10 中毒状態
異民族との争いにけりがつきそうな頃、オズワルドは砦の地下に幽閉していたジル族の魔術師の元へ近づいた。
体つきで女とわかる肉付きのいい女である。
彼女は鎖で両手足を拘束され、手にはぐるぐると布がまかれていた。
自害できないように口の中に布を放り込んだ。目にも力を宿している可能性があるのでしっかりと目隠しをする。とりあえず魔法の操作になりそうな動作はすべて封印した。
「やぁ、魔術師殿」
オズワルドはジル族の言葉で挨拶を交わした。
「いやぁ、君に会いたいと思ったんだ。僕は今魅了魔法について興味を持っていてさ。君たちは魔物も魅了しちゃうなんてすごいじゃないか。さっすがだな」
それでちょっと相談があるんだとオズワルドは耳元へささやく。
「その魅了魔法はどうやって身に着けたのかな」
魔術師は全く動く気配がない。簡単には話してくれないことくらいはわかっていた。
「ハン族周辺に住む北天狐から聞いたんだけど、彼らはジル族に困っているようだったよ。何でも大事な箱をに盗まれたとか」
ベンチェルから聞いた内容を語りかけていく。魔術師の少しの動きを確認した。
「そういえば、アラ族、ジル族は元同じ部族だったよね。いつから分かれていたっけ。ああ、ちょうど北天狐の箱が盗まれたあたりに近いな」
確かどちらも同じ山岳地帯の狩猟民族であった。しかし、一部の部族が強い魔力を持ち、魔術を発展させた。
そして別々の民族となった。狩猟を主に行うのをアラ族、それに加えて魔術に傾倒したのがジル族であった。
ジル族の魔術師、巫女には変わった刺青を入れるようになった。
Aを逆にして、そこからいくつか蔓のようなものが重なっているようにみえる。
オズワルドは以前確保したカレンに化けた魔術師の体についていた刺青を紙に書き写しておいた。
それをベンチェルにみせた。違う民族であるが、密接なかかわりをもつハン族である。
何か彼なりの解釈が見られるのではないか。
そう思うと彼は応えた。
「狐の文字らしいね。東の古い……動物の骨に刻み込んだ古い文字」
まじないといってもいいだろう。
Aの三角の部分は顔、出っ張っている部分は耳、つらなった蔦は体、足、尻尾。尻尾の部分と思われる場所がいくつも分かれていた。
「君にもついているなぁ。何だい? 狐崇拝? 北天狐が守っている悪狐ユァンを崇拝しているのかな」
悪という言葉に女魔術師は反応してきた。怒っているようだ。
やはり、ユァンの尻尾を手に入れ、魔力を得て、彼女を崇拝し大きくなった民族というところか。
ようやくジル族の解明が進みそうだ。
ヒリス卿を送ってもあまり情報は得られなかった内容である。
「それで君らはアルベルを手に入れたがっているのは何でだい。まさか、ユァンの尻尾をもうひとつ手に入れたいとかな。もしかして世界中の尻尾を集めているの? 9つの尻尾を集めてユァンを復活させようとか」
冗談のつもりで言ったが、真面目にそう考えているようだ。
伝承で聞いたユァンが復活すると国が混乱して滅ぶというし、公国が巻き込まれるのだけは勘弁してほしい。
「この国を巻き込むのはちょっとやめてくれないかな。僕の好きな人の大事な国だし」
オズワルドの頼み事など聞いていないようである。次はどんな話題で反応をみようかなと考える。
「そういえば、魅了といえば帝都で魅了魔法を使っている令嬢の話を聞いたことがある。あれってさ、君の同胞の仕業?」
静かになった。特に反応は認めないので肯定か、否定か判断に悩んでしまう。
牢屋から出た後に弟子が待機していた。
「ノースから報告が来ています。公都で拘束していたジル族の魔術師は自殺したそうです」
ノースが細心の注意を払っていたが、他の騎士たちがノースの目を離した隙に彼女の口の拘束を外したそうだ。
その隙に彼女は呪いの言葉を発し、騎士二人を殺し、自害した。
近くにいたノースも呪いの影響を受けたが、軽傷で済んだ。
「そうか。仕方ない。ノースの責任じゃないし」
「下にいる魔術師、尋問としては生ぬるいのではないですか?」
つい気になって質問する。オズワルドはうーんと目を閉ざした。
「まぁ、ちょっと私も心がつらいというかね。若い娘が拷問にかけられるのをみるのは忍びないんだよ」
「去年、ジル族の魔術師の解剖を嬉々としていた男のセリフですかね」
まぁ、あれは死んでいるし痛みはないのだけどとオズワルドは思った。
ライラが尋問で痛みを受けたと聞いたので、少しばかり優しい気持ちになっていたようである。
「まぁ。心配しなくていいよ。もう少ししたら最後の手段として痛みで聞き出すから」
「予告は別にしなくていいです」
外の騎士たちの報告を聞きにオズワルドは弟子とともに砦の外へと出た。今日も砦を奪われずに何よりである。
それよりもクロードの様子が気がかりである。彼が魅了にかかってはライラが悲しむだろうと念入りに対策をしたつもりだった。ピアス以外にも彼が執務中口にしたお茶の中に忍び込ませたり。
だが、なかなか魅了にかからないで相手がしびれをきらしているかもしれない。
なかなか魅了にかからないクロードは、身動きとれない状態で魅了を延々とかけられ中毒状態になっているかも。
精神に異常をきたしている可能性がある。
いっそ大公のように魅了にかかってから、お茶で解除させる方が体にも、精神にもよかった。
対策のやりすぎも考え物かもしれない。
◆◆◆
クロードはアメリーが用意した部屋の中で待機させられていた。
各方向にレルカが用意した魔法の方式が組み込まれていて、ひどく鼻につく香が部屋を充満してある。
ここにいるのは嫌なのだが、出て行こうとする気力がわかなかった。
椅子に腰をかけてクロードは先ほどのことを思い出す。
きんきんとうるさく声をかけてくるアメリーはどうやら婚約者らしい。
もうすぐ結婚式をあげることになるが、彼女はすぐにでも夫婦の関係を持ちたいとベッドに忍び込んできた。
そのあまりの行動はさすがにクロードでもよくないと感じた。
「結婚するまでは」
拒否するとアメリーは頬を染めて笑った。
「うふふ、お堅いのね。そうね。いいわ。結婚した後の楽しみにしておきましょう」
嬉しそうに胸元にすり寄りささやく女の言葉は聞いていて変な気分であった。
彼女が触れてくる手触りの感触は確かに違うが思い出される。
何だったかと思い出せば頭の奥が痛んだ。
そうだ。修道院で、司祭に。
クロードは思い出すと立ち上がり、盆の中へ先ほど食べたものを吐いた。
確かにアメリーは美しく愛らしい娘である。
思わず見とれそうになる。だが、見ているうちに何だか変な感覚を覚えた。
頭の奥で自分はこの女を愛していると思っている。同時に違うという声が響いてくる。
俺が愛しているのは。
ふと目の前に黒くて長い髪が通った。そんな気がした。




