろうと首を傾げたが、ユァンの登場でようやくクロード用だと察した。
クロードは剣を抜き、剣の特性を確認する。
オズワルドの助言で選んでくれたようだから問題ないとは思う。
魔力を注ぎ込み、白銀の狐へと切りかかった。
狐は身をひるがえしかわし、呪文を唱える。宙に浮かび上がる無数の方式から一斉にクロードめがけて攻撃してきた。
クロードは剣でそれを受け止めて、はじきだす。他のものは身をかわしてよけた。
いくら何でも反則だろう。
「はは、大雪ムカデを退治した英雄というがたいしたことはなさそうだな。一尾の私でこの程度とは」
ユァンは呪文を唱えてクロードを捕らえこむ。
「クロード!」
ライは叫んだ。
クロードがやられればここにいる全員がユァンに食われてしまう。
絶望したが、クロードは無事であった。
「はぁ、東の方式なんてよくわからん」
エドガーは先ほどの攻撃で方式を理解して、クロードにかかる方式を魔力で無効化した。すべては無理であったが、クロードの致命傷を避けることには成功した。
「2対1とは卑怯じゃぞ」
ユァンは笑いながらレルカへ声をかけた。レルカはエドガーの方へと走りつけ、彼に対して足蹴りをお見舞いする。
女の攻撃とは思えない程の威力で頭に直撃したエドガーは椅子に倒れ掛かる。
「ああ、くそ」
エドガーは起き上がり、上着を脱ぎ棄てた。
「ここには騎士もいるはずなのに戦えるのは俺とクロードだけかよ」
嘆かわしいとエドガーは構えた。聖騎士見習いだから剣で戦う方が慣れているが、剣はクロードに渡してしまった。
「ライラァ、大丈夫か?」
高熱を出しライラは苦しそうにうめいていた。雪結晶病がここで再発するなど。
飲み薬を飲ませたが効果が認められない。
牢獄で発症後は確かに効いたのに。
「ぴゅー」
ブランシュは悲し気にライラの方に寄り添った。少しでも彼女が楽になれるようにしなければと思うが、今は悲しくて仕方ない。
ライラの様子を眺めたユァンは目を細めた。
「うふふ、まだ熟しきれていないがようく熱を出して居る。お前を食ったころには良い頃合いだろう」
何を言っているかわからないとクロードは感じた。
「あれは印もちだ。私の魔力にふさわしい体だ。あれにはわかりやすいように印をつけておる。雪華の印をな」
クロードはふとライラの手首の印を思い出した。高熱を出した時に浮かび上がった雪結晶病の代表的な所見である。
「あれは雪結晶病の印では」
「おお、お前たちはそう呼んでいるのか。あれは私の呪いよ。呪いを受けた者は特殊な血になる。寒くなれば血が結晶化し、体中が熱を発する」
「なんのために」
「そんなの魂を美味しく食べる為だ。あれの魂は私の魔力を増幅させる。それで私の復活の助けになるのだ」
質問に答えるユァンの言葉を聞きクロードは剣を強く握った。
魔力をこめてユァンの胴体へと切りつける。すんでのところでよけたが、少しだけ傷を負ってしまった。
「おお、怒っているのか。こわい、こわい」
「ライラが熱病で苦しんでいるのはお前のせいだったのか」
「それの何がいけない。お前だって肉を食らうときは火を通すだろう。それと同じ原理よ。熱病を繰り返せば体全身に影響がでる。臓腑は熱で痛んでいき、苦痛を伴っていく。苦痛を伴えば伴うだけその分魂は美味しくなるのだ」
最後の言葉にユァンはじゅるりとよだれを垂らした。
高熱で苦しむライラの姿を眺める。
「そんな目でライラを見つめるな!」
不快でしかない。
クロードは剣を振り回し、ユァンへ切りかかるがまるで子供をあやすように攻撃が届かない。
なぜこうも攻撃が当たらないのだ。
アメリーらのせいで体がなまったせいか。それでも体は動いている。動けば動くだけ、戦えているではないか。
それなのに届かない。
後ろへと飛び越えられ、クロードはユァンの足に踏みつぶされた。ぐりぐりと足ですりつぶされてクロードは胸を強く圧迫され呼吸がうまくできない。
ぜぇぜぇと息をきらして、頭を床につけた。
「英雄も大したことがない。眷属は何を手間取っているのやら」
早くシャフラを手に入れて、2本目の尻尾を確保してほしいものだ。
ちらりと白銀の狐はライラの方へと再びみる。意識が朦朧としている。もう食べられても痛みは感じないだろう。
苦しさが勝っていて。
そろそろ食べても問題ないだろう。
「折角ここで実体化できたし、あの血肉を楽したいものよ」
クロードは目を見開いた。剣を振りユァンの腹へと切りかかった。
