2 白銀の狐
クロードの愛の宣言に人々は動揺した。
「クロード様?」
正気に戻ってくれたのかとライラは確認した。クロードはちらりとライラをみて優しく目を細めた。
「悪かった。悲しませてしまい」
彼からの言葉を聞きライラはふるふると首を横に振った。
涙がこぼれそうになる。
でも、今はまだ耐えなければ。
「どういうことだ」
「今日はアメリー嬢とアルベル辺境伯の結婚式であっただろう」
この場で自分以外の女への愛を宣言するとは何ということだ。
アメリーはわなわなと震えた。
そして少年従僕の方をみた。
「まぁ、ライラお姉さまじゃないの」
驚いたアメリーの言葉に人々は少年従僕へ注目する。
「まぁ、何という姿……でも、とてもお似合いですわ。そこまでして私の花婿へ粉をけしかけるなんて何とひどい方」
アメリーのライラへの非難は伝番し、魅了のかかっている男たちはアメリーを恥知らずとののしった。
「今、ライラを侮辱した者は前へ出ろ。全員、決闘の相手をしてやる」
クロードはぎろっとあたりをにらみつけた。クロードの尋常ではないさっきに人々は震えて声を失う。
「クロード様、あなたは今から私と結婚するのですよ。正気に戻ってください」
「恐ろしい程今が正気だ。まだお前らのせいで頭がいたくて叶わないが」
「あなたとライラお姉さまは離縁したのですよ」
ライラが第三皇子殺害容疑で投獄され、逃亡したことによりライラの意志決定権は認められず周りの判断で離縁の手続きが進められた。
「それは無効になります。大公が私の第三皇子殺害において無罪を認めてくださいました」
そのうち公国から伝達がくるであろう。
ライラの意志決定権は存在していたこととなる。
「ざぁんねんでした。もう公国と帝国で受理されています。もうあなたたちは赤の他人となっていますよ」
アメリーは手を口に覆って楽し気に笑った。クロードが正気に戻ったとしてももう離縁は成立したのである。頑張ったのに残念ねと嘲る。
「そうか。では、また結婚しよう」
クロードはライラの方を見つめた。
「思えば1回目の結婚式は……うん、反省点が多すぎる」
クロードは困ったように眉根をひそめた。
初対面でライラを失神させてしまい、結婚式ではライラに思うように顔を向けられず、初夜ではアルベルの平和の為といい放置した。
「2回目はもっときちんとした結婚式にしよう。初夜も」
クロードはライラの手をとり手のひらへキスをした。ライラは顔を赤くしてうつむいた。
こんな人前で何ということをいうのだ。
恥ずかしくて仕方ない。
「もう何なの! みなさん、ここにいるライラはとんでもない悪女です。どうかわたしを助けて! 捕らえてください」
いっそ殺しても構わない。
アメリーの叫び声に男たちは立ち上がる。嫌悪の視線が集中し、ライラはぞくりと震えた。
「俺が守るから心配するな」
人数を確認する。アメリーのせいで体がなまってしまったが、帝国の軟弱者らに負けはしない。
とはいえ、立ち上がった人数が多すぎる。
中には帝国の騎士もいるのである。ライラは青ざめた。
「ねぇ、あなたおやめなさい」
一緒にいた淑女が自分の夫や恋人の異変に恐怖を覚えた。もともとアメリーのせいで狂わされていた人々であるが、さすがにこの場で戦おうとするなどどうかしている。
「ぴゅー!」
上の方から声がした。
見上げてみると空飛ぶブランシュが首にぶらさげている袋をかかえていた。教会の天井をぐるぐると周り、穴があいているようで袋からはさらさらと輝く砂粒のようなものが降っていく。
何だろうかとライラが手に触れると琥珀を粉々にくだいたものであった。
結構勿体ないような気がする。
ブランシュがかけている琥珀石の砂にかかった人々は動揺する。しばらくして、青ざめて頭を抱えた。
「ああ、私は何ということを……あの時、お前にひどいことを言ってしまった。許してくれ」
紳士たちは傍にいた淑女への謝罪、それができないものはただ頭を抱えて苦しんでいた。
ブランシュの背中からぴょんと飛び降りてライラの傍によるのは白い毛並みの北天狐であった。
「よし、うまくいった」
ライはへへっと笑って大勝利宣言を述べた。
「な、何なのよ! どうして魔法が解けるの」
「それは俺がとっても頑張ったからだよ」
扉を開き、エドガーが登場した。
誰だとアメリーは警戒する。エドガーはすたすたと近づいた。
「エドガーお兄様!」
傍の席に座っていた皇太子妃エレナは立ち上がる。
「あ、エレナか。美人になったなぁ」
嬉しそうにエドガーは手を振った。そしてアメリーの方をみつめた。
「アメリー、お前も美人になったがとんでもなく歪んじゃったな」
「何を言ってんのよ。偉そうに」
アメリーは端の方にいるレルカへ声をかけた。
「外の人へ声をかけて。まだ私の味方はいるはず」
「もういないぞ」
エドガーは深くため息をついて宣言した。
「外で結婚祝いに来た奴らも魅了にかかっているだろうから、ジュリアとリリーがこれと同じものをふりかけてある」
今頃は正気に戻っていることだろう。
「後、ライラの罪に関してだが帝都にたどり着いたリド=ベル大公がことの経緯を説明して回っている」
まだ信じられないという人間はいるかもしれないが、悪女とされていたライラは悪女ではなく、被害者といわれていたアメリーこそ悪女だったと知れ渡ったことだろう。
「もうお前の願いを叶える奴はいないということだ」
「そんな……私のいうことはなんだって叶うのに」
アメリーはへたっとその場に座り込んだ。
「そんなことはない。幼いころに教えたつもりだったけど、お前は耳に入れてくれなかったな」
溺愛する父の元、邪魔になる存在はすべて公爵家から追い出した。
「父の愛だけは本物だっただろう。だが、アメリーが蹴落として得た者ははじめから存在しない」
アメリーは周囲を見渡した。今までアメリーを賞賛し、愛してくれた紳士たちがたくさんいたはずだ。
だが、彼らは悲し気な表情でアメリーをみていた。彼女に寄り添うことはせず、一歩引いていた。
「お前をそういう風に育てた父と、放置した俺にも責任はあるな」
エドガーは憐れむようにアメリーを見つめた。
「ああああああぁぁぁあっ!」
アメリーは泣き叫び、髪をぐしゃぐしゃにひっかいた。美しい髪が乱れていく。そのはずみに外れた宝石の髪飾りは落ちてひびが入った。まるで彼女の今の姿を象徴するかのように。
「レルカー、レルカ。助けてよ。いつだって私を幸せにしてくれたでしょう」
アメリーはひたすら侍女を呼んだ。レルカは立ち上がり、アメリーの方へ近づく。
エドガーはこんな侍女いただろうかと首を傾げた。
「アメリー様、大丈夫ですよ。あなたは愛される乙女です」
「そうよね。私はみんなに愛されて幸せになるのよね」
「はい。ですが、こうなればアメリー様は努力しなければなりません」
何かしらとアメリーは首をかしげる。
「ここにいる全員を食べてしまいましょう。ちょうど珍しい聖騎士の卵もいますし、大雪ムカデを退治した英雄もいます」
何を言っているのかわからないとアメリーは首をかしげて、レルカはふところから出したものをアメリーの胸元へと押し付けた。
それは白い美しい狐の尻尾だった。それがアメリーの胸元のルビーの首飾りに触れてルビーは怪しく光り、それに反応するように白い毛並みは膨れ上がった。