「ぎゃぁ」
油断していたユァンは悲鳴をあげて、クロードから逃げ出す。
「この、この……」
自分の腹へ切り傷をつけるなど何という侮辱であろうか。この美しい体へ深く残りやすい傷をつけるなど許しがたい。
遊びは終わりにして食ってやる。いや、体をぼろぼろにして手足を引きちぎったうえで、目の前であの女を食ってやろうか。
クロードはユァンめがけて剣をふりあげる。あんなもの余裕でよけられる。
ユァンは嘲り、横へとそれようとしたが左足へ強い打撃を受けた。
「何で、なぜ急に攻撃があたるようになった」
「ようやく慣れてきた」
魔剣を握る感覚は忘れていないはずだったが、どうもずれが発生していたようだ。
あの薬の影響か。
部屋に充満していた香はみるからに体に悪そうで、クロードの感覚を鈍らせた。
「これで終わりだ」
クロードはもう一度剣を構える。しっかりと魔力をこめて、目の前の魔物を仕留めよう。
獣の急所はすぐにわかった。
胸元である。
アメリーがつけていたルビーの首飾りのようにユァンは胸元に赤い文様をつけていた。
クロードはユァンの攻撃をぎりぎりまで受けながら、胸元へと向かう。
そして剣をひとつきついた。
ぴしぃっと石がかける音であった。大きな毛並みはなくなりクロードの目の前にはぼろぼろの花嫁姿のアメリーであった。
クロードの剣の先はアメリーの胸元のルビーへとあたっている。
見事にヒビがはいっていた。
「ユァン様」
エドガーもちょうどけりをつけられたようである。押さえつけられたレルカは悲鳴をあげてユァンへ声をかけた。
「ユァン様、肉体はまだあります。そこに、印もちです! あの中へ逃げ延びてください!」
とんでもない提案であった。
「クロード、ライラの方へ行け!」
エドガーの言葉にクロードはすぐに反応できなかった。びゅぉぉ!という風を切る音がしてそれはライラの方へ向った。
まるで目に見えない獣が通り過ぎたような感覚だった。
「ぎゃぁああ!」
ライは悲鳴をあげた。ライはすたすたとクロードの方へ逃げる。ブランシュはどうしていいかわからないと直立した。
「はぁ、はぁ……ふふ、ふふふ」
ライラは起き上がり不敵に笑った。その笑顔はライラのものではない。
退治されたユァンの魂はライラの体の中へと逃げ延びたのである。
「呪いで少し体力が落ちているけど、これも悪くないわね」
でも、白銀の狐の姿を具現化するには魔力が足りない。クロードに倒れたことでいくらかの魔力が消費されてしまった。
「今すぐその体から出ろ!」
クロードはユァンに向かって叫んだ。
「クロード様、怖い。でも、クロード様は私を傷つけないよね」
にこりとほほ笑むユァン。ライラの肉体にもぐりこんだ時ライラの記憶をのぞき込んでいるのか、仕草はライラのものであった。
ライラの顔でそんなことを言うなど。
クロードは剣を強く握りしめた。
「クロード、そのままライラを切れ! 今ならユァンを倒せる」
エドガーは自分で酷なことを言っているとわかっていた。だが、ここでライラの命を優先してユァンを逃せばどうなるか。
多くの犠牲がでるであろう。
「そんなの……」
「お前のアルベルもその女に支配されてしまうぞ」
もとはシャフラも狙っていたのだ。
クロードは動悸を感じた。目の前のライラをみて唇をかむ。
「どうすれば、その体から出ていく」
クロードの弱弱しい言葉にユァンは愉快そうに笑った。
「あはは、お前はこの女を選ぶのか」
「そうだよ」
「それじゃあ、その魂を、肉体を食わせてくれ」
クロードの肉体だけでも十分な魔力の補充になる。強敵も消えれば後は自由にできる。
ライラの体はそのあとにじっくりと味わえばいい。
「ぴゅーーーー!!」
ブランシュは大きな声で泣き叫んだ。
「なんだ、このトカゲは。うるさい」
ライラは忌々し気にブランシュをみつめた。せっかく愉快で楽しいひとときだったというのに台無しである。
ブランシュは白い光に包まれた。教会中を光で照らす。
「ブランシュ」
クロードがブランシュの名を呼ぶと、ブランシュは鳴いてライラの方へと突進した。
ライラの胸元へともぐりこむ。そして光はライラの中へと消えた。
「あははは。バカな子。自分から私に食べられちゃったの? まぁ、白銀の狐の姿で食べられるより大好きなママに食べられる方がいいわよねぇ」
笑い続けるユァンは急にもがき苦しみはじめた。
「うぅ、ぐぉ」
胸元を抑え首を横に振る。そしてそのまま倒れ気を失った。