白い狐の尻尾は大きくなりアメリーを包み込む。
「はぁ、ぎゃ……ああ」
アメリーは泣き叫び、中でぼきぼきと折れる音がした。
「アメリー!」
エドガーが毛並みのかたまりに手を触れようとするが、強い魔力反応ではじきとばされてしまった。
何かおかしい。いやな予感がする。
結婚式場にいた参加者たちは立ち上がり、出入り口へと向かった。
「おっと」
レルカはぱんと手を叩くと、扉はしまり、男が力の限りあけようとしてもびくともしない。
「危ない。大事な贄が逃げちゃうところでした」
レルカの言っていることがよくわかない。
「あなたは何を言っているの」
「直にわかりますよ。お、そこの子狐はわかったようです」
ライラの傍にいたライはしっぽをびりびりとさせてライラの足にしがみついた。ブランシュも慌ててライラの傍へと駆け寄る。
クロードはライラを庇うように彼女を後ろへと下がらせた。
白い毛並みの塊は広がり、中から現れたのは美しい白銀の狐であった。
大きさは北天狐の長のタキと同じくらいの大きさだ。
「ぎゃぁ! 出た」
ライは恐ろしいと悲鳴をあげた。
「何、あなたと同じ北天狐のようにみえるけど」
ライラはあまりに可哀そうになってライを抱き上げた。
「あれ、あれは北天狐だけど。やばい。やばいよ……」
魔力の質が明らかに異常である。そして白銀の狐が姿を現すと同時にあたりに散ったけむりがひどく鼻につく。
鉄ザビの香り、たまごのくさったような香りがして気持ち悪かった。
「悪狐ユァンだ!」
ユァンという名前に聞き覚えがある。以前ライが教えてくれた東の方の北天狐が男たちをたぶらかして国を滅ぼした話だ。
「でも、ユァンは死んだのでしょう。復活したように封印したのでしょう」
「うん、でもさっきのあの侍女。あいつがしっぽを持っていたんだ。ユァンのしっぽ。あれで復活。なんでぇ!」
がくがくと震えるライは大混乱であった。
「ユァンか。オズが昔、教養の為とかで教えてくれた東の伝承だな」
ただのおとぎ話だと思っていたが、存在していたのか。
「ユァン様、よくお目覚めくださいました」
レルカは恭しく挨拶をした。
「巫女よ。尻尾がまだひとつではないか。これでは未熟な幼子でしかない」
ユァンは不満そうにつぶやいた。
伝承では9つの尻尾を持っているが、今の白銀の狐の尻尾は1本である。
「申し訳ありません。せめてシャフラの尻尾を回収してから形にしようと思いましたが」
レルカは自分の失態を反省した。
「だが、この体はよい。よくここまで私の魂に合う体を用意できたものだ」
「はい。幼少の頃から丹念に育てておりました」
レルカはにたりと笑った。
「霊力を補充するのは十分だろう。ここにいる者だけでも十分な魔力だし、あの男もなかなかだ。おや、印もちもおるではないか」
印もちと呼びライラを見つめた。ユァンが視線はひどく恐ろしい。ライラはぞくりと震えた。
何だか体が熱い。
ライラの首筋から雪華の印がでてライは慌てた。
「ライラは端の方へいこう」
薬は確か持ってきていたはずだ。水がないが、ライラに急いで飲ませなければ。
ライは少年の姿になりライラを端へと運んだ。
クロードは白銀の狐がライラをみないようにと視界を邪魔する。
「まぁ、この箱の中にいれば後で存分に食べられる」
「そんなことはさせない」
「ほう、どうするのだ。英雄よ。見たところ丸腰ではないか」
ユァンはにたりと笑った。
確か伝承通りの化け物であれば、クロードは武器なしで戦うことはできない。自身の魔力を注ぎ込む魔剣が必要だった。
だが、自分の剣は公都へ置き去りにしてしまっている。
まんまとアメリーに捕らえられてしまった自分を情けなく感じた。




